第八十七話【オッサン、グリフォンの巣へ】
「きゅっきゅー!」
母グリフォンの背から、キューちゃんがぴょんと飛び降りる。
枯れ草で出来た巣は丁度いいクッションになって彼を受け止めた。
着地するや否や、キューちゃんは母グリフォンへとすり寄って甘えだす。
親と再会できて嬉しいんだな……と、その光景を見た俺は頬が緩んだ。
俺たちは今、母グリフォンが作った巣の中にいる。
助けられた俺とニーナはまず、彼女の巣に運ばれてきた。
その後、母グリフォンはキューちゃんを迎えに行き、今に至る。
渓谷の迷宮から程近い、切り立った崖の上に作られた巨大な巣。
グリフォンは決まった場所に巣を作り、それは世代を超えて受け継がれていく。
この巣がどれほどの年月を重ねてきたから分からないが、かなり歴史のあるものなのだろう。
「改めまして、私の巣へようこそ」
俺がキョロキョロと巣を見ていると、母グリフォンが声をかけてくる。
声と言っても口を開かずに発せられるもので、なんとも妙な感じだ。
恐らく魔法の類だろうが、魔法を使うグリフォンなど聞いたことがない。
「全て息子から聞きました、貴方がたが息子を助けて下さったのですね」
「きゅうっ!」
母グリフォンがそう言うと、キューちゃんも元気よく声をあげる。
どうやらこちらへと来る最中に、キューちゃんが全て話してくれたようだ。
彼女が発する声は優しいもの、敵意は一切ない。
「なんと礼を言ったらいいか、息子を保護して下さってありがとうございます」
「こちらこそ、俺たちを助けてくれてありがとう。九死に一生を得たよ」
彼女がいなければ俺は今頃、谷底で死んでいただろう。
命の恩人である彼女に、俺は改めて礼を言った。
「しかし、どうして俺たちを助けてくれたんだ? 憎き人間だろうに」
「息子の声を聞いたのです、"誰か助けて"と。落ちてゆく貴方たちと、それを見る息子を見た時、全てを理解しました。息子にとって貴方たちは大事な人間なのだろうと」
……本当、キューちゃんに救われたな。
「特に息子は、その少女の事をしきりに気にしていました。よほど大切な友達なのですね」
そう言われて、俺は腕の中でまだ目を覚まさないニーナの方を見る。
落下のショックは大きかったらしく気絶してしまったが、命に別状はない。本当に良かった。
「ああ、凄い仲良しなんだ。いつも一緒に街を歩いて、まるで本物の姉弟みたいで……」
俺はニーナとキューちゃんが一緒に過ごしてきた時間を思い出す。
助け出した時から今までの様々な思い出が鮮明に蘇り、俺は非常に懐かしい気持ちになった。
……同時に、キューちゃんとの別れが迫ってきている事も実感する。
キューちゃんを預けてくれと頼もうとも思った。仲の良い二人が別れてしまうのは非常に辛いことだ。
しかしキューちゃんが母親に甘える姿を見て、その間を裂くことなど誰が出来ようか。
俺達は彼を保護していたにすぎない。彼は母親の元へと戻るべきなのだ。
「貴方の苦悩は分かります、人間よ」
気付けば黙ってしまっていた俺に、母グリフォンが声をかける。
「息子にも頼まれました、貴方たちのそばに居させて欲しいと」
「キューちゃんが?」
「はい、貴方たちと別れるのは辛いと息子は言いました。もう少し長く一緒に居させて欲しいと」
キューちゃん、母親にお願いしていたのか……嬉しいけれど、母親の事を考えると複雑な気持ちだ。
母グリフォンもまた、悩んでいる様子で言葉を続けた。
「……しかし、息子はもう飛ぶ訓練を始めなければいけない時期。今を逃してしまっては、一生飛べないグリフォンになってしまう」
彼女曰く、グリフォンはその巨体を持ち上げる為にも飛ぶためにかなりの訓練を要する。
幼少期からその訓練を積まなければ、翼が退化してしまうとのこと。
飛べないグリフォンが自然界を生き抜く事は難しい。そうなるとキューちゃんを自然に返す事が出来なくなる。
「空を飛ぶことも出来ないまま一生を終えるなど、あまりにも可哀想ではありませんか。それが息子のことなら、なおさらのこと」
「……そうだな、その通りだ」
キューちゃんの気持ちは嬉しい。けれど、彼には空を飛べるようになってほしいのだ。
俺がキューちゃんに声をかけようとした時、腕の中で気絶してるニーナがもぞりと動いた。
「んん……わあっ!? あっ、あれ、パパ……生き、てる?」
びっくりした様子で立ち上がるとキョロキョロと辺りを見回し、俺がまだ生きていることを確認する彼女。
そしてすぐに涙目になって、ぎゅっと抱きついてきた。
「パパ……パパぁぁ……こわかったぁっ……!」
体を震わせて涙を流すニーナ。俺は無言で微笑むと、彼女の頭をポンポンと撫でてやる。
本当、酷い目に遭った……今回ばかりは駄目かと思ったな。
「パパ、生きてるよね……夢じゃ、ないよね……?」
「ああ、夢じゃないさ。キューちゃんのお母さんに助けて貰ったんだ」
ニーナが母グリフォンの方へと視線を向ける。
俺から離れてごしごしと涙を拭き、母グリフォンへと向かってぺこりと頭を下げた。
「あのっ、あの……! たすけてくれて、ありがとうございますっ!」
心の底から感謝しているらしく、しばらく頭を上げずにお辞儀の姿勢を保つニーナ。
そんな様子をみて、母グリフォンはふふっと微笑むように笑った。
「きゅーっ!」
「わわ、キューちゃんっ!?」
ニーナが頭を上げたのを見るや否や、キューちゃんが彼女に飛びついた。
きゅっきゅとしきりに鳴いて、ニーナの周りをくるくると回っている。
その様子を見てニーナもくすっと笑い、キューちゃんを捕まえようと追い始めた。
先ほどの涙は何処へやら、いつものように楽しそうに遊び始める二人。
巣の中が賑やかになり、微笑ましい光景が繰り広げられる。
「ふふ、本当に仲が良いんですね」
母グリフォンがその様子を微笑ましく見ている。
……本当に仲が良いよな、ニーナとキューちゃんは。
でも、これが最後かもしれないと考えると……切ないな。
あの子達が遊び始めたのも、それを悟っての事なのかもしれない。
「なあ、グリフォン」
「分かっていますとも、彼らの好きにさせてあげましょう」
「……助かるよ」
ありがたい事に母グリフォンは快く頷いてくれた。
ニーナとキューちゃんの最後かもしれないこの時間、少しでも長く一緒に居させてやりたかったのだ。
親の会話を気にする事もなく、二人は遊びに夢中になっている。
……ああ、本当、良い姉弟のようだ。微笑ましいな。
しばらくは母グリフォンと話でもしながら、彼女達の様子を見守る事にしよう。





