第八十三話【オッサン、大風車を登る】
「ついたーっ!」
「きゅーっ!」
ニーナが両手を上げてぴょんとジャンプ。
キューちゃんもそれを真似してか、翼を広げて跳ねるようにジャンプしている。
ここはアロットの大風車前。俺たちは天高くそびえるそれを見上げていた。
風を受け、木が擦れる音を鳴らしながらぐるりぐるりと回る大風車。
遠くから見ても凄いなと思ったが、近くで見たら圧巻の一言に尽きる。
これだけ大きい風車を作るのに、一体どれほどの年月を掛けたのだろうか?
年月だけでなく、これほどの物を動かすのには並大抵の事じゃできないだろう。
住民達の技術力の高さがうかがえるな。
「パパ、おなかすいた!」
俺が大風車に見とれていると、ニーナがそうアピールしてくる。
その巨大さに圧倒されていたが、俺たちはパンを食べにきたんだよな。
「ああ、それじゃあの店まで行くとしようか」
「うんっ!」
元気よく返事すると、てててっと走り始めるニーナ。
キューちゃんも急いでそれについて行く。
俺は相変わらず、後ろからゆっくりと彼女たちを追うのだ。
大風車の土台はしっかりとした石造り。
この巨大建造物を支えるだけあって、かなり頑丈そうに出来ている。
そして、その端の方に煙突のついた小さな店が一軒あった。
副町長が言っていた例のパン屋だろう。
パン屋には人だかりが出来ている。
住民たちが食べると言っていたし、街中の人が集まってくるのだろう。
これはちょっと食べるのに苦労しそうだ……なんて思いながら、俺はキューちゃんを小脇に抱え、並ぶニーナの後ろに着いた。
「焼きたてですよー! いかがですかー!」
売り子の声が店内から聞こえてくる。
この混雑した中でも良く通る明るい声だ。
おそらく看板娘の子かな、なんて思いながら俺は背伸びして覗きこんだ。
パンの入った籠を掲げた、明るい笑顔に金髪のポニーテールが良く似合う少女。
縛った髪をなびかせて、せわしなく客の合間をすり抜けていく。
この数の客を相手にするのは忙しそうだな、多分今のニャム以上に働いてるに違いない。
……いや、例えが悪かったかな、これ。
列は進んで俺達は店の中へ。
焼けたパンのいい匂いが店内を漂っている。
その匂いに釣られてか、思わずぐうと腹の虫が鳴ってしまった。
周りの視線をいくつか浴びて少し恥ずかしい。
その事に気が付いたのか、くすっと先ほどの少女が笑ってこちらを見ていた。
……なんだかますます恥ずかしくなってきたな、おのれ腹の虫め。
入り口付近にあった編みかごを手に取り、ニーナと混雑する店内を巡りながらパンを選んでいく。
「パパ! わたし甘いパンがいいなっ!」
「甘いものばかり食べてると太るぞ?」
「あっ、れでぃーに太るとか言っちゃだめなんだよ!」
「どこで教わったんだよそれ……」
相変わらずどこで覚えたのか分からない言葉を使うニーナに苦笑いしつつ、パンをカゴに入れていく。
小さい店舗ながらも種類は豊富で、ついつい目移りしてしまう。
俺は幾つかのパンを選ぶと会計へと並び、順番を待つ。
ふと会計の方を見ると、先程の少女が立っていた。
「会計を頼むよ」
「はいっ、ひいふうみい……銅貨八十枚になります」
「じゃあこれで」
俺は銀貨一枚を取り出して彼女に渡して釣り銭をもらう。
「毎度ありがとうございます! ……ふふ、旅行者さんですか?」
「街の依頼で例の渓谷を調査しに来た者だ」
「なるほど! では貴方が町長さん達が言っていた英雄さんなんですね!」
「うんまあ……そんな所かな」
英雄とかじゃないんだがな、と俺は苦笑い。
その話が聞こえたのか客の中からおおっ、と歓声が幾つか挙がった。
全く、どこまで話が広がってるのやら。
「この大風車にはもう上られましたか?」
「登れるのか?」
「はいっ、内部に階段があって、そこから併設されたバルコニーに上れるようになってるんです。大風車の上から見る景色は格別ですよ!」
なるほど、そういう作りになっていたのか。
上からの景色はもちろん、内部の機構とか見れそうで面白そうだな。
「ニーナ、キューちゃん、行ってみるか?」
「うんっ!」
「きゅっきゅぅ!」
二人とも行く気みたいだし、早速行ってみるとするか。
俺は少女に礼を言うと、ニーナを連れて外に出る。
大風車内部への入り口はすぐに見つかった。
その大きさに似合わぬ小さな扉だ。上り口と書かれた小さな看板が貼り付けられている。
……何人か出たり入ったりしてるけど、これ点検用の通路じゃないのか?
そんな疑問を思い浮かべたが、ニーナが嬉々としてその扉を開けて中に入って行ってしまう。
まったく忙しない子だなぁ……と俺はそのあとを追った。
◇
「つーいたっ!」
「きゅっきゅー!」
ぴょん、と最後の段に飛び乗るように足をつけるニーナ。
その横で同じようにキューちゃんも飛び乗った。
「げ、元気だな本当……」
この階段はおっさんの俺にはかなりきつかった。
パンの入った袋を抱えながら、息を切らして一歩一歩階段を上る。
ニーナ達がさっさと上ってしまう為、内部の機構を楽しむ暇もない。
帰りはゆっくり眺めたいものだ。
「パパーっ! はやくはやくっ!」
俺が最後の段に足をつける頃には、ニーナ達はバルコニーの中心に立っていた。
ああ、若いってのは羨ましいね、まったく……。
彼女達の若さを少しうらめしく思いつつ、俺はバルコニーの中心へと歩みを進めた。
風が頬をすり抜け、汗ばんだ身体を冷やし少し気持ちいい。
俺はふう、と一息ついて、柵に手をかけ辺りを見回してみる。
そこには、アロットの街並みとロシナ山脈の大自然が眼前に広がっていた。
なるほど、確かにあの子が勧めるだけのことはあるな。
石造りの街並みは厳かで、山脈の大自然は壮大で美しい。
まさにアロット観光名所と言っても良いだろう。
しかし、このバルコニーに居る人の数は少なく、観光客と呼べそうな人は居ない。
隠れた名所って感じだな……少し勿体無い気もする。
「わあぁ……すごいね、パパっ!」
「きゅーっ! きゅきゅっ!」
ニーナはバルコニーの柵を掴み、絶景に目を奪われている。
キューちゃんは俺たちの後ろの方で風を受け、ぱたぱたと翼を羽ばたかせていた。
二人とも楽しんでるな、連れてきて良かった。
「あまり柵から顔を出すなよ、危ないからな」
「はーい!」
はしゃぎ過ぎて落ちてしまいました、なんて笑えないからな。
保護者としてちゃんと見張っておかないとな。
「……あれっ、パパ、あれなんだろ?」
「ん、どうした?」
ニーナが指差す先には、なにやら巨大な鳥のようなシルエットが。
それは徐々に大きくなり、ゆっくりとこちらに近づいて――。
いや、物凄いスピードで突っ込んできてるではないか!
「うおおおおお!?」
俺はニーナとキューちゃんを急いで抱えると、『逃げ足』を発動させすぐにバルコニーの端へと退避。
その巨大な影は俺たちの立っていた場所の柵を破壊し、大きな音を立てながらバルコニーの中央に墜落した。
あのような大きなものが衝突しても平気だとは、このバルコニー、非常に頑丈な作りである。
……って、こんなこと考えてる場合ではないよな。
巨大な影の正体は、何やら鉄の棒で作られた骨組みになめし皮が張られているもの。
今は衝突で残骸になってしまっているが、人工物である事は明らかである。
そして、その残骸の中から一人のエルフが這い出て来た。
「ケホッ! ケホッ! うーむ風が良すぎたかな、角度は良かったのだが……ケフウッ」
そのエルフは女性、見た目からしてヘレンと同年代だろうか……まあ、エルフにとって見た目ほど信用できない物は無いが。
少々胸が苦しそうだが茶色が基調の作業服を着、妙ちくりんなゴーグルを付けている。
彼女がやれやれとゴーグルを外すと、中性的な美しい顔立ちが顔を覗かせた。
紛れもない美人……だが、なんか嫌な予感がするんだよな。
その女性は残骸の前に立つと、顎に手を当ててぶつぶつと独り言を話し始める。
壊れたショックが大きいのだろうか……心配になった俺は声を掛けようとするのだが。
「あの、大丈夫――」
「スタァップ! 今考え中だから待ちたまえ!」
と、大声で静止される。
ああ、また厄介そうな人だ……と頭を抱えたくなった。
しばらくその様子を眺めていると、女性ははっとした様子でぱちんと指を鳴らした。
「あぁーそうか! 風を数値化出来れば更に操作しやすくなるぞ! 早速やってみるとしよう!」
「……大丈――」
「おっとすまない! 私は急ぎがあるので失礼するよ! じゃまた!」
そういって嬉しそうに片手を上げて別れの挨拶をすると、その女性は大急ぎで階段を駆け下りていった。
……本当、何なんだアレ。
なにはともあれ、急に巨大な物が突っ込んできたのである。
バルコニーに居た者は全員動揺している……かと思いきや、
「町長さん、相変わらずだなあ」
「今度は風に乗れる乗り物を開発してるんだっけか、よくやるよなあ」
と、手慣れた様子で残骸を片付け始めたのである。
それで済ませていいのかよ……というかあれ、町長だったのか。
なんとなく、副町長が言っていた事が分かった気がするな……。
「……とりあえず戻るか」
「う、うん、パパ」
「きゅうっ」
こうなってしまってはもう観光どころではないだろう。
それに片付けの邪魔になりそうだしここは退散だな。
俺はニーナ達を連れて大風車を降り、宿へと向かって歩きだす。
それぞれ買ったパンを食べながら、俺は明日以降の事を考える。
……明日は町長さんとまともに話が出来ればいいのだが。
少し不安を抱えつつ、今夜泊まる宿へと着いたのだった。





