第八十九話【オッサン、食事休憩】
「──あれがハーピィの巣ですね。先ほども言った通り近づきはしませんが」
「ああ、分かってる。……しかし渓谷の最深部にこんなものがあったとは」
俺は地図を書き終え、羽根ペンと書いた地図をカバンにしまう。
眼前に見えるのは、いくつもの木材が折り重なって出来た巨大な巣。
渓谷を跨ぎ、まるで蜂の巣の様にも見えるそれは、クイーンハーピィの住む居城であり、迷宮の守護者が居る最深部だ。
場所的にもクイーンが守護者である事は間違いないだろうな……。
あの後、渓谷に沿って進んだ俺たちは迷宮の最深部へと到達していた。
洞窟を除けばここまで一本道だったし、迷宮というのもおかしな話だが……まあ、迷う事が無いから安心だな。
とにかく、この渓谷の地図は書き終えた。俺の任務も無事完了というわけだ。
「近場の岩場で偵察も兼ねて少し休みましょう、ハーピィがどれだけ行き来しているのか気になります」
「ああ、分かった」
母グリフォンの提案で、巣からほど近い岩場に降り立つ。
巨大な岩が積み重なり、ちょっとした空洞が出来ている。隠れるのには最適だ。
母グリフォンも座って身を隠しつつ、空を行き来するハーピィ達を監視し始めていた。
俺は改めてカバンの中身を整理し始める。急いでたから荷物を詰めっぱなしだった。
ニーナの荷物もあってカバンはパンパンだ。少し減らしたいところだが……っと、これは。
紙袋に包み込まれたそれを手に取り、中身を確認。持ってきてたアロットのパンと羊の干し肉だな。すっかり食べるのを忘れていた。
丁度いい、ここで消費していくか……ああそうだ。
「グリフォン、これ食べるか? 新鮮な獲物じゃないが」
「ありがとうございます、頂きます」
母グリフォンはこちらへと嘴を近づける。俺は拳大ほどの干し肉をその嘴に咥えさせた。
グリフォンはそのまま口の中に入れて、飴玉の様にコロコロと舌で転がしている。
「ふむ、変わった味がしますね」
「もしかしたら味付けがされてたかな……気に入らなかったか?」
「いえ、中々美味しいです。息子もよくこれを食べてたのですか?」
「そうだな、一緒に迷宮を探索する時はその干し肉を食べていた。生肉は腐るし……」
「なるほど……良ければ息子との冒険を聞かせて貰えませんか」
母グリフォンは興味深々な様子で俺に聞いてきた。俺はそれに快く応えて今までの冒険を語り始める。
キューちゃんとの出会い、迷宮探索、街での出来事。懐かしみつつ、母グリフォンにそれらを語った。
彼女の反応は驚きと息子の成長を喜び、俺に再び感謝をしてくれた。
岩場でちょっとした食事休憩。思い出話や雑談も弾むというもの。
ニーナの事やトランパルの人たちの事を話したり、ロシナ山脈の事についての事を聞いたり。
実に有意義で、のんびりとした時間が過ぎていった。
「そういえばキューちゃん……貴女の息子は、巣に居た時どんな感じだったんだ?」
「生まれた時からとても元気な子でした、よく食べ、よく鳴き、よく遊び……本当にいろんな表情を見せてくれたのです」
しみじみとした様子で語る母グリフォン。きっとその頃の事を思い出しているのだろう。
キューちゃんを見つけてから二、三ヶ月は経つし、居なくなって心配だったろうな。
「そうそう、息子にはよく、私の一族に伝わる歌を歌ってあげてました」
「歌?」
「ええ、寝付けない時とかよく歌ってあげたのですよ、こんな風に」
そう言うと、母グリフォンは目をつむって歌を歌い始めた。
それは優しい子守歌のようなもの。言語は分からないが何だか癒されるな。
「"アユ・ウェー・フブ・クルゥラ・ブルェーズィ"……」
ん、何だ? ……何処かで聞いたようなフレーズが混じったような。
「歌ってる最中すまない、その言語は一体なんの言語だ?」
「"リロゥ・リロゥ"……ああ、この言語ですか? 大昔に消えてしまったドラゴンの言語ですよ。私も完全に意味を理解している訳ではありませんが──」
「……! 古ドラゴン語!」
けろっと言いのける彼女に驚きを隠せないが、なんとも以外な所で出会ったものだ。
一族に伝わる歌と言っていたが……子守歌としてずっと残っていたんだな。
「なあ、少し古ドラゴン語が読めたりしないか?」
「ええ、しかし本当に少しだけですよ? どうしたのです?」
「いや、古ドラゴン語をこの渓谷内部の洞窟で見つけてな……これだ」
俺は急いでカバンの中を漁り、ドラゴン語が書かれた魔法紙を取り出す。
そしてグリフォンの方へと掲げ、その文字を見せた。
彼女は興味深そうにその文字を見つめている。何か分かるといいのだが。
「"クルゥラ"……"クルゥーン"……ああ、なるほど。このフレーズは神を賛歌するフレーズですね」
「凄いな、分かるのか」
「ロシナ山脈の岩場にも、こういったフレーズが崖や洞窟に隠れて書かれているのです。私も幼い頃、母に意味を聞きました」
他にもあるのか……というと、この辺りにはドラゴンが居たのだろうか?
「という事は、ロシナ山脈にはドラゴンが居るのか?」
「居たという表現が正しいですね。大昔、ここは人間に迫害されたドラゴン達が隠れ住んでいたのです。このフレーズも、神に助けを求める意味を込めて書かれたものでしょう」
なるほど、あの洞窟は小さなドラゴン族の隠れ家だったのかもしれないな。
ワイバーン程の小さなドラゴンなら、あの洞窟も納得だ。
「実を言うと、私の祖先はドラゴンと結ばれた者が居ました。恐らくその時に子守歌や古ドラゴン語を授かったのでしょう」
「なるほど……その喋れるのもドラゴンの影響だろうか?」
「恐らく、私の一族には私のような魔力に富んだ者が生まれる事があったので、ドラゴンの血がそうさせているのでしょうね」
身体的な特徴は無いが、ドラゴンの血を受け継ぐグリフォンか……なんだか話が壮大になって来たな。
という事は、キューちゃんも成長したら喋れたりするのだろうか?
……おっと、脱線してしまったな。本題に入らないと
「グリフォン、その"クルゥラ"とか"クルゥーン"ってどういう意味なんだ?」
「"クルゥラ"は神、神々を意味する言葉、"クルゥーン"は主神を意味する言葉ですね。それがどうかしましたか?」
神と、主神……つまり、大五神とカルーンの事か?
これでとりあえず文章は解読できるだろうが……ええと──。
『"クルゥーン・リロゥ・セン・ズィ・クルゥラ・セン"、"ンノゥ・ニールーン・セン"』
クィスルが言っていたこの文章を翻訳すると。
『主神・幼子・技能・ズィ・神々・技能、否定・人間・技能』
ズィは分からないが、恐らく接続詞か何かだと仮定するとして。
つまり……それっぽく直せばこういう文章になるか。
『カルーンの子供のスキルは神々のスキル、人間のスキルではない』
これがクィスルの言っていた、ニーナに関するヒントだが……。
つまりあの水晶龍は、ニーナが"神様の子供"だと言いたいのか?
しかも主神の、"カルーンの娘"だと? まさかそんな……。
「大丈夫ですか、人間よ? 顔色が優れないようですが」
「ああ……ああ、大丈夫だ」
あまりにも突拍子もない話に頭を抱えてしまう。
カルーンは神話の存在、実在しないはずだ。しかしクィスルが嘘をつく理由が分からないし、思えない。
どうせ分からないとからかわれたのか? いや、ありえないか……。
「空が騒がしくなってきました、見つかる前に立ち去りましょう」
「……分かった」
……とにかく、言葉の意味はまた後で考えよう。今は目の前のことに集中だ。
俺はカバンに魔法紙をしまうと、急いで母グリフォンの背に乗る。
そして、ハーピィたちに見つかる前に飛び立ち、巣へと戻り始めた。
ニーナがカルーンの子……馬鹿げているかもしれないが、完全に否定が出来ないその事実。
新たな情報で解決するかと思いきや、謎は深まるばかりだった。





