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1ー不死身の男



◆不死身の男



「死なない人間っていると思うか?」

 問われた瞬間、飯屋の喧騒が遠のいたような気がした。

意味が分からない。酒も飲んでないのに酔っ払ったのか?

「急に何だ。人間はいつか必ず死ぬ」

 今日は久々に奮発して、牛肉のカツを頼んだのだ。サクサクとした衣、ジューシーな肉、完璧だ。

「噂だよ。もう何年も戦場に出向いているのに、毎回無傷で帰って来るばかりでなく、小隊一つ一人で壊滅させたこともあるんだとか。しかもそいつ、殺した人間を食うらしいぜ」

 思わず咀嚼していた肉を吐き出しそうになった。

「ゴホッ、嘘だろう?」

「だから噂だよ。しかも、」

 勿体つけてなんだというのだ。

「ソイツは身長三メートルもある大男で、一つ目らしい」

 それは----。

「“人間”なのか?」

 思わず顔の真ん中に大きなギョロ目がある怪物を想像した。

「どうだかな。実際に見たって奴に聞いても、怯えた様子で『あれは化け物だ』とか、全く要領を得ない。しかも」

 また「しかも」だ。こいつの口癖なのだ。

「人語がわからないらしい」

「本当か? かなりヤバイやつじゃないか」

「ソイツが今度俺たちの小隊に入るらしいぞ」

 先ほどから「らしい」ばかりなのが気になるが、目の前の友人は、大袈裟ではあるが嘘をつく質ではない。「らしい」は見聞きした内容通りなのだろう。

「どうだ、恐ろしくはないか?」

 友がニヤリと笑う。

「姿形はともかく、味方にいるなら心強いんじゃないか?」

 率直な気持ちを言う。

 友は「確かに!」と豪快に笑った。

 職業柄、何となく常に手を動かすのが癖になっている。今もテーブルの上のおしぼりで薔薇の花を作ってしまった。

「器用なもんだなあ」

 友が感心したように、おしぼりの薔薇を手に取った。

「これしか取り柄がないからな」

 自嘲気味に笑うと、「いや、大したもんだよ」と友が言った。

「俺は弓兵だから、優秀な整備兵のお前が後方に控えていてくれると心強い」

「何だ、今日はやけに褒めるな。明日は雨でも降るんじゃないか?」

 真っ向から褒められることが滅多にないので、照れ臭くて思わず茶化してしまった。

 相手も柄にもないことを言った自覚があるようで、自分の頰を人差し指でちょいちょいと掻いた。


 そんなやりとりがあったのは三日前だ。

 ザムザードとの国境付近で不穏な動きがあるので出向いて欲しいと命令が下った。小隊は二十人ほどで構成され、今回の任務はあくまで偵察、相手が仕掛けてくるようなら応戦も辞さない、とのことだった。

 上官が隊を整列させた。皆引き締まった表情だが、背後の存在に気がそぞろになっているのがわかる。列の一番後ろに、他の者より頭一つ分飛び出た大男が立っている。黒い短髪、恵まれた体躯、そして異様にギラつく片方の黒い目。男は左目に眼帯をつけていた。

 こいつがあの飯屋で聞いた奴か。チラリと隣の友を見やると、目で訴えてくる。

なるほど、確かに『大男で一つ目』だが・・・。

 良かった。どうやら人間らしい。しかも噂とは違い、佇まいから見てかなり理性的に見える。装備も、手首の防具と、腰に異様に細い剣一本、そして腰の後ろに短剣を携えたのみだ。 

 この男が本当に不死身の化け物なのか?

 自分は整備兵だ。弓矢の補給や剣の手入れをする役目を担っている。基本的に戦闘には参加しないが、大事な役割だと自負しているし、この役割に誇りを持っている。実家が時計屋をしていて、幼い頃から機械を弄っていたせいか、手先は器用だった。その自分から見ても、男の装備はあまりに軽装だった。

 出立は夜明けと同時だった。

 森の中を数十頭の馬が進んでいく。その足音と息遣いのみが聞こえる。整備兵の位置は殿の前だった。目の前を眼帯の男が静かに進んでいく。全く体がぶれることなく騎乗する姿は、体幹の良さを物語っているようだ。

 噂とは異なるが、かなり腕が立つのだろう。

 国境付近に近づくと、視界が開け、隊に緊張感が増した。偵察が目的とはいえ、すぐそこには敵国の兵士がいるはずだ。

 自国ヴァムドールとザムザードの国境には深い谷がある。その向こう岸にそびえるのは、ザムザードが誇る鉄壁の長城だ。ここまで近づいて見たことは今までなかった。すごい迫力だ。

 その城壁の下の方からこちら側の岸に向かって、馬一頭が渡れるくらいの幅の橋が架けられているのが見えた。間違いなく、隣国の兵士がこちら側に渡るためのものだ。

 やはり、情報は正しかった。

 木々の合間に身を隠し、様子を伺っている時だった。

 ヒュン、と音が鳴ったと思った時には先頭にいた兵士が馬から落ちた。首には正面から矢が刺さっていた。

 ヒュン、ヒュン、と次々に矢が降ってくる。

 完全に待ち伏せされていた。

「応戦しろ!」

 隊長の号令が聞こえた。

 戦いに慣れない若い兵士は、足がすくんで咄嗟には動けない。「偵察だけじゃなかったのかよ」と怯える者もいた。そんな中、ゴウ、と一頭の馬が駆け出した。

 あの眼帯の男だ。

 男は後方から味方を牛蒡抜きにし、あっという間に戦さ場へ出た。

 矢の雨の中を大きな背中が怯まず進んでいく。あの細い剣が腰から抜かれ、右に左にと矢の雨を払い、ついに射手の姿を捉えた。弓兵は塹壕に潜んでいたようだ。眼帯の男は馬を飛び降り、その首を剣でひと突きにした。その塹壕にいたと思われる別の弓兵が二人逃げ出すのが見えたが、男は容赦無く頸部を突き、反撃の隙を与えず、ほぼ二人同時に絶命させた。

 弓矢での奇襲に失敗し、敵は剣戟に変えてきた。

 今までどこに潜んでいたのか、剣を構えた兵士が、ざっと見て百人は一気になだれ込んで来る。

 隊の全滅。誰もが脳裏に浮かんだことだろう。

 目の前の惨劇を見るまでは。

 それはまさに地獄絵図のような光景だった。

 一人の男が、その中心で舞うように人間を屠っている。その細い剣は敵の首を突き、腹を突き、見る見る血に染まっていく。それでも男は止まらない。屍体が二十を超えたあたりから、敵も攻撃より逃げに出る者が出てきた。しかし男は逃さない。鎖帷子を難なく貫通させ、体を串刺しにすると、もう片方の手で、腰に携えていた短剣を抜き、横一文字に光を放つと、相手の首が飛んだ。返り血を浴び、男の体は赤黒く染まっていく。

 その様は、確かに『化け物』だった。同じ人間の所業とは思えない。

 もう敵に立ち上がる者はいなかった。

 その時、騎乗した兵士が男に猛進してきた。姿からして敵の大将だ。

「押して参る!」

 野太い声が響いた。

 


 ザムザードの隊長を任されたグルドは、勝ち戦だと確信していた。

 隣国ヴァムドールに送った密偵から、奴らがこの数日の間に国境付近まで偵察にやってくることはわかっていた。偵察に来られては困る事情があるのも確かだった。不可侵協定を破り、相手国領土まで橋を架け、侵入を果たしている。見つかれば立派な火種となるだろう。

 ならばここで叩いでしまえばいい。

 聞けば、相手は数十人の小隊でやって来るという。ならばこちらは百を揃えよう。

 そうして万全を期したはずだった。それなのに・・・。

 何だ、この有様は!

 たった一騎の馬が突進してきたと思えば、瞬く間に精鋭ぞろいの弓兵を三人仕留められた。遅れてやってきた敵襲は大したことはない。もともと偵察のつもりで来ているのが丸わかりなほど戦慣れしていない連中ばかりだ。

だがあの男は別だ。今も瞬く間に数十人がやられた。

「あの男を殺せ!」

 グルドは部下たちを鼓舞した。

 剣を携え、こちらの全勢力で一気に襲い掛かった。

 これでヤツは片付く。そう高をくくって見ていたが。男の体は返り血を浴びて赤黒く染まっていく。それに引き換え、グルドの顔色はどんどん青くなる。

 何故だ! 何故殺せんのだ!

 ついにグルドは動いた。

 愛馬で部下たちの屍を超え、

「押して参る!」

 声を張り上げ、男の首を目掛けて己の大剣を振るった。

 ズバッと男の首をはね落とす未来が見えた。

 そう思った時だった。

 ゴウンッと剣が何かにぶち当たり、その衝撃で剣ごと吹っ飛ばされ、馬から落ちた。が、グルドは直ちに体勢を整え、剣を構えた。

 目の前に、血塗れの隻眼の男が立っている。その手には奇妙な細剣が握られている。

 あの華奢な剣で自分の大剣を弾き飛ばしたというのか!?

 この細剣はすでに百近い人間を切っている。もう保つはずがない。

 グルドはその大剣に見合った大振りで、隻眼の男に斬りかかった。

 ひらりと躱された。やはり、あの剣は限界なのだ。自分の大剣で一振りすれば、折れるに違いない。しかし二度、三度と躱され、グルドは業を煮やした。

 次の一撃で仕留める!

 剣豪と謳われた己の誇りに掛け、全体重を乗せてその大剣を振り下ろした。間違いなく、今までの剣撃で一番の速度と硬度だった。

 ガキンッ。

 今度はまともにぶつかった。

 太い大剣と華奢な細剣が膠着する様は、ある種異様だった。

 なぜ折れぬ!?

 グググ、と細剣が大剣を押し返して行く。

 それどころか、男が柄から左手を離し、腰の後ろに回す。片手になっても細剣はビクともしない。何という力!

 右から男の短剣がグルドの首を目掛けて飛んでくる。グルドは咄嗟に腕の防具でそれを凌いだ。

 その瞬間、大剣が弾き飛んだかと思うと、細い閃光が真一文字に光り、グルドの首が飛んだ。

 

 

 ザムザードの大将が眼帯の男に襲いかかる。大将はその体躯に見合った大剣を振るっている。眼帯男の細剣は簡単に折られてしまうだろう。その場にいた誰もがそう思った。もちろん自分もだ。

 ところが、信じられない事が起きた。

 眼帯男は自分の剣で大将の大剣を受け止めたばかりか、大将の体ごと弾き飛ばしたのだ。あの細剣は一体どうなっているんだ!?

大将の大きな体は馬から振り落とされ、馬は主をそのままに走り去った。

 敵の大将と眼帯男との一騎打ちとなったが、勝負は一瞬だった。

 大将の太刀を何度か躱し、眼帯男がその細剣で大太刀を受け止めた(全く信じられないことに!)。相手にとっても渾身の一振りだったに違いない。膠着状態が続くと思った矢先、眼帯男が左手を腰の後ろに回した。なんと、片手であの大剣を受けたままでだ。腰の後ろには短剣がある。それを素早く抜くと、相手の首筋へ向け、一直線に刃が向かっていった。

 やったか!?

 先ほどまで相手にしていた兵士たちなら、今の一撃で即死だった。しかし大将は流石の反応を見せ、腕の防具でその攻撃を受けて凌いだ。

 その時だった。

 今まで百近い屍を築いてきたその細剣が、相手の大剣を弾き飛ばし、横一閃の光となった。

 大将首を取った男は静かにそこに立っていた。

 気がつくと、太陽が上り切った大空に、鷲の大群が舞っていた。屍体を屠るために集まってきたのだろう。目を覆いたくなるような光景だった。

 その中の一羽が男の肩に留まり、その大きな羽を一度羽ばたかせた。

 『化け物』なんて生易しいものじゃない。

 太陽を背にしたその姿は、まるで漆黒の翼を広げた悪魔ニケヴァディアスのようだった。

 勝利をものにした喜びに満ちた空気の中、自分の後ろから一本の矢が放たれた。

 その矢は一直線に、羽を休めた悪魔へと向かう。

 悪魔はこちらをゆっくりと振り返り、ニヤリと口元を歪ませた気がした。

 鷲が飛び立ち、その剥き出しの肩に鏃が食い込んだ。

 場が凍りつく。

 残兵ではない。明らかに自陣から放たれた矢だ。振り向くと、そこには真っ青な顔で弓を構えた友が立っていた。

「・・・っ、うそ、だろ? お前、何してんだ!?」

 あまりの驚きに言葉がうまく出てこない。

 しかし友は、

「は、はは、やったぞ・・・! 不死身の男を倒したんだ! この、俺が・・・!」

 完全に正気を失い、口元に笑みさえ浮かべ、ブツブツと呟き、悦に入っていた。が、ふと自分と目が合うと、「・・・すまない」と口の動きだけで謝罪し、ガリッと何かを嚙み潰した。友の体は激しく痙攣し、やがて絶命した。あっという間の出来事だった。

 そうだ。あの眼帯男は大丈夫か?

 さっきまでそこに立っていたはずの男の姿が見当たらない。

 生き残りの兵士たちが谷底を覗いているのが見えた。

 まさか・・・!

 自分も崖っ淵ギリギリまで出て行った。

「どうしたんですか?」

 近くの兵士に聞いた。答えは明らかだった。

「あいつ、落ちたよ」

 幅二十メートルほどある渓谷は、深さが百メートルほどもある。下は濁流だ。まず助からない。

 呆気ない、悪魔の最後だった。



「作戦は成功です」

 良い報告を聞き、ヴァムドールの王・ゲノダーグは満悦だった。

 今回の作戦はまさに一石二鳥の妙案だった。『一石』の囮部隊を国境付近の偵察に向かわせる。もちろん、相手の密偵がその動きを追っている事も把握済みだ。その『一石』にヤツを配置した。戦乱の中、相手に殺されるも良し、または王が直々に命じた味方兵に暗殺されるも良し。どちらにせよ、ヤツの死は確実だ。

 その『一石』に活躍していただいている頃、こちらは三百人クラスの別部隊を隣国へと進撃させた。

 結果、ザムザードの一都市が陥落し、ヴァムドールの支配下となった。まずは『一鳥』。

 そして今報告を受けたもう『一鳥』。

 報告によると、敵は全てヤツが殲滅させてしまったらしいが、最後、自分が仕込んだ『毒』が、あの悪魔と言われた男の命を奪ったのだ。そしてその『毒』は自らの命を絶ち、証拠は何も残らない。

 二十二年、長い、長い苦行だった。

 これで、安眠できる。

「ははは、あーはははははは」

 ゲノダーグは笑いが止まらなかった。



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