第七十九話【オッサン、龍に乗る】
時は夕暮れ、下は見渡す限りの荒野。
クォーツ・ドラゴンの背に乗った俺達は、しばし空の旅を堪能していた。
「わぁー! たっかーい!」
「まさかお空をとべるなんて……かんげきですわ!」
子供達は背の上で、見たこともない景色にはしゃいでいる。全く無邪気なもんだ。
そんな様子とは裏腹に、俺は滑り落ちたりしないかヒヤヒヤしている。
どうも俺は高い所が苦手らしい……早く地に足をつけたいものだ。
「きゅぅー!」
子供達の中でも一番はしゃいでるのはキューちゃんだろう。
彼は懸命に翼をパタパタと動かし、全身で風を感じている。
グリフォンの本能がそうさせるのかは分からないが、どうやら風に乗るのが楽しいようだ。
いつかは飛べるように訓練してやりたいが、どうしたものかな……。
さておき、俺が気にしているのは先程のドラゴンの言葉。
大きな選択を迫られるとは、一体どういう事なのだろうか。
ニーナについて何か知っているであろうドラゴンに何度か聞いてみるものの、
「"ンノゥ・ニールーン"……教えられぬ、時が来れば分かるだろう」
の一点張りで答えてはくれなかった。
一体ニーナにはどんな秘密があると言うのだろう?
そう思いながら、しばし彼女を見て熟考していた。
「あっ、パパ! みんなが見えるよ!」
しかし、無邪気に下に向かって手を振る彼女を見ていたら、なんだか馬鹿らしくなってきた。
彼女がどんな生まれだろうとも、どんな秘密があろうとも、俺と彼女の関係は変わらない。
俺はニーナのパパであり、ニーナは俺の子供なのだ。
血の繋がりは無いけれど、この子の為なら何だって出来る……はちょっと言い過ぎか。
……本当、親バカって言われても仕方がないよな、俺。
ドラゴンは旋回しながら、ゆっくりと地上へと降りてゆく。
地上に見えるのは戦闘科の教師やジョン、他の学科の生徒たち。
こちらを見上げて唖然としたり、歓喜の声をあげている者もいる。
まさか彼らも、ドラゴンに乗って戻ってくるとは思わなかっただろうな。
ドラゴンはジョン達から少し離れたところに着地。
俺たちが地上に降り立つと、すぐさま全員が駆け寄ってきた。
「良かった、全員生きてたんだな……! 本当に良かった!」
教師が嬉しそうに笑ってこちらを見る。
入学したての二人が行方不明なんて、気が気じゃなかっただろう。
「おいおい、ハンサムがドラゴンライダーなんて聞いてないぞ? 全くあんたら一家は面白いことしてくれるぜ!」
ジョンは興奮しながら話しかけてくる。
ドラゴンなんて稀少種族を見れば、冒険者なら誰だってそうなるだろう。
ましてや乗ってきただなんて、それこそ経験できる者はほとんど居ないはずだ。
彼は羨望の眼差しで俺たちを見ている……また変な噂を流されるな、こりゃ。
「遅くなってすまない、二人とも無事だ」
「中心部に行ったら誰も居ないわサンドワームは暴れてるわで、まったくヒヤヒヤしたぜ。ま、無事で結果オーライだ!」
そう言うとジョンはドラゴンを見て、
「それにしても、どんな冒険をしたらドラゴンに乗って戻ってくるんだ? 教えてくれよ」
と何が起きたのか説明を求めた。
俺はジョンを含めた全員に、事の次第を説明する。
流砂の罠の下に洞窟があった事、水晶の群れに襲われた事、最深部でドラゴンに会った事。
唯一話さなかったのはニーナの隠された秘密について。この件は俺自身が解決するべきだと思ったからだ。
全てを話終えると、様々な反応が見られた。
地下に洞窟があった事を驚く者、流砂に飛び込んだ勇気を讃える者、怪我が無いか心配する者。
共通しているのは生還して良かったという声。
ありがたいと思うと同時に、みんなに心配かけて少し申し訳ないな。
「ヒュウ、凄い冒険をしたなハンサム! 正直羨ましいな!」
「流石に死んだと思ったけどな」
「まあ結果生きてるんだからノープロブレムってやつさ! ……それより俺もあのドラゴンに乗れたりしない?」
ジョンは目を輝かせてドラゴンを見た。
しかしドラゴンは首を横に振り、ならぬと一言。ジョンは少し大げさに肩を落として落ち込んだ。
「マイガッ……仕方ねえ、俺もいつか大冒険をしてドラゴンに乗るぜ!」
が、すぐに調子を取り戻した。毎度のことながら忙しい奴である。
「にしても、話だと嬢ちゃん達は自ら流砂に飛び込んだみたいだが、どうして下に洞窟があるって分かったんだ?」
ふと、その事が気がかりになったのかジョンはニーナ達を見て問う。
クロエはニーナの方を見て、ニーナは元気よくその問に答えた。
「んーとね、声がきこえたんだ!」
「声?」
「うん! なんて言ってたかは分かんなかったけれど、人の声がりゅーさのわなからきこえてきたの!」
謎の声が聞こえたとニーナが言うと、続けてクロエが発言する。
「わたくしにはきこえなかったのですけれど、ニーナちゃんの言うような声がきこえたのなら、下にくうどうがあるとおもってとびこんだのですわ」
「みんなに気づいてもらえるようにブローチやワッペンをおいたりもしたよ!」
二人は楽しそうにその時の様子を話すが、こっちはヒヤっとしたもんだ……。
「本当に空洞があったから良かったものの……こんな危険な真似は二度とするなよ?」
俺がそう言うと少し申し訳なさそうな顔になる二人。同じような事はもうしないと思いたい。
……しかし、また謎が一つ増えたな。ニーナにしか聞こえなかった声、か。
内部の距離的にドラゴンの声では無いだろう、とするとニーナを"何か"が導いたのだろうか?
これも彼女の『万能』というスキルが成す業なのか、それとも……?
「"クルゥーン・リロゥ・セン・ズィ・クルゥラ・セン"……"ンノゥ・ニールーン・セン"……」
俺が考えていると、ドラゴンがそう呟く。
眼を合わせると、彼は目を細めてこちらを見ていた。
「これは示唆である、"ニールーン"。これを解けば童の……ニーナについて少しは分かるだろう」
示唆、つまりヒントか。
考えていた俺を見かねてドラゴンが教えてくれたのか、それとも気まぐれか。
なんにせよありがたい事である。俺は先ほどの言葉一字一句を記憶した。
「ああ……そうだ、汝にこれを授けよう」
さらに思い出したかのように言うと、ドラゴンは身体を大きく震わせた。
鱗代わりの水晶片が宙に散らばり、空中に漂っている。
水晶龍は水晶を自在に操る力を持っているらしい。
先ほどの水晶窟も、彼が作り出したのかもしれないな……とすると想像を絶する凄い力だ。
ドラゴンが振りまいた水晶片は徐々に集まり、一つの物になっていく。
そしてそれは俺の手元へとふわりと飛び、静止した。
その形は角笛にとてもよく似ている……"水晶の角笛"と言った所か
「時が来た時、その笛を吹き我の名を呼ぶがいい」
「その時って?」
「いずれ分かる事である、"ニールーン"」
「そればっかりだな……まあ大事にさせてもらうよ、ドラゴン」
俺がそれを受け取るのを見届けると、ドラゴンは翼を大きく広げて飛び立つ体勢へと移る。
「我は行く、久々の会話は楽しいものであった」
そしてそのままゆっくりと翼を羽ばたかせて、空へと飛び立っていくのだ。
ふわりと巨体が浮き、煌びやかな青い水晶が夕暮れの明かりに照らされていた。
「我が名は"クィスル"、水晶を冠する者にて歴史の観測者――世界の顛末を知る者也」
そう言うとクィスルと名乗ったドラゴンは一気に急上昇し、あっという間に飛んで行ってしまった。
なんとも大層な肩書だが、それほど長く生きているという事なのだろう。
「行っちまったか……もうちょっと話を聞きたかったんだが」
空を見上げ、少し残念そうにしているジョン。
確かに古株のドラゴンなら、俺達の知らない物語を知ってそうだ。
またいつか彼に会える日が来るのだろうか……?
「さて諸君! もうじき夜になる、急いで学園に戻るぞ!」
しばらく全員で空を見上げていた後、教師が声を張り上げる。
もう太陽は半分も見えなくなっている、急がないと野宿になってしまうな。
俺達は地図を頼りに急いで迷宮を脱出し、トランパルへと向かって進み始めた。





