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甘い思い出

ヒロイン、クラウディアの視点です。初恋が忘れられない、そんな少女のお話。

幼い頃に出会った私を救い出した王子様。

懸命に探し出そうとして、結局周りに迷惑をかけてしまった私の我儘の原因。お兄様たちは彼を”蜂蜜の騎士”と呼ぶ。

彼を諦めようと必死に自分に言い聞かせ、あの時の我儘を繰り返すまいと、自分を制してきた。


それなのに、5年も経った今頃になって彼を見つけてしまった。

ダヴォリア帝国新帝国騎士団長チェーザレ・ヴァリ・リタ・ザッカルド。

体つきは少し大きくなったように見え、格式高い騎士の制服を着ていたが、撫で付けられた濃い青い髪に少し鋭いけどぬくもりに包まれたように感じる甘い赤茶色の瞳は、あの時と変わっていなかった。


一目見て、彼が”彼”だと分かった。

諦めきれなかった心が、ふつふつと喉の奥から迫り上がってくる。誰もいない、誰にも聞こえない場所で、この気持ちを叫びたかった。


あぁ、あの時から貴方のことが、ずっと、、、。


帝国騎士団長の継承式の後、溢れだす欲望を秘めたまま夜の舞踏会へと参加したものの、もう一度彼の姿を冷静に見ることが出来ず、侍女長に話してこっそりと抜け出して来てしまった。

何年振りかの我儘に侍女長は驚いていたが、快諾をしてくれてとても助かった。今の私には表情を取り繕うほどの余裕がなかった。


舞踏会が行われている公城の大広間から庭園を向かい、噴水の近くまでくると、ふと小さな鳴き声が聞こえた。

辺りを見回すと木の上に子猫が一匹、震えている。灰色の毛並みと青い大きな瞳の子猫は、私とザッカルド様の色合いを合わせたようで、なんだか親しみを感じてしまった。

それがいけなかった。無理に降ろそうと近くの石に登って手を伸ばし、あと少しというところで足を滑らしてしまった。驚いた子猫が木の枝から滑り落ちてきて、無事に受け止めることはできたが、足を挫いてしまった。


足の様子を見ようとしたら、大広間からダンスの曲が始まる音がする。

いけない、早く戻らなくては。

痛む足に鞭を打って立ち上がると、思った以上に痛みが強く体が傾く。堪えようともう一歩足を踏み出したところで、目の前にあった茂みに倒れこんでしまった。


「きゃっ」


「なっ」


来る衝撃に備え、目を瞑り子猫をお腹に抱えて丸くなったけど、痛みはなく温もりが私の体を包んでいた。

誰かが私を受け止めてくれたのだと分かった。


「あ、あのっ、も、申し訳ございませんっ。私っ」


やってしまった。このような粗相、皇女として失格だ。

急いで受け止めてくれた方に取り繕うと顔を上げると、そこには恋い焦がれた私の王子様、ザッカルド様が私を見下ろしていた。


近くで見るザッカルド様の濃い青い髪は、月明りに照らされ噴水に反射した光できらきらと銀色に輝き、少し鋭い赤茶色の瞳は甘く揺らいでいる。


あぁ、私は本当にとんでもないことを。

このような失態、無作法女な女だと呆れられてしまう。


「あぁ、思い出した」


黙ったまま私を見下ろしていたザッカルド様は、低い擦れた声を発した。


ゆっくりと近づいてくる彼の赤茶色の瞳の奥が、紅く光って見える。その瞳から目が離せないでいると、彼はその大きな腕の中に小さな私を閉じ込めてしまった。


「蜂蜜だ」


「えっ」


彼の言葉が、頭の中に響く。


”蜂蜜”


それは、彼と私を繋ぐ唯一の甘い甘い思い出。


もしかして、覚えているのだろうか。


僅かな希望を胸にザッカルド様を伺おうとすると、彼の鼻が首筋に触れ、大きく息を吸うのが分かった。

自然と体がびくりと反応する。反射的に体を離そうとするが、彼の腕の力が強くなっただけだった。

私の鼻に触れる彼の銀色の髪から、男性特有の香りに乗せて甘い香りがする。


突然触れているザッカルド様の腕の熱さを感じて、顔が赤くなった。


淑女で、しかも皇女である私が未婚のまま男性に抱擁されるなど。

しかも、長年恋い焦がれた諦めきれなかった憧れの王子様が、私を抱き締めてあろうことか匂いを嗅がれているなんて。

羞恥と歓喜で、自然と涙が滲んできて、体が震えてくる。


すると、ザッカルド様は私を抱き上げ、真剣な表情で噴水の縁へと座らせてくれる。


「大変失礼いたしました。クラウディア殿下」


「あっ」


跪き発せられた言葉に、愕然とした。

騎士として当たり前のように接し、跪き、帝国皇女に対する非礼を謝罪する。

まるで先程までの抱擁と熱がなかったように振舞う彼の姿は、噂通り騎士の鑑だった。


少し、浮かれていたのかもしれない。らしくなかった。


「いえ、そのように謝らないでください。私が不審な動きをしていたのがいけないのです」


帝国皇女として、また巷の話通り聖女のように振舞わなければ、彼が皇族に対する不敬で死罪になってしまう。

決して、この先を望んではいけない。


「しかし」


「いいのです。さぁ、戻りましょう。主役のお姿が見えないとなっては陛下が困ってしまいます」


合わせて私の姿もないとなると、また心配をかけてしまう。

お腹に抱えた子猫は、誰にも知られない内にどこかに逃がしてしまおう。

子猫を隠そうと急いで立ち上がると、また足が痛み体が傾いてしまった。地面が近づく感覚がしてすぐに、またザッカルド様が助けてくれる。


「あっ、申し訳ございません」


「いえ、私の方こそ」


一度ならず二度も目の前で醜態を晒してしまった。


「失礼致しました」


葉や土誇りでドレスを汚している皇女の姿は、惨めな姿でとても見られたものではない。

ほら、ザッカルド様も見ていられないと視線を外してしまった。

外した視線の先には露わになった私の足があり、更に恥を晒してしまう。

彼は見ないようにとさらに視線をずらしながら、スカートの裾を戻そうとしてくれ、途中で手が止まった。


「殿下、これはっ」


「あっ、、、これは、その、、、」


子猫を助けようと石に登った時に捻ったせいで、足首が赤く腫れている。

はしたなくて顔を俯かせると、ザッカルド様が覗き込んでくる。


赤かった顔がさらに赤くなり、首まで熱を帯びるのを感じる。


突然纏う空気がぴりぴりとしたものなったザッカルド様は、急いて私を抱き上げようとする。

少し仰け反ってしまい、隠している子猫が露わになりそうで、両手で自分のお腹を抱え込んだ。

そしたら、更にザッカルド様の顔が近くなって。


許してほしい、このように何度も醜態を晒しているのに、憧れのザッカルド様の顔がこうも近いと。

帝国皇女としての、どのように振舞っていたのか分からなくなってしまう。


しかも緊張した表情のザッカルド様を見ると、私の足の怪我は誰かに襲われたと思ったのだろう。

申し訳ない気持ちがいっぱいで体を硬直させていると、抱えていた両手の隙間から子猫がもぞもぞと動き出した。


あぁ、いけない。


「子猫?」


私のお腹から顔を出した子猫がザッカルド様に応えるように小さく鳴いた。

顔が熱くて熱くて、のぼせてしまいそう。


「も、申し訳ございません。私、、この子の声が木の上から聞こえたものですから」


小さく鳴いて私を見上げてくる子猫を抱き上げ、ザッカルド様に差し出す。


愚かな私、黙っていればいいのに、正直に告白してしまった。

きっと幻滅しただろう。帝国の皇女が公務を抜け出し、野良猫を抱え、在ろうことか自分で怪我を負ったなんて。

でも、ザッカルド様の赤茶色に光る瞳に見つめられたら、嘘をつきたくなかった。


「この子の処遇は、ザッカルド様にお任せしたいます。なので」


掲げる子猫越しにザッカルド様の様子を伺うと、少し呆気に取られて様子の後に、甘い形の瞳を垂れさせて微笑んだ。

どきりと、胸が鼓動する。


「ご安心ください、ここにいらしたことは誰にもお話し致しません」


「ありがとうございます!」


堪えていた涙が眦に浮かび上がり、私の指を舐める子猫に頬擦りをした。

醜態を晒した私を咎めることなく、ここにいた理由を問い詰めることもなく、優しく微笑んでくれるザッカルド様の姿が、あの日を思い出させて、また涙が滲んできた。


しかし、子猫をこのまま私の手に収めておくわけにはいかない。ザッカルド様に渡そうと再度子猫を差し出すと、緩んだ頬を更に緩ませて、遂に子猫ごと私を抱き上げてしまった。


「ザッカルド様、私一人で歩けますっ」


「いけません、そんなに赤く腫らしているのです。万一のことがあったら、大変です」


ザッカルド様の言う通りだけど、子猫と一緒に抱えられた姿を恥ずかしくて誰かに見られたくなかった。


彼の姿を下から覗き込むと、夜空に浮かぶ月を背後にザッカルド様の濃い青い髪が銀色に輝いている。瑠璃色の制服を纏い、腰に宝剣を下げ私を抱きかかえる姿は、あの物語に登場する龍族の王子様そのものだった。


継承式でも思ったけど、彼の髪は濃い色のはずなのに光を通すと透き通って銀色に光る。まるで、伝説に出てくる龍王の肢体のように透き通ったその色は、空の王に相応しい高潔さと確固たる威厳を秘めていた。

皆はザッカルド様を初代皇帝の生まれ変わりと噂する。色は違えどその堂々たる姿と功績、人々を魅了する容貌と人徳は確かに言い伝えにある初代皇帝に近かった。

しかし、たった今見たザッカルド様の色を見る限り、どちらかというと龍王の方に似ていた気がした。


真っすぐと皇族の控室に向かう彼を慌てて制して大広間へと戻る意図を告げると、苦い顔をしながらも承諾をしてくれる。

私の怪我を心配しながらも公務を重んじる私の気持ちを尊重してくれた彼の優しさが、どこまでも心地よかった。


「お手数をお掛けしました」


侍女と近衛騎士の姿が見えてから大広間の裏通路に降ろしてもらうと、ザッカルド様の顔が見上げるほど上にあり、やはりあの日を思い出させた。

今夜はあの日と違って、はっきりと彼の顔が見えたし、明日からも見失うこともない。


「皇女殿下をお守りするのが、我々騎士の務めです。ただ、ご無理はされませんように」


少し厳しめの声色で初めて説かれ、自然と肩が落ち込んだ。

まだ私の腕の中にあった子猫が不思議そうに私を見上げていると、大きな手が子猫を攫って行く。


「この子は、私がお預かりしましょう。もちろん内緒で」


先程の声色とは違って、悪戯っぽい声で秘密の仕草をするザッカルド様を、少し可愛いと思ってしまった。

私も彼に合わせて人差し指を自分の唇に当てて、微笑んだ。2人だけの秘密が出来たみたいで、心が踊った。


「それでは、失礼致します」


ザッカルド様とのふれあいで足の痛みをどこかに置いてきてしまったように、私はいつも通りの礼を取った。彼も合わせるようにその場に跪く。

これから侍女長たちに沢山の言い訳をしなくてはいけない。私を大切に思ってくれている彼女たちを騙すようで少し心が痛むけど、それ以上にザッカルド様との一時が幸せに満ちていて、自然と頬が緩んでしまう。


5年前と同じように、私の心は彼に奪われてしまっていた。



純粋な姫君が(人)たらしな騎士に恋に落ちる。チェーザレは、悪い男だ(笑)

今回は2話分更新します。

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