大戦の予兆
ようやく魔物やら魔王やらが出てきそうな雰囲気に。ノロノロ展開ですみません。少し短めです。
負傷した侍女の傍につき、魔物出現の現場に残るクラウディア皇女の扱いに、俺は困っていた。
本当は直ぐにでも皇城に戻って安全な場所で体を休めてほしかったが、自分だけでは嫌だと言う。フロリアーナ皇女の説得も彼女にやんわりと断られ、その度に新緑色の鋭い目が俺に殺気を飛ばしてくる。
本当にさっき踏みとどまれて良かった、危うく、第一皇女殿下直々の極刑を受けるところだった。
「はぁ」
「なんだか、色々面倒なことになったな」
「魔物だけでも問題なのに、守るべき皇族に殺意を抱かれるとはな」
残っていた木の影で魔物の血で溶けた制服を脱ぎ、俺は返り血を浴びた腕を確認した。なぞると綺麗に傷が消えている。少し動かしてみても違和感はないから、完治したな。
「相変わらずの回復力だな」
「少しだけだったからな。まぁ、今回はこの力が役に立ったが」
何のことだと首をひねるロレンツォに誤魔化して笑う。新しい肌着の代わりに脱いだ服をロレンツォに渡すと、ぶつぶつと文句を言いながら、服の穴を調べ始めた。
「お前なら平気だろうが、周りの者は大丈夫なのか」
「近衛と侍女たちは魔物の血の範囲外にいたし、幸い庭園の木花が盾になってくれていた」
「クラウディア殿下は?」
俺は頭から肌着を被ろうとした手を止めた。すぐに動きを再開したが、一瞬の静止をロレンツォは見逃してくれなかった。
「チェーザレ、クラウディア殿下は?魔物が目の前にいたのだろう」
「それは、、、うまくやったさ。ご無事なお姿を確かめただろう」
背中越しに怪しむようにロレンツォの視線を感じる。
嘘はついていない。頭に血が上っていたとはいえ最初の一滴以外はクラウディア皇女に魔物の血はかかっていない。他もかすり傷程度、それも服で隠せるような肘だったから、無事と言っていいだろう。
「確かに、殿下は魔物に襲われたとは思えないほど、お綺麗なままだった」
「なら一安心じゃないか。さぁ、これからもっと忙しくなるぞ」
「お前、まさかっ」
鋭い三白眼をもっと鋭くさせて近づいてくるロレンツォを押し退け、足早にその場を脱した。騎士学校時代の俺の実験を思い出したのだろう。額に青筋を立てて追いかけてきたロレンツォを振り切るかのように、魔物の血が残る庭園の中央まで戻ってくると、リッカルドが既に報告書の下書きを作成していた。
優秀な副官殿に感謝だ。
「お疲れ様です、ザッカルド団長」
「あぁ、急な襲撃に臨機応変な対応、助かった」
「いえいえ。ザッカルド団長のことですから、お一人で十分かと思いまして」
「良い判断だ。で、こいつはどうしてここに現れた?」
「まだ分かりかねます。最近帝都内でもこういった形で魔物が突然現れる、といったことが増えていますが、今回の魔物は少し違います」
「どう違う?」
「まず、帝都内に出現する魔物は複数体ですが小さい個体が多かったです。大きくても熊ぐらいの大きさで、警邏の騎士達でも対処できるレベルでした。血の穢れも弱く、鎧や騎士団特注の制服まで溶かすようなものはありませんでした」
「確かに。大きさは俺の倍以上あり、血も隊服を溶かして皮膚を焼くぐらいの濃度だ。本当に、俺がいなければ死者が出ていただろう」
「こればかりは仰る通り。団長が偶然、近くに居て下さり助かりました。最近の事務処理の日々でも腕が落ちていなくて安心しました」
称賛してくれているとは思うが、リッカルドが言うと嫌味に聞こえてしまうのは日頃の行いのせいだろうか。笑っていない目を細めて笑みの形を作るリッカルドに、胸中で舌打ちをした。
さて、城内に出現した原因は監査会の研究部門に調査を依頼するとして、庭園をぼろぼろにしてしまった件についてはどう報告をしよう。
城内の木々花々は全て、エルメントルート皇妃管轄の下、設置されている。魔物が出たとはいえ、この有り様では正式に謝罪を申し出なくてはいけない。復旧にもかなりの日数を要するだろう。
「あ、あの、ザッカルド様」
顎に手を当て、皇妃への言い訳を思案してると、後ろから小さな声が俺を呼ぶ。振り向かなくても分かってしまった、クラウディア皇女だ。
跪いて視線を合わせると、彼女は両手を胸の前に組んで何やら緊張している。
「まだいらしたのですか、クラウディア殿下。お気持ちは分かりますが、早く安全な場所に退いて頂かないと」
「申し訳ございません。ですが、今度はきちんとお伝えしたくて」
はて、なんのことだろうか。
「この度は、助けて頂き誠に感謝しております」
ゆっくりと礼をする灰色の髪は少し整えられていたが、先程乗せた金木犀の花びらが少し残っている。彼女の礼に合わせて、花の甘い香りが漂ってきた。
侍女長が目を覚まし救護班が来たため、テレンツィオ皇太子、フロリアーナ皇女と共に皇城に戻るという。
俺は承り、道中の気遣いをした。
「あの、ザッカルド様」
「まだ何か?」
なかなかその場を離れない彼女に首を傾げていると、重ねていた両手を広げてその中身を俺に差し出す。
小さな手のひらに乗っているのは、金色の縁に刺繍が施されたハンカチだった。
「先程、魔物の血を浴びていらっしゃいました。魔物の血は穢れを含んでいますので」
綺麗に畳んだハンカチを、完治はしていたが血のりが残っていた俺の頬に添えられた。
「差し出がましいかと思いますが。そちらは、どうぞお受け取りください」
頬のハンカチを押える小さな手の上に俺の筋張った手を重ねると、安心したようにはにかんだクラウディア皇女は辞の礼を取って、ようやく皇城へと向かっていった。
慌てることなく、ゆっくりとフロリアーナ皇女の下に進む小さな背中を見て、俺は胸が温かくなる。
本当に、聖女のような方だ。救えて良かった。
これから問題が山積みだが、彼女が笑顔を守れるのなら、俺はなんだってやる。俺に熱い視線を送るフロリアーナ皇女は、もう少し考えるとして。
そうだ。面倒な事務処理だってすぐ取り掛かるし、厳しい副官と最近悪魔に見える三白銀の親友にだって全力で対峙してやる。
「チェーザレ、少しいいか」
ロレンツォが魔物の血で枯れて崩れたアーチの横で俺を呼ぶ。反射的に足を進めながら、今後のプランを思案した。
事務処理は本気を出せばすぐ済むし、それが出来ればリッカルドは文句を言わないだろう。
「ザッカルド団長、聞いていますか」
ロレンツォの横にいたリッカルドの声も聞こえる。
フロリアーナ皇女のことも、女騎士隊の設立後に交流戦かなにかをやろう。男女の差別意識を表に出すことで、お互いの長所短所を公にし、双方の主張を
「チェーザレ!」
「あぁ、なんだよ!聞こえてるって」
「惚けている場合か、このたらし。この庭園の処理をどうするんだよ」
穢れが強いから今まで通りに処理できない、とか、新しい試作品を試していようか、とか。難しい研究領域はリッカルドと調整をしてほしい。
俺は魔物の血で黒く焼けた地面を手でなぞった。草花が焼ける匂いと魔物特有の腐敗臭がする。
「いっそ全部、チェーザレにやらせようか」
「あぁ、良案ですね。デル・ピエロ部門長。それなら人的被害も団長のみで済みます」
「おいおい、2人してなに悪魔みたいなこと言ってるんだ」
「悪魔は北の国ノルドハイム国の概念です。我がダヴォリア帝国には、建国伝説の魔王だけしかいません」
「おとぎ話の悪役を俺たちに重ねるな、チェーザレ」
「例えば話に出しただけだ。最近、お前たちは揃いも揃って、、、」
焦げた地面を見ながら、ふと思考を止めた。
建国伝説に出てくる龍王と魔王の戦い。妙に頭に引っかかる。最近、どこかで同じようなことを。
「それに、おとぎ話になぞらえるなら魔王は何千年も前に封印されています」
リッカルドの言葉が続く。その後もロレンツォとリッカルドは、焼けた垣根を調べたり、研究部門への調達について話を進めているが、俺は数日前の執務室でのことを思い出していた。
ロレンツォとリッカルド2人に監視されながら、尋常じゃない未処理案件の山。その中腹からロレンツォが神業のように一枚の書簡を引っ張り出し、
「チェーザレ?」
書簡の内容は北の国からの会談申し出。リッカルドが言っていたノルドハイム国から、国教シュヴァルツを統べる枢機卿とその使者がダヴォリア帝国に訪れ、皇帝家と共に騎士団も参加をしてほしい、との内容だった。
護衛の近衛隊の他に騎士団も参加要請があるなんて変だと思って覚えていた。詳しい会談の内容は書かれておらず”悪魔について”とだけ。龍王を信仰するダヴォリア帝国に他国の信仰がどう関わるんだと、あまり気に留めていなかった。
「ザッカルド団長、まさか団長とあろうお方が穢れにやられたのですか?」
だがもし。もし、ノルドハイム国の言う悪魔は、ダヴォリア帝国にとっても魔物だとしたら。
「リッカルド!」
「え、あ、はい!」
「すぐに皇帝陛下へのお目通しを申し入れろ。内密にお伝えすることがある」
「承知しました」
「あと、第一中隊長ヴィスコンティも俺の執務室に呼べ」
「はっ」
「ロレンツォは、俺と一緒に執務室に来てくれ。確認したいことがある」
「、、、分かった」
俺の急変に2人は異を申さず従ってくれた。
リッカルドは、庭園の処理を別の者に引継ぎ、本城へと走っていく。ロレンツォは、合流していた監査部門の部下と研究部門のメンバーに現場を引継ぎ、騎士団長室へと足早に歩く俺の後を着いてきてくれる。
杞憂であってほしい。俺の妄想であってほしい。だが、鉄板じゃないか。魔王復活の流れなんて。
だったら、最近の魔物多発もうなずける。今日現れた明らかにレベルの違う魔物の出現も、説明がつく。
ただ多発しているだけでは早急かもしれないがなんの縁なのか、北のノルドハイム国からの会談申し出。内容は"悪魔について"。自国の信仰を大帝国であるダヴォリア帝国にわざわざ言葉を濁して匂わせるか。宗教侵略なら、もっとましな手がある。ダヴォリア帝国と同じようにノルドハイム国でも魔物”悪魔”の被害が多発しているとしたら。
ますますらしくなってきた。
これ以上、頭の中だけで模索してもだめだ。早くノルドハイム国の側と話がしたい。
俺は居ても立ってもいられず、走り出した。
いよいよ次話からは、隣国を巻き込むことに。それにしても、ロレンツォは一体なにをされたんでしょうね(笑)いつか学生時代のチェーザレたちを書けたらいいなぁと思っています。




