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帝国の聖女

今回はヒロイン、クラウディアの視点となります。シーンとしては「隣国の聖女」~「闘技場」です。

上半分を縫い上げた髪の上に薄い青の宝石が散りばめられたティアラが乗ると、鏡越しに侍女が満足そうに微笑む。それに応えるように笑みを作ると、顔を緩ませ侍女は一礼をして鏡の前から立ち去った。残ったのは薄い桃色の生地に青と赤の花、緑の葉が刺繍がされたドレスを纏った自分の姿。首には皇族の証である金色のチョーカーが巻かれている。


朝早くから着飾っているのは、今日がついにノルドハイム国の使者の方々をお招きする日だから。このような形で謁見をするのは私が知っている中では初めて。国賓として招かれるお二方を皇帝、皇妃、皇太子、第一皇女と私第二皇女でお出迎えをする。他、名だたる貴族と帝国議会の重役、帝国騎士団と堂々たる人物たちも、公城の大広間に集まることになる。


「クラウディア殿下、宜しいでしょうか」


侍女長が流れる薄い空色の髪を撫でながら、問いかけてくる。


「はい、参りましょう」


差し出された白い扇子を受け取り、私はゆっくりと立ち上がった。

他国の使者を最初にお出迎えする行為は、式典の一つとして扱われる。先に参加する皇族が大広間に入り、近衛騎士隊から順に帝国騎士団、議会、貴族らと入室する。皇帝が座る王座に向けて、大広間の中央に赤い絨毯が伸びる。その上を来賓が歩き、皇帝陛下へと挨拶をすることになる。


「失礼致します」


「おはよう、ディディ」


皇族専用の出入り口から大広間に入ると、既にテレンツィオお兄様が入室し進行の確認をしていた。既に終えたのか、近衛騎士に下がるよう指示をしてから、お兄様はご自身が立つ王座の横へと着く。


「おはようございます。申し訳ございません。何かお手伝いをと思ったのですが」


「大丈夫。早いくらいだ。もう少しゆっくりでも良かったんだよ」


「そう、ですか」


自分の立ち位置で足を止め、今日のために新調された絨毯を見つめる。短い毛が広がり、端には金色の刺繍とフリンジが装飾されている。皇族の証である金色に挟まれた中を歩くのは、特別な意味がある。歩く者にとっては、ダヴォリア帝国皇族からの承認を得ていると証明するために。皇族は歩く者をダヴォリア帝国にとって害のないものかを見定めるために。


「顔を上げて、ディディ。我が帝国の聖女がそんな暗い顔では、あちらの聖女に示しがつかない」


「ノルドハイム国の聖女様に示しなど、恐れ多いことです」


「そうかな」


こつこつと靴音を立てながら歩き、テレンツィオお兄様は腰を屈めて私の顔を覗き込んでくる。手袋が外され筋張った男性らしい手が私の頬を包むと、温かくて自然と顔が緩んだ。


「そう、その笑みだ。帝国中を照らすその微笑みを忘れてはいけない。俺たちはその微笑みにどれだけ救われてきたことか」


「そんな、、、」


「クラウディア、君はとても慎ましくて優しい。皆を隔てなく愛し、救いを与える我がダヴォリア帝国の聖女だ。だが、今日ここに来る者達にもその救いが必要かどうかは、陛下が決める」


「、、、はい、承知しております」


お兄様の言葉に、私は緊張でお腹の奥が引き締まった。噂ではノルドハイム国の聖女様はとても美しく、癒しの力を持つと聞く。そんな素晴らしい方と、国が違うとはいえ同等の名で呼ばれることに、何の力も持たない私はもっと意識をしないといけない。

ゆっくりと頬から離れたお兄様の手に、また白い手袋がはまる。しっかりと手が収まったことを確認してから、お兄様は腰を折り、私の右手を持ち上げてその甲にそっと口づけをした。


「大丈夫。俺が守るから」


「テレンツィオお兄様、、、ありがとうございます」


「愛するディディのためだ。リリーは今別のことに夢中で心配だからね」


お兄様の言葉に、どきりと胸が鳴った。”別のことに夢中”。それは、ザッカルド様とのことだろうか。


私の動揺に気付いていないテレンツィオお兄様は、片目を閉じて首を傾げるとゆっくりと私の手を戻してから、踵を返す。その先には、生地一杯に深緑の羽の刺繍がされた深紅のドレスを纏ったフロリアーナお姉様が立っていた。赤と緑の宝石で飾られたティアラが乗る編み上げられた木苺色の髪からが、皇族の証である金色のリボンが垂れドレスの背に付いた深紅のリボンととても調和がとれていた。


「失礼、皇太子殿下。今、聞き捨てならないことを仰っていませんでしたか?」


「リリー、いたのか、、、おぉ、フロリアーナ皇女殿下。今日もその美しい髪が輝いています」


「恐れ入ります。皇太子殿下も、今日は一段と素敵ですわ」


わざとらしくお兄様が腕を広げてお姉様に礼をすると、それに合わせるようにお姉様も持っていた白い扇子を口に当てながら、赤いレースの手袋をした右手をお兄様に差し出す。すかさずお兄様がその手を取ると、私にしたのと同じように口付けを落とした。それと同時にお兄様とお姉様もくすくすと声に出して笑い、少し悪戯をした子どものように口元を上げた。

その芝居がかったやり取りが微笑ましく、つい頬が緩んでしまった。今回の一件で一時は緊張が走ったお二人の仲だけど、やはりお互いに想い合い、信頼し合っている。今日はいつも以上に眩しく見えて。本当に、私のお兄様とお姉様は素敵な方々だ。


「ディディ、今日も可愛いわ」


「ありがとうございます、フロリアーナお姉様。お姉様もとても素敵です」


「ありがと。今日私は貴女の騎士よ。是非、見届けてほしいわ」


「はい。楽しみにしております」


そう、ノルドハイム国の使者方をお出迎えした後に、公城の一画にある闘技場で帝国騎士団と女性騎士隊の公開演練が行われる。その最後の試合、大将戦にはフロリアーナお姉様とザッカルド様が出場する。この試合の勝敗によっては、2人が婚約をするのではないかと巷では噂になっていた。本来であれば皇女としての務めの一つとして、他国へと嫁ぐはずのお姉様を、ザッカルド様が試合で自身の力を皇帝に示し、お姉様との仲のお許しを得るのだと。


私のためにと仰ってくれるお姉様を応援したい気持ちと試合が無くなってしまえばいいのにという悪い気持ちが、先の晩餐会から胸の中で渦巻いている。そんなこと思ってはいけないのに。ザッカルド様と同じ場所で、同じ立場で傍にいられるフロリアーナお姉様が羨ましくて仕方がなかった。


「意気込むのもいいけど、無茶はするなよ」


「あら、お兄様はザッカルドの味方をするの?」


「まさか、俺はどんなときでもリリーの味方さ」


仲睦まじい兄姉の会話は、皇帝と皇妃が入室してきたことで一旦お開きになる。皇帝しか羽織ることの許されない金の刺繍がされた紺色のマントを翻し、皇帝陛下を王座へと深く座る。同時に同じ紺色のドレスに金と赤の刺繍が入ったドレスを着た皇妃も、扇子片手に王座の横に座った。2人の後ろにはデル・ピエロ宰相が控えている。

表の扉が開くと、次々と参列者が入室をしてきた。皆、格式高い礼服とドレスを身に着け、皇帝に一礼をしてから絨毯の端へと並んでいく。その中に、一際大きな体と濃い紺色の騎士隊服を纏った人物が入室をして、人々がざわついてくる。彼に注目をしているのは私だけではない。先に来ていた貴族の御令嬢やその親族たちも、彼の堂々たる姿に見惚れている。


魔物襲撃の日から、一度もお話をしていない。私が療養のために部屋に閉じこもり、ザッカルド様は騎士団長としての執務に追われていた。会えない理由は頭で理解をしていても、会えない日々が重なると一人良くないことまで考えてしまっていた。私にした治療の事。ノルドハイム国の聖女様のこと。そして、フロリアーナお姉様とのことも。


ザッカルド様はノルドハイム国の使者方を受け入れる準備だけでも忙しいというのに、公開演練まで執り行ってくださる。普段もきっちりと纏めているけど、今日は一段とその濃い髪がまとまって、厳しめに細めている赤茶色の瞳も、いつも以上に凛々しく見えた。

部下の騎士達に忙しそうに指示を出している姿を見ると、自分の考えが幼く思えた。一目でもお姿を見れただけで幸福と思おう。そう心に決め、私はいつものように頬を緩めて真っすぐと表の扉に視線を向けた。


「ノルドハイム国使者方の御来城でございます」


大広間の天井に騎士の声が響き、音楽隊が歓迎の曲を演奏し始める。表の扉がゆっくりと左右に開かれると、外の光と共に2つの影が表れた。澄んだ靴音ともにこちらへと近づいてくる方々は、本日の国費。お2人とも全身を黒い服を纏っている。

前に歩くとは髪の長い男性。穏やかな笑みを浮かべている彼が恐らく枢機卿。彼の背に隠れるようにいらっしゃるのは小柄な方。頭から足元まで黒いローブでその姿は隠されているが、纏う雰囲気と所作で察する。彼女がノルドハイム国の聖女様。

線は細いけど、決して危なげではない。真っ黒の装いはダヴォリア帝国ではあまり見られないけど、彼女が纏うと神気で輝いているように見えた。フードで覆われている顔は、微かに見える細い顎先から整った顔立ちだと分かる。


やがて、皇帝の前までお2人が歩みを進めると近衛騎士達の槍の音と共に、曲が止んだ。


「ようこそいらっしゃいました、我がダヴォリア帝国へ」


「こちらこそ。急な申し出にも関わらず、このように皆様でお出迎え頂き感謝致します」


オスカーと名乗った枢機卿は片眼鏡越しで絶えず笑みを浮かべ、少し高い澄んだ声で宰相と言葉を交わす。一歩後ろに立つ聖女様はフードを取らず、その影の中から周囲の様子を窺っているように思えた。

前に垂れる黒い髪は窓から差し込む光に反射に、時に青にも、時に緑にも、赤にも見える。まさに虹色の艶髪だった。治癒の力を持つ方なのだ、その身に纏う色もとても美しい。


「お気遣い感謝致します。そちらにいらっしゃるのは」


「先にお知らせしておりました我がノルドハイム国が愛するの聖女でございます」


枢機卿の紹介と共に、聖女様はゆっくりと腰を折った。流れるように黒い艶髪も揺れるが、彼女の顔を覆うフードは少しも乱れなかった。そのまま姿勢を戻すだけで、名乗りもしない。

これはあまり、


「歓迎致します、聖女殿。大変申し訳ございませんが、その麗しいお顔を見せては頂けませんか」


少し厳しめの声色に変わった枢機卿の言葉に、参列者が騒ぎ始める。

異国の聖女様とはいえ、ダヴォリア帝国に入国したからには、こちらのマナーに沿うべき。そういった声が聞こえる。確かに、顔も晒さず名も名乗らないのは失礼に当たる。でも、あちらは治癒の力を持つ聖女様。何らかの理由のあるのでは。そう思い、枢機卿と聖女様の様子を見つめた。


「恐れながら、彼女は我がノルドハイム国民全ての寵愛を受ける清く儚い聖女様です。ここは、いささか人の目と耳が多すぎますかと」


やはり。聖女様は穢れなき存在。ノルドハイム国の方々全てが愛するほどの御方。事情を知らずに他国の私たちがどうこう言うのは、逆にこちらも品格に欠ける。視線だけで皇帝と皇妃の様子を見ると特に表情の変化はなかった。


「無礼ではないかっ!」


喧騒の中に響いた太い怒号に、体がびくりと反応する。何事かと声のした方を見ると、古くから帝国議会の議員を務める方が赤い絨毯に一歩踏み出していた。


「我らの目が穢れていると言いたいのか!!」


「いけませんね。常に笑みを絶やさぬことはとても大切なことなのですよ」


彼の怒号に枢機卿は臆しもせずに応えた。言葉通り、笑みを絶やさぬまま。威圧的な議員の声も、穏やかに返してしまう。流石、国教の頂点に立つ枢機卿。聖女様も特に動揺している様子はない。

やはり国の頂点に立つような御方は、少しの事で乱してはいけないんだわ。それに比べ私は、、、。


「下がれ」


陛下の一声で、議員は渋々と列に戻った。本来であれば、皇帝の許可なしに言葉を発する行為は重罪にあたる。ましてや、来賓をはかるための絨毯に足を乗せるるなど、あってはならない行為だ。それを一言で終わらせたのは、きっと”そんなこと”よりも目の前の使者方に興味があるからでしょう。


「とても素敵なお声ですね、皇帝陛下」


枢機卿の言葉に一瞬だけ皇帝の口元が上がる。彼らを、特に枢機卿の態度をお気に召したよう。わざとらしく聖女様の顔を窺うような動きに、今度は扇の向こう側で皇妃の口元も上がっているように見える。陛下はテレンツィオお兄様に視線だけを送り、お兄様は了承したと一礼をした。

お兄様は、一歩ずつ王座からの階段を降り、聖女様へと歩みを進めていく。


「ノルドハイム国の聖女殿。貴女はとても美しいと聞く。虹色に輝く黒い艶髪と熟れた果実のような紅い瞳。ここに居る者は全て、貴女の姿を一目見に集った」


テレンツィオお兄様からの甘い言葉にくすりとフロリアーナお姉様が笑う声が小さく聞こえた。お姉様の笑みがっ聞こえていないのか、参列者の御令嬢方からは感嘆の声が漏れている。皇太子だからだけではなく、端麗でお優しいお兄様からのお言葉に、否という御令嬢は少なくともこの帝国にはいない。それだけお兄様は魅力的でもあり、影響力のあるお方。そのため今回だけでなく、国内外の重要な交渉は既にお兄様が主に執り行っていた。


「私も、その麗しい姿を是非とも見たい。どうかその黒いベールを外してはくれませんか、聖女殿」


そんなお兄様からのお言葉に、清い聖女様はどう応えるのでしょう。


「恐れながら皇太子殿下」


あと少しで聖女様に触れられる、そんな距離までお兄様が近付いた時、か細い声が大広間に響いた。


「それ以上は」


声の持ち主はそう言って、そっとテレンツィオお兄様から一歩退く。これにはお兄様も不快な表情をして静止している。私も、驚きと共に理解できない感情が湧き出てくる。あちらの文化を尊重したいけど、大切なお兄様を、しかもダヴォリア帝国の皇太子を拒絶した行為は、許されるものではない。


再び戻った喧騒は、先程よりも怒気が籠ったものだった。このままでは挨拶早々に騒ぎになってしまう。騎士団の騎士は今にも暴れ出しそうな参列者を抑えようと動き始め、近衛騎士は私たち皇族の盾になるべく動き始める。


ふと、怒号と鎧の金属音の中で、静かに佇むザッカルド様が目に入った。騎士団長としての彼は、当然のように騎士達に指示を出しているけど、一瞬だけ体が固まった様に見えた。珍しく驚いた表情で見つめる先には、この喧騒の元である聖女様。

一体、何を見ていらっしゃるのかしら。


「皆静まれ。聖女殿の前で無様だぞ」


テレンツィオお兄様が一声挙げると、抗議の声と共に喧騒はゆっくりと静まっていく。前に出ようとした近衛騎士を退け、お兄様は再び笑みを浮かべて聖女様に声をかけた。


「我が帝国の者が失礼致しました」


「いえ。私こそ言葉が足らず、申し訳ございません」


「貴女は声も細やかで美しいのだな。ここでは人目につくと言うのなら、どこか私と2人になれるところではいかがか」


まるで情事を思われるような言葉に、参列者の中から黄色い悲鳴が聞こえた。数人、御令嬢が倒れる音がした。騎士達が駆け寄り彼女たちを抱えると、少し声を漏らしているのが聞こえる。

良かった、気を失っただけみたい。お言葉だけで御令嬢を卒倒させるなんて、お兄様の魅力は偉大だわ。


「恐れながら」


彼女たちを余所に、また聖女様が声を発す。先程も思ったけれど、聖女様の声はか細いのにとても通る、静かな声色をしている。聞いているだけでどこかが洗われそうな、でも何かを諭されそうな。そんな澄んだ声だった。


「皇太子殿下と2人きりというのは」


「と、仰いますと?」


「私はノルドハイム国では聖女です。しかし、このダヴォリア帝国では異端な存在。そんな得体のしれない私の傍に皇太子とあろうお方がいては。ましてや、、、」


表情は見えないけれど、フードの奥で聖女様が困っているのが分かる。


「どうか、その御身を大切にしてくださいませ」


聖女様の声に、王座から息を飲む音が聞こえる。振り向くと、陛下が目を見開き驚いた表情をしている。同じ表情をしたテレンツィオお兄様と同じく、ゆっくりと腰を折る聖女様の黒いフードを見つめている。


「私の身を案じてくれるのか」


「当然です、テレンツィオ皇太子殿下」


私は、私たちは反省しなくてはいけない。このような心が澄んだ方を、帝国のマナーや概念などを通して、一瞬でも評価をしてしまった。間違いだった。たった2人で軍事国家であるこのダヴォリア帝国を訪れ、このように囲み威圧的に見定められ、ましてや怒号が飛び交う中、怯えもせず震えもせず、真っ直ぐに立ち、相手国である皇太子の身を気遣う。このようなお方が、害のあるはずがない。

この女性こそが、”本物の聖女”様なんだわ。


「お気遣い感謝致します。しかし困った。貴女が危険な存在で私ではいけないというのであれば、誰ならば良いのか、、、、この帝国の中で一番強い者であれば、良いのか」」


「仰る通りかと」


どきりと胸が鼓動する。”帝国の中で一番強い者”、それが誰を指すのかは末まで言わなくても既知のことだった。


「分かった。ザッカルド、ここへ」


「はっ」


お兄様の掛け声で、ザッカルド様が参列から一歩前へと出る。腰に下げた帝国騎士団長の証である宝剣からする金属音が、静かに天井へと響いた。真っ直ぐと聖女様の方へ向かう大きな背中を私は思わず息を飲んだ。彼の背中越しに、黒いフードの中から紅い瞳がこちらを見つめていた。

私と目が合い、少ししてから紅い視線は横に、フロリアーナお姉様、皇妃、皇帝へと移っていく。この場の意味合いが逆になっている。我々ダヴォリア帝国の皇族達が来訪者を見定めるのではない。彼女が私たちを見定めている。

そう思えるほど、紅い視線は真っ直ぐで、有無を言わさぬ雰囲気が出ていた。


「失礼致します」


小柄な聖女様の前に辿りつき、ザッカルド様が彼女のフードに手をかけた。紅い視線がザッカルド様を移す。真っ直ぐに向けられた紅い瞳とザッカルド様の甘い赤茶色の瞳が重なると、彼の動きが止まった。見つめ合う、というよりは彼が彼女に見惚れているように見えた。

ずきりと、今度は痛みが伴った鼓動がした。互いの影になっていて2人の顔は見えない。どんな表情で、どんな想いでいるのか、分からない。

それ以上、見てほしくない。だって彼女は私と違って”本物の聖女”。きっと彼の心が奪われてしまう。

そう思うとずきずきと痛みが強くなり顔が歪むのを必死に耐えた。


「チェーザレ」


「失礼」


テレンツィオお兄様がもう一声かけて、ザッカルド様は漸く手を動かした。聖女様の魅力に我を忘れ、お兄様の言葉で現実に戻ってきたような様子に、今度はしゅくしゅくと胸が苦しくなる。


「っ」


彼が息を飲む声が聞こえた。胸の苦しみに合わせて、頭を殴られたような衝撃を感じた。目の前の景色がぐるぐると回り、ザッカルド様と聖女様だけが視界の中心に薄っすらと残る。

もう遅い。そう思った。きっとあの一瞬でザッカルド様の心は聖女様に捕らえられてしまったんだ。彼はいつも周囲に気を配り、俯瞰的に状況を見て、それでいて圧倒的な存在。そんな彼が公共の場で息を飲むようなことを、我を忘れる姿ようなことは初めて見た。


「もう、宜しいでしょう」


枢機卿の声が静かに響く。彼の声にザッカルド様は我に返ったのか、聖女様のフードを一度だけ強く握ったように見えた。テレンツィオお兄様に今見た状況を報告し、ザッカルド様は早々に参列へと戻る。その動作はいつもと変わらないはずなのに、私には少し楽しそうに見えた。


聖女様の非礼は、帝国騎士団長であるザッカルド様の確認と皇太子であるテレンツィオお兄様の言葉で不問とされた。その場では誰も声を上げなかったが、表情から納得いっていない人は多かった。そんなことはお構いなしにと、初見の儀を終えた枢機卿と聖女様は踵を返し扉へと向かっていく。

その小さな後ろ姿を、ザッカルド様は見つめていた。まるで別れを惜しむような姿に私は早々にその場を辞したかった。でもここで勝手に動くわけにはいかない。皇帝から順に退室するのを待つ間、私は表情を戻すよう努めた。

私たちが退室する度に礼をする参列者。いよいよ自分の番が来て、ザッカルド様の前を通るときには恐らく皇女としての顔を作れていた気がする。背中で扉が閉まる音を確認してから、私はずっと握り締めていた扇子から片手を離した。思った以上に力を入れていたのか、離した手が震えているのに気づき、少し笑ってしまった。

情けない。あのようなことで動揺するなんて。


「クラウディア、どうしたの?」


「いえ、なんでもありません。お姉様」


前を歩くフロリアーナお姉様にいつものように答えて、私は笑みを浮かべた。


大丈夫と、お姉様に嘘をついてしまったと少し胸が痛かった。でもふと気付く。今まで私は”皇女として”を言い訳にしてずっと嘘をついてきた。大丈夫。構わない。そう言葉と笑みを繰り返したて、家族に、周囲の人に、自分に嘘をついてきた。本当は、と思うときりがない。

全然、”聖女”に相応しくない。嘘つきで、子どもで、わがままで、見栄っ張りで。




だからきっとこれは罰なんだ。私がそう覚ったのは、闘技場に響いた大きな音と乱れる赤髪、揺れる黒い艶髪とそれを見つめる赤茶色の瞳を見た時だった。


心配してくれるテレンツィオ皇太子に大丈夫と見栄を張った。本当は彼のことで頭が一杯でまだ部屋で一人で居たいと思っているのに。私のために戦ってくれると言ってくれたフロリアーナ殿下に、応援していると嘘をついた。彼と彼女のことが気になって上の空で、戦う姿を碌に見ていないというのに。だからきっと。


『フロリアーナっ』


隣に座るテレンツィオお兄様の悲痛な叫びが聞こえた。はっと闘技場を見るとそこに立っていたのはザッカルド様のみ。また一瞬だけ彼はどこかに気を取られていた。彼の視線の先が分かってしまい、また胸が苦しくなった。


『殿下、落ちてしまいますっ』


『早く医療班を呼べ!』


お兄様の叫び声に、私はようやくフロリアーナお姉様が壁に叩きつけられていることに気付いた。なんてひどい妹なのだろう。その身をもって愛してくれる姉よりも、想い人を優先させるなんて。

もし私が正直に気持ちを伝えていたら、何か変わったのだろうか。お姉様は”私のために”と称して彼と戦うことをしなくて済んだのだろうか。そしたら。

もしの話が頭の中を巡り、それでもザッカルド様から目を離せなかった。途中、聖女様が広場に降り立った時も、フロリアーナお姉様があの衝撃の中立ち上がった時ですらも、私はずっとザッカルド様を見つめていた。やはり、彼は少し楽しそうにも見えた。


本日から年末年始ということで、1月3日まで連日投稿となります。更新時刻は年末年始感(笑)を出して、0時にしました。

勇み足にならないようにしたいです。

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