事変
タイトルの通り、今までののんびり雰囲気が一変。一部、女性への考え方、捉え方に偏りがある表現がありますが、作者の意図するところではありません。
大国ダヴォリア帝国の軍事を統べる帝国騎士団長の執務は、多忙だった。
日々の帝国内の警邏はもちろん、有事の出撃命令や祭典時の警備、新しい騎士の採用や異動まで、全て騎士団長の承認なくしてことを進めることは出来なかった。
そのため、実力は帝国一とされる騎士団長であっても、剣を揮うよりもペンを振るう時間の方が多かった。
「追加です」
「ちょっと待て、ローリー。この案件は初見だ、外交関連は事前報告をしろと言ってるだろう」
「既に先日お渡ししておりますよ、ザッカルド団長」
ここに、と数日前から小さくならない未処理案件の山の中腹を指さすロレンツォに、俺は手に思わず力が入ってしまい、本日何本目になるか分からないペンの残骸を見つめた。またペンを壊したと、リッカルドに文句を言われる。
そんな光景にいつもの呆れた息を吐きながら、ロレンツォは神業のごとく未処理山の途中から関連資料を引っ張り出して、俺に差し出した。
「それとここは執務室です。愛称で呼ぶのは遠慮して頂きたい」
しぶしぶ謝罪をするも、この扱いにまだ納得してなかった。
ロレンツォに差し出された書類を乱暴に受取り、内容を改める。確かに、数日前に受け取った北の国からの申し出の内容だった。
ひくひくと口元を震わせながらロレンツォを睨み上げるが、逆に鋭い眼で睨み返されてしまった。
帝国騎士団長に就任してから早3ヶ月。
俺も例に外れることなく、毎日毎日事務処理に追われることとなり、ここ数週間は剣を常備していても抜くことは一度もなかった。
その上、自分で構築した組織体制が仇となった。
監査会側の橋渡しとしてロレンツォと連携をとるように仕向けたが、奴の几帳面な性格は副官リッカルドと相性が良すぎた。
日頃の事務処理を後回しにする俺に信じられないとロレンツォが俺への更生に燃え、それにしめたとリッカルドがロレンツォの全面的なフォローに回ったもんだから、俺は常に4つの鋭い眼で監視されることになってしまった。
週一回顔を合わせれば済むはずの三白銀の麗人を、俺は毎日のように拝めている。
まぁ、ロレンツォが必要以上に俺に厳しいのは、クラウディア皇女との一件が大きく影響しているのだが。
騎士団長継承式の舞踏会の後、新しく自分の執務室になった騎士団長室に2人を呼び、あの夜の一時にあった出来事を話した。もちろん、クラウディア皇女の甘い香りや白い肌に見出した想いは秘密にしたが、それでも皇女殿下に対する不敬は隠しきれなかった。
ロレンツォは顔面蒼白になった後、俺への刑罰やその後の処理、父親への報告をどうしたらいいのか、部屋を右に左に行ったり来たりしながらぶつぶつと呟いていた。
ヴィットーレは最初は呆然としていたが、俺の行動が思っている以上に楽しかったのか、腹を抱えて声高らかに笑い始めて、すぐにロレンツォに叱責されていた。
言わずとも分かっているだろうが、2人には口外しないよう念押しをしておいた。
マッカオ元団長の現役引退と東国境門の侵略、帝国を敵視する隣国への抑圧、帝国民への不信を考えると、俺が今死罪になるわけにはいかない。
しかも、やたらと帝国内で魔物の発生が増えている。以前までは閑静な山奥や森の奥ぐらいだったが、最近では港や帝都内でも目撃されている。色恋に現を抜かしていられない。
彼女への情欲は抑え込んで、怪我の介抱と子猫の世話を任せられただけだ、と気持ちを切り替えることにした。
しかし、懸命に自分の心を律しようとしている中、ある一通の手紙が届いた。内密にと侍女長によって届けられた手紙は、薄い空色の封筒で、封蝋は皇族の証である金色。
差出人は書いていなかったが、誰からか直ぐに分かった。クラウディア皇女殿下だ。
俺は表情に出さずに執務室の引き出しに手紙をしまい、返事の有無を侍女に確認した。侍女は不要と言ったが、もし有事があれば自身を呼び出してほしい、とのことだった。
言伝に了承し、数日後にまた執務室に来るよう答えた。
夜も更け、厳しい4つの眼が無くなった頃、俺は手紙を開いた。
薄い空色の封筒は、窓から入る月明りに照らされて少し暗く光り、クラウディア殿下の髪に近い色になった。蝋を解くと中には一枚の便せんが入っており、綺麗な字がそこに並んでいた。
騎士団長就任への祝辞、クラウディア皇女の怪我の介抱への礼の後に、子猫の様子を伺うようなようなことが綴られている。抱擁に関してのお咎めはないようだ。
13歳とは思えないほどの丁寧な文面と綺麗な文字に、子猫を心配するクラウディア皇女の優しさが見える。あの晩、子猫を抱える彼女の年相応の姿を思い出して、自然と頬が緩んだ。
手紙を持ったまま頬をつくと、便せんから微かに甘い香りがする。彼女から発せられたものとよく似たその香りは、日々の激務で荒んだ俺の心を癒していく。
あぁ、触れたい。
あの揺れる柔らかなアッシュブロンドの髪に、白い陶器のように透き通った額に、大きな蜂蜜色の瞳に、あわよくばあの細やかな薄い唇に、自分のものを押し付けたい。
「あ~、やばい」
小さく口に出すと、ますます気持ちが攻め立てられるようだった。
騎士団長になってやることはまだまだ沢山ある、魔物だって急増している。それなのにどこか誰もいないところで彼女と2人きりでゆっくり過ごしたかった。
自分の頭と心を落ち着かせて新しい便箋を取り出した。急いて彼女を求めても、なんの意味もない。ならばせめて、彼女の慈悲に誠意をもって応えよう。
数日後に再度来る侍女長宛ての手紙に加えてもう一通、久しく連絡を取っていない父:イルデブランド宛への手紙を綴った。
数日後、言伝通り侍女長が執務室に訪れた。
用意していた手紙を渡し、可能であれば今日中に彼女の目に入るようにしてほしいと伝えた。
そしてその翌週、陽が少し傾き甘いお菓子とお茶が美味しくなる時間に俺は城下町に通じる城の門の近くにいた。
隣にはロレンツォとその腕の中には、あの夜クラウディア皇女から預かった子猫がごろごろと気持ちよさそうにしている。
「なんで俺が」
「仕方がないだろう、お前によく懐いているんだから」
小さくあくびをする子猫を屈んで覗き込むと、大きな青い瞳を潤ませて見上げてくる。優しく頭を撫でてやると、目を閉じながら小さく鳴いた。
「一番はお前だ、チェーザレ」
「それは嬉しいな」
「、、、にやにやして、気持ち悪い」
ひどい言われ様と思いながらも、また小さく鳴く子猫が可愛くて口元が締まらなかった。
「それにしても、何でこんなところで。城下町のほうがいいんじゃないか」
「ちょっとな」
片目を瞑って後ろを向くように促すと、ロレンツォは視線を後ろに向けて、目を見開いた。
ロレンツォの視線の先には、公城入口近くに設置されている小さな花の庭園があり、門からは中が直接見えないようになっているが、彼は垣根の奥いる人物に気付いたようだった。
「クラウディア、皇女殿下」
クラウディア皇女は、庭園の植木に咲く花越しにこちらを伺っている。近くにティーセットが用意されているため、お茶をしつつ俺の誘いに応えてくれたらしい。
「殿下がこの子を気にされていてな」
「それでわざわざ?」
「この形なら様子が見えるだろう」
立ち上がってロレンツォににやりを笑いかけると、彼はいつもの呆れた息を吐いてから、仕方なしと笑い返してくれた。
少しして、城下町のほうから賑やかな声がいくつか聞こえてくる。
視界の向こうには、俺の記憶よりも随分と大きくなった訓練所の修練生たちが手を振って、こちらに走ってきていた。
「チェーザレ兄ちゃ~ん」
「こらっ、ちゃんとザッカルド団長って呼ばないとっ」
「え~、別にいいじゃん!兄ちゃんは兄ちゃんだし」
相変わらず小競り合いをしながら走り寄ってくる修練生たちに笑いかけながら、再会の挨拶をした。
クラウディア皇女への返事に加えて出した親父宛の手紙には、子猫を訓練所で引き取ってほしいと書いておいた。親父は異をせず承諾してくれ、迎えには修練生を向かわせる、とのことだった。
久しぶりに会った彼らはとても背が伸びていて、体つきもすっかり大人びて見えた。
「よく来たな、お前たち。道中、大丈夫だったか?」
「うん、平気だよっ」
「私たち、次の騎士団試験を受けるの。だからその下見を兼ねてたんだけど」
長い髪を後ろに一本で纏めた修練生の少女が、遠慮がちにロレンツォを見ている。
別れる前は男子と見間違えるほど幼かったが、すっかり女の子らしい身姿で、頬を赤く染めていた。
「どうした?」
「あの、チェーザレ兄さん。この人、兄さんの彼女?」
「は?」
ロレンツォの間抜けな反応に合わせて、俺は笑いを堪えきれずに吹き出した。
すぐに全力で否定する言葉を並べるロレンツォの勢いに若干引きながらも、丁寧に子猫を引き渡したロレンツォに安心したのか、少女は笑顔で子猫を受け取った。
子猫も少女が気に入ったのが、ごろごろと喉を鳴らしながら頭を少女の腕へと擦り付けている。その様子に修練生たちがはにかんで笑い、俺は懐かしくて皆の頭を撫でた。
そんな俺を不思議そうにロレンツォが見つめてくる。
「なんだ、お前も撫でてほしいのか、ローリー?」
「誰がっ、、、ただ、らしい姿だと思っただけだ」
「だろう」
「そこは謙遜しておけ、人たらし」
ご機嫌斜めになってしまったロレンツォを無視して、用意しておいた親父宛ての手紙とお小遣い、お土産のお菓子を詰めた袋を修練生たちに手渡した。
彼らは沢山のお土産に喜びながら、近いうちに騎士団で会おうと約束し、手を振って別れを告げた。
ほんの少しの時間だったが、故郷の空気を吸った気分になって、俺は心が温かくなった。
「本気、なんだな」
「何がだ?」
ロレンツォも子猫を手渡した少女に軽く手を振りながら、俺に問いてくる。修練生たちの背中が見えなくなってから、俺たちは公城へと踵を返す。
「あの子供たち。騎士になるって」
「あぁ、そのために親父の訓練所にいる」
「あの少女も、か」
「そうだな。入団したら、フロリアーナ殿下率いる女騎士隊に配属されることになるだろう」
「女騎士隊?」
「明日、試案をテレンツィオ皇太子に提出する。帝国議会まで通り、陛下が承認すれば新しい騎士隊が誕生する」
「そんな案が通るのか?」
「それが、殿下からの提案なんだ。俺も異議はない。全てはフロリアーナ殿下の仰せのままに、だ」
俺は含みを込めて口元を上げた。
軍事力を誇るダヴォリア帝国と謳っていても、女性の騎士は男性に比べて一割もいかない。フロリアーナ殿下が貴族達から揶揄されるのも、そこに一つある。
”女性は慎ましく家内に収まり、男に守られるべき存在である”
古くからの慣習は、数少ない女性騎士を苦しめてきたし、俺の母親もその一人だった。フロリアーナ皇女が提案してきたときは、その憂いを晴らす一役を買ってもいいと思った。
それに、フロリアーナ皇女の提案を通して少しでも彼女との蟠りが少なくなれば、クラウディア皇女と会える機会が増えるかもしれない。
そんな下心が、ないとは言いきれなかった。
「なぁ、チェーザレ」
「なんだ?」
城の門から大庭園を通り、自分の執務室へと向かう最中、ロレンツォが足を止めて深刻そうな声を出す。俺もロレンツォに合わせて足を止め、振り返った。
「それは、誰のためなんだ?」
「そんなの」
帝国の未来のため、と体裁を言い終える前に、大きな爆発音が空に響いた。
ふらつくほど地面が揺れ、葉が擦れ合う音がしたと思ったら、木がなぎ倒される音が聞こえる。土埃と一緒に風に乗って、嗅ぎ慣れた酸っぱい臭いが漂ってくる。
「チェーザレ!」
「魔物だ!すぐに討伐部隊を組め!」
ロレンツォに指示をし、腰に下げていた剣を抜く。
走り出したロレンツォを確認してから、魔物の出現位置を特定するために辺りを見回す。倒された木の位置を考えると、門近くと予測する。
あの位置は。
「クラウディア殿下っ!」
侍女の甲高い声が、先程の爆発音に負けないぐらい空に響いた。
舞い上がる土誇りに散るオレンジ色の花弁を見て、一瞬で背筋が凍る。魔物が発する唸り声が聞こえた瞬間、俺は足に力を入れて花の庭園へと走った。
次話、ようやく戦闘っぽいことが起こります。




