第八十話【"払拭しえぬ不安"】
トランパルに到着する頃には、もう夜になっていた。
生徒も冒険者も疲れの色を見せているが、今回の実技はだいぶ実りがあるものだったようで、楽しそうに話をしている。
「たいへんだったけどたのしかったね、クロエちゃん!」
「ええ、またあのようなだいぼうけんがしたいですわ」
子供達二人も思い出話に花を咲かせている。
どうも彼女たちは冒険心が人一倍強いみたいで、あのような事があってもあまり懲りていない様子。
まあ、今後はちゃんと限度を考えてくれる筈だ……多分。
「きゅーっ!きゅきゅっ!」
キューちゃんは相当空の旅が楽しかったようで、羽をばたつかせてジャンプしている。
ぱたぱたと懸命に動かし、ちょっとだけ滞空する事が出来ている。
訓練をせずともそこまで出来ると言う事は、いつか彼も飛べるようになる日がくるだろうか?
今後が楽しみだな。
学園の入口に到着すると、各科の教師と、護衛に囲まれたある人物が俺達を待って居た。
「クロエ!」
真っ先に走って来たのはその人物、恰幅の良い貴族の男……"ダルパ・ジルアート"だ。
一秒が金になる男も、娘の事になれば稼げる金の事など関係ないのだろう。
彼の道を邪魔しないように、生徒や冒険者達は咄嗟に道をあける。
ダルパはクロエの下に駆けつけると、ぎゅっと力強く抱き締めてその無事を祝った。
「ああ、制服がボロボロじゃないか! 怖い目に遭ったのか? 何処も怪我をしていないか?」
「お、おとうさまくるしいですわ……」
「おお、すまんすまん! しかし良かった、本当に良かった!」
周りの眼からか、少し恥ずかしそうにしているクロエ。
しかし父親がこんなにも心配してくれたのは内心嬉しい事なのか、少し微笑んでいた。
「とてもたいへんなぼうけんをしてきましたけれど、ジムさんをはじめ、ランパートいっかのみなさんに助けてもらいましたの」
クロエは俺とニーナ、キューちゃんをそれぞれ見て、にこりと笑う。
ダルパはこちらに嬉しそうな笑顔で振り返る。
「そうか、君があの有名なジム・ランパートか! 娘が本当に世話になった、ありがとう!」
彼は俺の手を取ると、ぶんぶんと大袈裟に縦に振り始める。
この人、妙に力が強い……下手したら振り回されそうだ。
「あ、ああ、当然の事をしたまで――」
「是非礼をさせてほしい! 金貨で満足してくれるだろうか? いや白金貨がいいか!?」
「いや、礼なんて要らない……要らないから、その硬貨袋をしまってくれないか」
俺が慌てて拒否していると、クロエも少しむすっとした表情でダルパを見る。
「もうっ、おとうさま! ジムさんはそう言う人ではありませんわ!」
「おおそうか、すまない! ではせめて君の名と雄姿を広めさせては貰えないか?」
必死に俺に頼み込む大富豪を見て俺は苦笑い。どうしても礼がしたくて仕方がない様だ。
使えない程の大金を押し付けられるくらいなら、それでもいいかと俺は了承する事にした。
「ま、まぁそれくらいなら……」
「そうかありがたい! では私の知り合いに是非君の話をさせてもらおう!」
そう言うと満足そうに頷くダルパ。
彼の知り合いというのは、富豪や世界名だたる偉人達だろう。
……正直そこまで名が伝わるとなるとどうなるか想像もつかないのだが。
「……おとうさま、きいてくださいまし。わたくし、今日のめいきゅうじつぎで決めましたわ」
俺がダルパに苦笑いをしていると、クロエが改まって彼に向かって話し始める。
「どうしたんだい、クロエ?」
「わたくし、りっぱなぼうけんしゃになって、世界をたびしたいんですの! わたくしの手でたくさんのなぞをとき明かしたいのですわ!」
「ふむ……そうか! クロエがそう決めたのならパパも精一杯協力しよう!」
彼女の決意を聞いたダルパは、胸をぽんと叩いて返事を返す。
それを聞いたクロエは喜んでにこりと笑っていた。
彼女には素質がある、良い冒険者になるだろうな。
「あとニーナちゃん、おねがいがありますわ」
クロエは更にニーナにも視線を向け、お願いがあると言い出した。
「えっ、わたし?」
「ええ、あなたとはおともだちですけれど……同時に"ライバル"にもなってほしいのですわ!」
ライバルという言葉に首を傾げるニーナ。
クロエは眼を瞑り胸に手を当て、その理由を語った。
「ライバルとはたかめあうそんざい……そういうかんけいにあこがれていましたの! ニーナちゃんとは、とってもいいライバルかんけいになれそうですわ!」
「ライバル……! うん、わたしもクロエちゃんに負けないぼうけんしゃになるよ!」
そう言うとクロエはまあ、と手と手を合わせてにこにこと笑う。
「うふふっ! ではライバルらしく行きましょうニーナちゃん……いいえ、ニーナ・ランパートっ! わたくしのまえにひれふさせてやりますわ! おーっほっほっほ!」
そして彼女は何故か少々芝居かかったようなセリフを吐いて高笑いをし始めたのだ。
辺りに響き渡る小さな高笑い、微笑ましく見る者やその豹変っぷりに驚く者も。
「……ええと、ダルパさん? クロエの性格って一体……」
「ああ、あれかい? 最近遺物の本を翻訳したものにハマっていてね、その影響だろう。たしかコミックって言ってたかな?」
クロエは文武両道がどうのって言ってたが、もしかして彼女が冒険者に憧れ始めたのって……本当はそれが影響か?
可愛らしく高笑いするクロエとそれを見て負けないよと意気込むニーナ。
……まあ、間違いなく良いライバルにはなりそうだな。
こうして、波乱極めた初めての迷宮実技は全員無事に生還し、幕を閉じたのである。
――――――
――――
――
……そして、何日か経った頃の朝。
「パパ、行ってきまーすっ!」
「ああ、行ってらっしゃい」
新しい制服を貰ったニーナは、学生鞄を持ってギルドの外へと向かって行く。
外にはもう馴染みの顔になったクロエの姿が。
「おーっほっほっほ! おはようございますわ、ニーナ・ランパート!」
もうその芝居にも慣れたか、完璧な高笑いを朝から見せつけている。
……多分、一生懸命練習したんだな、あの子。
「おはようクロエちゃん!」
「あっ、"クロエちゃん"はきんしですわ、クロエ・ジルアートって呼んでいただかないと!」
「えー、でもわたしたちともだちだよ?」
「ラ・イ・バ・ル! ですわ!」
どうにもライバルにこだわりがあるらしい彼女は、姓名で呼んで欲しいらしい。
例のコミックの影響だろうが……そんなに良いのか、ライバルが。
……思えば、少し強引な性格も父親譲りなのかもしれない。
「まあいいですわ、今日もがくえんまできょうそうしましょう!」
「うんっ! 負けないよー!」
そう言うと彼女達は、学園へと向かって走り始めた。
俺はそんな様子を見ていてふっと笑うと、自分の仕事をするためにギルドに戻るのだ。
ニーナとの時間は少し減ってしまって寂しさを覚えるが、彼女がもっと成長出来ると言うのなら喜ばしい事だ。
これから彼女はどんどん実力を付けていくだろう。
将来は冒険者になるのか、それとも迷宮測量士になるのか? 仮の親でも彼女の今後がとても楽しみなのには変わりはない。
『近いうちに大きな選択を迫られるだろう』
ただ唯一、俺が気がかりになっている事。
ドラゴンの意味深な言葉―― 大きな選択とは一体何なのか?
そして今もずっと俺を悩ませ続けているニーナの消える夢……ただの夢か、それとも何かの暗示なのだろうか?
俺は払拭しえぬ不安を抱えたまま、今日も迷宮へと潜る。
いつしか分かる……ドラゴンのその言葉を胸に刻みながら。
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