プロローグ
ある女はいつも通り日本の首都、東京の都会を歩いていた。
緩やかに、そして美しく。その姿を見た人々は皆同じく見惚れていた。
女性にしては高い百七十センチメートルの身長。同性であっても惚れ惚れしてしまうような美しく艶やかな黒と赤が混じったような長い髪。全てを見下ろすような眼は赤く、神秘的だ。白いトップスに黒いショートパンツ、茶色の高そうなブーツ、黒い高そうなバッグを片手に優雅に歩く。そんな彼女は、まだ十八歳の大学一年生だ。それも、都内一の学校である。
彼女はふと進路を変えた。その時、周りの人々は彼女の動きを認知できなかった。いつの間にかその場から消えていたのだ。まるでそこに元々いなかったように。霧のように消えた。
そんな彼女はビルとビルの隙間、つまり路地裏にいた。その中を堂々と歩いて行く。
やがてある扉の前に着く。その扉には鍵がかかっていたがその女はバッグから何かを取り出し、鍵穴に挿し込む。すると一瞬で開錠された。
扉を開ける直前、ポケットから取り出したスマホを素早く操作した。
そしてそのまま建物内に入って行く。
「な、なんだ!?」
男の声が響く。女は通路を歩いて行った先にある扉を開けた。そこには二人の男がいた。
その男達は心底驚いた様子で女を見ていた。
しかし、その女のあまりの美しさに硬直する。ほんの少しの硬直の後、男達はそんな極上の女を前にして下卑た笑みを浮かべる。
だが男達は女が入って来た瞬間に逃げるべきだった。そうすれば数秒は長く生きられただろう。
「は……?」
男達は訳もわからず絶命した。女の手には小さいナイフ。そのナイフには血が滴っていた。
「さて……帰りましょうか」
女は凛としたこれまた美しい声でそう呟き、踵を返していった。
女は都内の高級マンションの自室にいた。
高級な紅茶を取り出し、優雅に飲む。
「相変わらず綺麗な景色……さて、明日はどうしましょうか」
女は都内の景色を見てから目を閉じる。次の日に何をしようか考えながら。
「……?」
しかし、何か違和感を抱いた。スッと目を開ける。
「何……?」
特に変わったことはないように思える。しかし、この日から毎日少しずつ、少しずつ妙な感覚が女を襲った。
「疲れているのかしら」
流石におかしいと感じたのか、自宅の椅子に座ってため息をつく。毎日、何らかのタイミングで視界が一瞬歪み、ここではない謎の空間が目の前に現れるような感覚になる。
疲労からくる何かだろうと思い、女は病院にもいったが何の異常もなし。深く考えてもどうしようもない類のものと思い、女は自宅の椅子に座り、目を閉じた。
「!」
その瞬間、明らかに今までとは違う強い違和感を感じた。目を開けたくても開けられない。しかし、女は冷静に自分の手荷物を感覚で掴み、なんの淀みもない動きで中から武器を取り出そうとした。敵の攻撃の可能性を考えたのである。
しかし、突然目が開いた。思わず荷物を手から落としてしまった。
「ここは……」
そこは黒い空間。自分は簡素な椅子に座っている。真っ暗なはずなのに自分の姿はハッキリ見えた。更に自分の前にも一つの椅子があることを確認した。
明らかに普通ではない、異常な状況。しかし、女は至って冷静。これっぽっちも心拍数は変わらない。
すると目の前にある椅子に誰かが近づいていくのが見えた。
それは白いワンピースを着たミディアムヘアの金髪の女性。その女性は椅子に座り、向き合った。
「どうも。これからよろしくね? 冥条世莉架」
そう言ってクスリと笑った。落としたはずの荷物は、どこにも無かった。