第八十六話【オッサン、洞窟探索】
相変わらず洞窟は狭く、非常に進みにくい。
ニーナやキューちゃんはまだ平気だろうが、大人が歩くにはちと辛い場所だ。
幸いにも、洞窟内部ではまだ魔物とは出会っていないが、用心するに越したことはない。
物音をすぐに聞き取れるように、俺たちは出来るだけ静かに歩みを進めていた。
この洞窟は自然に作られたにしては不自然で、迷宮に巻き込まれた坑道の一部かと思ったらそうでもない。
魔物に作られたと考えて良いだろうが、作ったと思われる魔物の影が一つも見当たらない。
こういう洞窟を掘る魔物といえばゴブリンやコボルドなど小さな亜人族だが、だとすると生活の跡があってもいい筈だ。
もう少し奥を探索すれば何か見つかるのだろうか……?
ニーナにカンテラで辺りをよく照らしてもらいながら、俺は洞窟内部の地図を描いていった。
「……とってもしずかだね、パパ」
ニーナがひそひそ声で話しかけてくる。
感覚が鋭い彼女がそう言うのだから、本当に何も居ない可能性が高いな。
「ああ、安心して進めそうだな……でも罠があるかもしれないから注意しよう」
「うんっ」
だがこの洞窟が人為的なのは確か。作動していない罠がどこかにあるかもしれない。
この狭い通路での回避は難しい、事前に察知することが大切だろう。
俺とニーナは目を凝らしながら、洞窟を進んでいった。
一つ目の分岐を左に進み、しばらく道なりに進んでいくと、目の前に壁が現れる。
「行き止まりか……」
壁に触れながら、隠し通路もないことを確認。正真正銘ただの壁だ。
行き止まりには用はないな、俺はすぐに分岐点へと戻ろうとした。
「きゅ? きゅっきゅ!」
俺が戻ろうとするとキューちゃんが前に出てきて、目の前の壁をひっかき始める。
「キューちゃんどうした? 壁なんか引っ掻いて……」
「きゅうっ!」
俺が尋ねると、キューちゃんは壁を掻きながら上を向いている。
一体何があると言うのだろう? 俺はキューちゃんが引っ掻いている壁をもう一度よく調べ始めた。
隠し通路という訳でもなさそうだが……む? これは……。
「引っ掻き傷……?」
壁を爪で削ったような痕がいくつもある。
しかもただの獣が作った傷じゃない。横一列に規則正しく並んでいるように見える。
傷の形も法則があるようにも見え、まるで文字のようだ。
……ん? 文字……文字か……。
「……! そうか、古ドラゴン語か!」
文字として見れば、確かにこれは何かの文章のように見えてくる。
指でなぞり、知っている文字がないか探してみると……ああ、あるじゃないか、図書館で見た"セン"の文字が!
間違いなくこれは古ドラゴン語だと、俺は確信した。
しかし、どうしてこんなところにこの文字が書かれているのだろうか?
かつてここはドラゴン達の住処だったのだろうか……しかしそうだったらもう少し大きな洞窟であってもいいはずだが……。
疑問はいくつも浮かんでくるが、とにかく貴重な現存する古ドラゴン語だ。クィスルの言葉を解読するヒントになるかもしれない。
俺は魔法紙の余りを取り出すと、その文字をすべて写す。
あとは解読するだけだが、残念なことに考古学とかに詳しい知り合いは居ない。
トランパルへ戻ったらラルフ辺りに聞いてみるか……。
「パパ、いいもの見つかった?」
「ああ、貴重な発見だ。無事に持ち帰ったら褒められるかもな」
「わあ! やった! クロエちゃんにじまんしよっと!」
ニーナときたら、またクロエに自慢すること考えてら。
クロエ、悔しがりそうだな……もしかしたら一緒に連れてけーなんて言い出すかも。
持ち帰った時の周囲の反応を想像しつつ、俺たちは行き止まりを後にした。
◇
分岐へと戻ってきた俺たちは右へと進んでいく。
こちらは左の道よりかは広く、歩きやすい。意外な発見をして気分も良く、足取りも軽いものだ。
あとはここから無事に出れるといいのだが……っと、明かりが見えるな。
明かりの方向からひゅう、と風を感じる。これは当たりか?
「出口だっ!」
ニーナが嬉しそうに声を上げる。狭い洞窟に嫌気が差してきた頃だったんだろう。
カンテラを手に俺の横をすり抜け、走って行ってしまった。
「おいニーナ、置いてかないでくれよ」
声を掛けようがお構いなし、ニーナはすでに出口付近へと到達している。やれやれ。
しかし、ニーナはまさに出ようとしたところで立ち止まって、少し困惑した様子でこちらを見た。
明かりが眩しく先が見えないが……一体どうしたのだろう?
「おーい、どうしたんだニーナ?」
「パパーっ、ここ出口じゃ──」
そう彼女が言いかけた瞬間だった。
突如、出口の方から鳥類の足が伸び、ニーナのカバンを掴んだ。
「え」
「──ニーナッ!」
ああ、くそっ、油断していた!
俺は急いで走り出してニーナの手を掴もうとする。
がしかし、相手の方が早い。ニーナの身体は引っ張られて宙へと浮いた。
「パパぁ!」
ニーナが怯えた様子で叫ぶ。
俺は彼女の後を追わんと一歩踏み出そうとしたが。
「きちゃだめーっ!」
ニーナの叫びに気づき足を止める。
足下を見ると、数センチ先には底の見える奈落が。外は崖っぷちだったのだ。
ニーナはというと、羽毛に覆われた魔物に捕まっている。
憎き空飛ぶ魔物、ハーピィだ。
「ニーナっ! くそっ!」
ぎゃあぎゃあと鳴き喚くハーピィは、そのままニーナを連れ去ろうとしていた。
聞いたことがある。ハーピィに連れ去られた獲物は引き裂かれ、雛の餌になってしまうのだ。
連れ去られることだけは避けなくては……どうする、どうすればいい。
「はなしてーっ! いやぁ!」
俺が考えている間にも、ニーナは暴れて抵抗をする。
かなりの重量を持つハーピィは苦労しながら彼女を運んでいる。その動きは鈍い。
まだそこまで距離が離れている訳ではない。間に合ううちにロープを投げてニーナを助け──。
「え、あっ──」
そう思った刹那、事態は悪化する。
ニーナがカバンからすり抜け、そのまま落下してしまったのだ。
気が付けば俺はカバンを投げ捨て、ニーナに向かってジャンプしていた。
空中でニーナに追いつき、その身体を受け止める。
奈落に落ちても俺がクッションになれば、少なくとも彼女は助かるだろうか? それに賭けるしかないだろう。
ニーナを抱きかかえ、奈落に背中を向ける。今の俺に出来るのはこれだけだ。
キューちゃんが崖の縁で狼狽えているのが見える。ああ、まさかこんな別れになるなんてな。
どうか親が彼を見つけてくれることを祈るしか無かった。
「きゅぴいぃぃーっ!」
キューちゃんの叫びが遠のいていく。
今、命が終わろうとしているのに、俺は驚くほど冷静だった。
じきに地面に背を打ち、俺は絶命するだろう。しかし、ニーナさえ救えれば……俺はそれで良い。
ああ、くそっ。呆気ないもんだな、人生ってのは。
死を覚悟し、ゆっくりと目を閉じる。もはや助かる望みは無い。
俺の冒険はここで終わり──がっ!?
──次の瞬間に感じたのは、地面に激突する感覚ではなく、巨大な何かに鷲掴みにされる感覚。
ぐいっと身体が空中で急停止して、俺は衝撃に驚き目を開ける。
これは鳥類の……それも、猛禽類の……爪?
「──命をかえりみず子を助けるとは、人間も捨てたものではないですね」
そして聞こえてくる神秘的な女性の声。
人間が喋っているような感じではない、何かこう、息もせずに喋っている妙な感じ。
ああ、そうか。俺がその声の主に気付くのには時間は掛らなかった。
グリフォン── アロットの街で騒がれていた、あの暴れグリフォンに、俺たちは助けられたのだ。





