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(旧) 天才は異世界の救世主[厄災]となる  作者: ポルゼ
第二章 宗教と竜の瞋恚
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絶対に相容れぬ存在

 ルーナがバレコールの外でリンクアと戦っている時、アリーチェは変わらず教皇とその周囲にいる信者達を尾行していた。

 アリーチェは空間操作で自身の姿を歪めることができるため、不意に信者達が振り返ることがあっても対応でき、その上で建物の屋根伝いで追っているため、非常に上手く尾行できているように見える。


(教皇達は時々アビタル教の教会へ立ち寄ったりして少しずつ城に近づいている。まるで普段と変わらないように見えるけど、多分城か城付近に行って繋がりのある国の上層部の人間と接触する……と考えられる。仮に全くの想定外の動きをした場合でも変わらず尾行するだけ)


 静かに、そして確実に尾行を続ける。

 実は最も危険度が高いのはアリーチェの尾行である。未だ謎に包まれている教皇に一定の距離を保ちながら追いかけ続けるのは精神的にも疲労が溜まる。だが、今のアリーチェにはそんな様子はなく、集中できている。

 尾行を続けていると、教皇が教会の中に入っていった。これまでに教会に入って行った時は数分から十数分程度で出てきた。中で何をしていてどんなことを話しているのかを知れればいいのだが、流石にそこまで近づくことはできなかった。


(今度は何? 軽い挨拶……だけな訳はない。間違いなく私達の話をしているんだろうけど、それは昨日のうちにでもできたはず)


 少し離れたところから教会の窓越しに中を見る。しかし、それでは見れる範囲などしれており、信者が時々横切るだけであった。


(本当にこのまま尾行だけを続けていても、最終的に分かるのは教皇の目的地と会った人物だけ。それじゃあ少ない。やっぱり、危険を冒してでも中でしていることや話している内容を知るべき。セリカ、ちょっと頑張ってみるね)


 心の中で世莉架に断わり、アリーチェは教皇に近づくことを決意する。


(近づくとは言っても、流石に教会の中へ入るのは危険すぎる。窓に近づいて中の様子を見て、あわよくばほんの少し窓を開けて会話内容を聞きたい)


 建物の屋根を伝いながら空間操作魔法で自身の姿を歪め、すぐには認識できないようにする。音を立てず、気配を消し、ただ目的のために頭をクリアにして近づいていく。

 そうして教会の高い位置にある窓の一つのすぐそばまで来ることができた。周囲には他の建物が多くあり、アリーチェの姿は上手く隠れている。

 アリーチェは慎重に慎重に中を覗く。中は大教会ほどの荘厳さや広さはないが、それでもしっかりとした建物だと分かる。


(いた。奥の方で数人の信者達と話してる。教皇に付いていた信者達は教会の入り口付近を警戒したりしている。周りの信者達の実力が分からないけど、気配に敏感に実力者がいても何ら不思議じゃない)


 細心の注意を払いながらアリーチェの優れた五感をフルに使い、教会内を観察する。


(教皇は仮面をしているから仮に読唇術があっても何を言っているのか理解することはできない。やっぱり、話の内容を知るためには窓を開けなきゃだね)


 窓を開けるとなると、どれだけ慎重にやっても音が出る。高い位置にあることもあり、慎重に窓を開けた場合の音は本当に小さいだろうし、動きも少ない。しかし、だからといって誰にも気づかれないだろうと考えるのは大変危険である。相手の実力、気配察知能力、個人特有の魔法など、分からないことが多い状態では考え過ぎくらいが丁度いい。ましてや今アリーチェは一人だ。もしも見つかって戦闘になったり逃げようとしたりしても厳しい状況になる可能性は高い。


(手が震えないように、ゆっくり……ゆっくり……)


 窓を開けるための部分には窪みがあり、そこに手をやって開ける必要がある。アリーチェはゆっくりと手を伸ばし、窪みの部分に手をかける。そしてゆっくりと窓を開ける。

 高いところにある窓でほんの少し開けるだけでも空気はそこを通るようになる。そんなところに空気が通ったところで普通は分からないし、分かるはずもない。しかし、アリーチェはどこか不安を抱えていた。


(何か危険を察知したらすぐにこの場を離れる。また、相手はこちらがどれだけ近づいたり行動を起こすと反応を示すのかを知る機会にもなる。アビタル教を倒すのなら、このくらいのリスクは背負わなければ何もできない)

 

 アリーチェは窓を開けた。それはほんの少しの隙間であり、アリーチェの優れた聴覚によってそれだけの隙間でも話している内容を聞きとることができる。

 だが、窓を開けると同時にアリーチェは気がかりを抱えていた。


(今、ほんの少し……ほんの少しだけど反応した奴がいた)


 それは教皇のすぐ近くにいる信者の一人。教皇に付き添っていた者の一人でもある。なんとなく、教会内での変化を感じ取ったような微妙な反応。しかし、アリーチェは場を離れるほどのことではないと判断した。それでも鋭い敵がいるということが分かった。


「最近の信者達の様子はどうだ?」

「相変わらず、敬虔な信者しかおりません。ですのでとても気持ち良く過ごせています」

「それは良かった。最近は私達に敵対心を持つ者が増えている。そういった者達に十二分に気をつけながら、共にアビタル教の素晴らしさを広めていこう」

「はい!」


 それは特に重要な情報と言えるものはない会話であった。


(もう重要な話をした後だった? もしくは特別地位の高くない普通の信者には重要な話なんてしない、というのが妥当かな。やっぱり常に教皇の会話が聞こえるくらいの場所にいないと良い情報は得られないかもしれない)


 そう思いつつ、教皇と信者の話が終わるまで話を聞こうと考えて話を聞いたが、ほとんど雑談のようなものだった。


(さて、そろそろ教会を出るだろうけど、これからは会話が聞こえるギリギリの距離をキープしながら進んで少しでも情報を得る)


 既に重要な話はした後なのか、アリーチェには分からない暗号を会話に混ぜてたのか、そもそも重要な話をしに来た訳ではないのか、結果的には分からなかったが、どのような会話でも聞き取っていった方がいいことは間違いないだろう。

 そして教皇は話し終えたようで、付き添いの信者達と共に外に出てきた。アリーチェは先ほどまでより明らかに教皇達に近い距離に移動する。


「さて次は……」


 会話が聞こえる位置。相手の中には気配に敏感な者がいる。危険は大きくなるがリターンをより大きくするために必要なことである。

 尾行は相手の背後をつけ、どこに向かうのか、誰と会うのかという二つを知ることが主な目的だが、今はそこに会話内容から情報を得るという目的も足されている。難易度は当然高い。


「教皇様、そろそろ向かいませんか?」

「そうだな。では行くか」


 その会話内容から、教皇達はいよいよ目的地に向かうようだ。


(色々と寄り道してたけど、ようやくね)


 本来はルーナと二人で尾行するはずだったミッションは一人になってしまったが、ついに最後まで尾行できそうなところまできた。会話内容が聞こえる距離で尾行するという新たな目標を加えて、アリーチェは再び尾行を開始する。

 教皇達は明らかに城に近づいている。城に行くことが目的かどうかは確定ではないが、城の中に堂々と入る可能性も考えられなくはない。仮に城の中に入っていった場合、アリーチェの尾行は格段に難しくなる。昼時の城の中には当然だが人が沢山いるため、姿を誰にも見られず追い続けるのは非常に難易度が高い。世莉架レベルの技術がなければ見つからずにいるのは無理だろう。

 しかし、アリーチェは教皇達の後を追って行く中で、少し違和感を感じていた。


(城の方向へ向かっているのは間違いない。けれど、なんだか人通の少ない道へ進んでいる気がする。城の入り口は正面以外にもあるけど、どこも人通りが多い場所であることは変わりない。そうなると私達が使っている城の裏口? それかそもそも城に向かっていない?)


 不思議な違和感。現状、アビタル教を追いかけているのはアリーチェ達だが、逆に威圧感を感じるところがあった。

 本当に自分は今アビタル教を尾行できているのか、追い詰めているのか、そういったことを一度考え始めると、不安が拭い切れなくなり、パフォーマンスも落ちてしまう。

 アリーチェは頭を振り、不安や心配事を頭から追い出す。今は冷静に、確実に尾行を続けて会話を聞くこと。それだけに集中できていれば良い。


「そういえば、例の侵入者だが」

「……!」


 どんどん裏道に入っていき、人通りが少なくなってきたタイミングで教皇がそんな会話を始めた。


「奴らは決して弱くない。大教会の地下から逃げることができた時点でそれは疑いようもないことだ」


 教皇の言葉に周囲の信者達は口を挟まず、大人しく聞いている。


「力を持つ者は様々なものを変えることができる。アビタル教も、力を付けたがために影響力、発言力共に大きくすることができた。それはいつか、世界を変えるほどに大きく膨れ上がるだろう」


 やがて裏道の突き当たりに辿り着いた。昼時ではあるが薄暗く、どこか怪しげな雰囲気を漂わせている。また、周囲の建物の中には人くらいいるのが当たり前なはずだが、不思議と人の気配がしない。あるのは教皇とその周りの信者達だけだ。


「侵入者達の真の目的は分からないが、力を持つのであれば我らに挑むのもよし。それは強者の特権であり、そういった苦難を乗り越えていかねば世界を変えることなど到底叶わぬだろう」


 独り言、だろうか。教皇は一人で喋り、周りの信者達は何も話さない。そもそも、裏道の突き当たりで立ち止まり、一人で喋っているのはおかしい。


(ここが目的地? 隠し通路でもあるのか、その隠し通路を通るために必要な言葉を発している? いや、そんな風には見えない。周りの信者達が固まっているのもおかしい。明らかに、ここはおかしい……)


 ほんの少し風が吹くだけで肌がピリピリするような緊張感が増す。アリーチェの心臓は段々と速くなっていた。


「……だが、私達は影響力や発言力があるだけではない。いくら強くとも、優れていようとも、一人でこの私と優秀な信者達に挑むのは無謀という他ない」

「……!」


 この瞬間、アリーチェは自分が今どういう状況に置かれているのかを瞬時に理解し、建物の屋根の上から離れようとした。


「く……!」


 するとアリーチェの顔面目掛けて火の魔法が飛んできた。それをバック転で避けるが、避けた後の光景にアリーチェは息を呑んだ。


「……」


 複数の目が、アリーチェを取り囲んでいる。それは信者達の目だ。アリーチェはあっという間に信者達に囲まれてしまった。


(何故、何故バレたの!? 確かに会話内容を聞くためにリスクを冒して近づいて尾行していた。教会の窓を開けた時も反応した者がいたからより気をつけていたし、あの時点では私に気づいたという素振りは全くなかった。だから、私の存在を認識するのはおかしい……いや、どこかで私のことに気づいたけど、気づいたことを悟らせないように装っていた。その上で教皇や他の信者達に秘密のサインなどを使って私の存在を知らせる者がいたということ?)


 あまりに危険な状態だが、アリーチェは何故こうなってしまったのかという思考に脳のリソースを割いてしまっていた。今は逃げることを最優先し、反省や気づかれた理由を探すのは後回しにするべきである。

 だが、何故という思考は簡単に止められるものではなく、どうしても何故という疑問を解消したくなるのは知能が高い故だろう。


「一人で尾行する度胸と高い尾行技術は天晴れと言いたいところだが、最後まで私達を尾行できると思っていたのであれば私達を舐めすぎだと言わざるを得ない」


 教皇は仮面越しにアリーチェの目を覗き込んでいるような気がした。謎の威圧感、強者の雰囲気、様々なものを感じ取ったためにアリーチェは逆に冷静になった。


(一人で尾行……つまりルーナがいた頃の本当に最初の方では気づかれていなかった。やっぱり私が近づいた時かな。とりあえず、この状況はまずい。この人数の信者達と教皇に戦って勝てる可能性は非常に低いというのは当たり前として、空間転移を駆使して果たして逃げられるかどうか)


 空間操作で空間転移を繰り返し行えば、捕まえるのは非常に難しいだろう。屋内であれば転移できる先が空間内に限定されることが多いが、屋外だと逃げられる空間は無限大である。アリーチェと同じような魔法を持っていたりしなければ、広大な空間を逃げ回るアリーチェには手も足も出ないと考えられる。

 そもそも、アリーチェが教皇を尾行していたのは空間操作魔法があるからである。仮に気づかれても空間操作魔法で逃げることが比較的簡単だろうという判断によるものだ。

 確かに危険な状況だが、アリーチェは冷静になったことで空間操作魔法による危機の脱出に集中する。


「さて、今君にはいくつか選択肢がある。一つ目は、私達と戦うこと。これはオススメしない。君のような可憐な少女が苦痛に歪む顔はできれば見たくないからね。二つ目は投降すること。これが一番賢い選択だ。投降してくれれば少なくとも君の命を奪うことはしないと約束しよう。三つ目はここから逃げること。君はエルフだ。ということは、空間操作魔法による空間転移ができるのだろう?」

「……」


 空間操作魔法のことが知られている。しかしそれは当然のことではある。クタルガはアリーチェの空間転移を嫌という程見ているし、クタルガは世莉架達が逃げた後にアリーチェの魔法のことを教皇に話している。


(空間操作魔法のことはやっぱり知られていた。けれど、だからといって私の空間転移を止められることにはならない)


 空間転移のことを知っていても転移先を予測するのは非常に難しく、そもそもその場所に転移するよりも速く辿り着くことが無理難題である。つまり、知られていたところで逃げる難易度が上がる訳ではないのだ。


「できれば逃げたいんだけど、逃がしてくれない?」

「私としても色々と仕事があるからさっさと終わらせたい気持ちはあるし、もう手を出してこないのであれば見逃したいところではある。しかし、君は……いや、君達は見逃したところで再び手を出してくるだろう?」

「それは分からない。もしかしたら心変わりするかも?」

「そんなことはあり得ない。大教会の地下にまで侵入してきてそこから逃げ延びることができるほどの実力があれば、諦めるなんて選択肢はないだろう?」

「……まぁね」


 アリーチェは教皇と話しながらも転移先を探す。屋外で逃げられる場所は広大だが、それでも目立つところに転移するのは阿呆のすることだ。


(今私がいるのは不自然に人がいない場所。ここら一帯がそういう場所なのか、教皇達が何かしらの魔法等を使って人避けでもしたのか。何にせよ、普通に一般人がいるようなところに転移するのが一番良い。こいつらは一般人の前では少なくとも戦闘はしない)


「人通りが多い場所に逃げるか?」

「……そうね。貴方達は一般人に良い顔していないとやっていけないものね」


 逃げる先に関しては流石に教皇にも読まれてはいた。しかし、実際に転移してしまえば手が出せなくなるのも事実である。


「失礼なことを言う。私達は一般人を誰よりも大事にしているし、尊く思っている。私達の活動の先に彼らを守り、彼らを幸せにする未来が待っている」

「まるで良いことのように言っているけど、改造人間を使ってたり他種族をこの世から消そうとしたり、随分と犠牲が多そうね」

「犠牲なくして目的達成などできない。過去の偉人や英雄を見てもそうだが、犠牲を出さなくては世界を変えることなどできない。犠牲ゼロで世界を変えようなんて子供でも無理だと分かる」

「少なからず犠牲が必要ということに関しては異論はないよ。けど、貴方達の思想は理解できない」

「理解などしなくて良いし、できるはずもない。所詮君はエルフだ。エルフなど、自分達を高潔で誇り高い種族と思い込んでいる哀れな者達の集まりだからな」


 自分のことをそんな風には思っていないアリーチェだが、それでも良い気はしない。

 そして同時に、絶対にアビタル教と分かり合うことなどできず、話し合いも無駄であるということが理解できてしまった。


「もういい。そうやって自分達が絶対的に正しいと思っていればいい」

「そうするよ。あぁ、それと、君は人間と一緒にいるそうだが、やめた方がいい。いずれその人間達はエルフである君を邪魔に思い、追い出される。無駄に傷を負いたくないだろう?」

「……」


 世莉架達はそんなことをしない、と絶対的な自信を持って言うことは今はできない。それでも、いつかはそう言えるようになりたいと思っている。

 周りを囲まれ、危機的状況に陥ったことで不安や焦りがあったアリーチェだが、そこに一つの感情が追加された。


「別に貴方がどう思っていようが興味なんてないわ」

「そうか。では、そろそろ捕まってもらおう」


 そしてついにアリーチェを取り囲んでいた信者達の半分が魔法を放ち、半分は直接捕らえにきた。

 だが、その程度で捕まるアリーチェではない。動揺もなく、冷静に空間転移してその場から消えた。


「やはり、人通りの多い方へ転移したか。お前達、三人はここに残り、他は追えるところまででいいから奴を追いかけるんだ。奴も人の多いところで空間転移は使いたくないだろうから、ある程度追えるはずだ」

「はい」


 指示された信者達はその通りに行動する。


「全く、厄介なことになった。ただの雑魚であれば殺して終わりなのだが、半端に実力のある者は面倒極まりないな」


 そう言って教皇は信者を背後に三人連れて裏道の突き当たりから出ようとする。

 

「が……」


 呻き声と共にドサっと音がした。それも、教皇の背後から。

 急いで振り向くとそこには倒れた三人の信者がいた。


「まさか……!」


 そして教皇は察知した。自分は攻撃される寸前だということを。

 教皇の左側から突如としてナイフが現れた。それを教皇は後ろにステップして避けた。更に、避けたところで頭上からアリーチェの蹴りが繰り出される。

 しかし、教皇は姿勢を低くしてそれを避け、前方にジャンプして距離を取った。


「へぇ、思ったより俊敏に動けるんだ。ちょっと意外」


 アリーチェは降り立って言う。


「……なるほど、君はもう少し賢い少女だと思っていたが、そうでもなかったようだ。いとも簡単に感情に振り回されてしまうとは」

「そうかもね。それと、私は別にここで貴方を倒せるなんて思ってない。けど、尻尾巻いて逃げる前に、少しだけ痛い目に合ってもらおうかと思って」


 短剣を構え、鋭い目で教皇を睨みつけるアリーチェがそこにいた。


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