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第八十四話【オッサン、依頼を受ける】

 ……次の日の朝。というかまだ日が昇る前。

 コンコン、と俺達が泊っている部屋の扉がノックされる。

 こんな時間に訪ねてくるとは、一体何だろうと思いながら扉を開けると、


「……おはようございます、お迎えにあがりました」


 そこには、少々気まずそうな副町長の姿が。

 彼の要件は言わずもがな、渓谷の一件についてだろう。


「ちょっと、その……早くないか?」

「申し訳ありません、町長が今すぐ呼んで来いと聞かなくて……」


 申し訳なさそうにペコペコ頭を下げる副町長を見てると、文句が何も言えなくなる。

 あの町長、大風車での一件といい傍若無人やすぎないか? まったく……。


「ん……パパ、おでかけ……?」


 おっと、ニーナを起こしてしまったらしい。

 ベッドからむくりと起き上がって眼を擦っている。

 こんな状態で連れ出しても途中で寝ちゃうだろうし、寝かせとくのが良いだろうな。


「ああ大丈夫だ、ニーナは寝てていいからな、俺一人で行ってくる」

「うん、わかった……ふあぁ……」


 ニーナは再びベッドに潜り込み、そのまますぐに寝てしまった。

 半分寝てたなこりゃ……まあ、静かに支度を整えよう。

 

 俺は副町長に少し待ってくれと言い、ささっと着替える。

 すぐに出られるように着替えを出しておいて正解だったな。

 外に出ると、少しそわそわした様子の副町長が待っていた。


「ああ、来られましたか。では早速参りましょう、こちらです」


 俺が来るや否や、すぐに出発する副町長。

 あの町長、そんなに時間に厳しいのか?

 バルコニーの一件もあって、あまり彼女は良い印象ではない。

 正直気が進まない……まあだからと言って、嫌だと駄々をこねる程子供ではないが。


 俺が連れてこられたのは役所……ではなく、大風車の前。

 そして副町長が向かった先は上り階段である。


「……また上るのか、これ」

「町長の思いつきでして……申し訳ありません」


 ……やっぱり駄々をこねたくなってきた。


                  ◇


「おおっ、来たね! 間に合って良かったよ!」


 俺達がバルコニーに到着すると、町長が笑顔で迎えてくれた。

 壊れた柵は一夜にして仮補修され、残骸は既に撤去されていた。

 ここの住民たちは仕事が早いな……手慣れているというか。

 ちなみに俺の足はもうガタガタだ。ちょっと弱音が吐きたい。


「君が英雄君か、アロットへよく来てくれたね……あれ、昨日何処かであったかい?」

「覚えてないのか……」

「いやあ、きっと発明に夢中な時に会ったんだろうね! 自分で言うのもなんだけど全く周りが見えなくなるからなあ!」


 笑ってごまかしているがそれで良いのか……?


「さて! ここに来てもらったのにはある物を見て欲しくってね、そろそろ見れると思うんだが……」


 町長は遠くを眺める仕草をして昨日俺達が立っていた方角を眺める。


「ああ来た! 見たまえ!」


 そしてすぐに、彼女がいうある物が顔を覗かせるのだ。

 徐々に空へと昇って行く──朝日だ。


 山脈の合間から顔を覗かせ、アロットの街と広大な大自然をゆっくりと照らし始める。

 照らされるそれらは昨日見た光景とはまた違った物で、俺はつい眼を奪われた。

 アロットにとっては普段と変わりない一日の始まりなのだろうが、この景色は格別だ。


「これは……凄いな」

「ふふ、気に入ってくれたようだね。アロットに来てくれたからには、是非この日の出を見て欲しかったんだ」


 町長が言う通り、確かにこれは見せたくもなる景色だろう、疲れが一気に吹き飛んだな。

 どうせならニーナ達も連れてくれば良かった……独り占めにして少し申し訳ない。


「私はここから見る景色が大好きでね、思考に行き詰った時や物思いにふける時とかに良く来るんだ……アロット一、いやパンドラ一美しい景色だよ」


 うっとりとした様子で日の出を眺めている町長。

 風になびく髪と横顔がまた美しく見える。

 本当、喋らなければ美人ってタイプの人だなこの人。


「町長、そろそろ依頼の方を……」

「ん、ああ! 景色に眼を奪われて忘れる所だった!」


 副町長に言われてはっとした表情の町長。

 いや忘れるなよ、と言いたいところだが気持ちは分からないでもない。

 それほどアロットの日の出は美しい景色なのだ。


「さて英雄君、彼からほとんど聞いていると思うが……私達の街はある危機に瀕している」

「例の坑道の上に現れた渓谷の件だろう?」

「その通り。しかも最悪な事に主要な坑道でね、魔石と金属の供給がストップしてしまったんだ」


 険しい顔で語る町長。状況は芳しくないようだ。


「備蓄はあるが減る一方でね、地形的な問題でマグトラから魔石を受けるのには時間がかかるんだ……このままではアロットの魔石は尽きてしまう」

「そこで俺の出番というわけか」

「そう、君に渓谷内を調査、あわよくば攻略して欲しいと思ってね」

「なるほどな……攻略は約束できないが、調査は任せてほしい」


 俺は迷宮測量士であって冒険者じゃないからな、攻略は専門外だ。

 しかし町長は俺の手を取って笑顔を見せ、


「ありがたい! 攻略の件については残念だが、こちらでなんとかしよう」


 と言ってくれた。とりあえずは調査に専念できそうだ。

 ……ああ、そうだ、まだ懸念が一つあったな。


「そうして貰えると助かる……あと、暴れグリフォンの件なんだが」

「ああ、副町長から聞いたよ。何でもグリフォンの子供を保護しているとか」

「……その子供のことで一つ問題があってな」

「む、それは何だい?」


 俺は彼らに今までの事と状況を説明した。

 キューちゃんを拾った時の事、ニーナと姉弟のように仲の良い事、まだ彼女に親グリフォンの事について言い出せてない事。

 全てを話終えると、町長は顎に手を当ててふうむと唸った。


「なるほど……複雑な状況だね」

「情けない話だが、仲良くしてる二人を見てると言い出せなくてな」

「いや、君の気持ちも理解できる。そんな仲の良い二人を引き離すのは辛いだろうね」


 町長は俺の話を真剣な表情で聞いてくれた。


「だけど、君も親なら暴れグリフォンの気持ちが分かる筈だ、そうだろう?」

「……ああ、勿論だとも」

「ならどうするべきか分かる筈だ。……辛い事を言うようだが、選択はしなければならない」


 そう言うと町長はくるりと俺に背を向け、朝日に照らされるロシナ山脈を眺めながら言った。


「これはアロットの安全のためとか、そういうんじゃない。その子グリフォンの為だ……分かるだろう?」


 町長の言葉は重く俺にのしかかった。

 彼女の言うとおり、キューちゃんは本当の親の元で過ごすべきなんだろう。

 それが彼のためであることも、よく理解できる。だが、ニーナにとっては――。


 ……辛い事だが、仕方がないだろうな。

 ニーナには理解してもらうしかない。

 本当の親と一緒に居る事こそが、キューちゃんのためなんだ。


「……ありがとう町長、やっと決心がついた」

「なに、気にしなくていいさ」


 町長はそう言うとこちらへと再び向いて、少し暗くなってしまった空気を吹き飛ばすかのように勢いよく話す。


「さて、渓谷の調査を頼んだよ英雄君!」


 近寄られぽんっ、と肩を叩かれる。

 そしてそのまま俺の横をすり抜けていくと、片手をひらひらとさせ、階段を降りていった。


「では私も失礼して……どうか頑張って下さい」


 そう言って副町長もいそいそと階段へと向かって行った。


 二人を見送ると、一人残された俺は朝日に照らされる景色を再び見る。

 彼らに少しだけ気合が入れられた気がした俺は、改めて覚悟をした。


 ……キューちゃんとお別れする、その覚悟を。

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