晩餐会①
長くなるためいくつかに分けました。
鏡越しに首のスカーフを整えながら、俺は背後でずっと向けられている鋭い視線をちらりと見た。視線が重なると寄っていた眉間の皺がさらに深くなり、舌打ちが聞こえてから視線が外される。
「ね~ローリー。怖いよぉ」
「放っておけ、トーレ」
随分と、機嫌が悪い。
思わず吹き出すと、何がおかしいんだと角まで生やす勢いでまた睨み付けてくるロレンツォに苦笑しながら、仕上がった自分の姿を改めて鏡で確認する。銀色の糸で刺繍された紺色の燕尾服に瞳の色に合わせた赤茶色のスカーフ。両胸にはいくつもの勲章が下がっていて、白い手袋をはめればどっからみても美丈夫の紳士だ。今晩の晩餐会もとい舞踏会に向けて、俺は新調した燕尾服を纏って身を整えていた。
「一段とかっこいいねぇ~チェーザレ」
「ありがとな。トーレも今日は踊る予定があるのか」
「どうだろ~。でもすぐに終わるから大丈夫~」
いつもは目立たない暗めの色を着るヴィットーレが今日は明るめの茶色の服を身に付けている。黒い蝶ネクタイに、胸に下げた勲章は動くたびにフリンジが揺れていた。
「浮かれるな。大事な機会でもあるんだぞ」
ヴィットーレの横でずっと俺を睨んでいるロレンツォは、白い燕尾服に紺色のスカーフ。長いプラチナブロンドの髪はいつもの三つ編みではなくスカーフと同色のリボンで一本に結んでいる。まるで白馬に乗る王子様のような様相は、どうやら彼の姉のオーダーらしい。
「綺麗な顔が台無しだな、ローリー」
「誰のせいだ、誰のっ」
こんなにロレンツォが怒っている原因は、枢機卿だ。カーリンと2人きりになるために追い出した枢機卿の相手に、宛がわれたロレンツォは最初はノルドハイム国の国教について話が盛り上がったらしいが、自由奔放な枢機卿のペースに振り回され、しまいにゃフロリアーナ殿下が休んでいる部屋まで乗り込ませる羽目になったとかで。ちょっとした騒ぎになった。
その場に居合わせたカーリンによって枢機卿は引き取られていったが、残されたロレンツォは状況報告等々で散々な目に合ったらしい。俺が幸せな一時を送っている間、大変だったんだなぁなんて呑気に答えたら、ずっとこの調子だ。
「仕方がないだろう。お前しかいなかったんだから」
「確かに、彼の話はとても興味深かった。今まで知りえない北国の情報を多く得られた。だが、核心な部分はあの笑みと焼き菓子で誤魔化されたんだっ」
「甘いのが好きだなんて、僕仲良くなれそ~」
「じゃあ、明日からお前がお相手しろ」
「え~むりむり~」
文句を言いながらもいつも真摯に対応してくれるロレンツォは、本当に良い親友だ。まぁ、あの場での適任はロレンツォしかいなかったんだから無茶ぶりするしかなかったんだが。
鏡で後ろ姿を確認してから固めた髪を整えていると、ドアをノックする音がする。入室の許可を出すと、カーリンに付けた従者が立っていた。どうやらカーリンの準備ができたらしい。
ヴィットーレが浮かれた声を出して寄りかかっていた椅子から立ち上がった。鼻で一息を吐いたロレンツォは、組んでいた腕を解いて姿勢を正す。
本来であれば紳士が淑女を迎えに行くが、今回はカーリンから公城内の案内をしてほしいと希望があったため、一通り見て周らせてからカーリンを部屋に寄越すよう手配した。
今日ぐらいは大人しくしててほしかったが、まぁ、俺の言う事なんて聞きやしない。
「失礼致します」
「わぁ」
開いたドアの隙間からか細い声が聞こえ、ドレスが床を擦る音とこつりとヒールの音がした。深い緑色をベースにスカート部分は黒い薄い生地を重ね、胸元は同じく黒いレースのホルターネックで首元まで覆われている。晒された白い肩から伸びた細い腕の先には、深緑のレースの手袋。黒い艶髪は一房だけ残してアップに結われ、赤いリボンが編み込まれている。腰を折ったことで見え隠れするきめ細やかな背中をその黒髪がより艶やかに魅せていた。
礼を正した後に向けられた紅い瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。ヴィットーレが声を漏らすのも分かる。北国の国中の寵愛を集める愛しの聖女に相応しい、麗しくも魅力的な淑女だった。
「遅くなって申し訳ございません、チェーザレ様」
「、、、いえ、私も今準備を終えたところです」
外向けの笑みを浮かべながらカーリンは俺の傍まで歩み寄ってくる。その仕草は鮮麗された貴族そのもので、思わず目を見開いて見惚れてしまう。
これほどまでとは。
「何か?」
「いや、綺麗だと思って」
もう少し、馬子にも衣裳的に着せられている感があるかと思ったのに。残念だ。
「流石、御上手ですね。チェーザレ様もとても素敵ですよ」
「あぁ、どうも」
カーリンの笑みが少し引きつっている。彼女は読心術の力も持っているのだろうか、気を付けよう。
高いヒールの靴を履いたことで少し近くなったカーリンの紅い瞳が、俺の親友2人を映した。
「紹介します。騎士団に務める俺の部下であり、学友です」
「ダヴォリア帝国騎士団監査会監査部門長のロレンツォ・ヴァリ・ドゥ・デル・ピエロと申します。この度はお会いできて光栄です」
「お初にお目にかかります。ダヴォリア帝国騎士団第1騎士隊第1中隊長ヴィットーレ・ヴァリ・ルゼ・ヴィスコンティです。以後、お見知りおきを」
ロレンツォとヴィットーレは順番にカーリンに名乗りながら、レースの手袋越しに手の甲へと口付けをしていく。
「カーリン・ヴァ・シュヴァルツと申します。ノルドハイム国では聖女と呼ばれていますが、しがない田舎出です。何かと無作法があるかと思いますが、ご教示頂ければ幸いです」
礼をしてから、カーリンはゆっくりと2人の顔を見つめる。ロレンツォもヴィットーレも笑みを浮かべているが、親友からはカーリンを探る雰囲気が滲み出ていた。
カーリンと俺は旧知の仲だが、2人は初対面だ。今晩カーリン自身の技量と共に人となりを図るのも目的の一つとしてしているだろう。
「城内を歩いてお疲れでしょう。まだ時間がありますので、こちらにお座りください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
ヴィットーレがカーリンの手を引きながら、先ほどまで自分が座っていた椅子へと誘う。カーリンが促されるまま椅子に腰を降ろすと、ロレンツォは声を落として話しかけてくる。
「噂以上の美しさだ」
「まぁ、な。。。まさかお前、」
「そんな訳ないだろう。チェーザレこそ、随分と手厚い対応じゃないのか」
「気のせいだ。それに彼女が安全かどうかわからないから、俺が出るのが安全だろう」
「それでも騎士団長直々にってのは、、、目立つ」
「それも目的の一つさ」
ヴィットーレと楽しそうに話すカーリンを見て、俺は少しだけ顔が緩んだ。この世界に転生されてから20数年、消えかけていた前世の記憶で残っていたのはやはり最後の瞬間だった。まさかの面白い展開は楽しかったし、共に気兼ねない戦友を得られたのはかなり大きい。
今晩のエスコートだって、個人的な下心の他に力の象徴として帝国民だけでなく世界中に俺たち2人のことを印象付ける意味もある。現時点で目的は魔王だが、敵はそれだけじゃない。貴族界や政治界にも”人間”の敵はごまんといる。そんな彼らへいろんな意味で牽制にもなるだろう。
それに、カーリンとなら万が一にも何か起こることはないからな。
「そろそろ行くか」
「そうだな、ヴィットーレ」
「もう時間?」
「あぁ、今晩は頼んだぞ」
「お任せください、ザッカルド騎士団長」
ヴィットーレは騎士の礼をしてからカーリンに手を差し出し、それを受け取った彼女が立ち上がる。晩餐会が開催される大ホールへと移動した後、ずっと俺がカーリンについてやれるか分からない。有力貴族への挨拶もあるが、何か事が起これば俺は皇族を優先する。その間、カーリンが放り出されるのを避けるためにヴィットーレにお目付け役を任せていた。
聞いていなかった本人の予定もあるらしいが、まぁ、問題ないだろう。
「宜しくお願い致します、チェーザレ様」
「こちらこそ、カーリン殿」
ヴィットーレからカーリンを預かり、自分の腕に細い腕が収まるのを確認してから俺たちは部屋を出た。
カーリンに合わせて歩調を緩めてはいるが、歩幅が明らかに違う彼女は卒なく俺についてくる。想像以上に淑女なカーリンに内心驚きつつも、”聖女”としては流石だと少し感心した。これなら虫よけには充分効果が期待できる。
「ねぇ、チェーザレ」
数歩後ろからついてくるロレンツォとヴィットーレには聞こえないように、カーリンは小さな声で話しかけてきた。
「騎士たちの視線が痛いんだけど、どういう教育してるの」
「人気者は辛いな、麗しの聖女様」
コツコツと廊下に靴音が響き、両端に控える騎士たちが視線だけで俺たちを、正確にはカーリンを見ている。真っ直ぐと視線を前に向け、優雅に歩くその姿は、珍しい色合いも合わさって一瞬見惚れる程の御令嬢だ。
「嫌味?ザッカルド騎士団長殿」
「間違ってはいない」
「最低」
「褒め言葉だな」
「いい性格してるわ」
「お前には負ける」
「、、、むかつく」
いくら小声とはいえ、淑女としていささか不適切な発言だ。前言撤回。やっぱりカーリンはカーリンだ。
「見回りはどうだったんだ」
「普通。城内は想定内ね。街は出てみないとなんとも」
「徘徊するつもりか」
「警邏と言ってよね。大丈夫、弁えているわ。皇族方の承認後で構わない」
「それは良かった。まぁ、出来る限り自由に動けるようにしよう」
丁度、大ホールの扉の前に辿りついたところで、カーリンはありがと、と小さく囁いて俺を見上げてくる。向けられる紅い瞳に不思議と憧憬と親しみを感じた。色は違うのに、やはり彼女は古くから知る俺の友人なんだ。
『ノルドハイム国聖女カーリン様!』
扉越しにカーリンの名を叫ぶ声が聞こえる。腕に預かる小さな手に少し力が入った。
流石の彼女でも緊張しているのか。
「大丈夫か」
「平気」
「そうか。何かあったらなんでもいいから俺か後ろの2人に言え」
「大丈夫よ、私強いもの」
「来賓を切り刻まれたら困る」
ちゃんと手加減するのにとまだぶつくさ言うカーリンを戒めるように、咳ばらいをした。
手加減云々じゃなくて、普通の人間を攻撃するなと言っているのに。冗談なのか本気なのか分からない言い回しは、転生前から変わらずふざけているな。
「エルメントルート皇妃には気を付けろ、あの方はかなりの策士だ」
「、、、分かったわ」
重低音と共に大ホールの扉が開かれる。明るい照明に一瞬目をくらませながらも、俺が一歩前に出るとカーリンが少し控えめに一歩出る。赤い絨毯がホールの中央に敷かれ、その真ん中を歩く俺とカーリン。両端には既に入室していた数々の貴族らと従者、警備の騎士。そして、一番奥には皇族方が控えている。
がやがやと賑わっていた会場が一瞬で静まり、俺たちが一歩ずつ前に進むたびにこそこそと話す声が戻ってくる。誰もが俺たちに、ノルドハイム国の聖女に注目する。その視線を無視し俺は堂々と歩みを進めた。視界の端に掠めるのは以前より注視していた貴族らや御令嬢。帝国議会の役職者たちは笑みを浮かべているが、腹の内が隠せていない。
ふと横のカーリンを見ると、彼女も堂々と歩いている。微かに聞こえてくる女性たちの辛辣な言葉もなんのその、真っ直ぐとその紅い瞳を前に向けている。その瞳が捉えているのは、歩いた先にいる皇族なのかはたまた。俺の視線に気付いたカーリンは、注意をするように俺の腕に添えた手に力を入れる。
分かってるっての。
やがて、赤い絨毯が終わり、王座に座る皇帝と皇妃の元に辿り着く。俺たちは歩みを止め、ゆっくりと腰を深く折った。
「ノルドハイム国の聖女殿。今宵は月が輝く良い夜です。細やかながらこの場をご用意いたしました。どうぞ、ごゆるりと」
「お気遣い心より感謝致します」
宰相の言葉に、もう一度礼をしてからカーリンはしっかりと答えた。




