父の見たもの
父から聞いた話。
まだ父が中距離トラックの運転手をしていたころの話。
「あの日は雨が降っててなぁ、1日中雨が降ってた」
座椅子に座って少し遠くを見ながら父は話す。
「〇〇県に向かう途中、☒☒峠を通ってた時、峠道のぐにゃぐにゃ道で元々スピード出せんところに、雨が降ってて視界も悪くて余計にスピードなんか出せんかった。そんな中で、トラック走らせてたら視界に入ってきたものがあったんや」
「え、なに、怖い話?」
「怖いっちゅうんか何ちゅうんか…。今でも見たあれはなんやったんかなとは思うけど。」
怖いもの知りたさで私は父に訊ねたのだ。
「そこになにがあったん?」
「赤ん坊抱いた女の人」
と父は答えた。
「でも視界悪かったし、一瞬だし、まぁ標識やったんかもしれん」
夜の雨降りやからな、と父は続ける。
「まぁ、でも夜に山道走りよんと、道端がキラっキラっち光るんや」
なんやと思う?と父は訊ねてくる。怖い話の続きかと思って、怖いし、「わからん」って答えると「鹿や」と父。
「鹿かーい」と言うと同時に鹿で良かったね、とも思う娘心。
「鹿ん鳴き声は、キャーッっち言うんよ。知っちょった? 私、小さい頃山で女の人が叫びよんのかと思っちょった」
と言うと父は一言
「知らん」
今でも父はたまに思うらしい。
あれは標識だったのか、赤ん坊を抱いた女の人だったのか、と。