冒険者ギルド
「随分賑わってるわね」
世莉架達はついに人間の国の領土内にある街に入った。そこは街の外にいても喧騒が聞こえてくるほどだっだが、やはり中に入ると活気に溢れていた。
街の雰囲気的には中世ヨーロッパが最も当てはまる。何故異世界というとどこも中世っぽいのだろうかと世莉架が考えているとメリアスが話しかけてきた。
「ここは人間の国の一つ、フェンシェント。その中のルインという街よ」
ルインの周りは草原であり、遠くに山々が見える。街中には一つの大きな川が流れており、フェンシェント内の数ある街の中でもかなり大きい街である。
「ここは王都から比較的近いし、栄えているし良い街だと思うわよ」
「栄えていても良い街かどうかは分からないけどね」
「……」
世莉架の疑うような台詞にメリアスはムッとする。
「それで、まずはどうする?」
しかしすぐに表情を戻し、これからどうしていくのかを世莉架に尋ねる。
「どうすると言われても……この世界は私がいた世界とは違いすぎるから、具体的にこれからどうすれば良いのかなんて分からないわ。まぁ、でも仕事を見つけるのが一番かしらね」
そう言って世莉架は歩き始める。メリアスもそれについて行く。
「この世界を救うとなると、どこか一箇所に居続けることはできない。となるとどの街に行ってもできる仕事を見つけないとね」
「はぁ……」
メリアスの世界を救うという言葉を聞いて世莉架は思い出すようにため息をついた。
「もう、ため息つかないでよ」
「はいはい。それにしてもどの街に行ってもできる仕事ね……そんなの分からないし、まずは役所に行きましょうか」
今、世莉架達は街の大通りを歩いている。そのため初めて街に訪れた人のための地図が通りに立っている。
「えーと、役所は……」
役所は案外近くにあった。それを確認した世莉架は早速向かおうとするが、視界の端にある単語が見えた。
「冒険者ギルド……」
そこには冒険者ギルドとある。
「冒険者ギルド! それがあったね。詳しいシステムは知らないけど、世莉架の実力的にも戦いに慣れとくためにも良いかもね」
冒険者ギルドというのも随分定番だなと世莉架は思っていた。しかし、今の強化された世莉架がどれほど動けるのかの把握、魔法の効果的で効率の良い使い方の勉強、人ではなく獣や魔物との戦闘に慣れておくなどなど、冒険者として働くのはメリットが大きい。
「そうね。詳しい説明を聞くためにもまずは行ってみましょう」
そうして二人は冒険者ギルドに向かう。
少しして冒険者ギルドに着いた。世莉架のイメージでは冒険者ギルドと言えば荒くれ者が集い、昼間から酒を飲んで騒いでいるというものだが、実際は普通に話し声が聞こえるだけで落ち着いている様子だ。
「思ったより静かで安心したわ」
そう呟きながら世莉架を先頭にして入って行く。入るとすぐにカウンターのような場所があり、受付嬢が立っていた。ギルドの中には席が沢山あるが、座っている人はまばらで少ない。
世莉架はその受付嬢に話しかける。
「こんにちわ。ちょっといいかしら?」
「こんにちわ! ようこそ冒険者ギルド、ルイン支部へ! 本日はどのようなご用件で?」
受付嬢は元気よく挨拶する。
「冒険者になりたいんだけど、まずは冒険者について色々詳しく話を聞きたいの」
「かしこまりました! では冒険者について説明させていただきますね!」
そう言った受付嬢はカウンターの近くにあるドアを開けて世莉架達を招く。その部屋は応接室のようだ。
世莉架達の前に受付嬢が座り、向かい合う。
「まず冒険者とは、依頼を受けてそれを達成し、依頼人からお金を貰う人のことです。依頼の内容は様々で、採取系の依頼、獣や魔物の討伐依頼、護衛依頼……と言ったように多岐に渡ります。どれを選ぶかは報酬金や自身の実力などをよく考えてお選びください。また、依頼を失敗した場合はペナルティが発生します。ペナルティは依頼の難易度や重要度によって変わりますので、ペナルティはどれも違います。それと追加報酬というのもあります。依頼されていること以上の成果を上げたり、意図してもしてなくても他の依頼の分を達成したりすれば追加報酬が貰えます。勿論既に依頼を受けていた人がいるという場合もありますが、そういう時はケースバイケースで対応します。ここまではいいですか?」
「えぇ、大丈夫よ。続けてくれる?」
「かしこまりました。では、次にランクについてお話しします。冒険者ランクは上からS、A、B、C、D、E、Fの七段階となっています。最初は皆Fランクから始まりますが、Fランクでは採取依頼がほとんどなので比較的安全です。依頼にはBランク以上、Aランク以上という風に条件がつけられていることが多いのでいきなり難易度の高い依頼を受けることは難しいです。そしてランクを上げるにはひたすら依頼をこなし、実績を作るしかありません。Cランクからは依頼の達成率や実績だけでなく、試験が行われます。また、冒険者登録するときにも軽い試験が行われます」
「ということは私も試験を受けるのね」
「はい、この後時間があるようでしたらすぐにでも行えますよ」
「じゃあお願いするわ」
「かしこまりました!」
受付嬢はそう言うと一枚の紙を渡してきた。
「これに貴方の個人情報を書いてもらいます。最後に条約に同意するためのサインをお願いします」
その紙には名前や住所など色々書く必要がある欄があり、一番下にはいくつかの条約が書かれていた。
世莉架はその紙に書き込んでいくが、住所のところで止まってしまう。まさか日本と書くわけにもいかない。
「……私達は旅人なの。だからどこかに住み続けるということがないし、今は家がない状態。だから住所のところは空欄でもいい?」
とりあえず受付嬢に聞いてみる。
「そうでしたか。では前の職業という欄に無職と記入して、住所には決まっていないとご記入ください」
「無職……」
そう言われると悲しいが、そう書かなければいけない状況なので仕方なく書く。
最後のサインまで書き、紙を渡す。
「はい、確認しました。では……あ、それとですね、冒険者になると稀にですが国と協力して他国との戦争や魔物との戦いに臨むことがあります。まぁ、そういう戦いに呼ばれるのは基本的に上位ランクの方達だけですが、場合によっては冒険者全員でということもあります。そこはご了承くださいませ」
「なるほど、そういうこともあるのね。分かったわ」
「はい、では試験を行いましょう。簡単な試験ですので緊張しなくても大丈夫ですよ」
世莉架の落ち着きさに緊張しすぎていると勘違いした受付嬢が言う。
「ふふ、大丈夫よ。ありがとう」
世莉架はそう言って微笑みかける。それを見た受付嬢は世莉架の笑みに見惚れて少し呆けていたが、すぐに気を取り直して試験場に向かった。
試験場はギルドの奥の方にあった。大きさは十分で、試験場のすぐ隣に訓練場がある。訓練場では冒険者達が汗を流している。
また試験場と訓練場は繋がっている。
「試験はここで行います。訓練場にいる冒険者達が見ていますが、まぁ気にしないでください」
世莉架が訓練場の方を見ると冒険者達が自分達に興味を持って見ていることに気づいた。
「あんな綺麗な子が冒険者に? 正気か?」
「魔法の才能がある貴族の娘とかかもな」
「いや無理だろう。あんな細くて剣を持ったことすらなさそうな奴がどうやって依頼をこなすんだ。あのスタイル抜群な体を売った方が楽に稼げるだろうに」
冒険者の男どもの下卑た笑い声が響く。訓練場には女性の冒険者もいたが、彼女らは心配そうに世莉架達を見ている。
それまでずっと黙っていたメリアスはムッとしていた。
「全く、下品な人達ね。大丈夫だよ世莉架。貴方なら余裕だよ」
「えぇ」
世莉架はメリアスを下がらせる。冒険者登録は世莉架だけであり、女神であるメリアスは当然冒険者にはならない。
「試験をするにあたって審査員が必要ですが、今回それは彼らに任せます」
すると受付嬢の後ろから二人の男が歩いてきた。
「試験の審査にはBランク以上の冒険者が必要になります。そしてこの方達はBランク冒険者です」
「よろしくなお嬢ちゃん」
「よろしく。あんまり緊張しなくていいからな。今ある実力を見せてくれればいいから」
その男達が挨拶する。
「こちらこそよろしくお願いします。試験頑張りますね」
世莉架はパッと花が咲いたような笑みを見せる。それを見た男達、訓練場にいた者達も顔を赤くする。
「流石……」
メリアスが後ろでボソッと呟いた。世莉架は自分をよく見せる方法を、自分の容姿の使い方をよく理解している。
「そ、それではまず最初の試験です。最初はここにある数本の木に木刀で攻撃をしてもらいます。制限時間は三十秒です」
受付嬢は試験の説明をしながら木刀を世莉架に渡す。
「準備はいいですか?」
「えぇ」
「それでは、始め!」
受付嬢が合図する。
世莉架はスタスタと優雅に歩いて木のすぐ前までいく。
そこでまずは横向きに一振り。
「……あ」
世莉架は思わず呟いた。メリアスによって強化された自分の体については少し分かっていたつもりだったが、世莉架の想像を遥かに超えていたのだ。
世莉架は木刀を振るっただけだ。にも関わらず木は綺麗に切断され、大きな音をたてて倒れた。
「……」
それを見ていた訓練場の冒険者やBランクの冒険者、受付嬢は目を丸くして固まっていた。
そして同時にその一振りに耐えられなかった木刀がバラバラに砕け散った。
「ふふん」
メリアスは腰に手を当てて自慢気な顔をしている。
「こ、これは……」
「すいません。どうやら木刀とこの木はかなり耐久値が落ちていたようです。私なんかが攻撃してもこうなってしまったことが何よりの証拠。ですのでもう一度やらせてくださいませんか?」
世莉架はそう言ってもう一度やり直させて欲しいと言った。それを聞いたメリアスは世莉架に駆け寄る。
「ちょ、ちょっと。なんでそうなるのよ。これは試験なんだからちゃんと実力を見せないと」
「いいえ、ダメよ。この世界を救うにしてもあまり目立つのは避けたい。この試験のせいで話題になるなんてまっぴらごめんよ。私のやり方にも反するし」
二人は顔を寄せてコソコソ話す。
メリアスは世莉架の言い分に不満気だ。
「……世莉架はその容姿の時点で目立ってるよ」
「容姿のことで目立つのはいいのよ。容姿は色々と役立つしね。ただそれ以外の所で目立ってしまうのはダメ」
「実力を見せていってどんどんランクをあげて強い人たちに会っていけばいずれ勇者達にも、魔王軍にも会える。そうしていった方が色々早く進むんじゃない?」
「そうかもね。けどそれは私のやり方じゃないし、そもそも私は表で生きるべき人間じゃない。裏で醜く生きるべきなの」
「世莉架……」
メリアスは世莉架の自虐のような言葉を聞いて悲しい顔をする。どうしてそんなことを言うのか。どうしてそれでいて平気な顔をしているのか。いや、そう自虐しても仕方のないことを世莉架はしてきたが、メリアスはそれが嫌だった。
「ほら、また試験をするから離れていて」
世莉架はメリアスの悲しむ顔に気づいていないフリをして言う。
メリアスは後ろに下がっていく。
「先程の提案、受け入れましょう。確かに木と木刀の耐久値が下がっていた可能性があります」
すると受付嬢が世莉架の提案を受け入れ、新しい木刀を渡す。
「な、なんだそういうことだったのか」
「そりゃあそうだよな。あんな綺麗な子があんな芸当できるわけねぇ」
「やっぱり顔と体が良いだけか。どうして冒険者になろうなんて思ったんだか」
見ていた冒険者達は好き勝手に感想を言い合う。
Bランク冒険者の二人は最初こそ驚いていたものの、すぐに冷静になって世莉架を見ている。
新たに木刀を受け取った世莉架は構える。
「それでは、始め!」
受付嬢の声と共に、今度は木に向かって走る。
そして先程よりもかなり力を抑えて木刀を振るう。
その攻撃によって木は軽く抉れた。更に続けて何発か攻撃する。
世莉架はその最中、一瞬で冒険者達の顔を確認する。そこには少し驚いた冒険者達の顔が見えた。
つまり、今の世莉架の動きでも彼らにとっては予想より凄いということだ。
「……」
それを確認した世莉架は不自然に思われない程度に動くスピードを下げていく。同様に木刀にこめる力も少し弱める。
またも冒険者達の顔を確認すると今度は特に驚いた顔はしていなかった。
(このスピードと力が丁度良いか……)
世莉架はその動きを制限時間が終わるまで続けた。
「そこまで!」
受付嬢の声が響く。そうして最初の試験が終わった。
「次は魔法の試験です。これに関しては人によって全く使えない人もいるため、任意となります。ただ、使えるのであればやった方が良いとは思います」
「私は魔法は苦手なの。パスでお願い」
「! ……もう」
魔法の試験をパスしようとする世莉架にメリアスがまたも不満気な顔をする。
実際、世莉架はまだ魔法を一度も使っていない。メリアスが魔法を使えるようにしたが、それでもいきなりここで使って暴発でもしたら大変なことになる。そのため世莉架の判断は正しいと言える。
「分かりました。では最後の試験です。この二人のどちらかと戦ってもらいます」
すると前に出てきたのが審査員のBランク冒険者二人。
「戦うといっても、俺たちは本気なんて出さない。あくまでお前さんの実力を見ることが目的だからな」
そのうちの一人が世莉架に近づきながら言う。
そうして世莉架とその男は一定の距離を空けて立つ。
「えぇ。よろしくお願いします」
世莉架は丁寧に頭を下げて言った。
「そんな畏まらなくていい。冒険者ってのは最も自由な職業だ。堅苦しいのが苦手な奴はいっぱいいるし、もっとフレンドリーに接してくれ」
「そうなんですね。分かりました」
そんな男に世莉架はニコッと笑って答える。男はとても満足そうだ。
「では両者構えて」
男と世莉架は木刀を持って向き合う。
その瞬間から男は真剣な顔になる。
「それでは、始め!」
世莉架はすぐに男に接近して攻撃を仕掛ける。しかし、そのスピードと力は、先程の木に攻撃する試験の時に調整したものと同等なため、特に速いわけでも攻撃が重いわけでもない。
ただこれは実力を見るだけの試験。言い方的に、この試験で冒険者になれない可能性はほぼないと判断したため、とりあえず一生懸命攻撃をしているフリをする。
「うんうん。女にしてはそこそこ動けるみたいだな」
世莉架の攻撃を受けている男は涼しい顔で頷いている。
流石に上から数えた方が早いBランクなだけはあると、世莉架は少し感心していた。
それから一分ほど世莉架の攻撃が続いた時、男が動いた。
「そらッ!」
世莉架の攻撃をいなし、突然高速で横薙ぎしてきた。
(お、遅いわね……)
しかし、高速といっても世莉架からするとその攻撃は止まって見えていた。
(このスピードならメリアスの強化が無い私の素の身体能力でも余裕で避けれそうね。まぁ、ここでは避けないけど)
男の横薙ぎは世莉架の持っていた木刀に当たり、あえて力を抜いていた世莉架の手から飛んでいく。
「そこまで!」
受付嬢の声が聞こえ、世莉架と男はしっかり向き合う。
「すまんな。この試験では最後に俺たちのようなBランク以上の人間の実力を少しだけ見せてやれと言われていてね」
「そうなんですね」
「あぁ。まぁ、気にしないでくれ。これで試験は終わりだ。お疲れ様」
世莉架は労いの言葉を受け取り、その後受付嬢の後をついて行った。
訓練場にいた冒険者達もそれぞれ訓練場所に戻って行った。
そうして世莉架達は現在、応接室に戻っている。そこで免許証のようなカードを受け取る。
「これが冒険者のライセンスカードとなります。冒険者ということを証明するだけでなく、身分証明書にもなりますので絶対に無くさないようにお願いします。万が一紛失するととても面倒な手続きをしなければならなくなりますので」
まさに運転免許証と同じようなものだなと世莉架は思っていた。
「またこれは我がフェンシェント国と、その同盟国でしか使うことはできません。そこはお気をつけください。もし分からないことがあればお気軽にお声がけくださいね」
「えぇ。ここまでありがとう」
「あ、それとライセンスカードの発行、試験には二千イアかかるのですが……」
「……そういうのは最初に言って頂戴」
「申し訳ございません。完全に失念していました」
頭を下げている受付嬢を尻目に、世莉架はメリアスに目配せする。
メリアスはその目を見て仕方ないと言わんばかりにため息をつく。そしてテーブルの下で見えないようにお金を生成する。
現在二人は一文無し。この場面では致し方なしとメリアスも考えた。
「はい」
「……確かに二千イア受け取りました」
そうしてお金を払い終えた二人は、ギルドの依頼が沢山貼ってある場所に行く。
「いっぱい依頼書が貼ってあるね」
「……というかこの世界のお金はイアと言うの?」
「うん。日本の円と同じだと考えて大丈夫だよ」
「そう」
やっぱり基本はメリアスにお金を作ってもらう方がいいんじゃないかと世莉架は思っていた。
「で、早速依頼受ける?」
「えぇ。Fランクということもあって討伐系の依頼はほとんどないし、無難に採取系の依頼にしてそこで魔法の練習もしましょう」
「うんっ」
世莉架は適当な採取クエストを受けることにした。
早速依頼達成のためにどこか楽しげなメリアスを連れてギルドを出ようとする。
「おい、あんたさっき冒険者になるための試験受けてたよな?」
やはり世の中うまくいかないことの方が多いようで、出口付近で男三人組に絡まれた。
「えぇ。なんとか冒険者になれたので、早速採取クエストを受けてみようかなと思っていまして」
「そうかい。なら俺たちと行かないか? 初心者ってのは採取クエストでも思いがげず強い獣や魔物と出会って死んじまうことがよくあるんだ。だが、俺たちのようなCランクの冒険者がいれば大抵の戦闘には役立てると思うぜ?」
一見すれば親切に見える。しかし、世莉架はその言葉の奥の本音に気づいている。
その男はただ親切心で言っている訳ではない。実際は世莉架とメリアスの美しい容姿、つまり体にしか興味はなく、どうにかして襲ってやろうと考えているのだ。
それを目や口調を見て聞くだけで世莉架は気づいた。
「……いえ、お構いなく。この街のすぐ近くで目的が達成できる本当に簡単な依頼ですから。多忙でありましょう、Cランク冒険者の方々のお手を煩わせる訳にはいきません」
「いいっていいって。俺たち今日は暇でな。丁度体を動かしたいと思ってたところなんだ。ついて行ってやるよ」
男達はしつこく話しかけている。世莉架は全く表情を変えないが、メリアスは若干怯えていた。
「ほら、行こうぜ」
黙っていた世莉架に痺れを切らしたのか、最初に話しかけてきた男が世莉架の腕をガッと掴む。
そしてそのまま歩き出そうとする。
「……ん?」
しかし、途中で止まる。世莉架が立ち止まっているからだ。
おかしいと男は思った。何度も歩き出そうとするが、全く世莉架が動かない。動かせない。
すると世莉架はその男に近づく。
「お、お前……」
男が何か言いかけた時、その男の喉元には世莉架の手刀が迫っていた。
手刀はピタッと男の喉元で止まった。
ただの手刀が喉元にあっても普通は怖くない。だが、男は感じていた。世莉架の異常な雰囲気を。
「大丈夫です。お気遣い有難うございます」
それだけ言って世莉架は男から離れ、メリアスの手を掴んでギルドを出て行った。
男は世莉架がいなくなってからその場でしゃがみ込み、大量の冷や汗を流していた。
「……」
世莉架とメリアスは黙って歩く。メリアスは世莉架に握られた手を見つめている。
これから先も、ただ女であるだけで厄介なことに巻き込まれる気がしてならない。面倒ごとを好きな人間など稀である。
世莉架は憂鬱そうなため息をつき、二人は初めての依頼達成のために街の外を目指すのだった。