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判決

年始連日更新の2日目です。

カーリンと握手を交わしてから、ふと、思い出す。


「なぁ、カーリン」


「ん~」


「お前、踊れんのか」


俺の問いに、傾いた頭の花冠を支えながらカーリンが固まった。今晩はカーリン達の持て成しの一つとして、晩餐会が開かれることになっている。もちろんダンスの時間もあるが、俺はいいとしてカーリンは大丈夫なのか。

気まずそうに両手で頭の花冠を抑えながら、黒い頭が俯いていく。小さくう~、とか、あ~とか唸っている。もしかして。


「踊れないのか」


「違う!踊れる!」


「ほんとか~?」


随分と焦った答えに俺が意地悪く口元を上げると、またカーリンの顔が俯く。散々フロリアーナ殿下のことで俺を揶揄ったんだ。仕返ししたって、文句はねぇよな。


「おいこら、顔を上げろ。人と話すときは目を見ろって、学校の先生に言われただろう」


「そんな昔のことなんて、覚えてないわっ」


必死に顔を隠しながら後ずさりするカーリンを逃がすまいと細い両手首を掴み、顔を上げようと力を入れた。


「い~や~」


「あ?」


動かない。カーリンの小さい両手が頭の上に乗る花冠ごと彼女の顔を抑えたまま、ぴくりともしない。加減をしているとはいえ、俺の力で細いカーリンの腕を上げられないなんて。こいつ。


「こんなことでチート使うな、するぃぞ」


「何言ってんの。あんたなんて息してるだけでチートのくせにっ」


「お前が言えた口かよ。ほら、いい加減観念しろって。吐いちまえば楽になるぞ、うん?」


「いや、踊れるから。マジ踊れるって、嘘ついてないから。ちゃんとドレスだって持ってきたもんっ」


もんって、、ガキか。いや、今は成人したばかりの若い生娘か。ん?生娘なのか?


「そういうチェーザレこそ、剣ばっかり振ってて実はダンスはそれほどでもないんじゃないの」


「おいこら、俺はそこもチートだぞ」


「ステフリ間違えてない?」


「元ゲーマーを馬鹿にするな、完璧な割り振りだ。なんなら今晩、エスコートしてやろうか」


「これはこれは光栄ですわ。あのダヴォリア大帝国が誇る帝国騎士団長様と踊れるなんて。是非ともお願いしたいところですが、騎士団長様とあろうお方を御淑女方が放っておくかしら。特に、フロリアーナ皇女殿下が」


「だから、殿下の話はやめろっての!」


こいつ、体はびくともしないくせに口ばっかりよく動きやがって。そっちがその気なら、


「こっちだって」


「え?」


身体のバランスを崩すように片腕だけ力を抜き、もう一方の腕は横へと引っ張る。一方向の力に強いなら、その流れをずらしてやればすぐに崩れる。ふいをつかれたカーリンは、俺が力を入れるままにバランスを崩した。敵であればここで顔面に一発かましてるところだが、流石に殴らずにいてやろう。

床の倒れこむ前にまた腕を引いて腰を抱え持ち上げると、俺の腕の中で俵持ちされたカーリンは怒りながら暴れ始めた。浮いた足をばたばたと動かすなんとも間抜けな格好に俺は思わず噴き出した。


「っも~、何すんのっ」


「往生際が悪いからだろ。つーかお前軽すぎ、食ってんのかよ」


「ちょっとレディに体重の話は失礼でしょっ。降ろしてよ馬鹿っ、このっ」


俵持ちされたまま暴れる女のどこがレディだよ。俺の拘束から左手が外れると、カーリンは片足が床に着いたと同時に徐に左手を宙で動かした。さっきから観察している限り、これは魔術を使う予備動作のようだ。どこからか風が吹き俺の前髪が一房、乱れる。

俺のチートとカーリンのチート。それぞれどんな程度のものか試してみるのも悪くない。思わず口元が上がるとカーリンも同じ気持ちのようだ。赤い唇がゆるりと上がる。

いざ勝負、というところでドアをノックする音がした。

やばい、調子に乗った。俺とカーリンはその音にはっと意識を取られ、2人して反応が遅れてしまった。


「入りますよ、団長」


俺の返答なしにドアが開き、そこにはしっかりと髪を頭に撫で付け真っすぐと立つ副官リッカルド。本日2回目の驚いた表情だ。


「何を、されてるんですか」


「アッビアーティ様、大切なお話をしていると重々承知しております。私は改めますので」


リッカルドのすぐ後ろに姿を現したのは、小さな淑女。おそらくリッカルドが部屋の中の様子を無理に見ようとするのに遠慮しているのだろう。その揺れる淡い空色の髪を揺らしながら、大きな蜂蜜色の瞳でリッカルドに困ったような笑みを送る。ドアを開けた格好のまま静止したリッカルドに首を傾げながら、彼女は固まっている男が凝視する先に視線を移した。


「、、、やば、、」


俺だけに聞こえるように、カーリンが呟く。危うく俺も同じことを発するとこだったが、笑みを作っていた淑女の瞳が見開いたのに気付き、声が出ないように腹に力を入れた。その澄んだ瞳の中に、俺とカーリンが取っ組み合いをしている姿が映っている。よくない絵面だ。

よりによって、クラウディア皇女に目撃されるとは。


「、、、あ、ありがとうございます、チェーザレ様。転びそうになったところを助けて頂いて」


「あ、あぁ。大丈夫ですか、カーリン殿」


若干上ずっていたが、拙い言い訳に一先ず乗ることにした。さっきまで魔術を発動しようとしていたカーリンの左手を取り、腰を支えながら両足が床にしっかりと着くのを確認してから、一歩下がる。俺の動きに合わせるようにカーリンは手を放すと、ローブの両端を持ちながらゆっくりと腰を折った。


「新しく仕立てたばかりでまだ着慣れず、裾を踏んでしまいました。お恥ずかしい限りです」


「いえ、こちらこそ失礼致しました。お怪我が無いようで何よりです」


胸に手を当て騎士の礼を取り、外向けの笑み浮かべる。同じように”清楚な聖女”の笑みを浮かべるカーリンと一瞬だけ目を合わせてから、部屋の訪問者へと顔を向けた。部屋に入ってきたときと同じ格好のままの目撃者2人に笑みを浮かべる。


なくはない状況だ。ローブの裾を踏んで転びそうになった聖女を騎士が助けた。それだけだ。疚しいことなど何もない。そう頭の中で何度も自分に言い聞かせる。驚きから怒りに顔色が変わってきたリッカルドを無視し、俺はクラウディア殿下へと歩みより、その場で跪いた。


「クラウディア殿下、このような場所にいかが致しましたか」


「あ、の、、、申し訳ございません。その、、、


跪いたことで下から見上げるクラウディア殿下の瞳は、驚きと戸惑いを残しながらも一回だけカーリンに視線を移し、俺に戻してからはいつもの皇女としての笑みを浮かべていた。


「お取込み中、でしたか」


気の回した台詞、殿下からは聞きたくなかった。


「とんでもございません。何か、火急の用でしょうか」


思い切りの笑みと一緒に戸惑いが出ないよう慎重に声を出した。背中から異様な視線を感じるが無視だ無視。おそらくカーリンだが早くその紅い瞳をフードで隠すぐらいしろよ。リッカルドの顔が余計に渋くなるだろうが。


「はい。フロリアーナ第一皇女から言伝を預かっております」


いつもの物静かなクラウディア殿下の声に、何かの宣告を告げているように感じて一瞬背筋が凍った。

フロリアーナ殿下からの言伝。間違いなく先程の演練対する処分だ。いくら演練な上にカーリンが傷を癒したとはいえ、帝国の第一皇女に怪我をさせたんだ。ただでは済まないな。


「この度はフロリアーナ皇女殿下に大変失礼なことを。決して許されることではないと分かっています。このザッカルド、いかような処罰も」


「話は最後までお聞きください。騎士団長ザッカルド」


俺の言葉を遮るようにクラウディア殿下は言葉を重ねた。役職を含めた物言いに、一瞬で部屋に緊張が走る。普段は柔らかい雰囲気のクラウディア殿下だが、彼女も正当な皇女殿下だ。厳格な雰囲気の口調に、身体が固まってしまった。

体裁上の謝罪も聞き届けてくれないとは、余程怒っているのか。無理もない。大切な姉君を目の前で吹っ飛ばしたんだ。いくら聖女と言われるクラウディア殿下でも許してはくれないだろう。


「失礼、致しました」


深々と頭を下げ神託を待つ。よくて死罪。悪くても死罪。どう考えても、死罪は免れない。


「顔をお上げください」


上げたらきっと、あの真っ直ぐな蜂蜜色の瞳が俺を見下ろしている。澄んだ瞳の中に怒りと軽蔑が籠っていると思うと、生まれて初めて恐怖を覚えた。


「はっ」


覚悟を決めてゆっくりと溜めてから俺は顔を上げた。

この際、死罪だったら逃げよう。帝国を出て、カーリンを巻き込んで魔王討伐クエストにでもやろう。倒したら倒したで、放浪の旅にでも出ればいい。このチートだ、恐らくどこででもやっていけるだろう。


だが、この蜂蜜色の瞳にもう二度と捉えてもらえないのは、残念だ。あの夜噴水で過ごした甘い時間がまるで夢だったように思える。もう一度あの時をとどこかで期待していた自分が、愚かだった。視界の上から俺を見下ろすその大きな瞳の中には、いつになく真剣で、なんとも情けない表情の男の顔が映っていた。


「申し上げます」


部屋に小さくもよく響く声に、俺はもう一度頭を深く下げた。


「”此度は突然の催しにも関わらず、迅速な素晴らしい対応でした。国賓へのもてなしだけでなく、民たちへ魔の物に対抗しうる力を帝国が持っているのを示せたと感じています。この功績を称えて、此度の大将戦で起こったことは一切不問にします。帝国騎士団長たる絶大な力をこの身に感じました。その力を以てすれば、民を苦しめる魔の物を全て無きものにすることができるでしょう。今後も民の盾となり、剣となり、その身を帝国に捧げ続けることを切に願います。”」


一気に言い終え、クラウディア殿下は正していた姿勢を崩して、少し下にあった俺の視線と合わせるように体を屈めた。


「何もお咎めはありません、ザッカルド様」


最後の一言に、はっと顔を上げる。落ち着いたクラウディア殿下の声が心に深く響いた。


「不問、ですか」


「はい。”なおこれは皇族一致の正式な決定となります。異を唱える者はダヴォリア帝国そのものに反旗を翻したと捉え、死罪とします。”とのことです」


「しかし、私は」


「異を唱えるのであれば死罪となります、ザッカルト様。貴方を失ったら、我がダヴォリアは帝国内だけでなく国外への対応もしなくてはいけません。そのお力が”帝国の象徴”としてのお姿でもあることを、お忘れなきよう」


「、、、有難きお言葉、心より感謝致します」


クラウディア殿下の言葉に、俺は今まで以上に深々と頭を下げた。

”象徴”という言葉が、嫌に頭に響いた。カーリンはノルドハイム国の”象徴”である聖女。俺はダヴォリア帝国の騎士であり”帝国の象徴”。そんな2人がこの時代、同じ世界に転生しているなんて、まさに”運命”。まさにテッパンだ。


そっと下げた視界からカーリンを盗み見ると、先ほどまでの意味深な視線を止め、俺の目の前に立つクラウディア殿下へと移していた。その紅い瞳は何かを見定めているような、そんな強い視線だった。


「それと」


こつりと小さく靴の音がしてから、クラウディア殿下がカーリンの方へと歩み寄る。彼女の前で足を止めたクラウディア殿下は、そっと淑女の礼を取った。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。ようこそ我がダヴォリア帝国へとおいで下さいました、聖女様」


強い視線を緩め”聖女”としての笑みを浮かべているカーリンは、自身よりも小さい皇女殿下に同じように淑女の礼を取る。


「御歓迎頂き感謝致します、ダヴォリア帝国第二皇女クラウディア殿下。先ほどは名も名乗らず大変失礼いたしました。カーリン・ヴァ・シュヴァルツと申します」


「素敵なお名前を教えて頂き、ありがとうございます。偉大なる聖女様に対して、我々ダヴォリア皇族こそ大変失礼は振る舞いをしてしまいました。どうぞ、お許しください」


「とんでもございません。私なんて田舎出の者です。大帝国の皇女殿下たるお方が謝罪など」


「お噂通り、とても御心が御広い方で感謝致します」


淑女2人の会話を聞きながら俺は立ち上がり、まだドアを押えたままのリッカルドに閉じさせるよう目配せをする。ようやく動いたリッカルドは静かにドアを閉めると、俺の一歩後ろに控える。若干、視線に殺気が篭っている気がするのは、気のせいだろう。


「団長との大切なお話し中にお邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」


「いえ。必要なことはお話しさせて頂きましたので」


「それは幸いでした。実は聖女様にも言伝を預かっております」


「私に、ですか?」


カーリンにも伝言ということは、先ほどの闘技場のことだろう。派手に治癒の力を見せびらかせたんだ。あのレベルの治癒を施せる”貢献者”はこの帝国にはいない。


「フロリアーナ第一皇女が聖女様とお話しがしたいと申しております。お疲れのところ差し出がましいのですが、足をお運び頂けますか」


やはり直接”聖女”から聞き出したいか。本人の言う通り、派手に登場したからな。皇族方は黙っていないだろう。それにあれほどの力だ。他国の”聖女”とはいえ、帝国に欲しいと思ってもおかしくない。


「もちろんです。お伺い致します」


「それでは参りましょう。お部屋の前までですがご案内致します」


「クラウディア皇女殿下もご一緒ですか?」


「はい」


「それでは殿下にお手間をかけさせてしまいます。宜しければ騎士の方のご案内でも」


「ですが」


クラウディア殿下を見つめた後、ゆっくりと紅い瞳が俺に向く。”聖女”の清楚な笑みを浮かべているが頭の中に響いた声が、それを台無しにした。


”こちらの殿下だったのね、幼女趣味(ロリコン)


思わず舌打ちしそうになった。いつか本気で殴ってやるからな。

そんな俺の様子が面白いのか少し口元を上げたカーリンは、クラウディア殿下に跪いて持っていた即席花冠を差し出す。それを首を傾げながらも笑みを浮かべながらクラウディア殿下は受け取った。


「此度の突然の申し出について、受け入れて頂き本当に感謝しております。先ほど概要をチェーザレ様に少しお話し致しました。ダヴォリア帝国の聖女様であるクラウディア皇女殿下の御耳にも入れられた方が良いかと思います」


「そんな。私は、そのような立派な者では」


「ご謙遜を」


クラウディア殿下の小さな両手に収まった冠を形作る葉花がゆるりと動く。カーリンが左手をゆっくりと動かすと編み込まれていた枝が解け、別の小さな形を作っていく。それがふわりと風で舞い上がった薄い空色の髪が落ち着くと共に、クラウディア殿下の編み込まれた髪の網目一つ一つに収まっていった。

あっという間に生花で彩られたクラウディア殿下の髪は、その薄い色素と濃い花びらの色が合わさってまるで花の精のようだった。


「い、今のは」


「”聖女”であるクラウディア皇女殿下に、細やかながら」


まるで秘密を共有するようにカーリンは人差し指を自身の口元に当て、ゆっくりと立ち上がる。黒いフードを戻しながら廊下へと進む。その後を追うようにリッカルドに指示を出すと、カーリンはドアの前で振り返った。


「それではチェーザレ様、また今晩にでも」


俺の返事を待たずに自らドアを開け、カーリンは退室する。廊下で待機していたクラウディア殿下の近衛騎士に追いついたリッカルドが事情を話すと一人の騎士が、カーリンを伴って廊下の先に姿を消した。


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