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旧友

ついに聖女殿の正体です。うすうす気づいている方もいらっしゃると思いますが、、、。

聖女が待っている部屋は、騎士団の謁見室の一つだ。俺の執務室の近くに位置し、公城の中でも機密性を重視した壁の造りになっている。部屋の中でよほど暴れなければ、廊下には会話が届かないぐらい壁が厚めに作られていた。そこに向かうまでの廊下で、意味ありげに俺に視線を送ったり、小さな声で話したりと先の闘いについての噂話が既に騎士の間で広がっていた。

それにいちいち反応するのも面倒で、早々に部屋に辿りつきドアを開けると、そこにはソファに座った黒い影が2つ。枢機卿とフードを被った”聖女”だ。向かい側のソファの横には、リッカルドがいつもの笑っていない笑みで姿勢よく立っている。


「お待たせ致しました」


「どうも騎士団長殿。これ、とても美味しいですね」


向かう合う様にソファに座ると、枢機卿は用意してあった焼き菓子を頬張りながら応える。口にものを入れながら器用にしゃべるものだと呆れながらも関心した。聖女は変わらずフードで顔を隠したまま俯いている。


「急にお呼び立てして申し訳ございません」


「いえいえ。これ、帰国の際にお土産にしたいですね。あとでお店を教えてください」


枢機卿が明後日な内容と共に応える。菓子の土産なんて、いくらでも手配してやるから食べるのを止めて欲しい。咳ばらいをして聖女にわざとらしく視線を送るが、変わらず。漫才でもやってるのか、この2人。

さて、どう話を切り出すか。


「あぁ、そういえばお話をお聞きしたいと」


「えぇ。”聖女”殿に、ですがね」


含みを込めた言い方をすると、ようやく聖女は顔をこちらに向けた。フードの影の中から、またあの紅い瞳がこちらを見つめている。人払いの意図は同じだろう。紅い瞳の視線が枢機卿、リッカルドと順に移っていく。彼女の瞳と予想だにせず重なったリッカルドは、俺の紅茶をテーブルに置きながら珍しく驚いた表情をしていた。


「この御方は我がノルドハイム国が愛する大切な聖女です。お話なら私も一緒に」


「申し訳ないが、貴殿には退室頂きたい」


「う~ん」


片眼鏡をいじりながら枢機卿は困った困ったと呟いているが、焼き菓子を口に運ぶのを止めていないところを見るとあまり困っていないだろう。初見からこの枢機卿は随分と無作法な男だな。こんな男が国教の最高峰の席に座っているとは、にわかに信じがたい。


「私は構いません」


枢機卿が焼き菓子を噛む音と共に、聖女のか細い声が聞こえる。それを特に反応もせず、枢機卿は再び焼き菓子の皿へと手を延ばした。


「宜しいのですか、愛しい聖女」


「ご心配には及びません」


「そうですか。貴女がそう言うのでしたら仕方がありませんね」


白々しく首を左右に振り、枢機卿は立ち上がる。リッカルドに枢機卿の後を追わせると、ドアの目の前で枢機が立ち止まった。


「それ、頂いても?」


振り向き様に枢機卿はテーブルに残っていた焼き菓子を指差す。黒いフードの中から、小さな溜息が聞こえた。俺は了承の意を伝え、ついでに追加も用意してやれと指示を出して、皿をリッカルドに手渡す。リッカルドから皿を受け取った枢機卿は満足そうに笑みを深めた。


「続きの間で待って頂こう。リッカルド、お前はそこで待機しろ」


「私もですか?」


「デル・ピエロ部門長も呼べ。枢機卿とも話が合うだろう」


俺の指示に嫌な顔を隠しもせず、リッカルドは立ったまま焼き菓子を頬張り始めた枢機卿の前を進みドアを開けた。枢機卿が当然のように廊下へ出ようとすると、その隙間から警備のために配置した騎士以外の騎士が顔を覗かせているのが見える。呆れた騎士達に鋭い視線を送ると、そそくさと逃げ出していった。

全く、持ち場に着けと言っただろうに。今度の訓練は厳しめにしてやる。


少し騒がしい廊下のドアが閉まると、俺と聖女。2人だけの静かな部屋となった。俺はゆっくりと紅茶を口する。聖女はドアの先の騎士たちが気になるのか、ドアのほうに顔を向けている。本来の騎士以外の気配がいなくなると、聖女はゆっくりと顔を戻した。俺は熱い紅茶が喉を通るのをじっくりと味わってから、口を開いた。


「お聞きしてもいいでしょうか。貴国での”悪魔”について」


外に音が漏れないようにできるだけ静かに声を出す。まずは”建前”の話題を振った。それが分かっているはずの聖女は気にせず、ゆっくりと俺の問いに答えた。


「このダヴォリア帝国で多発している魔物と何らかの関連性があると考えています。ノルドハイム国でも、同様に異形の、それも穢れを持つ何かが突然現れ、民を苦しめています。それに対して、私含め国の騎士団と対処に追われているのですが、日々消耗するばかり。疲弊した騎士や民の心は、信仰だけでは救いきれない程にまでなって、、。根本的な解決をしなくては、いずれ国が亡びるとノルドハイム国の王は危惧してます」


「こちらも同様の見解を持っています。こうして遥々ダヴォリア帝国までいらっしゃったということは、何か”根本的な解決”について糸口を得られたということでしょうか」


「詳細は明日以降に皇族の方々も含めた場で、お話し致します。ですが、これだけはお伝えしておきます。この”戦い”に勝つためには、騎士団長殿。貴方が必要です」


言葉の締め括りと共に、聖女は黒いフードをゆっくりと外した。現れた容姿に俺は思わず口元が上がった。それは確信が確信を生んだのと同時に、この空気がおかしくなったからだ。

彼女も同じことを感じたのだろう。紅い瞳と赤い唇が含みを持った笑みを作っている。ここで大笑いしなかっただけ、お互い我慢が出来た方だ。


「で?」


「ん?」


”聖女”の口元がさらに上がる。その悪戯っ子のような笑みに俺は吹き出しそうになった紅茶を我慢し、零れないようにカップをテーブルへと戻した。ついに我慢が出来なくなったのか、か細い声でくすくすと笑う声が聞こえる。


「先に笑ったな」


「ふふふ、ごめん。耐えられなくて」


「俺の勝ちだな、、、ははっ」


彼女の笑い声に、俺も合わせて声を出して笑った。ソファに背を預けて畏まった姿勢をお互いに崩し、ひとしきり笑った後に俺はまだ漏れる笑い声を手で押さえながらようやく話の続きを口にした。


「ったく、どこから聞けばいいんだか」


「くくっ、まぁ遠慮なく」


「じゃあお言葉に甘えて。さっきの力、あれはなんだ?」


闘技場でフロリアーナ殿下の傷を一瞬で癒した力。それが何物なのか、聞かなくても何となく察したが、一応聞いておこう。


「分かってるくせに。聖女なんだからヒールが使えるって。安心して、皇女殿下は傷一つ残っていないわ」


「だろうな。宙に浮いていたよう見えたのは、なんだ」


彼女はやれやれと息を吐きながら、足を組んで背を大きくソファへと預けた。徐に左手を宙で動かすと、ドアの近くに飾られていた花瓶から花が数本浮き、こちらへと向かってくる。彼女の前まで来ると、浮いた花々はくるくると回りながら細い茎が編み込まれていき、よく見る花冠が出来上がった。


「風の力か」


「まぁ。もう少し得意なこともあるけど」


くすくすと笑いながら、花冠を手にし聖女は自身の黒髪の上に乗せた。


「もっと良いリアクションを期待していたのだけど」


「どの口が言う。広間で仄めかしたくせに」


「あら気付いてくれたの、嬉しいわ~」


「白々しい。それにこれでも騎士団長だ」


「そんなこと言って~加減しないと。さっきだって、私が手を出さなきゃもっと酷いことになってたんだから」


「それは、お前がっ、、いや、本当に助かった」


どうやら風の力でフロリアーナ殿下が壁に叩きつけられる衝撃を緩和してくれたらしい。それであの衝撃でも即死を免れたのか。


「もっと敬いなさい。せっかく派手に登場してあげたのよ。感動の再会で抱き着いてくれても良かったのに、余りにも反応が薄かったから寂しかったわ。数の女性をお手付きした色男ならと期待していたのに。その上、皇女殿下まで泣かせるなんて、ほんと悪い男ね」


「言い方っ。お前、ほんと昔っからそういうところあるよな、霞凛」


「あらありがと、伊織」


褒めてねぇっての。

互いの以前の名前を呼び合い、俺たちはまた声に出して笑い合った。


そう、目の前の”聖女”を俺は知っている。俺の知る名前は朝倉霞凛。前世で最後に一緒にいた友人だ。学生の時に同じ授業を受け、同じ課題に取り組み、同じゼミに通った古い仲だ。同じくもう一人、長い付き合いをしていた友人と3人でよく若さゆえの時間を過ごしていたが卒業、就職、結婚と時が経つにつれ、お互いに疎遠になっていた。久しぶりに霞凛と会い、一晩中懐かしい話に花を咲かせた翌朝、"俺たち"はトラックに轢かれたんだ。


その後、どうなったのかと思っていたがまさか同じ世界に転生されているとはな。


「随分とイケメンになったのね、伊織」


「こっちではチェーザレだ、霞凛」


「失礼、チェーザレ・ヴァリ・リタ・ザッカルド。歴代最年少騎士団長、数多の民を魅了する青い流星」


「青い流星は止めろ!」


「あはは。ごめんごめん。私はカーリン。カーリン・ヴァ・シュヴァルツと名乗ってるの」


「前のとあまり変わらないな」


「まぁ、ね。見た目も以前に近いものでしょう」


「確かに」


俺は0歳児から転生をしていて全くの新しい生を生きているが、カーリンは以前の名残が多い。前世では一般的だった黒髪もこの世界では希少な存在だ。

ふと、カーリンの首元に光る指輪が目に入る。前世では、カーリンは結婚していたはず。その時に彼女の夫と交わした指輪だ。


「カーリン、それ」


「あ、あぁ。これね。そう結婚指輪。少し形が変わっちゃったけどね」


俺に見せるように持ち上げた指輪は、カーリンの言う通り記憶よりも少し輪が小さい気がする。指輪を意味ありげな表情で見つめるカーリンに、俺はあまり深くは聞かなかった。きっと、彼女もこの世界にきて色々とあったのだろう。


「聞かないのね」


「別に」


「あら、紳士的ねザッカルド様」


「様はやめろ、気持ち悪い」


「ひどっ」


「チェーザレでいい」


「なら、私もカーリンで。私と貴方の仲じゃ、今更だもんね~」


ふふふと笑いながらカーリンは、温くなった紅茶を口にした。お茶請けは全て枢機卿が持って行ったので、別の物を用意しようと言ったが、いらないと返ってくる。枢機卿はあれが平常運転で慣れているらしい。今晩のデザート、多めに作るようあとで厨房に伝えておこう。


「さて、どうしましょうかね」


またカーリンが左手を宙で動かすと、飲みかけの紅茶がカップから浮き上がってくる。宇宙空間で水が漂うように、茶色い液体がくるくると回り、輪を作った後で静かにカップへと戻る。それを目で追いながら、飲み物で遊ぶなと呟くと、カーリンは笑みだけで返してきた。


「じゃあ遠慮なく聞くとするか。まず一つ」


「えぇ、どうぞ」


色々聞きたいことはある。本題の”悪魔”のことも、転生のことも俺よりは知ってそうな素振りだ。だが、その前にどうしても聞いておきたい。


「お前のチート、それだけか?」


「え、そっち?」


「だって気になるだろうが。同じ転生した仲なんだ、まさか治癒と風、水だけだなんて言わねぇよな」


そう、色々聞きたいことも聞かなくてはいけないことあるが、個人的にはまずチートの内容だ。別に前世のゲーム脳とかオタク魂とかからでは、決してない。当然、この世界の危機に関わることならなおさら知っておきたい。が、正直建前なことは否定しない。

俺の真剣な顔がおかしかったのか、カーリンはぷはっと吹き出して笑い、涙目でばしばしとソファを叩きだした。

おい、さっきまでの清楚な”聖女殿”はどこにいったんだ。


「気になるよね~。うんうん。私もチェーザレのチート、すっごい気になった!」


「なったって、お前は俺の事知ってるのか」


「まぁ、貴方よりは詳しいと思う」


「ずりぃ。知ってること全部吐けよっ」


「刑事ドラマの尋問かいっ」


「かつ丼はねぇが、似たような物なら手配できるぞ」


「いやいや、詳しくはWebでカチッと」


「できるか!」


久しぶりの気兼ねない会話で、しかも前世の言葉での会話は楽しかった。また声を出しながら笑い合う。昔の調子で話をしているととても懐かしくて、ついつい調子に乗ってくる。


「ほら、吐け吐け~」


「分かった分かった。悪人顔になってるから」


「悪い男だからな」


「嫌味~。まぁ、ゲーマーだった貴方に話すのは少し気が引けるけど」


「なんだそれ」


「まぁまぁ。前世でやってたゲームの中で出てきた属性、覚えてる?」


「俺を誰だと思ってんだ。定番の四大元素は火、水、風、地。物によっては、木や氷、雷と色々あるが」


「そうそう。治癒や強化の力も足して、その全部が使えるオールランナーな魔術師、ってのが私、”聖女”」


「チートじゃねぇか!」


「だから、チートだっての!!」


思わずツっこんでしまった。


「チェーザレだって身体系のチートでしょう。体つきは見ての通り、背も高くてイケメン。鍛えられた筋肉、パワー、スピード、瞬発力、そして回復力全てが桁違いなんだから」


「どうも。聖女様にお褒め頂き光栄です」


「心が籠ってない」


「籠めてないからな。全属性とか、、少し羨ましい」


「全部と言っても、闇系はないんだけどね。この世界のルールとして、闇と光の2つは特定のものにしか現れないみたい」


「ルール?」


「そう。ルールというか先天的なものかな?闇属性は魔物特有のものと考えていい。その大元が魔王。ラスボスってわけ。それが所謂”根本的な対策”のゴールよ」


やはり、魔王が出てきたか。本格的にそれっぽくなってきた。帝国にとって、この世界にとって重大なことだとは分かっているが、胸の高鳴りが止まらない。


「私と貴方。2人のチート勢がそろえば魔物も魔王も簡単に倒せそうじゃない?」


「確かにな、、、待て、ってことは帝国をしばらく離れることになるのか」


「まぁ、そうね。なに、離れたくない理由でもあるの?」


「う~ん、そうだなぁ」


ふと、クラウディア殿下の顔が浮かぶ。


「ふ~ん」


なんだよ、その意味深に上がった口元は。


「貴方はかなり変わったもんね。イケメンになったし、紳士的?クール?色男?随分と悪い男になったじゃない。い・お・り」


「チェーザレだ!」


何なんだよ、何が言いたいんだ。深まった笑みがむかつく。拳を打ち込んでやろうか。少しぐらい平気だろう。なんせチート聖女様だ。


「まさか皇女殿下と、ねぇ」


絶対違う方を思い浮かべてるな。


「、、、お前、それ信じてるのか」


「だって、船に乗っているときから皆その話題ばかり。嫌でも耳にするよ」


皇族をも巻き込んだ国の噂が、船上でも広がっているとは。他国にも随分と広まっているのは確実だ。本当に面倒なことになった。


「あれ、違うの?」


「違う。フロリアーナ殿下は、俺の事を好きじゃない」


「でも、貴方は好きなんじゃないの?」


「違う!俺はっ、、、もう、その話は勘弁してくれ」


カーリン一人にですら否定するのも訂正するのも面倒だ。

くるくると自分の黒い髪を指で遊びながら、カーリンは冷めきった紅茶のカップを手に取り、また左手を動かす。すぐに紅茶から湯気が浮かび、淹れたてのような香ばしい香りが漂ってくる。

なんだその力の使い方、便利だな。


「俺も」


「はいはい。そういえば、紅茶派だったね。私は珈琲派だけど」


心底どうでもいい。

この世界では珈琲の原料となる豆はまだ発見されていない。同じカフェインでも紅茶がある世界で良かったと思う。

俺は復活した紅茶を口に含みながら、魔王の話に戻した。


「で、どうしたらいい?」


「私と一緒に魔王討伐クエストに出発!ってね」


「ゲームじゃないんだぞ」


「分かってるって~」


チート転生した騎士の俺と聖女のカーリン。2人で魔王討伐の旅に出る。まぁ、俺とカーリンなら昔馴染みで連携も取りやすい。某モンスターを狩るゲームじゃあ、結構良いバディだった。俺が近接で、カーリンが遠距離で。

ちょっと待て。よくよく考えると道中は俺たち2人っきりなんじゃないか。


「なぁ、カーリン。確認しておきたいんだが」


「なに?」


「お前、いくつだ?」


「なに急に。一応18歳ということにしてあるけど」


十分年頃の娘じゃないか。というか、見た目が幼く見える分、俺に分が悪い。


「あのさぁ、魔王倒しに行くのに異論はないんだが、俺たち2人か?」


「そうよ。だって、他の人たちを連れてったら逆に邪魔じゃない」


やっぱりか。俺はあっけらかんと答えるカーリンに大きくため息を吐いた。

いやカーリンの言いたいことは分かる。俺も同意見だ。だがいくら前世で友人だからって、この世界で若い男女が2人で旅とか、世間帯が悪い。

常識が違うんだ。俺だってこっちでは騎士であり、高位ではないとはいえ生まれながら貴族で紳士の一人だ。さすがに未婚の淑女?と2人っきりってのは。


「私が寝ている間に手ぇ出したら、反射魔術で丸焦げよ」


「寝込み襲わねぇっての」


「魅力ないかな、私」


挑発的に頭に乗せた花冠を傾けながら、また意地悪く口元を上げる。珍しい黒い艶髪と妖艶にも見える赤い唇。彼女に誘われて少しも心が動かない男は、いないだろう。

だが安心した。その仕草に俺は少しもときめかなかった。


「俺にとってはな。調子乗んなよ、物珍しい見た目のお前をモノにしたい輩はごまんといるんだから」


一応成人している年齢とはいえ、顔立ちは前世の人種に近く幼いものだし、体つきも細身で小柄だ。わざとなのか素なのか、どこか隙がありそうな雰囲気にも、男たちは加護欲をそそられるものだ。実際に前世でカーリンは少し抜けていた。


「大丈夫よ、私強いもの」


再びくるくると花冠を自慢げに宙で回してから細い腕でそれを抱きとめたカーリンは、少し笑いながら足を組み替えた。ローブに入ったスリットの隙間から白く細い足が微かに見え隠れして、一瞬どきりとした。言っておくが、決して欲情ではない。

そういうところだっての、天然が。


「で、魔王討伐クエストに向けて何か準備しておくことはあるのか?流石に明日出立、じゃないだろ」


「一応ね。しばらくこの帝国に滞在する予定だから」


「はぁ?聞いてねぇぞ。子供の遣いじゃないんだ。長期滞在には色々と手続きがあるし、その間泊まるところはどうする気だ。お前、仮にもノルドハイム国の聖女だぞ」


「ノルドハイム国の許可は貰ってるわ。ダヴォリア帝国の許可は、今枢機卿があの真面目そうな副官さんに書簡を渡してるところだと思うけど」


「俺抜きで話を進める気かっ」


「どうせ許可するしか手はないんだからいいじゃない。なんでもチェーザレを通さないといけないなんで、ブラックだわ」


適当な物言いに大きくため息を吐くと、幸せが逃げていくと言われる。誰のせいでため息ついてると思ってんだよ、こいつ。

まぁ、いい。何か魔物に対して策があるならカーリンの言う通り、俺は呑むしかない。皇族方の許可も必要だが、”聖女”からの申し出であれば、さほど問題もないだろう。


「”根本的な”解決策も含め、先に知らせておけよ」


「まだ貴方が伊織かどうか確信はなかったし、力の程度だって。それに」


流暢に話していたカーリンが、妙に言い留まる。どうしたと首を傾げると、立つように指示を出してくる。特に反抗することなく立ち上げると、カーリンも立ち、俺と向かう合う形になる。身長差がある俺たちでは、彼女が首をかなり逸らさなきゃいけない。それでも、踵を上げて俺の顔を覗き込んでくる。

すごい、微妙な距離に顔がある。別にお世辞じゃないが、こいつはどちらかと言えば美人の部類に入る。


「おい、近ぇよ」


「動かないで。よく見えないじゃない」


「いや、だから先に何か言えって。怪しまれるだろう」


「フロリアーナ皇女殿下に?」


「違ぇっての!」


だから、もう止めろって。別に卑しい気持なんかこれっぽっちもないのに、距離感がおかしいカーリンに振り回されてるとか、すごいイラつく。

漸く熱い視線から開放されて項垂れる俺を無視して、カーリンはう~んと何かを思案し始める。

なんなんだよ、全く。


「ねぇ、チェーザレ」


「なんだよ」


「貴方、本気になったとき、どんな感じ?」


「は?」


意味分からん。前提とか分かるように説明しろよ。


「こーそのー、頭がかーっとなったり、感情を抑えられなかったり、何かに取り憑かれたようになったとか」


そんな状態なんて、って、ふと先日のことを思い出した。


「この前、城内に魔物が現れた時、か」


「魔物、、もう少し詳しく」


「詳しくって」


取りあえず苛立ってはいた。魔物多発の件であぐねいていたし、まさか城内の、しかもクラウディア殿下の傍に現れるなんて。別に警戒を手に抜いたわけではないが子猫のこととあの夜のことで浮かれていた分、やられた感もあった。

それに。


「負けたの?」


「まさか。だが傍にいた殿下に、一滴だけ魔物の血がかかってしまった。普段はそんな失態はしないんだが、、、」


「何かあったのね」


そう。あの時、頭に血が上っていた、というよりはカーリンの言うように”何かに取り憑かれた”感じに近い。

あの声のせいだ。

目の前が真っ赤になってから、ぐるぐると体の中で何かの衝動に駆られて、一瞬視界が暗転して、クラウディア殿下の無残な姿を想像してしまった。その瞬間、あの声が俺を支配した。


-我のモノだ-


誰が、誰のモノだって言うんだ。


俺の答えに何かヒントがあったのか、カーリンはまたう~んと思案しなが

ら、さらに距離を詰めてくる。手に持っていた花冠を差し出してきて、俺は距離を取ろうとそれを受け取りながら一歩下がった。


「だから、近ぇって」


「広間で私の顔を曝そうとしたとき一瞬だけ貴方の目の色が変わったのよ」


「目の色?」


「そう。貴方の瞳は赤茶色。この世界では特段珍しくない色よ。でも一瞬だけ、深い赤の色がその瞳に光った。だからあの時、間違いないと思ったの。貴方が私と同じ転生人だと」


自分の紅い瞳を指さしながら、嬉しくてつい闘技場で少し悪戯しちゃったと笑って誤魔化すカーリンに、軽く舌打ちをしながら受け取った花冠を雑にその黒い髪へと戻した。痛いと文句を言いつつもカーリンは笑いながら、花冠と一緒に俺の手を握る。何事かと首を捻ると、何かを懐かしむようにはにかんでいた。


「貴方にまた会えて、本当に良かった」


不意打ちの素直な言葉に、俺の心臓はまた一度だけ鼓動した。別にカーリンにときめいた訳じゃない。消えかかっていた前世の記憶を、”あの時”を思い出して、懐かしくなっただけだ。


「あぁ、俺も。無事で良かった、カーリン」


「まぁ、一回ずつ死んでるけどね」


「それはお互い様だろ」


にかりと雑に笑うと、彼女もまた声を出して笑う。胸が擽られるような感覚になんだか恥ずかしくもあったが、それ以上に懐かしくて、胸が温かかった。

同じ境遇の仲間がいるってのは、案外安心するもんだな。


「さっきも言ったけど、詳細は正式に皇族方と騎士団の皆に説明するから、できる限り味方してね、チェーザレ」


「まぁ、異論はないがあまり勝手なことはするなよ」


「分かってるって~」


その言い方、多分分かってないな。カーリンはいつも俺の言う事を半分ぐらいしか聞いてない。


「というか、ノルドハイム国は機密国家だろ」


「公言の采配は国王からもらってきたわ。念のためで枢機卿を連れ立っているけど」


「監視役ってことか」


「彼が私を強く止めることはないから。むしろ、”聖女”を愛しすぎて、、、変態よ」


「愛しい聖女殿は、大変だな」


「それもお互い様でしょ、ザッカルド騎士団長様」


まぁなと答えてにやりを笑う。自慢げに笑う俺につられて、またカーリンが笑う。またこうやって、冗談を言い合って、馬鹿やっていけるのかと思うと楽しみだった。


「カーリン」


「何、チェーザレ」


「これから、宜しくな」


「えぇ、こちらこそ」


俺が右手を出すと、それをしっかりと握り返してくる小さな手。その温もりを感じながら、久しぶりに沢山笑ったとまた頬が緩んだ。

年が明けました。無事に過ごされていることを祈り。

いつもお読み頂きありがとうございます!

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