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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第一章 天才は異世界に連行される
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隠蔽

 家の一階に戻った世莉架はハーリアの部屋に向かう。ハーリアは大人しく世莉架にお姫様抱っこされている。

 やがてハーリアの自室に着き、ベッドにハーリアを下ろす。


「さぁ、準備しなさい。今すぐにでも出るわよ。ここに長居するのは良くない。それと、お金を確保するためにもこの家も売りましょう」

「いい加減にして世莉架。流石に横暴だし、ハーリアに落ち着ける時間くらい与えなさい。家のこともハーリアの許可を得てからでしょ?」

「そんなこと聞かなくても分かる。自分の親が死んだ家であり、悪事で稼いだ金で作った家に残りたいだなんてこの子は絶対に思わない。そうしてハーリアがこの家を出て行ったらいずれ取り壊される事になるでしょう。だから早いうちに売ってしまった方がいい」

「もしかしたらここに住みたいって人が出てくるかもしれないよ?」

「いや、それは無理だと思うわ。人が五人も死んでいて、かつ街や国が裏で行なっている悪事の証拠がある家に、お偉いさん方が手を回して少なくとも一般人は住まわせないでしょう。仮に誰かが住むことになっても私達に得はないし、家を売ってお金にするのが今の私達にとって一番賢い選択だと思うわ。まぁ、売る手続きはハーリアじゃないとできないだろうけどね」

「……」


 メリアスはそれきり黙ってしまった。部屋に沈黙が訪れる。


「ハーリア」


 世莉架がベッドの縁に座って動かないハーリアに声をかけるが、やはり反応は無い。


「ハーリア……」


 そんなハーリアを見てメリアスは涙を堪えながら抱き締める。

 メリアスの感情が多少は伝わったのか、ハーリアの手が少しだけ動いた。


「……はぁ、面倒だけど私が適当に準備するわ」


 世莉架は痺れを切らして適当にハーリアに必要そうな荷物をまとめ始めた。


「世莉架」

「何?」


 メリアスはハーリアを抱き締めながら世莉架に声をかける。


「貴方はこれからも、その人にどんな事情があったとしても殺しをやめないの?」

「やめないわ。というより、どうせやめられない。事情がどうであれ、私が殺すべきと判断したら殺すわよ」

「……誰かを殺める時、何も思わないの?」

「それを聞いてどうするの? 貴方に何を言われたって私は私のままよ。そんなことより、貴方も必要なものを準備しなさい」


 世莉架は若干不機嫌そうな声で話を切り上げ、メリアスにも準備するよう催促する。


「……」


 それきり二人は黙って準備を進めた。


 やがて準備は終わり、鞄を持って外に出た。ハーリアはメリアスが腕を組んで支えながら歩いている。

 しかし現在の時刻は午前一時過ぎである。そんな時間から活動を開始するほど急がなくてもいいと世莉架は判断し、ハーリアの家から少し遠い場所にある安い宿に泊まることにした。

 宿に入ってからも会話は一切ない。三人はそれぞれベッドに入り、就寝モードだ。ハーリアは既に眠っている。


「ねぇ」


 一番窓際のベッドに世莉架、真ん中にメリアス、廊下側にハーリアがいる。メリアスはハーリアの方を向いた状態で不意にそう声を出した。


「……もう遅いんだから寝なさい。明日から忙しくなるわよ」


 しかし、世莉架は会話を拒否する。まるでお前と話すことなどないとでも言うように。


「貴方は今までに殺した人達の事を覚えてる?」

「全部は覚えてないわね。覚えていても意味がないし」

「……世莉架には罪がある。殺しという行為は、相手が誰であっても悪だよ。例え相手が極悪人であっても、捕まえて正式な場で裁いてもらうのが一番良い」

「それじゃあその屑はなかなか死なないじゃない。裁判して死刑が執行されるまでどれだけ時間がかかると思っているの」

「でもそんな事言ったら貴方だって今すぐにでも処刑されなきゃだよ。だって貴方は紛れもない殺人鬼なんだから」

「……」


 メリアスの言葉には棘があった。しかしおかしなことは言っていない。世莉架が殺人鬼なのは事実だ。


「貴方はこの世界を救うことで罪が軽減される。どれくらい軽減されるかは分からないけどね」

「……勝手に世界を救う役目を押し付けておいて随分上からの物言いじゃない。そもそも私は罪を軽くしたいだなんて思ったことは一度も無いわ。私が地獄に落ちるのは目に見えているし、私自身がそれでいいと思っている。本当に面倒な事をしてくれたわ」


 二人はいつの間にか口喧嘩のような事をしていた。だが、ダメージが大きのはメリアスのようだ。


「そんなの嘘だよ。世莉架は……」

「もう話は終わり。いい加減寝るわよ」


 メリアスは何か言いかけるが、世莉架がそれを遮った。それきりメリアスも口を噤み、沈黙が訪れる。

 そうして各々が色々な気持ちを抱えて眠りにつくのだった。

 世莉架の異世界生活初日はようやく終わった。





 **





 翌日。世莉架は七時ぴったりに目を覚ました。メリアスとハーリアは気持ち良さそうに寝ている。

 ベッドから出て軽く出かける支度をする。とはいえそんなに持つものがある訳ではないので、すぐに準備は終わる。

 そんな時世莉架はふと、自分の体を見る。


「本当に魔法は便利ね……」


 世莉架は昨晩風呂に入っていない。しかし、世莉架は清浄の魔法を覚えており、それを行使したのだ。清浄の魔法を使えばお風呂に入って入念に洗うよりも更に体の隅々まで綺麗にすることができる。また、衣服も綺麗にできるため、清浄の魔法があればお風呂に入らなくても常に清潔な体を保てる。

 この世界は地球と比べて文明に大きな差がある。魔法こそあれど、魔法を使えない者はなかなかに不便な生活をしている。それこそ風呂などは日本の物と比べてしまえばただの水浴びに等しい。シャンプーやコンディショナーなど勿論ない。ハーリアの家はかなり裕福だったため、風呂はそれなりに質の良いものではあったが、一般住宅ではそうはいかないだろう。

 だが清浄の魔法さえあれば清潔さに関しては全く気にしないくて良い。更に清浄の魔法は一瞬で済むので時間短縮にもなる。戦闘面だけでなく、そういう面でも魔法という地球にはなかった理屈の不明な能力は革命的だと言える。


「軽く匂いもつけて……」


 世莉架は自身に薄っすらと香水のようなものを魔法でかけた。ふんわりと漂う優しい匂いは美しい世莉架を更に魅力的にする。

 そうして準備が終わった世莉架は二人を起こさないように部屋を出た。

 向かう先は街の中心部。つまり、役所だ。


 外に出るとまだ人通りは少なかった。こんな時間に役所はやっていないことは分かっていたので、まずは冒険者ギルドに向かう。冒険者ギルドが何時から何時までやっているのかは世莉架は把握していないが、冒険者という職業上、真夜中や早朝から出かけたり、逆に帰ってくる人がいてもおかしくないため、受付嬢がいるかは分からないが、ギルド自体には入れると世莉架は考えていた。

 ギルドに辿り着き、扉に力を入れるとやはり簡単に開いた。やはりギルド自体は常に開いているようだ。

 中には誰もいない。しかし、依頼書は沢山ボードに貼り付けられていた。

 とりあえずそこで依頼を吟味する。これから世莉架はどういう依頼を受けるべきなのか。一番良いのはやはり簡単でかつ報酬の高い依頼。とはいえそんな都合の良い依頼は少ないし、当然他の冒険者も狙っているのですぐに取られる。


「これで良いか……」


 適当に薬草のクエストを取ろうとする。だが、その隣にある依頼を見て止まった。


「ゴブリン討伐。定番中の定番だけど、薬草採取よりは報酬がいいわね」


 世莉架はゴブリン討伐をすることにし、その依頼を取る。

 役所が何時から入れるのかは分からないため、一先ず街の散策をすることにした。

 依頼書を鞄に入れ、ギルドを出ようとする。


「お、先客がいるとは。随分早いな」


 丁度世莉架が外に出ようとすると、扉を開けて二人組の冒険者が入ってきた。


「どうも。貴方達も早いのね」

「まぁな。今日は出来れば取られたくない依頼を達成しようと思ってな」

「私はまだ寝てたいけどねー」


 男女の冒険者達だ。短髪で茶髪の男の方は軽装だがかなり質の良さそうな鎧をつけている。長い茶髪の女の方も同じく軽装だが質の良さそうな鎧をつけ、どちらも剣を持っている。


「そう。その依頼って?」

「キマイラの討伐依頼さ。まぁ、難易度はかなり高いからそんな簡単に取られることはないと思うが、一応な」

「なるほど、キマイラね。新人の私にはあまりに荷が重いわ。頑張ってね、上級冒険者さん」


 二人は新人と上級冒険者という言葉に驚いていた。


「なんだか新人には見えないけどね。というかやっぱり私達の事知ってたわね」

「いいえ、知らないわ」

「……では何故私達が上級冒険者って分かったの?」

「ただなんとなく強そうだなって思っただけよ」


 実際は違う。世莉架は二人を一目見た瞬間にその強さを理解した。先日冒険者ギルドで行われた試験に立ち会ったBランクの冒険者とは格が違う。強者の雰囲気をまとい、一つ一つの動作でさえ洗練されている。


「なんとなくって、面白いなお前!」


 男は早朝だと言うのに楽しそうに笑う。


「じゃあ自己紹介しとくわね。私はエルファ・ケイ。こいつとペアを組んでる」

「俺はアルファ・ケイ。もう分かったと思うが、俺たちは家族でしかも双子なんだ。今年で二十一になる」


 二人の顔は確かに似ている。エルファは女性にしてはかっこいい顔つきで、アルファは口調は男らしいが優しそうな顔つきをしている。美男美女コンビだ。


「そうなのね。私は世莉架。昨日冒険者になったばかりの新人よ」

「そっか。新人とはいえ、同じ冒険者だから助け合うこともあると思う。よろしくね」

「先輩の冒険者には遠慮なく頼れ! よろしくな!」


 二人は世莉架に好意的だ。だが二人にはズマーとナテスのような悪意は一切ない。善意で言っているのだ。それが分かった世莉架は、これからエルファとアルファに頼ることがあるかもしれないな、と思っていた。


「よろしく。じゃあ私は行くわ。また会いましょう」


 そうして二人と別れ、世莉架は街を散策しに行く。

 

 時間が経ち、活動し始める人が増えてきた。世莉架はそろそろ役所がやってるかなと思い、向かった。

 役所とだけあって、周りと比べて建物は一際大きい。そこには既に多くの人が入ったり出たりしていた。

 中に入り、受付に向かう。


「本日はどういったご用件ですか?」


 受付嬢に問われる。ここで馬鹿正直に答える訳にはいかない。


「私、昨日この街に初めて来たばっかりなの。今はお金があまり無いから宿に泊まっているけど、いずれはアパートなんかに住みたいと思ってる。いや、家を建てても良いわね。そのためには住民票の登録などの様々な手続きをしないといけないでしょう?」

「……住民票、ですか?」

「え?」


 その受付嬢はポカンとしている。世莉架は一瞬何事かと思ったが、すぐに理解した。

 そう、この世界には日本であったような住所などない。地名はあるが、何番地といったような細かい所はない。電話がないから電話番号もない。つまり氏名と生年月日、家族構成や職業、それくらいしか街や国が把握している個人の情報はなく、住民票という言葉が存在しないのだ。


(失念していた。この世界は私が生きていた地球と比べて文明が遅れているんだった。魔法こそあれど、こういう所はまだまだね)


 しかしここで話が終わってはいけない。なんとか地位と身分の高い人物に会うために話を続ける。


「さっきのは忘れて頂戴。つまりね、この国にはこの国のルールがあり、この街にもこの街独自のルールがあるでしょう? ここで暮らしていくつもりだから色々とこれからの生活について聞きたいことや相談したいことがあるの。だからそういう事を担当している人に会わせてくれる?」

「なるほど、そういう事でしたか。では少々あちらでお待ちください。担当者をお呼びします」


 そう言って受付嬢はどこかに歩いて行った。世莉架は言われた場所に行ってその担当者を待つ。

 少し待っていると、先程の受付嬢が眼鏡をかけた男性を連れて来た。


「どうも、この街の暮らしのサポートをさせて頂いております、ウェールと申します」

「世莉架です。よろしくお願いします」


 自己紹介を終え、ウェールに世莉架が付いていく。

 そして個室に入り、話が始まった。


「それで、まずは何を聞きたいですか?」

「まずは……」


 最初は普通に街のことを聞く世莉架。実際にそれらは聞いておいたほうがいい。この国のこと、この街のこと、主流な価値観、物価、様々なルールは地球から来た世莉架にとって未知なことばかりだ。知っておくのと知らないでいるのでは過ごしやすさがまるで違う。

 大体聞きたいことが聞けた世莉架はいよいよ本題に入る。


「あぁ、それと、街を歩いていて気になることがあったんです」

「それは何ですか?」

「この街は、いやこの国は平和だと聞きました。ですが、こんな噂を耳にしたのです。この国では裏で非人道的なことが行われていると」

「……ほう」


 この話題を切り出した瞬間、ウェールの顔つきが変わった。それに世莉架はそんな噂は聞いていない。ただの作り話だ。


「まさかとは思ったんですが、夜遅くに出歩いていた時がありまして。その時怪しい行動をしている者を見たんですよね。まぁ、怪しいと言っても私にはそう見えた、というだけなんですが」

「……そうですか。確かにそういう話はあります。この街だけではないですがね。しかし、安心してください。もしそんな事を行なっている者が本当にいたとしても、必ず捕まえます」

「それは頼もしいですね。ですが……私は昨晩、襲われたんですよ」

「!」


 嘘と事実を混ぜて作り話をする世莉架。そこでウェールの顔は驚きに変わる。


「大丈夫だったんですか?」

「はい、なんとか逃げ出せました。この街は平和だと聞いていたのに、正直ショックではあります。けれど今この世界は大変なことになっていて、仕方ないのかなとも思います」

「確かに、今はどこの国も荒れています。その中でこの国はかなりマシな方でしょう」

「そうらしいですね。ですが、私が襲われたのは……ズマーさんとナテスさんが住んでいる家でなんですよね」

「!?」


 まさか、といった表情をするウェール。


「彼らの娘であるハーリアと私は冒険者パーティを組んでいます。そこからの縁で家にお邪魔させたもらったのですが……悲しいですね。なので、ズマーさんとナテスさんを捕まえて欲しいのです」


 それを聞いたウェールはすぐには返答しない。先程、絶対に悪事を働く者を捕まえると言ったばかりなのにだ。


「……はい、勿論です。現在その二人はどちらに?」

「分かりません。しかし、私に逃げれらたことに焦っているとは思います。何故なら今のような状況になってしまうから。もしかしたらヘマをした事で既にそういう裏の人間によって捕まえられ、色々とされているかもしれませんね」

「それは……いえ、確かにそうかもしれません。もしかしたら既に殺されているなんて事もなくはないですね」

「それなら多少安心できます。また追って来られるよりはマシですから」

「そうですね。では、すぐにでもズマーとナテスの家に行き、調べてこようと思います」

「お願いします。あ、それとできれば大事にしないで欲しいのです。私はこの街でゆったり暮らせればそれで良いと考えています。面倒事にはあまり巻き込まれたくない。ですので、ズマーとナテスが生きていたらひっそり捕まえて罰を下し、もしも死んでいたら……闇に葬って欲しいのです」

「……」


 世莉架は確信している。というより見抜いている。ウェールが裏の人間達と関わっていることを。そして世莉架の提案はウェールからすれば願っても無いことだ。ここで世間にちゃんと公表しよう、だなんて世莉架が言ったらどうなったか分からない。ウェールからすればズマーとナテスが生きていようが死んでいようが世間にバレることはないので、内心ホッとしているだろう。勿論、世莉架の言葉を疑うこともしているだろうが、昨日この街に来たばかりの世莉架がそんな事を街の人々に言ってもあまり影響はない。何より、世莉架が嘘を言っているようには見えなかったのだ。


「分かりました。そのように対処しましょう。ただし、その事に関して後々詳しく説明をさせて頂くことがあるかと思いますが、よろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「それと今ハーリアさんはどうなさっているんでるか?」


 世莉架はこの事件を大事にしない。だが、ズマーとナテスの娘であるハーリアが大事にする可能性はかなり高い。そう考えて当然だろう。


「今は私達と一緒にいます。ですが安心してください。ハーリアはこの事件を知りません。なんとか言いくるめて一緒にいますし、上手く騙していこうと思っています」

「ですが、ずっと騙し続けるのは難しいのでは?」

「かもしれません。もしそうなったら……仕方ないですね」

「っ……」


 その言葉を吐いた世莉架にウェールは冷や汗を垂らす。それまで容姿は女神のようだがどこにでもいる一般人だと思っていたウェールは虚を衝かれた。本能的に世莉架に恐怖を抱いたウェールだが、すぐに持ち直す。


「そうですか。それに関しては基本的に貴方にお願いします」

「分かりました。なんとかします」


 そうして話は終わり、役所を出た世莉架。ウェールは出会った時よりも暗い顔でずっと何かを考え込んでいたが、あとはウェールに任せるしかない。


「これで一先ず例の件は揉み消せそうね。後は家を売ってお金にしないと……まぁ、それはまた今度で良いか」


 世莉架はそれから多少街を散策し、宿に戻ったのだった。


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