第八十二話【オッサン、山脈へと向かう】
「――という訳でまた長旅になるぞ、暫く学校はお休みだ」
夜、ギルドの自室でニーナ達にそう説明する。
ニーナは学校に行けなくて残念がる……と思いきや、
「わーいながたびだー! かえったらクロエちゃんにじまんしよっと!」
「きゅっきゅー!」
とぴょんぴょん喜んでいた。
まったく、相変わらず無邪気な事で……。
しかしグリフォンの件、ニーナに伝えるべきかどうか……。
「……なあニーナ――」
俺は、キューちゃんの親が見つかったかもしれない事を言おうとしたが、
「楽しみだね、キューちゃんっ!」
「きゅうーっ!」
と、二人で喜んでいる様子を見て言葉を詰まらせる。
本当に仲良しの二人、もしそれが離ればなれになるかもしれないとニーナが知ったら……。
「あっ、どうしたのパパ?」
「……いや、なんでもないよ」
さて、どう言ったものかなぁ……。
◇
それから数日後、俺達は帆馬車に揺られてアロットの街を目指していた。
山脈に沿うように作られた坂道を、ゆっくりと進んでゆく。
窓から見えるロシナ山脈の大自然は素晴らしく、つい目を奪われてしまう。
しかしそんな景色も、俺は楽しめずにいた。
結局、ニーナにはグリフォンの件は言わずに来てしまっている。
楽しそうにキューちゃんと遊ぶ彼女を見ていると、どうしても言葉に詰まるのだ。
しかしいつかは言わないといけない。しかし言ったら彼女はどうするだろうか?
泣いて嫌だというだろうか? それとも……。
「ねえねえパパっ!」
「ん、なんだ?」
ぼんやりと外を眺めながら考え事をしていたら、ニーナが話しかけてくる。
ニーナの方へと視線をやると、何やらジャーキーを手に持っていた。
キューちゃんも何やらそわそわしている。
「キューちゃん、おすわりっ!」
「きゅっ!」
ニーナがそう言うと、キューちゃんはぺたりと座って見せる。
ああ、芸を見せたかったのか……ってキューちゃんは犬じゃないが。
「わーいっ! よくできたねキューちゃんっ!」
ニーナはそれに喜びながらキューちゃんにジャーキーをあげると、頭をわしゃわしゃと撫で回した。
キューちゃんは口をモゴモゴと動かしながら目を細めて気持ち良さそうにしている。
「頑張って教えたんだな」
「うんっ! たくさんれんしゅーしたんだよっ!」
キューちゃんを撫でながらニーナは嬉しそうに話している。
思えば暇さえあればずっと練習していた気がするな。
「あのねあのね、キューちゃんにもっと色んなわざを覚えさせてあげるんだ!」
「きゅっきゅー!」
そう言って、無邪気にも子供達は楽しそうにしている。
……ああまったく、この雰囲気でどうやって伝えればいいんだ。
二人とは全く反対のネガティブな感情を抱え、どうしたものかと俺は心の中で頭を抱えていた。
「……そうか」
「? パパ、なにかあったの?」
「いや、なんでもない。ちょっと馬車に酔ったかな」
「そっかぁ、早く良くなるといいねっ」
本当……良い方向に転がってくれるといいんだが。
「皆さん、アロットが見えてきましたよ」
御者……もとい、副町長がこちらに声をかける。
副町長は馬車を運転出来るらしく、トランパルにも自分で運転して来たのだとか。
なんでも仕事に使うらしく、荷物を運ぶのに楽だからと言っていたな……副町長の仕事って何だ?
「わあ、パパ! おっきな風車だよ!」
帆馬車の窓からアロットの街を見るニーナ。俺もニーナと同じように窓から見る。
まだ遠くに見える街の中心で、非常に巨大な風車がぐるりぐるりと動いている。
街の周囲で風に揺れる小麦畑と合わさって、なんとも牧歌的だ。
「この辺りは良い風が吹くため、アロットは"風の街"とも呼ばれています。街の中心地にある大風車の下は、大勢の住民が通うパン工房になっているんですよ」
副町長がそう説明すると、ニーナがわあ、と目を輝かせた。
そういえばもうお昼時、俺も話を聞いていたらお腹が空いてきたな。
「到着したらそのパンを食べに行くか、ニーナ」
「うんっ!」
ニーナは元気よく返事をすると、アロットの街を再び眺め始める。
楽しみで仕方がない様子だな……さて、どんな街なんだか。
馬車は色付き始めた小麦畑を通り、アロットの街へと入っていく。
城郭の無いこの小さな街は、余所者が入ってくる事も珍しいのだろう。
馬車を追う視線の数々を、俺は窓から眺めていた。
近場に石切場があるのか、家は石造りのものが多い。
道もちゃんと舗装されており、さながら小さな都会と言った印象だ。
だけどやはり人通りはトランパルのそれと比べると少し寂しいものがある。
比べる対象が違いすぎるというのもあるが。
馬車は大風車のある広場へと進み、宿の前で止まった。
「さあ着きましたよ、長旅お疲れ様でした。今日は一日休んで頂いて、明日の早朝に町長に話を伺いに行きましょう」
「ん、今日じゃ駄目なのか?」
「ええ、まあ……町長が山に出かけてると思うので」
副町長は少し苦い顔をしながらロシナ山脈の方を見る。
詳しく話を聞くと、どうも町長は趣味で山によく出かけるらしい。
帰る時間が分からない事、山に登った後の町長は話が出来る状態じゃないという事もあり、明日が良いだろうという判断だ。
時間はまあいいが、話が出来る状態じゃないとはどういう事なんだ……?
まあそう言う事なら、今日一日はアロットの街を堪能させて貰おう。
「分かった、じゃあ明日役所に向かうよ」
「助かります。役所は大風車のちょうど向かい側にあるのですぐわかるかと。……では、私は仕事があるのでこれで」
副町長は馬車を走らせると、役所の方角へと向かって行った。
さて自由行動になったところで、まずは大風車に向かってみようかな。パンも食べてみたいし。
ニーナとキューちゃんも大風車が気になる様子。空高くそびえるそれを目を輝かせて見上げている。
「よし二人とも、早速行ってみるか」
「わーいっ! キューちゃん、行こっ!」
「きゅっきゅー!」
俺がそう言うや否や、ニーナとキューちゃんは駆け足で大風車の下へと向かって行く。
まったく相変わらず元気なことだ、そんな一人と一匹の姿に少し癒される。
……いかんな、こんな姿を見るのも最後かもしれない、だなんて思ってしまう。
まだ暴れグリフォンがキューちゃんの親だと決まった訳じゃない、しっかりしろ俺。
不安をかき消すように、俺は二人の後を走って追った。





