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諜報

いつもお読み頂きありがとうございます。今回も長め。ロレンツォの兄上が登場します。ガサツな性格で言い回しが少し乱暴な表現があります。

先日発生した城内の魔物による襲撃の後処理を早々に終わらせ、俺はあの日の憶測について模索していた。勝手な妄想であればいいと願っていたが、このタイミングで来る案件なら、お決まりのルートに違いない。


ヴィットーレとロレンツォに北国からの申し出と魔物の多発についての関係性を話すと、予想以上に食いつきが良かった。ヴィットーレは通常の任務を調整し、早々に北国との国境国である彼の故郷に馬を走らせ、ロレンツォは文献から知りうる限りの北国の情報を集め、魔物についての詳細な情報を出すよう研究部門へと手配をかけてくれた。


俺は北国ノルドハイム国からの使者の早急な受け入れを皇太子、また皇帝へ申し出た。返答は良いものだったが、おまけも付いてきたのは意外だった。俺の申し出を即日で快諾してくれたのは良かったが、数日経ってからノルドハイム国の使者を歓迎する催し物に新しく設立される女性騎士隊と現騎士団の公開演練が行われることになった。


まさか俺の頭の中だけで構想していた案をフロリアーナ殿下も考えていて、水面下で話が進んでいたとは思いもよらなかった。おかげで俺とフロリアーナ殿下が、実は裏では既に深い仲だや運命の人だなど、当人達の気持を置いてきぼりに帝国民の中では俺たち2人は勝手に恋仲になっていた。しかも演練の大将戦をロレンツォの兄アドルフォ副団長から俺に変えるよう、フロリアーナ殿下直々のご指名があったもんだから。。。


ここ数日、俺は誰からともなく発せられる殺気を感じながら過ごしていた。これがどちらの殿下派からのものなのかは、考えないようにしている。


執務椅子に背を預け歓迎会の日程表に目を通しながら、俺は大きくため息をついた。時間的にも余裕があり、俺自身が演練に出場したとしても、問題ないように警備配置も抜かりはない。演練のに参加者に、先日久しぶりに顔を見た親父の修練生の名前もあり少し嬉しくもあるが。

大将戦に記載されている俺の名とフロリアーナ殿下の名に頭が痛い。


当然、負けるかもしれないなんて心配はない。誰が見ても実力は俺の方が上だ。だが、一瞬で勝負を決めてしまっては面白味もない、北国への接待にならない。だからといって手を抜いたら抜いたでフロリアーナ殿下の反応が容易に浮かぶ。どう転んでも面倒だ。


何故、このタイミングでフロリアーナ殿下は俺を指名したんだ。嫌われていると分かっていたが、不本意な恋仲説が立っている中、俺を指名することでそれに拍車をかけると分かるものだが。

もしかして、妹君への無体を知って直々に、、、いや、考えるのはやめておこう。


「はぁ」


「失礼、邪魔するぞ団長」


再び吐いた大きな溜息の音と同時にノック音がし、応答なしにドアが開いた。遠慮なく部屋に入ってくる不届き者の正体は、本来殿下の前に立つはずだった騎士団副団長のアドルフォだ。ロレンツォと血の繋がった兄弟とは思えぬ程の男性的な顔つきと騎士の体格に恵まれ武の才能。無いのは宰相として必要な政治への関心と権力と野心が渦巻く中で立ち振る舞うための裁量だ。剣を振るうことに熱意を注ぐデル・ピエロ家の長兄は幼子の時期早々に宰相の道を諦めている。正式な手続きは踏んでいないものの彼の弟が宰相を継ぐことは暗黙の了解だし、今も文句を言っているのは弟のロレンツォぐらいだ。


「折角の美丈夫が溜息で台無しじゃないか、団長?」


「まだ譲ることもできるぞ、アドルフォ副団長。光栄たるフロリアーナ女性騎士隊長のお相手を」


「勘弁してくれ、俺はお前と違って手加減とかできないタチなんだぜ、チェーザレ」


殿下に怪我させたらどうするんだ、とぶつくさ言いながら、勝手にお茶とお菓子を探り始めたアドルフォに胸の中だけで悪態をついて、俺はまた日程表に目を落とした。難を逃れたと喜んでいるに違いない。

アドルフォは俺の部屋に来ると必ずお菓子を探るのを分かってるから、引き出しの中身は常に満たすようにしている。黙っていても各貴族から縁談をほのめかす文と共に差し入れは届いていたし、どこかの親友のおかげでお菓子を貢ぐのも日課の一つだ。


「アドルは当日、試合の出番までは競技場全体の警備に配置してある。上流の商人とはいえ、一般人の観戦者も含まれている。よからぬモノが入らないようにしてほしい」


「おう、もちろん。街の警邏から外れたとはいえ、鼻はまだ効くぜ」


「なに言ってるんだ、まだ第2騎士隊の奴らと城下を廻ってるだろう」


「武骨なあいつらのお守りだって。先代の副団長だって"個人的な警邏"をしてたんだ、俺だけお咎め、ってのは解せないぜ」


アドルフォの言葉を執務に戻る振りをして無視をした。言わずとも、先代の副団長は俺だ。ばれるように抜け出したつもりはないが、毎回リッカルドに見つかるから俺の”脱走”は騎士団内でも既知の事案だった。


「それにしても、帝国一の人気者が遂に腰を据えるとは、なぁ」


淹れた紅茶を口にしながら、アドルフォは意味深な視線を送ってくる。それも無視してペンを取り書類にサインをし始めると視界の外からばりばりと焼き菓子を食べる音が聞こえる。昨晩、どこかの貴族からもらった砂糖たっぷりのものだろう。


「どうやってオトしたんだよ、あの殿下を」


「何のことだか」


サインした書類を処理済みの山に置き、次の書類に目を通しながら答えた。


「しらばっくれるな。まっ、瑠璃色の隊服を着こなし、同じ色の髪を靡かせながら白馬で道々を駆け抜け、悪党どもを一掃する姿は、どの女性も惚れちまうんじゃないのか」


「フロリアーナ殿下は、俺に惚れていない」


「どうだか。既に良い仲だって巷では盛り上がってる。わざわざお前を大将戦に指名したんだ、それが証拠さ。これ、うまいな、んっ」


またばりっと焼き菓子が砕ける音がする。その音が嫌に耳についてペンを置いてから、俺はアドルフォを見た。彼は次々と焼き菓子を口に放り込みは紅茶を飲み、軽く2,3人前あったはずの焼き菓子は残り1枚になっていた。


「食いながら話すな」


「いいじゃねぇか。んぐっ、ほれ、かなりの上物だぜ」


「、、、はぁ」


口いっぱいに頬張りながらその甘さへの歓喜を隠しもしないアドルフォは、確かに帝国騎士団の副団長のはずなのに。その姿がどこかの親友や訓練所の幼子と重なる。


「アドルフォ、よく聞け。フロリアーナ殿下は俺に惚れていない。むしろ、嫌悪、、、というか憎悪に近い感情を持っている」


「愛と憎しみはなんちゃら、って言うぜ」


「茶化すな」


「悪ぃ悪ぃ。じゃあなんだ?殿下はお前を殺したいほど憎んでいると」


「、、、恐らく」


「で、あわよくば公然の場でお前を叩きのめしたい。だから大将戦にお前を指名した」


「概ね合っていると思う」


頬に付いた焼き菓子のかすを雑に拭うアドルフォの顔が、呆れかえっていて俺は机に両肘をついて顔を伏せた。焼き菓子は既にアドルフォの胃の中に収まったので、もうかみ砕く音はしない。ゆっくりと息を吐くと、妙に静かになった執務室にその音が響いた。


束の間の沈黙を破ったのは、部屋全体を震わせるような図太い高笑いの声だった。腹を抱え、目に涙を浮かべながら大笑いするアドルフォは、剣だこでごつごつした騎士らしい手でソファを叩きながらひぃひぃと息苦しそうにしている。


「アドル、、、お前」


「あははっ」


「笑い過ぎだ」


「だ、って、、チェーザレ、お前っ、、、どう、考えても、、くくくっ」


分かっている、馬鹿な憶測だと。だが、ほとんど関わり合いのなかったフロリアーナ殿下が俺を指名する理由なんて、先日のクラウディア殿下への行為以外思いつかない。もしそうだとしたら、とっくに俺の首は飛んでるはずだ。

となると、見当もつかない。日々浴びせられている熱い視線。これが愛なのか憎なのかもさっぱり分からなくなっていた。


「無理、無理ーっ、絶っ対、無理、無謀だって、お前っ。殿下がお前に敵うわけないだろっ。だって、近衛とはいえ皇女様だぜ」


「声を抑えろ、馬鹿」


「だって、、だってよ。天地がひっくり返ったってお前に勝てっこないだろ、なぁ。そんなん、帝国中の人間が知ってることだ。人も魔物も切ったことないだろう、あの細腕じゃ。皇女様は、どこか、、こう~」


言葉を濁しながら笑いを我慢しないアドルフォは、自身の頭を何度か軽く叩く。言わずとも分かるが、いくら事実とはいえこれ以上は帝国皇女を愚弄する言葉は彼の口からは聞きたくない。


「反逆罪で牢屋暮らしがしたいのか、アドルフォ」


「いや~勘弁。悪ぃ悪ぃ。つい、、、しつれ~しましたっ」


浮かべた涙を拭いながら、まだひそかに笑いながらアドルフォは紅茶の追加を作りだす。一緒に俺の分までカップに注ぐと、既に書類整理なんて出来ない精神状態の俺に差し出してくる。軽く礼を言ってから受け取ると、アドルフォはソファには戻らずその場で紅茶を飲み始めた。


「で?」


「あ?」


カップをソーサーに戻してから、アドルフォは座っている俺の少し上から見下ろしてくる。最初にフロリアーナ殿下の話を出した時と同じ、意味深な目と合わせて歪に口元が上がっている。


「どうやってオトしたんだよ、あの殿下を」


「だ・か・ら。俺は何もしていない」


少なくとも、フロリアーナ殿下自身には。


「恨まれる理由が分かんねぇのに、殺されそうになっているのか?」


「まぁ、そういうことになるな」


今度は口の端に残った紅茶をぶちまけながら、アドルフォは笑う。跳ねてくる水しぶきを盾代わりに書類で防ぐと、また悪ぃ悪ぃと軽口で謝ってきた。全然反省しているように見えないが、素直に自分の非を認めるアドルフォはどうしても憎みきれない奴だ。

ひとしきり笑った後、カップを片付けながらアドルフォはどかりとソファへと座り直した。俺は乗る気になれないが書類処理に戻ろうとするが、目の前から送られてくる揶揄の視線が気になってやっぱり集中できない。


「まだ何かあるのか」


「ってことは~、クラウディア皇女殿下か?」


「なっ」


まさかのクラウディア殿下の名に力が入った俺の手の先で、ペン先が折れる音がした。目に見えた動揺に誤魔化すことも出来ず、残った紅茶を飲み干してから俺は今日一と言っていい程の大きなため息をついた。俺の降参が嬉しかったのか、アドルフォはよしっ、と拳を握ってまた俺に近付いてきた。


「あんな幼い皇女殿下をもオトすなんて、お前も罪な男だな」


「ローリーから聞いたのか」


「いや、勘」


「、、、お前のそういうところ、時々恐ろしくなるな」


「お褒め預かり光栄です」


「褒めてない」


「そんな熱い目で見られたら俺まで惚れちまいそうだぜ」


「勘弁してくれ」


「がははっ、冗談だって。でっ。お前、何したんだよ、幼い皇女殿下に」


核心を突くような問いに、俺は一瞬なんて応えるか戸惑ってしまった。その隙を見逃さないアドルフォは机に剣だこだらけの両手を着けて、身を乗り出してくる。がさつで、おおざっぱな性格だが、仮にも貴族だ。やつから微かにした甘い香りがあの日を思い出させる。

少し爽やかなものが混じっているが、クラウディア殿下の香りと嫌に似ているように感じた。

俺のだんまりに何やらよからぬ想像をしたのか、ぐいっとアドルフォの顔が俺のに近付いてくる。


「我がダヴォリア帝国民全てが愛する、清く儚いクラウディア皇女殿下だ。お前、なんでまだ生きてる?」


先程までのふざけた雰囲気とは一転。いつもは薄い青の瞳の奥に、濃い色が光る。


「それは、俺が聞きたい」


また出そうになった溜息を飲み込んで、俺はアドルフォを睨み返した。

アドルフォの言う通り。あれだけのことを皇女殿下にしておいてに、今日まで何もお咎めがない。帝国民だけでなく皇族方もクラウディア殿下を溺愛している。そんなクラウディア殿下に無体を働いた男を、ここまで放っておくのは何か裏があるとしか思えない。だが、何もない。となるとクラウディア殿下はあの日のことを誰にも話していないということだ。


じゃあ、今回のご指名はなんだ。まさか、本当にフロリアーナ殿下が俺に想いを寄せていて、愛しい娘のために皇帝夫婦が動いたとでもいうのか。


「まっ、今お前に死なれちゃ困るから、俺は応援すっけどな」


「お前は気楽でいいよな、アドル」


「なんだよそれ、ちゃんと友として心配してやってんだぜ」


「そりゃどうも。お前こそ、どうなんだよ。俺の話ばかりして」


「まぁ、チェーザレみたいな幼女趣味はねぇからなぁ」


仮にも皇女殿下を幼女呼ばわりは止めろ。本当に、牢屋に放り込むぞ。


「仮にも宰相の嫡子だ。お相手だって困らないだろう」


「勘弁勘弁。俺は親父を継がないし結婚もしないぜ。抱くだけでいいなら娼婦がいる。それに、俺は街で馬鹿たちと暴れまわってるほうが性に合ってんだよ」


「だろうな。やっぱり気楽じゃないか、お前」


「はははっ、お陰様で」


羨ましい限りだ。また大きな声で笑いだしたアドルフォを見て、今度は呆れが入った溜息が出た。騎士団長に就いて、魔物の襲撃が激しくなって、少し神経質になっていたかもしれない。俺だってそんなに細かいことは気にしない性格のつもりだが、アドルフォには敵わない。


「というか、アドル。お前こんなことを話しにわざわざきたのか?」


「え?あ~悪ぃ、本題忘れてた」


笑いながら懐から出てきたのは、しわくちゃになった書類が一枚。それを受け取ってわざとらしく机の上で伸ばすと、また大きな笑い声が聞こえる。それに呆れながらも伸ばした書類の内容を改めると、それは俺がロレンツォに依頼して調べてもらっている北国の聖女に関するものだった。現時点での、や一部伝承には、といった単語を見る限り、また調査途中の内容だろう。


眉間を寄せてアドルフォを見ると、またぐいっと厳つい顔が近付いてくる。今度は悪戯を仕掛ける子供のように、口元をにやりと上げている。


「ローリーと随分、楽しそうなことをしてるじゃねぇか、チェーザレ」


「これをどうした」


皺だらけの書類を2,3回破いてから、俺はアドルフォに問いただす。この件は、俺とロレンツォ、ヴィットーレの3人の間でしか話していない。確証のない推測をむやみやたらに広ませないようにと配慮したつもりだが。


「昨日の昼、偶然。偶然だぜ?騎士団の書庫に行ったらロレンツォが大量の本に挟まれて机でうたた寝しててよ。んで、何してんのかと覗き込んだら散らかったペンとこの紙が目に入ってよ」


持ってきちまった、と歯を見せながら笑うアドルフォ。今度は、呆れしかない溜息が出た。


「お前なぁ」


「随分と面白そうな内容だったし、俺も知らないことだ。きっとお前からの指示だろうと思ってな」


「このことはまだ不確定要素が多い、誰にも」


「言わねぇよ。ただあいつ、大分顔色が悪かったぜ。何か、無理させてんじゃねぇだろうな」


兄として弟の体を気遣うのは当然だろう、と口元は笑みを浮かべているのに、目が笑っていない。


「そんなつもりはなかった。悪い」


「別に。どうせまたあいつが一人で勝手にしてるだけだろ。まっ、頑張りすぎる質は俺にも原因があるからな」


宰相の跡継ぎの話をしているのだろう。長兄のアドルフォにやる気がないと分かった時点で、弟のロレンツォに周囲の期待が全て圧し掛かった。ロレンツォはその期待に応えようと昔から無理をしていた。俺やアドルフォ程体格に恵まれなかったこともあったが、顔色が悪いなんてことは度々あった。倒れることはなかったが、その度に周囲の冷たい声や目線がアドルフォを責め、それがさらにロレンツォに無理をさせることになっていた。


「団長であるお前の考えなら間違いはないだろう。邪魔する気もねぇ。だが、やれることがあるなら俺にも声をかけろ。これでもダヴォリア帝国が誇る騎士団の副団長だぜ」


もう一度、歯を見せながら笑うとアドルフォは、俺の返事も待たずに部屋を出ていった。体型と性格に似合わず静かにしまったドアを見てから、俺は大きく椅子に体を預けた。


親友に無理をさせているのだろうか。

そう疑問が浮かぶが、調査を止めるわけにはいかない。事が大きくなればダヴォリア帝国だけではない。北のノルドハイム国との関係性にも関わる重大な内容だ。後々無茶をすることになるなら、今、無理をせずにどうする。

それがこの帝国の騎士団長としての俺の答えだ。


だが、息抜きは必要だな。弟想いの友に反旗を翻されても困る。ヴィットーレが戻ってきたら、久しぶりに飲みにでも行くか。

行きつけの気兼ねない雰囲気が楽しめる飲み屋を頭に浮かべていると、アドルフォと代わってロレンツォがノックもなしに執務室に入ってきた。


「チェーザレ!」


勢いよく呼ばれ、俺は投げ出していた体をすぐに戻した。


「さっき、デル・ピエロ副団長が、ここに来ただろう。余計なことは言わなかったかっ」


この兄弟は、ノックをした後に返事を待つということが出来ないのか。


「余計なこと?」


ばんっと片手を机に叩きつけて、ぐいと中性的な顔を近づけてくる。思わず後ろに仰け反るが、更に距離が縮まる。白いきめ細かな肌に深く寄る眉間の皺。鋭い三白眼の奥に光る紺色は、隠す気もない怒りで震えている。


「俺のことだ」


「、、、まぁ」


「兄さんの言うことを気にする必要はない」


「あー、あぁ、そうだな」


おそらく、廊下でアドルフォとすれ違ったんだろう。その時に、何か言われたらしい。こんなに怒るロレンツォは久しぶりだ。一体、何を言われたんだか。


「あの人、資料を盗んだだけでなく現場まで見に行って。余計なことをして、何かあったらどうする気だ、全く」


あぁ、あの庭園に行っていたのか。だからアドルフォから微かに甘い香りがしたんだな。


「まぁ、まぁ。綺麗な顔が台無しだぞ」


「煩い。チェーザレ、言っておくが俺は別に無理はしていない」


「分かってるって。ほら、紅茶でも入るから、座れ」


「、、、調査の資料だ」


部屋に飛び込んで来た勢いで気が付かなかったが、机を叩いていない手には分厚い本と多くの書類が抱え込まれていた。何か糸口を見つけたのだろうか。どさりと音を立ててテーブルにそれらを下ろすと、俺の執務机に散らばった資料だったものに気付いたようだ。舌打ち付きで低く小さな声で、ここにあったのかと呟くと、徐にそれらを掴んで丸めてからゴミ箱へと叩きつけていた。


つい先ほどまでアドルフォが座っていた場所へとロレンツォが座ると、まだぶつくさと何かを言いながらも持ってきた資料らをテーブルに広げていく。邪魔にならないように紅茶とアドルフォの被害に合わなかった砂糖菓子を出してやると、ロレンツォは見もしないでお菓子に手を伸ばし口に含んだ。騎士学校時代の習慣はまだ根付いているらしい。


「で、どうだ?」


「やはりこちら側の文献だけでは限界があった。既知のもの以上に詳しく書いてあるものは少なく、あってもごく僅かだったり、かなり古い言葉が使われていてまだ訳しきれていない」


「なるほど」


紅茶を口にして、淡々と話しだしたロレンツォは冷静を取り戻したのだろう。自分の分の新しい紅茶と共にロレンツォの向かいに座った。


「ついさっきトーレからの文が届いた。あちらでの調査に一息つき、明日には戻れるだろうと。先に概要だけ来たが、こちらも期待した以上の国自体の情報はなかったようだ。だが、使者の聖女に関することは詳しく書いてあってな」


今回の調査で旅立つ直前のヴィットーレの姿を思い出す。ふっと呆れたように笑うロレンツォと同じ情景を思い出しているのだろう。通常任務と比べ物にならないほどの満点の笑みと隠しきれていない黒い企み。見送りに来ていた俺とロレンツォはあえて何を考えているか聞きはしなかった。こういう時は勝手にしてやることがヴィットーレにとって一番良いことを分かっていたからだ。


ヴィットーレは女性関連の話に目がない。貴族の純愛、嫉妬、不倫、継承問題、趣味嗜好、恋愛小説や憧れの貴族令嬢とそれを模倣する装飾品等々の庶民の流行、はたまた婚姻に至るまでのいざこざ等々。女性関連の噂は大半が妄想でもあるが一部真実が混じっている。その真実を調べ上げるのが大好きなヴィットーレは、趣味と実益を兼ねた諜報員は天職だ。


先に届いた報告書の内容を確認すると、予想以上に北国の使者。つまりき”聖女“について詳しく書かれていた。



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使者について

ノルドハイム国の使者は、当国内で「聖女」として国民に崇拝されている少女を指す

性別:女性

年齢:14~16歳ほど

容姿:黒い宝石のように時に青にも碧にも見える黒髪、時々夜空の星が輝くように光ることがある

   瞳は果実のように赤い

   手足は細く白い、身丈は成人して間もない少女程しかない

血縁:なし、恋仲不明

日常:黒い外套で全身を包みあまりその姿をさらすことは少ない

   聖女が持つ治癒の力は教会の一室で”祝福”として国民に与えられ、

   部屋の中で得た情報は口外を禁止されているが、

   慣習の域を超えず、出入りする他国の貿易商からは容易に情報入手可能

   そのため、容姿に関しては周知に至る


   拠点とされている王城の中から外出する際は常に国教の重役が付き添うが、

   度々、治癒以外の力を以て単独で行動をしている

   外出方法は分からず、目的及び行先不明

   国王含め、全ての国民が黙認   


備考:本帝国への申し出は国教の枢機卿の名になっているが、提案者は聖女の模様

   当国でも多発している”悪魔”は、本帝国の事象と類似している

   討伐には騎士が中心となっているが聖女も出陣している

   なお、治癒だけでなく攻撃に関しても聖女はその力を発揮しているため、

   現在は”祝福”の範囲は、以前より拡大している

   ※実態は目視確認できず


   また、国教に関しては既知の情報以上のものは得られなかったが、

   改めて記述する


   国教は歴史を連ねて教典を元に、女神を崇拝対象とし、

   その使者である聖女を寵愛する教えに基づいている

   国民全てがこの教えの下に過ごすが、

   その教えをむやみに口にすることはない

   なぜなら、口にしなくともその血に全て刻まれているからだ


   女神及び聖女は黒い艶髪と燃える紅い瞳を持ち、

   女神は国の危機を救うべく、聖女を使者として遣わす

   国の希望となる聖女を敬い、決して傷つけてはならない

   もしそれを破る者がいれば、女神の怒りに触れ、

   裁きの炎でその身は塵と変わり、末代への道は絶たれるだろう

   これは教えを刻まれた血を持つ者すべてに降りかかる世の理だ



すぐ帰るから、お菓子いっぱいよろしく


以上

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締め括りまで目を通してから、俺はヴィットーレからの報告書を閉じた。軽く息を吐くとロレンツォは砂糖菓子を口に含みながら、持ってきた分厚い本を差し出してきた。表紙を確認すると、そこには”シュヴァルツ教の教え-ダヴォリア帝国訳-”と記されている。


「この訳本以上の大きな発見はヴィットーレでもなかった。女神と聖女が持つ力に関しても、だ」


「みたいだな。”聖女”の容姿に関しては、詩の一説を読んでいるみたいだ」


「トーレの個人的思考なんだか、北国の人たちの言葉そのままなんだか」


「両方だろうな。こちらの噂通り、麗しい御令嬢のようだ」


「まさしく”聖女”だな」


「それも”戦う聖女”だ」


シュヴァルツ教の教典とヴィットーレの報告から、実際に存在するであろうノルドハイム国の聖女は、戦闘にも関わっている。その力に関しての詳細は掴めなかったが、治療だけではないことは確かになった。

我がダヴォリア帝国の”聖女”とはまた違うな。


「それにしても、あちらの”聖女様”はお前に似ているな」


「は?」


ヴィットーレからの報告書を改めながら、ロレンツォは呆れた息を吐きながら呟いた。

ノルドハイム国の”聖女”が俺に似ている?一体どこが?


「国教の戒律の下で”祝福”を国民に与えているというが、城を抜け出して何かをしている。国王すらも黙認されているということは決して悪いことではないのだろう。どこかの元副団長と行動が似ていると思わないか、チェーザレ」


「それは、、まぁ」


「戦場の中、騎士を率いる勝利の象徴のような存在だ。我が帝国の”聖女”様とは似ても似つかない。容姿も珍しい部類に入る。クラウディア殿下とは別の意味で帝国民の心を掴むかもしれない」


勝利の象徴か。ロレンツォの言葉に納得しながらも、そのような人物がこの時期に謁見を申し出てくる辺り、やはり定番のルートだな。

魔物”悪魔”の討伐に戦力が足りていないのか。また対抗しきれずに帝国への避難の申し出か。はたまた、軍事国家であるダヴォリア帝国への武力援助なのか。詳細は不明だが、こちらとしてもある程度の想定の下、皇族の対応を協議している。最後の意見は議会でも反感があり、演練はその声を多少なりとも収める役割もある。


我がダヴォリア帝国の武力を見せつければ、武力援助などという馬鹿げた考えを改めるだろう。


そう議会の古参方は考えている。


「演練、この”聖女”も観戦するのだろ」


「一応予定には入っている。向こうの出方次第もあるがな」


「なら我が帝国が誇る勝利の象徴たるお前が出るのは、大いに意味がある」


「結果的にな。だが、腕力だけを示しても、なぁ。向こうは得体のしれない力を持っている。あまり効果は期待できないかもしれないな」


「程度は不明だがこちらの”貢献者”方とさほど変わりはないだろう。別に戦争しようって訳じゃない」


「万一もあり得るだろ」


「そこはお前の腕の見えどころだ。御傍にいらっしゃる皇族方々への配慮も含め、な」


眉間に寄せたままの皺を深くさせながら、ロレンツォはカップを持ち上げる。声色に若干怒りが籠っているのは、気のせいじゃないだろう。

執務と今回の調査、北国の使者受け入れで、以前よりも多忙になった日々を過ごしている。多少なりとも文句は言うが、前よりは真面目に取り組んでいるつもりだが、親友の一人はまだ俺のことが許せないらしい。


「まだ殿下のことで怒っているのか、ローリー」


「俺が怒って何の意味がある。お前の思い過ごしだ」


「アドルは応援してくれたぞ」


「は?あの人、一体何を考えているんだ、、、やっぱり、余計なことを言ってたじゃないか」


どうだか。普段は冴える頭も身内が関わると鈍るのが目の前の親友だ。


「お前についての余計なことは言ってない」


「そういう問題じゃない。全く、チェーザレ。お前も立場を改めて考え直した方が良い。兄さんの応援があったって、どうにもならない」


「別にアドルの力は必要ない」


「自分だけの力でクラウディア殿下を?はっ、余計に烏滸がましい」


「、、、どうだか」


今日のロレンツォはいつも以上に辛辣だな。実は魔王が復活して、それを俺が倒して、褒美にーなんて思っているとは口が裂けても言えないな。

別に今すぐクラウディア殿下をどうこうとは考えていない。だが、想うだけなら自由だろうに。お前は俺の母親か。腹いせに少し揶揄ってやるか。


「ロレンツォ、お前もしかして妬いているのか」


「は?」


「悪いが俺は譲る気はないぞ。それともあれか?アドルが俺の味方なのが寂しいのか?」


「んなわけあるかっ、馬鹿!」


「っと」


アドルフォの名前を出しながら笑みを声に出すと、顔面に何かが投げつけられる。直撃する前に手で受け止めると、がさがさと音がする。微かに甘い香りがするから、何かのお菓子だろう。


「俺からの報告は以上だ。北国の使者が来られる日まで、気を抜くな、騎士団長」


「分かっているさ、デル・ピエロ部門長」


お手上げの仕草を取りながら素直に返事をすると、怒るのを諦めたのか大きく呆れた息を吐きながらロレンツォはカップを片付け始めた。俺は受け止めた菓子袋の中身を確認しつつ、テーブルの上に一つ余った砂糖菓子を口に放り込む。菓子袋の身は焼き菓子と一緒に飴も入っていた。空になった口に飴を一つ放り込むと、少し懐かしい甘く苦い香りが口の中に広がった。


「残しておけよ、トーレの分もある」


「分かってる。なぁ、ローリー」


「なんだ?」


まだ何かあるのかと眉間の皺を増やした三白眼の美人は、ぎろりと俺を睨みつけてくる。さっきの揶揄いが余程気に入らなかったのか、口元がぴくぴくと動いている。


「ありがとう」


「、、、いや、いい」


率直なお礼の言葉が意外だったのか拍子抜けしたように肩を落としたロレンツォは、広げた資料をテーブルの上に纏めてから立ち上がる。合わせて俺も立ち上がると、見送りは不要と手だけで表された。それでもドアまで一緒に行き、誘いの言葉を送る。


「明日の夜、空けておいてくれ」


「なんで、また」


「トーレと久しぶり、飲みに行きたい」


緩んだ頬を更に緩めると、ロレンツォはまた呆れたように息を吐いてから小さく返事をしてくれた。


「このたらしめ」


問題ないようだ。

また明日と声をかけて俺はドアが静かに閉まるのを見届けてから、ロレンツォが持ってきた資料を抱えて執務机に戻った。

親友3人で飲むのは久しぶりだ。明日は何を食べようかと鼻歌交じりに、俺はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

チェーザレ物語もいよいよ隣国を絡めた展開に。次回は「噂の隣国の聖女」が登場します。

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