人と命の価値
「アリーチェ、ここの制圧は終わったから、みんなを解放しよう」
ハーリアは自分一人で立つこともできなくなっていたアリーチェに肩を貸し、シーナの遺体がある檻から出る。
そこには横たわる女の姿があった。ハーリアはシーナが殺されてしまうのとほぼ同時に戦っていた女を倒すことに成功したのだ。
女を殺してはいないが、かなりの大ダメージを与えたために女は横たわったまま動けないでいる。
「……」
アリーチェは虚ろな目で女を見る。
「く、くそ! こいつら普通の餓鬼じゃないな。天才って奴かよ……」
ハーリアは女に対し、四属性の魔法を鮮やかに使ってみせた。その練度、精度、そして威力は普通ではない。ハーリアを一般人よりちょっと強いくらいの餓鬼、と思って舐めてかかった時点で女の負けは確定していた。
「……す」
横たわる女が、先ほど殺した男の仲間であることを再認識したアリーチェは小さい声で何かを呟く。
「アリーチェ、大丈夫? ここにいる人達を解放したら少し休んで……」
そんなアリーチェにハーリアが心配そうに声をかける。
だが、声をかけている途中で、肩を貸していたハーリアの側からアリーチェの姿が消えた。
「!」
アリーチェはいつの間にか横たわる女の真正面に立っていた。そして冷たく暗い、絶望一色で虚ろになっている目を向ける。
「ひっ……!」
女は今までにないほどの恐怖を感じ、ハーリアによってボロボロにされた動かない体を必死に動かして逃げようとする。
「殺さなきゃ……」
アリーチェはボソッと呟く。最早敵と認識した者は絶対に殺さなければならないという思考がアリーチェの頭から離れない。
女へすっと刃物を向け、その首を落とそうとする。
「アリーチェ、待って!」
しかし、アリーチェと女の間にハーリアが割り込む。
「……どいてよ」
「この人は捕まえてきちんと裁きを受けさせよう。ただ殺すだけじゃ、貴方の心も同時に傷ついてしまうから」
「……」
ハーリアは意志の強い目でしっかりとアリーチェに伝える。
その言葉に少しは思うところがあったのか、アリーチェはゆっくりと刃物をしまう。
「ありがとう。この人は縛っておくから、アリーチェは捕らわれている人達を助けてあげて」
ハーリアが礼を言い、横たわって怯えている女を縛るために近くに置いてあったロープを取りに行こうとする。
そうしてハーリアがアリーチェと女から目を離した瞬間だった。
ついさっきしまった刃物をアリーチェがまた取り出し、女の首元目掛けて走る。
ハーリアが間に入ったことでアリーチェと女の距離は少しだけ離れていたが、その程度一瞬で詰めることができる。
「死ね……!」
やはり、アリーチェの憎悪は例えハーリアの言葉であっても抑えることは難しかったようだ。しかし、ハーリアの言葉によって多少なりともアリーチェの心は動いた。それでも思い留めるまでには至らなかったのだ。
刃物はもうすぐにでも女の首に突き刺さる距離まで迫っている。
「まっ……」
女は必死に後ろに下がり、アリーチェの纏う殺気と自分を殺そうとする刃物から逃れようとする。
「……!」
そしてアリーチェの刃物は残酷な音を立てて肉に刺さる。
しかし、何故か女とアリーチェが目の前の光景に驚愕して目を見開いていた。
「ハーリア……?」
女の首に刃物は刺さっていなかった。アリーチェの刃物は、アリーチェにこれ以上人殺しをさせないために飛び込んできたハーリアのお腹に刺さっていたのだ。
「かはっ……!」
ハーリアは血を吐き出す。刃物を握るアリーチェの腕にその血がかかった。
「な、なんで……」
アリーチェはようやく正気を取り戻し始めたことで、今自分がやってしまったことを理解したようだ。
「アリーチェ……私のお腹を刺す感触はどう?」
「あっ……」
ハーリアは必死に痛みを耐えながら、アリーチェの腕を優しく両手で触れて問う。
アリーチェの手には、しっかりと肉を切り裂く感触がある。そしてそれは敵の肉ではない。アリーチェが初めて心を許した人間の肉だ。その事実はアリーチェに途轍もない恐怖と不安を与えた。自分の大切な人を、今度は自分の手で奪ってしまいそうになっているという事実がだ。
ハーリアの魔法の才能、練度ならば、かなり際どかったがアリーチェの女への攻撃を魔法で防ぐことはできただろう。しかし、ハーリアは敢えて自らの体を盾にした。それによってアリーチェが目を覚ましてくれることを信じて。
「あ、あぁ、ハーリア……ど、どうすれば……」
アリーチェは恐怖と不安と焦りと動揺で思考が暴走している。今すべきなのは、ハーリアに刺さっている刃物を慎重に抜き、急いで治癒魔法をかけることだ。そんな簡単なことも、今のアリーチェには分からない。
「慎重に……これを抜いて……くれる?」
ハーリアはアリーチェに優しくゆっくりと話しかける。そこでアリーチェはハッとした。
「わ、分かった。でも……」
「大丈夫、私が自分で治癒魔法をかけているから、なんとか痛みには耐えられると思う。アリーチェは刃物を抜いて」
「う、うん。じゃあいくよ……」
アリーチェはゆっくりと刃物を抜き始めた。ハーリアの顔は苦痛に歪む。いくら治癒魔法をかけているとしても、痛みは尋常じゃない。それでも少しずつ刃物は外に出て行き、ついにお腹から抜くことができた。
しかしそれと同時に夥しい血が噴き出す。アリーチェも急いで治癒魔法をかける。
ハーリアは床に倒れ込み、息を荒くし、意識が朦朧としてきていた。
「あぁ、本当に私は……ごめん、ごめんなさいハーリア。私はなんて愚かで……」
アリーチェは涙を流していた。自分の愚かさに、自分の不甲斐なさに、憤慨し、悲しみ苦しんでいた。
「アリーチェ……大丈夫。このまま治癒魔法を……かけていれば動くことくらいは……できるように……なるから」
言葉も絶え絶えに、アリーチェの頬に手を当てて落ち着かせようとハーリアは朦朧とする意識の中で努力する。
それでもアリーチェの涙が止まることはない。
やがて二人分の治癒魔法によってある程度の治療はできた。しかし、それはあくまで簡易的な治療であり、完治するためにはきちんとした設備のある病院に行くか、高度な治癒魔法が使える者に頼むしかない。
二人の治癒魔法の腕は平均的で、お腹に刃物が刺さったレベルの傷を完全に治すことはできないのだ。
「アリーチェ、私がずっと側に……」
簡易的な治療が終わったと同時に、ハーリアはそれまでなんとか維持していた意識を失い、眠ってしまった。
「……」
アリーチェは眠ってしまったハーリアに自分の着ていた上着をかけ、立ち上がる。
そのまま黙ってロープを取り、未だ固まってこちらの様子を見ていた女を縛り付ける。
「ハーリア、ありがとう。貴方がいてくれて本当によかった。これからは皆のために……貴方のために力を振るうわ」
アリーチェはもう泣いていない。固い覚悟を決めた目をしていた。そこに虚ろな瞳も絶望で溢れる雰囲気もなかった。
勿論、悲しくない訳ではない。大切な幼馴染を失った悲しみと苦しみは今でもアリーチェの心を傷つける。しかし、ここで絶望している暇はない。シーナを失ったのもハーリアに大きな傷を負わせたのも全ては自分のせいだ。その罪を償うためにも、早々に捕らわれている人達を解放し、この作戦を終わらせてハーリアを助けなければならない。
ハーリアは両親を、アリーチェは幼馴染を失った。互いに大切な人を亡くした同士である。傷の舐め合いだと言われたらそうかもしれない。だが、二人が前を見て歩みを止めないため、互いに支え合うのは決して悪いことではない。
ハーリアもアリーチェも、本当に強い心を持っている。そう簡単に心は折れず、足掻きながら進むことのできる強さを持つ。
アリーチェは大きな一歩を踏み出し、捕らわれている人達を解放しに行くのだった。
**
一方、世莉架は立ち塞がる敵を次々と屠って進んでいた。
「これでほとんどやったかしらね。後はハーリア達が上手くやれてるのかどうか」
「……世莉架、なるべく殺さずに捕縛するんじゃなかったの?」
「さっきも同じような事を言っていたわね。こいつらは生かす意味も必要も無いわ」
「……」
メリアスは世莉架によって殺された者達の姿を一瞥してから目を瞑る。
「そんな表情するくらいなら、最初から私を呼ばなければ良かったのよ。私がいなくてもアルファ達がいるし、私以外にもっと世界を救うのに向いてる人だってきっといるでしょうに」
「そういう問題じゃ無いよ」
「いいえ、そういう問題よ。私は地球で生まれて地球で死ぬはずだったのに、貴方に無理やり連れてこられて世界を救うことになった。本当に私がいてどうにかなるのかしらね」
「世莉架の力は本物だよ。間違いなくね」
「それはどうも。けど、この世界を救うのならこういう奴らは排除していく。これは私が決めたことで、私が世界を救うのだったら、そのための手段は好きにさせてもらうわよ」
「……私は確かにこの世界の命運を貴方に託した。だから、ある程度は貴方のやり方を許容する。けど、何でもかんでも殺して解決、という風にはしないで欲しい」
「……善処するわ」
メリアスは真剣な目で、そして少しの悲しみを込めた目で世莉架を見た。
どうやら世莉架はメリアスの綺麗な目で見つめられることに弱いらしい。それはやはりメリアスが神であるからこそだろうか。何故か従ってしまいたくなるような神の威厳がメリアスからは感じ取れるのだ。
「ほら、こんな話してないで進みましょう。勘だけど、そろそろ親玉がいる部屋に辿り着くわ。これだけ騒ぎを起こしているからもう逃げてしまっている可能性はあるし、そもそも最初からいない可能性はあるけどね」
「逃げられていたり、最初からいなかった場合はそれでも良いんだよね?」
「えぇ。親玉がいなくてもここまで制圧すればこの闇ギルドはほぼ修復不可能よ。そしてこの事実を親玉が知ったら、後ろ盾となっていた権力者に縋り付くでしょう。でも、その時には後ろ盾となっていた権力者はマリコム達によって檻の中に入れられているわ。そしたら後でじっくりと親玉を探し出せば良い」
「そうだね」
作戦では仮に親玉がいなくとも闇ギルドの本拠点を制圧しまい、マリコム達の方も成功すれば実質親玉は詰みになるため、そこまで本拠点にいるかいないかは重要視されていなかった。
「でもね、多分いるわよ、ここに」
「どうして?」
「だって魔族がいるもの。それならわざわざ隠れるまでもなくこちらを殺せると考えているんでしょう」
「え!? 本当に魔族がいるの?」
「えぇ。そもそも作戦会議の時は濁したけど、私とアリーチェが見た資料にはしっかりと魔族が絡んでいることが書いてあったからね。そして何より、貴方から貰ったこのコートの探知機能でここに入った時から魔族がいることは分かっていたからね」
「そっか。確かに、そのコートには優れた探知機能が付いてるからね」
世莉架はミュール商会の地下に行ったあたりで魔族の反応を捉えていた。そしてその魔族の反応と世莉架が独自に感じた感覚としては、格の低い魔族では無いことが分かっている。
「魔族は一人?」
「一人よ。人間の国であるフェンシェント国にたった一人でくるという事は、何か予想外のことがあっても力で捩じ伏せることができる程の実力を持っているという事に他ならないわ」
二人が話しながら進んでいくと、段々と通路に分かれ道があることが少なくなっていた。
「そろそろね」
「やっぱり闇ギルドの本拠点だからか、かなり道が複雑だったけど、来た道覚えてる?」
「あのね、私が覚えてないと思う?」
「あはは、思わない」
当然、世莉架は完璧に来た道を把握している。世莉架ならばここの数倍複雑で長い道があっとしても全て完璧に覚えることなど容易である。
「さて、ここね」
ついに闇ギルドの本拠点の最奥に辿り着いた。扉にはこの闇ギルドのシンボルである蝙蝠のマークが刻まれている。
「敵さんも私達のことに気づいているわ。メリアス、私の後ろを離れないで」
「うん、分かった」
世莉架は扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
「ようこそ、我らが拠点へ」
その部屋は豪華だった。壁には沢山の彫刻品や絵画、真ん中には大きなテーブルがあり、相当大きな部屋になっている。多くのお金をかけていることがよく分かる。
部屋には四人の男がいた。
一人は部屋の一番奥の椅子に座っている、四十代くらいの男。高そうでいて、しかしどこか気品を感じさせる格好の男だ。黒髪オールバックで端正な顔つきであり、さぞ女性にモテることだろう。最初に声をかけてきたことからも間違いなく、この闇ギルドの親玉、つまり頭領である。
その左右に立つ二人の男はどちらも歴戦の雰囲気を感じさせる。左に立っている男は大きな大剣を持っており、とても大柄だ。右に立っている男はフードを被っており、二つの小さい剣を腰に差している。背丈は平均的だ。
どちらも明らかに戦闘用の格好をしている。
そして最後の一人。部屋の一番右端にある椅子に座り、足を組んでいる男。黄緑の髪をしていて、どこにでもいるような若者が着ていそうな服を着ている。顔つきからは軽そうな印象を受ける。
「魔族が人間に随分上手く溶け込んでいるじゃない」
「ほう。彼が魔族であることを知っているのか」
「何も知らずにここまで来ると思う?」
「はっはっは。確かに、その通りだな」
頭領である男は楽しそうに笑う。目の前に敵がいるのにも関わらずだ。自分達が負けることなど微塵も思っていないのだろう。
「それで……頭領のタシェーラ・サビルさん。投降の意思は?」
世莉架は資料から頭領の名前を知っている。そしてそれは予想していたのか、タシェーラは特に驚く様子もない。
「君達は多くの私の部下を葬ってここまで来れた。その時点で実力はあるのだろう。しかし、誠に残念ながら君達はここまでだ」
タシェーラの余裕の表情で世莉架達を見る。
「こちらから言わせてもらおう。投降しなさい。ここまで多くの仲間を葬った敵には一切の容赦をせず殺すのが当然なのだが、まさか女神と見間違える程の美人が二人も来るとは思わなかった。ここで潔く投降するのなら、命だけは保証しよう」
「へぇ、随分余裕ね。周りに自慢の部下と魔族がいるからかしら?」
「いやいや、こんな仕事をしているとね、誰にでも余裕を見せていないといけないんだよ。本当は今心から怯えているよ」
タシェーラはそう言うが、実際は欠片も思っていない。ただただ世莉架達を見下しているだけだ。
「あっそう。でも、ここで貴方達が私に勝てても負けても、この闇ギルドは終わりよ」
「そうかな? 確かにほとんどの団員を失ったが、私が残っている。私はこれまで多くの窮地を乗り終えてきた。今のような事態も昔あったんだ。しかし、私はそこからここまで闇ギルドを大きくすることに成功した。この程度で終わりなんてまだまだ早い」
それは事実のようで、タシェーラの纏う雰囲気は幾度となく窮地を乗り越えてきた歴戦のそれだ。
「それで、君達の目的はなんだ? 復讐か?」
「いいえ。ただ貴方達が攫った人達を解放し、ついでに目障りな闇ギルドを潰してしまおうという、シンプルな目的よ」
「なるほどなるほど。つまり君達の仲間に身近な人が攫われた人でもいるんだね。つまり私怨だ」
「ふふ、この闇ギルドに恨みを持つ者なんて数えきれない程いるでしょうに。そもそも貴方達のせいで身近な人を失った人からすれば恨みを持つ事は至極当然だと思わない?」
「そうだろうな。しかし、それでいちいち恨みを聞いてやるつもりはない。悪いが、これも大事な仕事なんだ。この国を裏から支えているのは私達だからな」
タシェーラに罪の意識など一切無い。簡単に人を不幸にでき、それを当然の犠牲だと思っている屑だ。
「……貴方達が魔族と協力しているのは、魔族領でしか取れない資源を得るためなんじゃない?」
世莉架は話題を変える。この事実を知られていることもタシェーラは予想済みだ。
「その通り。魔族領はこの大陸の半分もある。そうなると魔族領でしか取れない資源が沢山あるんだ。それらは間違いなくこの国の発展を手助けしてくれる」
「それはそうでしょうね。そして人間側は資源を貰う代わりに人間やその他種族を攫って魔族側に渡したり、ここでしか取れない資源を渡していると」
「そう言うことだ」
きちんと対価を払ってお互いが利益を得ている訳だ。それにしても魔族側は無理やり攻めて来るわけでもなく、慎重に水面下で人間の国に来ている事にこの国の強さが伺える。
「それで、我々が攫って来た者達はどうなったんだね?」
「さぁ、今頃解放されてるんじゃ無いかしら」
「ほう。あそこには強力な番人がいるからな。そう上手くはいかぬと思うぞ」
「それは貴方にも私にも分からないわ」
二人は会話を続ける。現在、どちらも相手の出方を伺っている状態だ。
「君はこのような裏社会の仕事をどう思う?」
突如タシェーラが世莉架に裏社会のことについて問い掛けてきた。
「仕方のないことだとは思うわ。どんな国にもあるでしょうしね」
「そうだ、仕方のないことなんだ。被害者の家族には申し訳ないが、我慢して貰うしかない」
「でもね、それを黙認してしまっては、いつか国が滅ぶわ」
「大袈裟だな」
「いいえ、大袈裟でもなんでもなく、簡単に起こり得る話よ。どれだけ貴方達がこの仕事に慣れていようとも、完璧ではない。何処かに綻びが生じる時がある。何処かに隙が生じる時がある。ずっと続くことはない」
「……」
タシェーラはここで初めて黙った。
「ねぇ、貴方は命や人という生き物についてどう思う?」
世莉架はまたも話題を変える。これにはタシェーラも少し首を傾げる。
「そんなこと聞いてどうする?」
「この国の中でも一番大きいと言える闇ギルドの頭領の感じ方、考え方を知りたいと思っただけよ」
「ほう……まぁ、そうだな。人間というのは命の価値を重く見すぎなのだ。一体この世界にどれだけの人がいると思っている。我々によって犠牲になった者達など全世界の人口から考えればほんの一握りだと思わんか」
「その通りね」
「なんだ、話が通じるじゃないか。話を続けるが、人によって命の価値は異なる。この世界に革命を起こした技術者、科学者、魔法の探求者だったり王族の者、その他の有名人であればその能力が失われることは惜しい。だが、なんの変哲もない一般人に価値があると思うか? 別にいてもいなくても世界に何の影響も与えない人間など、消えたところで世界の損失にはならん。むしろ食いぶちが増えて良いんじゃないか」
「……」
「人は常に死に続けている。今この瞬間も世界のどこかで誰かが死んでいる。それは寿命だったり事故だったり病気だったりする。虚しいな、あぁ虚しい。そして痛感する。人の命など軽いんだと」
タシェーラは自分の命についての考え方を話す。世莉架はその内容に怒るでもなく、感心するでもなく、ただただ聞いていた。
「人の死を悲しむのは何故か、人の誕生を喜ぶのは何故か。答えは簡単、自分がその当人ではないからだ。あぁ、なんて身勝手な生き物だろう」
「……なるほど、よく分かったわ」
「それでは、君の命や人に対する考え方も聞こうか」
今度は世莉架が答えることになった。少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「生きているということは一つの病気であり、誰もがその病気によって死ぬ」
「……? それはなんだね」
「ある哲学者の言葉よ。生きている時点で私達は病気にかかっている。それはいつか必ず死ぬという病気」
「なるほど、面白いな。確かに、生きているというだけ私達は治すことのできない病気にかかっているのかもしれん。それで、結局君の命や人に対する考え方は?」
「そうね……」
世莉架は一度目を瞑る。そして開き、一瞬後ろにいるメリアスを見る。
そのメリアスは悲しそうな、本当に悲しそうな顔をしていた。命に対する考え方はメリアスとタシェーラでは対極
にあり、それは世莉架とメリアスでも同じなのだ。
これから更に悲しませてしまう事実に、世莉架は少しだけ心に刺さった痛みを感じた。
「平等に、命に価値など無いわ」
「!」
流石のタシェーラも驚いたようだ。左右の男達も驚いた表情をしている。魔族の男はどうやら世莉架に興味があるらしく、早く話せと言わんばかりの顔をしている。
「命は、人は勝手に生まれたの。この世にね。別に意味があって人は生まれたんじゃ無い。他の種族だって同じこと。神が作った? 違う。勝手に、偶然に、奇跡的に色々な事象が合わさってこの世に発生したことの一つに過ぎない。だから命に価値は無い。どんな有名人も、どんな極悪人も、どんな何の変哲も無い一般人も、命は平等で、平等に価値は無い。私達はただ生まれただけ。生まれたくて生まれた訳でもない。命に価値を見出すこと自体があまりに無意味だと私は思う」
「……」
タシェーラは二度目の沈黙を経験する。まさか、目の前に立つ女神の如き美しさを持つ女性がそんな考えを持っていたなど思いもしなかっただろう。むしろ、闇ギルドを潰しにきたのだから命には大きな価値があり、誰もが平等で人間は美しく強い生物である、というような綺麗事を言ってくるものだと思っていたのだ。
「誰が死んだって、誰が生まれたって興味は無い。そんな命を考えた所で意味は無く、その命にはそもそも価値が無い。これが私の考えよ」
世莉架は話終えたが、後ろを向くことはできなかった。
恐らく、メリアスは泣いている。泣く声は聞こえてこないが、世莉架には分かった。メリアスの心が泣いている事が、嫌でも分かってしまった。
「……それでも、私は諦めない。信じ続けるよ」
後ろのメリアスは世莉架にしか聞こえない声で言ってきた。それは世莉架にとって衝撃的だった。メリアスは、世莉架がこれだけ命を冒涜するような発言をしても、信じ続けると言った。
世莉架が変わる事を、世莉架が優しくなる事を、世莉架が自分の命、仲間の命、この世界に存在する命を大切にするようになる事を諦めずに信じ続けるといった覚悟と決意を感じ取ったのだ。
世莉架は困惑した。だが、未だ自分を想ってくれるメリアスに対する優しい情が、世莉架の冷たく暗い心の中に少しだけ湧いた事を理解した。
「……馬鹿ね」
誰にも聞こえないように、そっと世莉架は呟く。
「どうだったかしら」
「……驚いた。正直、予想だにしていなかったよ」
「そう。それじゃあもう話は終わりね」
世莉架はそう言って話を切った。
「!」
そしてタシェーラは驚愕する。いつの間にか、部屋に入った所にいた世莉架が短剣を抜いてすぐそこまで迫ってきている事に。
だが、そう上手くはいかない。
「くはは、お前面白いなぁ! 特別に、この魔王軍第四幹部隊所属のニミル・ハイスターが相手をしてやる!」
そこには、先程までずっと黙っていた魔族が土魔法を腕に纏った状態で世莉架の短剣を受け止めていた。幹部を名乗ったニミルは、ニヤリと笑う。
「……まぁ、そんなとこだろうと思ったわよ」
世莉架はその魔族が幹部クラスである事を見抜いていた。そして、タシェーラを攻撃するときに間に入って来ることも。
こうしてガルグに続く、別の魔王軍幹部クラスとの戦闘が始まった。




