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恋心の贖罪

クラウディア視点。すみません、戦闘シーンを予告しておきながら戦闘がありません。が、魔物が出てきて人を攻撃するシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

噴水の縁に座る私と傍らで跪くザッカルド様。

あの物語のように、魔物から助けて出したお姫様に跪き、結婚を申し込む龍族の王子様のようだと、らしくもない夢を浮かべてしまう。


「クラウディア殿下、いかがされましたか」


「いえ、なんでもありません」


ここ最近、あの夜のことを何度も思い出して、つい上の空になってしまうことが多くなった。

公務の時はいつも通り過ごすことが出来ているが、自室で刺繍をしていたり、庭でお茶を飲んでいると、すぐにザッカルド様のことが頭に浮かんでしまう。


私を抱き上げる彼の腕の熱も思い出して自身の体が熱くなる。侍女は体の不調を心配してくれるが、顛末を話すこともできず、平気と答えるしかなかった。

5年間抑えてきた感情が、今はどう収めていいのかすっかり分からなくなっていた。


包帯が取れた足を見ていると、人払いをして侍女長が柔らかい笑みで私に便箋と封筒、ペンを差し出してきた。


「これは?」


「差し出がましいかと思いますが、今の殿下に必要かと思いまして」


静かにテーブルの上に置かれたそれは、私の髪に合わせた薄い空色の便箋。

皇族が私的に使用する自身の色合いを使った便箋だった。


ザッカルド様に手紙を認めては、ということなの?


侍女長の顔を見上げるも先程と同じ表情のまま、じっと私を見返してくる。


「でも」


「先日の介抱のお礼をお伝えするだけでも、いかがでしょうか」


確かにそれは必要だった。

あの夜、私はあの噴水にいないことになっているため、公にお礼が出来ていない。

騎士団長就任後のザッカルド様は大変忙しく、偶然を装って城内で会うなんてことはない。その上、帝都近辺では魔物の出現が増えてきている。私たち皇族の外的公務は少なくなり、外出する機会がめっきり減っていた。


しばらく考えてから、意を決して私はペンを取った。

まずは帝国騎士団長就任の祝辞と介抱へのお礼。これだけでは物足りず託してしまった子猫についても伺う内容も追記し、流石にと後悔したのは返事は不要と侍女長に言伝をしながら封蝋を押した後だった。

やはり書き直そうとしたところ、侍女長が手紙を素早く奪っていき、行ってまいりますと丁寧に腰を曲げてから退室してしまった。


子猫については、私が全般的に押し付けてしまったこと。ザッカルド様は不快な思いをしていないだろうか。

悶々とページが進まない本を片手に紅茶を口にしていると、侍女長が戻ってきた。早めに帰ってきたとなると、言伝した通り、返事はないのだろう。


「ありがとうございます。手紙を届けてくださって」


落胆して視線を落とすと、もう何度目かの同じページに視界に入れた。全く内容が入ってこない。


「クラウディア殿下」


侍女長に視線を移しながら短く応える。


「数日後、再度お伺いをするお約束をして参りました」


侍女長の言葉に目を見開き、落ち込んだ気持ちが浮かんでくる。


「はっきりと仰っておりませんでしたが、おそらくお返事かと」


息を吸い、体が浮いたような感覚がした。

手から本が床に滑り落ちるのも気付かず侍女長を見つめていると、彼女は微笑みながら落ちた本を拾ってくれた。


「今度は、絶対に取り逃がしません」


少し意地悪く口元を上げた侍女長は、彼女がまだ一介の侍女のとき、幼い私の我儘に付き合ってくれた一人だった。またしても、私の我儘に付き合ってくれるという。

申し訳ない気持ちがありながらも、嬉しさで胸が震え、受け取った本を抱えてた。抱き締めた本は、何度も妹に読み聞かせたあの龍族の王子様が登場する物語だった。






数日後、侍女長がザッカルド様の返事を届けてくれた。

内容は私の手紙への返答と一つのお誘い。翌週の昼下がり、城下町へと通じる城の門へ来てほしい、とのことだった。

しかし、侍女を伴わなくてはいけない身分の私が明るいうちに一人で歩き回るわけにはいかないし、ザッカルド様と直接お会いすることも大事になってしまう。

そのため、門の近くにある花の庭園でお茶をしつつ、一度垣根越しに様子を伺うことにした。

当日、良い天気になってほしいと毎晩祈りながら日々を過ごし、ようやく渡せるのではないかとハンカチの刺繍にも力が入った。


そして当日、白く薄い雲が空を走る、とても気持ちのいい陽気になった。

近衛騎士と侍女たちを伴って花の庭園に向かうと、まだザッカルド様の姿は見当たらなかった。


早すぎてしまった。浮かれている。


胸中で反省しながら、準備が出来たティーセットを手に庭園に咲く花を眺めた。

テーブルの上には焼き菓子と紅茶、刺繍の籠が乗っていた。籠の中には、縫っては糸を外してを繰り返し、すっかり草臥れてしまったハンカチが入っている。腕には自信があったが、ザッカルド様のモチーフを色々と思い浮かべてしまい、中々完成には至ってなかった。

渡せる代物でもないのに、持って来てしまった。


この花の庭園は季節ごとに公城内に複数設置されていて、今いる庭園は秋口に咲く花が植えられている。

日中はまだ温かいが、夜は少し冷えてきている。次の季節を知らせるオレンジ色の小さな木花が顔を出し始め、庭園の中は花の甘い香りに包まれていた。


ふと、垣根越しに人の声が聞こえる。侍女長に目配せをし、花を詳しく見る振りをしながら垣根の向こうを覗いた。


門の前にザッカルド様と綺麗な長い髪の監査会の方が立っている。2人は肩を並べて話しているが、遠くて途切れ途切れにしか聞こえなかった。


「   だから」


「一番は  チェーザレ」


2人はとても仲睦まじく話している。時々ザッカルド様が監査会の方に微笑みかけているのを見て、ちくりと胸が痛んだ。痛んだところに胸をあて、初めての感覚に首を傾げる。

しばらくして、城下町の方から私と同じぐらいの少年と少女が駆け寄ってくる。


彼らは親しそうにザッカルド様を兄と呼び、彼もそれに笑顔で答えていた。私の知らないザッカルド様の顔が沢山あって、また胸が苦しくなった。

すこし賑やかになったかと思うと、監査会の方が駆け寄ってきた少女の一人に何かを渡している。灰色の毛並み、大きな青い目、小さく鳴くその子猫は、あの夜ザッカルド様に託した子猫だった。


「頼んだぞ、お前ら」


「任せて!」


ザッカルド様が務めの声を掛けると、子猫を受け取った少女は白い歯を見せながら笑った。それに合わせて、ザッカルド様も歯を見せて笑い、少女の頭を撫でる。彼は少女を囲む少年たちの頭も順番に撫でていく。


「っ」


どうしたのだろう、胸がどんどん痛くなる。

ザッカルド様のお誘いは、私が託した子猫の行く末を知らせてくれるもの。無責任な私の我儘を受け止めてくれて、あの子が生きられるように新しい飼い主も見つけてくれて、あの少年少女たちに感謝しなくてはいけないのに。

あの少女が、羨ましくて仕方がなかった。


「 お前も撫でてほしいのか、ローリー?」


「誰がっ 」


ザッカルド様は、横に立つ監査会の方にも手を延ばそうとする。それを監査会の方は避ける。

そんな2人の距離感が近くて、髪の綺麗な方も羨ましくて。

垣根越しの私とザッカルド様との距離が、余計に遠く感じられた。


その後、少年少女たちに沢山のお土産を渡してからザッカルド様は別れを告げ、公城へと踵を返す。

私はその場から動くことが出来ず、2人が通り過ぎるのを待った。


「 本気、なんだな 」


「 あぁ、そのために  」


垣根越しに横を通る2人の会話が聞こえる。


「明日、  皇太子に  陛下が承認すれば   」


「 通るのか?」


庭園を通り過ぎ、2人の背中が見える。


「 殿下から  意義はない。全てはフロリアーナ殿下の仰せのままに 」


頭を殴られたかのような、衝撃が走った。息が詰まり、嗚咽が漏れそうな口を押える手が大きく震え、彼の発した言葉が頭の中に響く。


"フロリアーナ殿下の仰せのまま"


フロリアーナお姉様。甘酸っぱい木苺のような赤い髪と深い新緑色の瞳を持つ、帝国が誇る美しい第一皇女。私の尊敬するお姉様。


あの夜、ザッカルド様との一時を過ごした後、成人皇族として初めて大きな場でダンスを踊ったフロリアーナお姉様。そのお相手を務めたのは、ザッカルド様。巡り合わせたのはエルメントルート皇妃。

きらきらと光る照明の下、濃いワインレッドのドレスを翻し、それに寄り添う瑠璃色の騎士。少し高い身丈のお姉様だけどザッカルド様と並ぶとぴったりと視線が交わる高さで、ホールの誰もがその姿に見惚れた。


とても、お似合いだった。


「クラウディア殿下?」


「、、、なんでもありません」


後ずさりながらゆっくりガーニングチェアに座り、震える手で拳を作って溢れだす感情を必死に抑えた。


いけない気持ちだ。

ザッカルド様は誰のものでもない。ザッカルド様は、我がダヴォリア帝国の騎士団長。その身を帝国に捧げ、帝国のためにその身を削る騎士だ。


ましてや、私の王子様なんて。本当のところは分からない。だって、あの夜に、何も仰らなかった。ただ蜂蜜と発しただけで、あの日のことを思い出して発したわけじゃない。

もし覚えていたとしても、正体を知らなかった哀れな少女の私に妹にあげる飴を分けてくれただけ。もしかしたらあの少女は彼の妹なのかもしれない。彼にとっては少女と同じく、私も妹のような存在なのかもしれない。


では、フロリアーナお姉様は。

フロリアーナお姉様は、ザッカルド様に相応しい。帝国皇女として凛々しく、堂々とし、高貴でお優しい方だ。成人もしているし、なによりあんなに素敵に踊る2人が、似合わないはずがない。


本当に逆上せていた。浮かれていた。子供が夢見ていただけだ。

今度ばかりはただの我が儘では済まない。第一皇女と騎士団長の仲を掻き回してしまう。それは帝国皇女としてあってはならない姿だ。


「殿下、御加減が」


「大丈夫、です。少し肌寒くなってきたので」


戻りましょう、と侍女長に伝えようとした瞬間、耳を割く爆発音がした。


「きゃあ」


侍女が悲鳴を上げ、侍女長が私を抱え込んで地面に伏せさせる。近衛騎士は剣を抜きながら、私の周りを囲む。花の庭園全体が上下に揺れ、木々が激しく擦れる音がし、カップがかちゃかちゃと音を立てながら割れた。


「なんだ、こいつはっ」


何もいない場所に。正確には庭園のアーチがあった場所に、大きな黒い物体が現れていた。薄い空を背後に、それは大きな一つ目をぎょろぎょろと左右に動かしている。


「殿下、お逃げくださいっ」


近衛騎士の声に侍女長が私を抱えながら走り出す。大きな目が私たちを捉え、長い腕を鞭のようにこちらに振り下ろしてくる。その黒い腕は、近衛騎士と私を庇った侍女長の体を簡単に吹き飛ばした。

騎士の体は垣根に投げ出され、侍女長の体は空に浮かびあがり、地面に放り出されながらそれを目で追うと、ツンと腐敗臭が鼻を掠った。


「クラウディア殿下っ!!」


倒れている侍女の声で前を見ると、そこには上から私を見下ろす血走った大きな目。

ぎょろぎょろを左右上下に動かしながら、その下についている口を大きく開いて黒い物体が近付いてきた。


あぁ、魔物だ。私は魔物に喰われる。

汚い感情を抱いてしまった私への罰だ。大切な家族の、大好きなお姉様に、卑しくも嫉妬してしまった。

汚い、幼稚な私が、罰せられる。


そう思うと、不思議と口元に笑みが浮かんだ。


相応しい最期だと。

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