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第七十八話【オッサン、龍と対峙する】

 ドラゴン―― それはパンドラの中で最も賢く、強く、偉大な種族である。

 歴史は古く、神話の時代からその存在が語られている程。

 永遠にも近い年数を生き、数千年の時を生きているドラゴンも珍しくない。

 最も、今となっては非常に希少な存在になってしまっているのだが。


 太古の昔、世界には大小様々なドラゴンが普通に存在していたという。

 空を見上げればそこに居る、というくらいに一般的な存在だったらしい。

 しかし、とある種族からの迫害によってその数を急速に減らす事になる。

 ……俺達、"人間"による"竜狩り"だ。


 かつてこの地に存在した古代帝国は、ある日を境にドラゴンという種族を積極的に狩り始めたという。

 新たに人間の生息圏を求めたか、或いはドラゴンとの間で不和があったのか、理由は定かではない。

 いずれにせよ、その竜狩りは大陸全土に広がり、戦争とも言える有様だったらしい。


 強靭なドラゴンに対して、人間達は数の力で彼らをを圧倒。

 一時は、ドラゴンを狩り尽くす一歩手前まで進んだようだ。

 ドラゴンは出生率が低いらしく、それも拍車に掛かったのだろうな。


 あわや絶滅かとされたドラゴン達は、唐突な古代帝国の消滅によって命が助かることになる。

 神の天罰が落ちたとも、大きな内乱で国が崩壊したとも言われている。

 しかし数が大幅に減ってしまったドラゴンがその勢力を回復するのには、余りにも多くが死に過ぎてしまった。

 現在も、その数を回復するには数万年の月日が必要だとも言われている。


 そういうわけで、ドラゴンというのは非常に珍しい存在なのである。

 そんな存在が目の前に現れたのだから驚きもするさ。

 だが過去の一件からか、人類に対して非常に敵対的なドラゴンも多いという。

 俺は用心しつつ、かの水晶竜(クォーツ・ドラゴン)と言葉を交わした。


「……すまない、まさか本物のドラゴンと出会うとは思わなかったから驚いてしまった」

「"ニールーン、ノ・ヨーヒ——"……人間よ、気にする必要はない」


 そういうと、ドラゴンはニーナ達を一瞥し。


「汝、この幼子らの親であるか」


 と、彼は穏やかな口調で此方へと言葉を投げかける。

 どうやら敵対心は無い様子、ひとまず安心して警戒を解いた。


「俺の子供ってわけじゃないんだが、彼女達の保護者だ」

「ふむ……言葉に偽りはないようだ、"ニールーン"」

「……さっきから気になっているんだが、そのニールーンって?」

「人間という意味の"エン・ドランカ"……古より伝わるドラゴンの言語である、人間よ。現世の言葉は少々……ウウム、話し慣れてなくてな、"ノソィー、ニールーン"」


 ドラゴンはこちらへ申し訳なさそうに頭を下げた。

 なるほど、ドラゴン達の言葉だったのか。

 古より伝わる、って言ってたし、かなり古株のドラゴンなんだな。


 ドラゴンは水晶が散りばめられた身体を揺らすと。


「童達よ、迎えがきたぞ」


 とニーナ達を起こす。


「んぅ……」

「ふぁ……」


 寝ていた彼女達は目を擦りながら起きると、こちらを見てぱあっと表情を明るくする。


「あ……パパっ! やっぱりきてくれたんだ!」

「ふふ、ニーナちゃんの言ったとおりでしたわね」


 彼女達は嬉しそうにこちらへ近づいてきた。

 まったく大変な目に遭ったのに、呑気なもんだ。

 ……それはさておいてだ。


「ニーナ、クロエ」

「どうしたのパパ?」


 無垢な表情で俺を見つめる二人。

 こうも悪気無く見られると少々言いにくいものだが、ここは保護者としてちゃんと言わなければな。

 俺はふう、と一呼吸置いて、彼女達に話し始めた。


「俺はお前達を叱らなくちゃならん」

「えっ……?」


 彼女達、特にニーナがこんな事をしてしまったのも今まで大して叱らなかった俺の責任だろう。

 だからって怒鳴って怖がらせることはしない、淡々と彼女達がキャンプを抜け出した後に起きた事実を語る。

 過ちに気がついた彼女達は、俺が語り終える頃には非常に申し訳なさそうな顔で俯いていた。

 その様子を見て少し心が痛むが、駄目なものは駄目なのだ。


「どうして二人で勝手にこんな危険な所まで来たんだ、皆心配したんだぞ?」

「えっと、それは……その」


 理由を聞くとニーナはどうしてこうなったか説明しようとした。


「ジムさん、まってくださいまし」


 がしかし、ここでクロエが間に入ってニーナの言葉を遮る。

 ニーナは少し慌てていたが、クロエはそれを制止して語り始めた。


「すべてはわたくしがいけないのです、ニーナちゃんにめいきゅうをもっとよく見たいとおねがいして……ニーナちゃんはわるくないのですわ」

「クロエちゃん……わ、わたしがわるいのパパ! つれてきたのは、わたしだから——」

「そんなことないわ、ニーナちゃん。わたくしが言い出さなければよかった話ですもの」

「で、でもっ!」


 彼女達は自分が悪い、いや自分が悪いと言い合いを始めてしまう。

 好奇心によって起きてしまった今回、冒険者としてはその好奇心は大切なものだろう。

 しかし、彼女達はまだ自分で自分の責任を取るには早過ぎる。

 だからこそ俺は心を鬼にして叱るのだ。


「二人の言い分はよく分かった。だけど色んな人に迷惑をかけたのは事実だ、それは分かるな?」

「……うん」

「……はい」


 俺がそう言うと、二人は素直に頷く。

 二人とも聞き分けのいい良い子だ、また同じような事をする事はないだろう。

 俺はしゃがみ込み、彼女達の頭をぽんぽんと撫でて、


「帰ったらちゃんとごめんなさいしような」


 と優しく言った。

 彼女たちも反省してるし、これ以上叱るのは逆効果だろう。二人の反省を信じるべきだ。


 俺は立ち上がると再びドラゴンへと向かい合う。

 改めて見ると、家一軒分もあろうかというその大きさに驚く。

 鱗のように水晶が散りばめられた身体は美しく壮大。実に見事な生き物だと感心する。

 俺はドラゴンにニーナ達を保護してくれた事の礼を言った。


「二人を保護してくれてありがとう、ドラゴン」

「気にする必要はない"ニールーン"、"リロゥ"……童が迷い込んできた時は少々驚いたが」


 そう言うとドラゴンはふとニーナの方を見て、


「フウム……"クルゥーン・ヴェレ・リロゥ……"」

 

 と呟き、目を細めていた。

 

「……ニーナ、何かしたか?」

「わたし知らないよ?……あっ、ドラゴンさんはわたしたちに会った時、すごいおどろいてた!」


 そりゃ子供がいきなり来れば驚くだろうな……。

 ニーナの答えに俺は少し苦笑い。


「……汝、この童の事を何処まで知っている?」


 しかし、その様子を見ていたドラゴンは真剣な表情で俺達を見ていた。

 どこまで知ってるか、って言われても、ニーナは遺物として見つかった少女としか言えないんだよな。

 もしかしてドラゴンは、彼女の過去について何か知っているのだろうか?

 だとすると、別世界から来たはずの彼女の事をなぜドラゴンは知っているのだろうか?

 俺は彼女が遺物として見つかったと説明すると、


「何か知ってるのかい、ドラゴンさん」


 とドラゴンを問う。

 ドラゴンはフム、と一泊考えて、透き通った水晶の目をこちらに向けた。


「……言うことは出来ぬ」

「何故だ?」

「童が何も知らぬからである。言えば深く苦しむ事になるだろう、それは我とて望む事ではない」

「ニーナが苦しむ? どう言う事だ?」

「フム……一つだけ伝えよう"ニールーン"……近いうちに大きな選択を迫られるであろう」


 大きな選択……?

 ニーナの正体について知れるかと思ったのだが、ますます謎が深まってしまった。

 一体、ニーナは何者なんだ……?


「そう難しい顔をするな、いずれ"ムイー"……時が来れば分かるだろう」


 そう言うと、ドラゴンはむくりと起き上がる。

 のしりのしりと空洞の中央部、天井に穴の開いた場所まで歩いてこちらへと振り返った。


「ここから出たいのだろう、乗るがいい」

「連れ出してくれるのか?」

「ウム、我が作り出した水晶の道を潜り抜けた汝には、我の背に乗る資格がある。それに……」


 そう言うとドラゴンは再びニーナを一瞥し、


「何やら"フォーン"……運命を感じるのでな」


 と、目を細めながら言うのだ。

 運命だの選択だのよく分からない事だらけだ、一度整理しなくてはならない。

 ドラゴンの背中の上で少し考えるとしよう。


 俺はニーナとクロエ、キューちゃんをドラゴンの背に乗せ、俺自身もよじ登る。

 全員が乗ったことを確認したドラゴンは、翼をはためかせて宙へと飛び立った。

 凄い勢いで水晶窟を抜け、地平線へと沈む太陽を背に俺達は帰路に着いたのだった。

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