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第九十一話【"またね"】

――――――


――――


――


 次の日の早朝、俺たちはある物を見る為とある場所に来ていた。

 空は青みを帯びてきており、鳥もぽつぽつ鳴き始めた時間帯だ。

 ニーナやキューちゃんは少し眠そうにしている。風は穏やかだが、ちょっと肌寒い。


「ねえパパ、何が見れるの?」


 キューちゃんを構いながら、ニーナが待ちくたびれ様子で一言。

 まあここまで来るのは大変だからな、なんでこんな所に来たのかって思ってるかもしれない。

 でもどうしても最後の思い出に、このメンバーでこれを見たかったのだ。


「もう少しだ、そろそろ始まるぞ」

「うーん……?」


 俺が手すりに手をかけてその方向をじっと眺めていると、ニーナやキューちゃんも真似して見始める。

 時間的にはそろそろなはずなんだが……おっ、始まったな。


「……! わあぁ……!」

「きゅ……! きゅっきゅー!」


 その光景に、二人は眼を奪われていた。

 ニーナは目を輝かせ、キューちゃんはその場でぴょんぴょんと跳ねている。

 雄大な山脈の合間から現れる日の光が、アロットの街並みをゆっくりと照らしていく。

 アロットの一日の始まり。大風車で見るそれを、彼女達にも見せたかったのだ。


「パパっ、すごい! とってもすごい!」

「きゅぅーっ!」


 二人はその景色にとても感動しているようで、かなり興奮気味。


「来て良かっただろ?」

「うんっ!」


 元気よく頷くニーナを見て、俺は笑みがこぼれる。

 彼女はキューちゃんに話しかけて、その景色の感想を共有しようとしている。

 まあ、キューちゃんはきゅうきゅうとしか鳴けないのだが……しかし何となく会話が出来てそうだから面白い。

 確実なのは、二人とも笑い合い、とても嬉しそうにしていること。連れてきて正解だったな。


 日が見え始めてから、俺たちはしばらく景色を眺めていた。

 風は変わらず穏やかで、日の光が心地よい暖かさを提供してくれている。


「なあ、ニーナ、キューちゃん」


 穏やかな時間が流れる中、俺はふと、彼女達に声をかけた。

 二人は景色を見ながら、言葉に耳を傾けている。


「別れるのは寂しいか?」


 そう言うとニーナは俯き、表情に影を落とす。

 キューちゃんも言葉を理解しているのか、少し悲しそうだ。


「……うん」

「きゅ……」


 俺の問いに、二人は正直に答えた。

 そりゃ寂しいだろう、いつも一緒だったのだから。


「確かに、別れは辛いかもしれない。でもな二人とも──この別れは永遠じゃない。生きている限り、きっとまた会える」


 そう、ただ一時的に別れるだけ。それだけの事。

 俺は何となく、"あの子"の事を思い出しながら語っていた。


「だから"さよなら"ってのは無しだ。離れててもきっと、繋がりは消えないはずだから」


 きっと今回も、永遠に別れるわけじゃない。

 キューちゃんが飛べるようになったら、また会えるだろう。

 その日までの一時的なお別れだ。


 ニーナとキューちゃんがこちらを見上げている。

 表情は少しぎこちなかったが、何かを感じてくれたようで。


「……うんっ」

「きゅっ!」


 と、頷いて俺に返事を返してくれる。

 仲間の門出を、日の光が暖かく照らしてくれていた。


                  ◇


 数時間後、アロットの広場にて。

 俺たちが乗る馬車の周りには人だかりが出来ていた。住民総出の見送りである。

 その中には母グリフォンが居て、その隣にはキューちゃんが。


「いやあ、本当に世話になったよ英雄君! 報酬は馬車に乗せてあるからねっ!」


 やけにテンションの高い町長と握手を交わす。聞いた話だと鎧の設計図が出来たらしい。

 一晩で設計図を書いてしまうって凄いな……というかこの人、寝てるのか?


「こちらも世話になった、快く迎えてくれてありがとう」

「またアロットに来てくれたまえ、歓迎しよう!」


 力強くぶんぶんと手を振り回される。

 本当に今日はテンション高いな……やっぱり徹夜してないかこの人。


「私からも、息子が今まで本当にお世話になりました」


 町長から解放されると、今度は母グリフォンがこちらを見て話し始めた。

 キューちゃんは隣で大人しく尻尾を振っている。この前みたいに駄々をこねる真似はもうしない。


「攻略の件、そしてアクセサリーの件……是非とも任せてください」

「ああ、何から何までありがとう」

「いえいえ、これでも礼は足りないぐらいですから」


 母グリフォンは穏やかな口調でそう言ってくれる。

 本当に彼女には世話になるな……迷宮攻略の無事を祈ろう。


「きゅうっ! きゅきゅっ!」


 首に巻かれた赤いスカーフを揺らしながら、今度はキューちゃんが俺に話しかけている。

 ……うん、さっぱり分からんが、とにかく何かを伝えたい様子だ。

 それを見て母グリフォンは微笑むように笑っていた。


「……ふふ」

「えっと、なんて言ったんだ?」

「"ニーナ嬢をよろしく頼む、ジム殿"と。全くこの子ったら」


 ……キューちゃん、初めて知ったがなんていうかこう……口調が渋いんだな。


「そろそろ出発しますよ、ランパートさん」


 御者が俺たちを呼びに来る。もう出発の時間か。

 ニーナを馬車に乗せ、俺も荷台に足をかける。出発を察した町民が俺たちに声をかけた。


「ありがとな、英雄さん!」

「是非またパンを買いに寄って下さいね!」


 ……あ、パン屋の看板娘も手を振ってくれている。

 美人な子に見送られるのは悪いもんじゃないな、俺は笑って手を振り返した。


「じー……」

「ん、どうしたニーナ?」

「なんでもない」


 俺が馬車に乗りこむ時、何故かニーナはちょっとむすっとしていた。……何故だ?


 大勢が見送る中、馬車はトランパルへと向けてゆっくりと動き出す。

 ついに別れの時が来た。色んな事があったが、良い町だったな。

 人々の姿が少しずつ小さくなっていく。グリフォンも、キューちゃんも。


「……キューちゃんっ!」


 ニーナが荷台から身を乗り出して、キューちゃんに向けて叫んだ。

 呼ばれたキューちゃんは少し前に走り出し、途中で止まる。

 やはり、いざ別れとなると辛いもの。二度と会えないわけじゃないが、寂しいのには変わりない。

 ……だが。


「──またねーっ!」


 誰からも見えるように、小さなグリフォンにも見えるように。

 ニーナは手を大きく振って、別れを告げる。


「きゅうーっ!」


 キューちゃんもそれに応えるように声を張り上げて。

 ぴょんぴょんと飛んで、翼を手の様に羽ばたかせていた。


 キューちゃんの姿が見えなくなるまで、ニーナはずっと手を振り続けていた。

 そして見えなくなると、にこやかな表情で席へと座る。

 別れの涙はもういらない、きっとまた会えるはず。ニーナは強くそう信じているのだろう。


「キューちゃん、早く飛べるようになるといいね!」


 だからなのか、ニーナは嬉しそうにそう笑っていた。


「……ああ、そうだな」


 俺もその笑顔に微笑んで返す。

 きっとまた会えるだろうと、そう信じて。


                  ◇


 アロットを出て数日後、俺たちはトランパルの城郭が見える位置まで来ていた。

 別れの寂しさもどこへやら、ニーナは鼻歌を歌いながら余った魔法紙に絵を描いてる。

 ちょっと覗こうとしたらダメ! と言われて隠されたので見ないようにしているが……一体、何を書いているのだろう。


 まあさておき、変わった事はそれ以外特にはない。

 強いて言うならば、トランパル行きの馬車が多いような気がする。

 いつもは混むような道じゃないんだけどな……どうしたのやら。


 トランパル内へと入ると更に違和感を感じた。

 妙に騒がしいというか、お祭り騒ぎというか。

 一体何があったのやら? と、俺たちはギルドへと帰還する。


「……あっ、ジムさん丁度良かった! 戻ってこられたんですねっ!」


 帰って来た俺たちを見つけたシエラが走ってこちらへと向かってくる。

 転びそうになっているのは相変わらず。そんなに慌ててどうしたのだろう。


「ただいまシエラ、何かあったのか?」

「何かどころじゃありませんよっ! 緊急事態というか……待ちに待った"アレ"が街の近郊に現れたんです!」


 アレ……? 俺がいまいちピンと来ていないと、矢継ぎ早にシエラが答えた。


「──"黄金の迷宮"ですっ!」

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