騎士への旅立ち
初投稿、失礼します。全体的に長々と説明文な上に亀展開になりますが、気長にお付き合い頂ければと思います。
懐かしい埃が混じった臭いが鼻をかすめて、目を覚ました。
久しぶりの実家の天井は、確かに自分の部屋で見慣れているはずなのに何故か他人の部屋のように感じられた。
石柱と森でよく採れる木を切り刻んで作られたその天井は、記憶の中にあるそれよりも廃れているが、蜘蛛の巣一つついていない。
この辺りは、親父の性格が出ている。
差し込む朝陽に目を凝らしながらガタガタと音を立てて雨戸を開くと、こちらは見慣れた風景が現れた。
半分は森で覆われ、もう半分は建屋と耕された畑。畑には寒いこの時期、何も植えられていないが次の暖かい時期の為に、均等に畝が整えられている。
暑い時期には、色鮮やかな野菜が豊かに実り、採りたてを口にすると野菜特有の食感と甘みが口いっぱいに広がった。
それが一番美味しいのだと母は教えてくれたが、残念ながら俺には合わなかった。
動きやすいシャツとズボンに履き替え建屋に行くと、既にそこには先客がいた。
身丈も年も俺と同様の者もいれば、半分と少しで少年という域を超えない者もいるが、どれも修練生だ。
靴を脱いで修練所に上がると、修練生たちは手を止め、言わずとも整列する。
「おはようございます!」
「おはよう」
朝から元気な挨拶を聞くと、こちらの身も引き締まる。
整列の前に立ち、一人ひとり修練生の顔を確認すると、また新しい顔が増えていた。親父はまだまだ現役でいるらしい。
ここは、親父が営んでいる訓練所。帝国騎士学校への入学まで少年らが衣食住を共にする。年代も出生もばらばらは修練生たちは、栄光ある我が大帝国の騎士になるべく、修練に励んでいた。
「戻れ」
修練に戻るよう指示をすると、一斉に一礼をした後、皆は稽古へと戻っていった。
型の崩れた者には自ら手本を見せ、呆けている者には拳骨を軽く落とし、血を流した者は手当をする。
気合いの入った声や拳を食らって痛む声、布が擦れる音、跳ねて足が床に着地する音。全てが懐かしく身近なものなのに、今日は何だが蚊帳の外な気分だった。
「お前たち、そろそろ切り上げて飯にするぞ!」
修練所の入口から顔を出した親父の一声で、朝稽古は終了する。
恐れ多くも、訓練所の総監督の親父は、白いエプロンを纏っていた。
齢50になるとは思えない剛腕、筋の通った拳。一瞥するだけで森の獣が気絶するほどの吊り上がった目を携えた厳つい顔。そんな逞しいに限る肢体に白いエプロンと手にはおたま。違和感しかないが、命が惜しい修練生は誰も突っ込まないし、笑わない。
組み手の相手に一礼をし、それぞれ食堂へと移動を始めた。俺もタオルで汗を拭きながら出口へと向かうと、おたま片手に親父が笑いかけてくる。
「悪いな、久しぶりの実家だっていうのに付き合わせて」
「いや、学校でも朝の鍛錬はしているから変わらないさ」
明日、帝国の騎士学校を卒業する俺は、実家での最後の朝を迎えていた。
騎士が配属されればしばらく帰省は許されず、任務によってはその地で最後を迎える者も少なくない。その為、親族と騎士本人への配慮として、この帰省期間が設けられていた。
幼い頃に過ごした実家と訓練所は、16年経ち、身丈が大きくなった俺には、少し小さく感じられる。実際、さっきまで寝ていた自室のベッドも、足が少しはみ出し体を丸めないと収まらなかった。
今日、帝国騎士学校に帰舎したら、何年も、若しくは二度とこの土地に足を踏み入れないかもしれないと思うと、感慨深かった。
「朝飯は、食っていくだろう、チェーザレ」
「...あぁ」
親父は歯を見せながら笑うと、片足を引きずりながら食堂へと向かっていた。
足以外は現役と変わらないはずのその背中も、少し小さくなったように感じられた。
「チェーザレ兄ちゃん、今日帰っちゃうんだよね」
食堂で小さい修練生と肩を並べて朝食を食べてると、向かい側の修練生が声をかけてきた。
「あぁ、しばらくここには帰ってこれない」
「そうか、、、」
「仕方ないだろ、チェーザレ兄ちゃん、帝都の騎士団に入るんだ」
「うわっ、すっげぇ!」
「なぁなぁ、帝都の騎士団って、どういうとこなんだ?」
「すっげぇ強い騎士がいーっぱいいるんだろ」
「でもチェーザレ兄ちゃんに敵う奴なんて、この帝国にはいねぇって」
「そうだそうだ。オレだって、もっと強くなってチェーザレ兄ちゃんみたく帝都の騎士になるんだ」
「はんっ、何言ってんだか、アーリアに泣かされてたくせにっ」
「なんだとぉ」
俺無視で修練生たちの話が進むのを眺めて、親父お手製の野菜スープを口にした。
母親が死んだ後はひどい状態だったが、今はとてもうまくなっている。すっかり主婦スキルが上がった親父は、小競り合いを始めた修練生たちの頭に拳骨を食らわせると、焼きたてのパンを配り始める。
こちらもすっかり上達して外はカリカリ、中はふんわりとして頬張ると、小麦の香ばしい香りが口いっぱいに広がった。もう一つパンを頬張りながら席を立ち、叱られた幼い修練生の頭を撫でてから食堂を出ると、相変わらず似つかない白いエプロン姿でパンを配り終えた親父が立っていた。
「もう出発するのか」
「あぁ、、母さんに会ってから」
「そうか、あいつも喜ぶ」
親父は最近多くなった目元の皺を更に増やして、笑った。
帝国騎士学校では親父と同期でその世代でも優秀な母は、俺が4歳の時、目の前で馬車に轢かれてあっさり他界した。
領地の森を一部切り抜き、そこに母は眠っている。食堂と訓練所を通り過ぎ、畑も通り過ぎた先に、母の墓はあった。墓石には母の名:ソフィーナが刻まれている。小さい白い花が手向けられているのは、親父が供えたのだろう。母が好きだった花だ。
「行ってきます」
小さく呟くと、背中で親父が息を飲む音が聞こえた。母が亡くなってから12年。愛する者を守れなったと小さくなっていく父の背中を見て、俺の目指すものは自然と決まっていった。
いつか会う守るべき人のために剣を振るおうと、墓石の掘られた母の名を誓うように指でなぞった。
チェーザレの物語が始まります。一週間に一回を理想に定期更新していきたいです。誤字脱字等のご指摘がありましたら、ご教示をお願い致します。