第九十話【オッサン、街に帰還】
数十分後、グリフォンの巣が見えてきた。
俺たちに気がついたニーナが手を振って迎えてくれる。
彼女の笑顔に少し癒されるものの、アクセサリーのことがあって素直に笑えなかった。
それに、クィスルの言葉を理解した俺は、余計分からなくなってしまった。
クィスルが何か知っている素振りだったのを覚えているし、嘘をつく道理もないのも分かっている。
しかし、まさかニーナが神様の子供だなんて……信じられるだろうか?
謎の多い迷宮で、子供が転移してくると言うのも信じがたいことだったが、神話に出てくるような人物の、しかもその子供だなんて、いくらなんでも非現実的すぎる。
……いや、迷宮の存在自体が非現実的か。
迷宮には、何か架空の物を作り出す能力でもあるのだろうか? 遺物はその産物?
それとも、本当にカルーンを始めとする大五神が存在し、かつ何処かに住んでいるのか?
思考は堂々巡りをして、一向に答えを導きだせない。
ニーナ……お前は一体……?
「大丈夫ですか、人間よ」
はっと気が付くと、既に母グリフォンは巣へと降り立っていた。
ぼーっとしていた俺を、ニーナとキューちゃんが不思議そうに首を傾げて見つめている。
「あ、ああ、すまない、疲れてるのかもな」
俺は急いで彼女の背から降り、駆け寄ってくるニーナとキューちゃんを見据えた。
「パパおかえりっ!」
「きゅうっ!」
元気よく迎えてくれる二人の顔を見ていると、疲れが飛ぶな。本当。
俺はぽんぽんと二人の頭を撫でてやった。
「ああ、ただいま。ニーナ、ちゃんといい子にしてたか?」
「うんっ! あのねあのね、キューちゃんのパパのせなかにのせてもらったんだよ!」
眼をキラキラさせながら嬉しそうに語るニーナ。
父グリフォンの方へと眼をやると、少しぐったりとした様子。
こりゃおもちゃにされてたな……ちょっと申し訳ない。
しかし、ちょっとアクセサリーが無くなったって言いにくい状況だな……。
……いやいや、キューちゃんの時に学んだろ、先延ばしはよくないって。
「あー、ニーナ。喜んでる所悪いんだが……」
「なーに?」
意を決して俺はニーナに測量中に起きたことを話し始める。
最初はかなりショックを受けたみたいで、残念そうに俯いてしまった。
しかし、グリフォン達に取り戻してもらうようにお願いしたと伝えると。
「キューちゃんのママさん、その……どうかよろしくおねがいしますっ」
と、母グリフォンに頭をぺこりと下げる。
母グリフォンはわかりましたと頷いて、ニーナに微笑む様子を見せてくれた。
「期待に添えられるよう頑張らないといけませんね……おや」
キューちゃんの父が母グリフォンに向かってくるるっと鳴き始める。
彼女はその声に応え、何度か鳴き声を交わす。どうやら会話しているらしい。
「……ふむ、人間よ。こちらの準備は出来たみたいです」
「じゃあ後はアロット側と交渉するだけだな」
「ええ、早速行きましょうか」
と、母グリフォンは俺とニーナに背に乗るよう促した。
「ニーナ、行こうか」
「うんっ」
ニーナは元気よく返事をしてグリフォンの元へ。
流石に彼女が自力で登るのは無理なので、俺が手伝う。ニーナを抱っこしてグリフォンへと乗せた。
俺も乗るか、とグリフォンに手を伸ばした時。
「……きゅっ!」
キューちゃんがこちらへと駆け寄って来たのだ。
まるで行くなと言わんばかりに、キューちゃんにズボンの裾を引っ張られる。
いや、これは連れていけと言っているのだろうか?
「……なあグリフォン」
「ええ大丈夫です、息子も乗せていきましょう」
母グリフォンは快く了承してくれた。ありがたい。
俺はキューちゃんの頭を撫で、持ち上げてグリフォンの背に。
ニーナは何も言わず、キューちゃんをわしゃわしゃと撫で始める。
仲睦まじそうにしているのはいつもの様子と一緒だが、何となくその行為には少し悲しみが混じっている様子だった。
全員が母グリフォンの背に乗ると、彼女は父グリフォンと何度か鳴き声を交わす。
どうやら留守番を頼んでいるらしい。大変だなお父さんも。
そしてそれが終われば翼を動かし、空へと羽ばたいた。
目的地はアロット。……別れの時も近い。
◇
夕日が沈もうとしている頃。
少し冷たい風を浴びながら、アロットの広場へと着地する母グリフォン。
突然現れたグリフォンに町民は驚き、距離を取るも。
「……ああ、英雄殿だ! 英雄殿が背に乗ってる!」
と、俺に気づいた町民の一人が駆け寄ってきた。
それにつられて町民たちが集まってきて、いつの間にかグリフォンの周りに人だかりが出来ていた。
「やあやあ、英雄君!」
俺が降りた直後、人だかりの中から町長の声が聞こえてくる。
一体どこに……ああ居た、変なゴーグル付けてるからすぐに分かった。
彼女は人混みをかき分けながらこちらへと歩いてくる。
「すまない通るよ! ……っふう、やっと落ち着ける」
彼女は人混みから抜け出すとゴーグルを外し、手を差し伸べてきた。
俺はそれに応えて握手を交わす。
「お疲れ様、英雄君! 無事に戻ってきてくれて嬉しいよ! いやあしかし、グリフォンに乗って戻ってくるとはね!」
「どうも町長さん、地図は無事に描き終わったよ。それに良い報告があるんだ」
「良い報告?」
俺は地図を手渡しながら、グリフォンが渓谷攻略に手を貸してくれる事を話した。
町長は驚き、考える素振りを見せる。
グリフォン達が力を貸してくれるならすぐに攻略に乗り出せるだろうし、悪くない提案だとは思うが……。
「……町長」
深く考えている町長に向かって、母グリフォンが口を開く。
「私は怒りのあまり、多くの人間に迷惑をかけてしまいました……攻略の前線に立つことで、その償いをさせて欲しいのです」
「ふむ」
母グリフォンは申し訳なさそうな声で町長へと話している。
町長は顔色一つ変える事無く、母グリフォンをじっと見つめていた。
やはり今まで迷惑をかけられていた相手、簡単に許す事は出来ないか……と思っていたが。
「よし決めた、真鍮製にしよう」
「……え?」
ぱちんと指を鳴らす町長に呆気にとられる母グリフォン。
周囲の人間も互いに見合ったり少し首を傾げたり、理解が出来ていない様子だった。
そんな中、町長はうきうきとした様子で語り始める。
「君達に着せる鎧の話さ、グリフォン君! 実用性を考えるなら鋼鉄だろうが、それじゃあ見た目が味気ない。金色に輝く鎧を纏った空を覆う軍勢、相手からしたらまるで神の使いの様にも思えるんじゃないかい!?」
「……あの、承諾してくれる……という事でしょうか」
「承諾? ああもちろん、助けてくれるなら是非お願いしたい。それよりも寸法を測らせてくれないか!? かっこいい鎧を作るぞーっ!」
「は、はあ……」
この人、本当に自由だな……まあ交渉は成功、でいいのか?
周りの住民たちも町長が言うならと頷いている。相変わらず町長は真鍮大好きだな、なんて声も。
とりあえずは大丈夫そうだ、よかったよかった。
「ええと、どうやら私は暫く離れられないようです」
「ハハ……そのようだな」
町長にぐるぐると回られて、困惑気味の母グリフォン。
まさかこんな事になるとは思いもしなかっただろうな……。
「なあ町長さん、寸法はどれぐらいで終わるんだ?」
「いい質問だ英雄君! 街灯が点く頃には終わるだろう!」
つまり夜まで掛かるか……。
となるとグリフォン一家もアロットで一泊しないと駄目だろうな。
「グリフォン、一泊ぐらい大丈夫か?」
「ええ、お邪魔でなければ私もお願いしたいです。夜の飛行は危険ですから」
「そうか、分かった。……その、キューちゃんなんだが」
「分かっていますよ、明日までは一緒に居てあげて下さい。息子も喜びますから」
ありがたい事に、母グリフォンは優しい声でそう言ってくれた。
これでもう少しは思い出作りが出来るだろう……と言っても時間的に後はご飯を食べて寝るだけなんだが。
……ああそうだ、明日の朝に行くべき場所があるな。
「町長、後はよろしくお願いします」
「ああ! 好きにしてくれたまえ!」
もはや俺に興味は無い様だ……なんか複雑だが、まあいいか。
「ニーナ、キューちゃん、宿に向かおうか」
「はーいっ!」
「きゅーっ!」
二人はいつも通り元気よく返事をする。まだまだ一緒に居れて嬉しいらしい。
でも今日は早めに寝かしつけなきゃな。是非とも"アレ"を見せてやりたい。
俺はアレを見た時の彼らの表情を想像しながら、宿へと向かった。





