思いがけぬ出会い
魔族との攻防を制し、フェンシェント国の首都へ向かう世莉架達。負傷者もいるため、通常よりも時間がかかってしまうが、ついに大都市に向かう。
「フェンシェント国の首都……どういう所なの?」
世莉架はこのダージスという世界に来てからルイン周辺より遠くへ行ったことがない。そのためフェンシェント国の首都に対して興味がある。
「んー……都会!」
メリアスが答える。そんなことは誰でも想像できるからもっと違う情報が欲しかったというように世莉架はため息をつく。
「首都、アークツルスは大きな山のすぐ近くに作られた都市だよ。ルインはフェンシェント国内の町の中でもかなり大きい方だけど、アークツルスはそれらの町を全て合わせたような大きさで、活気も人口も段違いだよ」
メリアスに変わってハーリアが答える。
「アークツルスと言うのね。ハーリアは行ったことがあるようね」
「うん、何度か行ったことがあるよ。楽しい場所だけど、田舎者からするとちょっと疲れちゃう場所でもあるけどね」
「そう。遊びに行くのは楽しいけど、住みたくはないっていうやつね」
「あはは、そんな感じ」
戦いは終わったこともあり、アークツルスに向かう皆の雰囲気は良い。町は半壊したが、町の上層部の人間以外に死者が出なかったことも影響してそうだ。
「アークツルスの真ん中に大きな運河が通ってるの。アークツルスと言えば都会なのもそうだけど、その運河がシンボルになってるよ。あと、王様の住む城もシンボルだね」
「運河ね。船の運航が盛んなの?」
「この大陸の中央あたりから南は魔族以外の色々な種族の国が沢山あるんだけど、その国々の中心に大きな湖があるの。だから他国へは当然陸路から行ける道もあるけど、船を使うことも多いのよ」
「なるほどね」
三人はアークツルスへ向かう者達の長い列の一番後ろを歩いていた。アルファとエルファは列の一番前で先導している。
「アークツルスに行ったらまずどうするの?」
会話から外されたメリアスが話に混ざってきた。
「アークツルスには既にルインに住んでいた一般市民が辿り着いていて、魔族の侵略という危機は伝わっているはず。だから現状のアークツルスは厳重体制を敷いていると思うから、あまりゆっくりできないかもね。でもまぁ、とりあえず休みながらも色々な情報収集をしましょう」
「そうだね。都会だから楽しい施設とかも沢山ありそう」
「この状況でやっているかは分からないけどね」
他愛のない話をしながら足を進める一行。それから一日が経ち、昼食を終えてまたアークツルスへ進み始めた時だった。
「雨ね」
朝から雨雲が遠くに見えていたが、とうとうそれが世莉架達の元までやってきたようだ。
「土砂降りじゃん!」
メリアスは頭の上で手で傘を作って走り始める。現在いる場所は山の中で、近くに洞窟があるかもしれないとのことで、少し早く進みながら休める洞窟などを探すという伝言が回ってきた。
「ちょっと、転ぶわよ」
世莉架は走り始めたメリアスに声をかけた。
「うわっ!」
そして案の定、雨で濡れて不安定になった山の地面で足を滑らせる。
「だから言ってるでしょう」
転びそうになったメリアスのすぐ側にいつの間にか移動していた世莉架が、メリアスの背中に手を回して転ぶのを防いだ。
「あ、ありがとう」
「なんで貴方はそんなに落ち着きがないの」
「あはは、ごめん」
二人がそんなやり取りをしてから一時間ほど経ったが、依然洞窟は見つからない。また、雨はかなり強くなっており、視界も悪い。
そんな時だった。雨音と足音以外に何かの音がし始めた。それに伴い、地面が揺れ始めた。
「止まって」
世莉架がメリアスとハーリアを立ち止まらせる。周りの冒険者達も地面の揺れに困惑し始めた。
「これは地震ね。震度は四か五あたり。大雨に加えてそれなりに大きい地震。そして今いる場所は山の中。危険極まりないわね」
いくら魔法があろうとも、自然は脅威である。
そして世莉架の危惧した通りに、自然災害は起こってしまった。
山の地表面が崩れ始めたのだ。このままだと世莉架達の少し前方に崩れることになる。
「二人は私の後ろにいて」
世莉架はメリアスとハーリアを自身の背後に隠した。
「世莉架、他の冒険者と兵士達が!」
冒険者と兵士達はようやく自分達の危機に気付いたようだが、中には少し負傷している者や純粋に疲労している者がおり、動きが鈍い。
そこで世莉架は風の魔法を使用する。
「うわっ!」
風の魔法によって大きな土砂崩れに巻き込まれそうになっていた者達は前方に飛ばされた。
その瞬間、大きな土砂崩れは世莉架達の眼前を埋め尽くした。
「……まぁ、こういうこともあるわよね」
山の一面が崩れ落ち、進んでいた道は完全に塞がれ、世莉架達と他の冒険者、兵士達は離れ離れになってしまった。
「ど、どうするの?」
メリアスが世莉架に尋ねる。
「仕方ないけど、別の道から行きましょう。ハーリアなら他の道とか分かるでしょ?」
「一応分かるけど……」
「じゃあ大丈夫よ」
ここで世莉架が力を使って大量で広範囲の土砂を除去した場合、世莉架の実力が周知の事実になってしまうことになる。ハーリアにも力を隠しているため、強行突破という手段は取らなかったのだ。
ハーリアの魔法によって土砂を除去できるかもしれないが、まだ土砂の向こう側に冒険者達はいるため、そもそも魔法の行使自体が少々危険である。
ということで世莉架達は意図せず冒険者達と別行動することになったのだった。
「とりあえず別の道から進んで雨を凌げる場所を探しましょう」
「違う道から行くとなると、一回山を降りないとかな。降りればもっと舗装された良い道があるからね」
「そうなのね。なら最初からそっちの道から進めば良かったんじゃない?」
「山道を使って行った方がずっと速く着くんだよ」
「なるほど。負傷者もいることだし、時間をかけてゆっくり、という風にはしなかったのね」
ハーリアを先頭に、三人は仕方なく山を降りるために来た道を戻っていく。
しばらく歩いていると、そろそろ山を降りる、という所まできた。
「というか、この付近に村とかないの?」
「うーん。少し遠くにあるけど、そこに行くんだったらアークツルスに向かった方が良いと思うよ」
「そう。なら仕方ないわね」
それからまたしばらく歩みを進めていると、舗装された道に出た。その道を進んでいると急に霧が立ち込めてきた。
「ここら辺で霧が立ち込めるなんてことあるんだ」
ハーリアによると、現在いる場所で霧が立ち込めるなんてことは聞いたことがないらしく、不思議がっていた。
「視程は三十メートルってところね。定義では視程二百メートル未満だと濃霧という判定になるけれど、これは相当に酷いわね」
「にしても突然だったね。なんか幻想的な景色に見える」
メリアスは濃霧に何故か興奮しているようだ。確かに霧はとても神秘的な景色を生み出すことがある。
現在世莉架達がいる場所は辺りに草原と森がある場所で、視程がかなり短いとはいえ、なんだか違う世界に来たかのような神秘さがあった。
視界が悪い中、注意して進む。しかし、世莉架は何かおかしいことに気づく。
(雨が降った後に霧が立ち込めることは良くある。けど、それだけじゃあ霧の発生条件にはあまり当てはまっていない。夜中や明け方に霧が発生するなら分かる。しかも今の季節は春で、これからどんどん暖かくなっていく段階。なのにここまでの濃霧が発生するなんて、少し不自然……)
霧の不自然さに気づいた世莉架。
「ハーリア、今どこからか魔力を感じたりする?」
世莉架は魔法である可能性を考え、ハーリアに尋ねる。
「え? いや、何も感じないけど……」
「そう……これは仮説だけど、この霧は誰かが意図的に発生させている可能性がある」
「どういうこと?」
世莉架は霧の発生条件を簡単に話す。
「なるほど。やっぱりこの辺りで霧が立ち込めるなんて変だと思った。けど、誰が何のために?」
「それは分からない。けど、こちらに敵意があるようには思えないわ。もしも敵意があるならこの霧を生かして私達を攻撃しているはずだし」
「敵意がないならこのまま進んでいればいつか霧を抜けるってことじゃん」
メリアスの言う通りで、敵意がないならただ進んでいれば良い。という真っ当な意見から世莉架達は霧は気にせず進んでいく。
「……」
だが、おかしい。視程が短いとは言え、多少は周りの景色が見えている。そして世莉架はその異常な記憶力のおかげで一度見たものは必ず忘れない。だから気づく。
「なるほど。敵意がなくても問題ねこれは」
「どうしたの?」
「私達、この霧の異常に気づいた時から前に進んでいないわ。全くね」
「!」
世莉架が全く進んでいないことを伝えると、分かりやすく怯えるメリアス。
「こわ! そういうの一番怖い!」
「多分魔法よね。ハーリア、こういう魔法はどう対処すれば良いのか分かる?」
「……これはただの魔法じゃない。こんなの特殊属性じゃなきゃできないよ。しかも空間操作系の。対処としては単純で、純粋に強力な魔法を撃って空間を支配するための魔力を消したりすれば大丈夫かな」
「なるほど。じゃあハーリアお願いできる?」
「良いけど……セリカはさっき風の魔法使ってたじゃん? まだまだ駆け出しの冒険者、みたいに言ってたけど、本当のところはどうなの?」
土砂に巻き込まれそうになった冒険者達を助けようと的確に風の魔法を放った世莉架だが、そこでハーリアは世莉架が隠している実力をほんの少し垣間見たのかもしれない。
「本当のところ、駆け出しの冒険者よ。風の魔法だけはなんとか使えるようになったの。それじゃあハーリア、お願い」
「……いつか話してね?」
不満げなハーリアだが、魔法の準備をする。
ハーリアは決して鈍いわけじゃない。世莉架と一緒にいて、世莉架が自身の能力を隠しても歴戦の雰囲気を感じ取れるほどに。世莉架の隠す能力はズバ抜けていて、普通は見抜けない。実力を隠すのも上手く、気配を隠すのも上手い。
それでもハーリアは何となく、ほんの片鱗だが世莉架の実力を察していた。
しかし世莉架が依然として隠している。そして何らかの理由で隠されていることを理解したハーリアは、まだまだ話してくれそうにない世莉架に、いつかその理由を話して欲しいと思うのだった。
「風の魔法でいいかな」
ハーリアは風の上級魔法を行使する。ハーリアの前方から凄まじい風が巻き起こり、辺りの霧を飛ばす。
そしてすぐに火の魔法を行使する。
火の魔法は霧が晴れた道を真っ直ぐに進んでいたが、突然何かに当たって爆発した。
それも上級魔法だったため、威力は高い。
「ありがとう、ハーリア。これで進めるようなら空間操作系の魔法を突破できたことになるわね」
一行は進んでみる。すると景色は普通に移り変わっていく。つまり、空間操作系の魔法を突破できたのだ。
「やったわね。お手柄よハーリア」
「あはは、やったね」
「それにしても何だったんだろうね」
「さぁね」
特に気にすることもなく、進んで行く。
そんな時だった。
「ちょっと、困るんだけど」
突然、世莉架達の目の前に現れたのは狩人の服装をしている何者かだった。フードを被っており、顔の半分くらいしか見えない。
実は世莉架はその存在に気付いていた。ただずっと前から気付いていたのではなく、ハーリアが魔法を放つ少し前に気付いたのだ。ちょっかいをかけられる前にさっさとこの場所を離れたいと思っていた世莉架だったが、結局捕まってしまった。
「困るとは?」
「さっきの霧と空間操作は必要なことなの。消さないでくれる?」
「そうは言われても、私達は巻き込まれただけよ」
「そんなの知らないし。勝手に入ってきたあんたらが悪い」
声色から女性であることは分かる。しかし、なかなか面倒臭そうである。
「はぁ、それは悪かったわね。それじゃあ私達は行くわ」
世莉架はさっさと通り抜けようとする。
「待ちなさい。あんたらのせいで魔法をもう一度使わなくてはならなくなったんだから、手伝っていきなさいよ」
「……どれくらいかかる?」
「大してかからないわよ」
恐らく何を言ってもダメだろうと判断した世莉架は渋々手伝うことにした。
その露骨に面倒そうな世莉架の雰囲気に気づいたその女性は不機嫌そうにする。
「何よ。あんたらが悪いってことになったじゃない。これだがら人間は……」
「!」
その言葉は、その女性が人間ではないことを教えてくれた。
体は普通に人間にしか見えない。しかし、フードで隠されたその頭。そこに答えがあると、世莉架は察した。
「貴方、種族は?」
「……何でもいいでしょ?」
素性を隠そうとしていることは分かった。知られたくないのならこちらにちょっかいをかけたり、手伝わせたりしない方が素性を知られる可能性は大分減るのだが。
「そう。それならまず聞かせて欲しいんだけど、どうして貴方はあのような魔法をここで使っていたの?」
「人を探しているの。私の大切な幼馴染の女の子を。でも……」
次第に声が小さくなり、悲しそうな声になったことから、その探している女の子に何か良くないことがあったことが分かる。
「なるほど。それでどうしてここを?」
「ここは私の村からフェンシェント国の首都、アークツルスへ向かうときの最短距離の道なの。だからここに全速力で来て罠を張っていればいつか引っかかると思ったんんだけど……やっぱり、もう遅いのかもね」
「大体わかったわ。貴方の幼馴染の女の子は攫われたのね?」
「そうよ。絶対とは言えないけど、恐らくフェンシェント国の人間にね」
その女性は人間ではないことは分かっている。となると人間に捕えられて奴隷にでもされてしまうのだろうか。
「どうやってフェンシェント国の人間だと思ったの?」
「私の村から一番近いのはフェンシェント国なの。そして奴らはフェンシェント国に存在する闇ギルドの紋章をつけていた。私達は昔からフェンシェント国のその闇のギルドに散々な目に合わされてきたからね。最悪の敵として見ているし、特徴は知っている」
「……ハーリア、知ってた?」
どんなに平和な国だと言われても、やはりどこかに闇は存在する。仕方ないことだとしても、被害に遭う方からすればとんでもない迷惑だ。
世莉架は闇のギルドのことを知っているかハーリアに尋ねる。
「ううん。そんな話は聞いたことないけど……でも、あってもおかしくないと思う」
ハーリアは世莉架によって最悪な闇を見せられたのだ。そんなハーリアからすればどこにでもそのような闇があってもおかしくないと思えるのだ。
「じゃあここで来るかもわからない奴らを待つより、さっさとアークツルスに向かった方がいいんじゃない?」
「……入れない」
「え?」
「アークツルスは色々な人間の国々と比べても平和、かつ別種族の受け入れに寛容な国よ。けどね、数年前に私達の種族と人間が喧嘩をしてね。現在ではアークツルスに私達の種族が入ることは原則的に禁止されているの」
「ということは……!」
ハーリアはその時点でその女性の正体に気付いたようだ。
「面倒ね。というか、そろそろ貴方の正体を見してくれてもいいんじゃない?」
「それならまずあんたらが名乗りなさいよ」
「私は世莉架」
「メリアスだよ」
「ハーリアです」
世莉架達は名乗る。名前も素性もわからないまま話が進むのは色々と分かりづらいからだ。
「私はアリーチェ。アリーチェ・ビガよ。もう気付いていると思うけど、私は人間じゃない。そして基本的に人間を嫌悪している種族である……」
アリーチェはフードを外す。
「エルフよ。誇り高く、決して他の種族になど屈しない高貴な存在」
アリーチェの耳は尖っており、誰もが想像するようなエルフの姿をしていた。肌は白く、髪も白い。間違いなく美少女と言えるほどの整った顔をしていた。耳以外は人間と同じであるのにも関わらず、どこか神聖な雰囲気がある。
「エルフ……そう、本当にいたのね」
「そりゃいるでしょ」
「生憎、私は田舎の出でね。ちょっと世間には疎いの」
「あんたみたいなとんでもない美人がその田舎の故郷を出て冒険者でもやってるっていうの?」
「その通りよ。それでアリーチェ」
「何?」
「耳触らせてくれない?」
「……はぇ?」
世莉架の突然の申し出に、アリーチェは素っ頓狂な声をあげる。
ドラゴンと会った時もそうだったが、純粋な興味と好奇心が今の世莉架を支配していた。
「いいでしょ?」
「な、なんでよ。嫌に決まってるでしょ?」
「何故?」
「同じエルフならともかく、さっき会ったばかりの人間に触らせるなんて絶対嫌」
「触らせてくれたら、アークツルスに一緒に向かってなんとか入れてあげるわ。そして貴方の探している幼馴染の女の子を探す手伝いもする。どう?」
それはアリーチェにとって魅力的な提案だった。現状では全く手がかりが掴めそうにないことくらい、アリーチェにも分かっていた。このまま霧と空間操作で闇のギルドの人間を探し続けてもあまり意味がないだろう。しかし現在ではエルフはアークツルスに入れない。だが、世莉架達の力添えがあればなんとかなるかもしれない。
「本当に手伝ってくれるんでしょうね?」
「えぇ。人間の言うことなんて信用できない、と切り捨てるのならそれまでだけどね」
「ぐ……」
世莉架の言葉に悩むアリーチェ。
「はぁ、分かったわよ。実際私一人じゃどうにもできなかったろうしね。ほら、さっさと触りなさい」
「それじゃ遠慮なく……」
世莉架は心なしかウキウキした様子でアリーチェの耳を優しく触る。
「ん……」
「凄いわ。ピクピク動くし、柔らかい。神秘ねこれは」
「ちょ、ちょっと触りすぎじゃない?」
「まだまだよ」
アリーチェはくすぐったいのか、体をよじっている。息も荒くなっており、なんだか扇情的な光景にハーリアとメリアスはなんとなく目を背けた。
堪能した世莉架は満足気な顔をしてアリーチェの耳から手を離した。
「ありがとう。耳を触れたことだし、ちゃんと手伝うから安心して。二人も、いいわよね?」
「世莉架が決めたのならそれで良いよ」
「私も」
ハーリアとメリアスも賛同してくれたようで、世莉架達はアークツルスに四人で向かうことになったのだった。




