第七十六話【オッサン、捜索する】
「ハァッ、ハァッ……ニーナッ! クロエッ! 何処だッ!」
北の方角へと走りながら、俺は彼女達を探して声を出す。
しかしその声に返ってくるものは無い。
荒野の照りつける日光が俺の体力をみるみる奪っていく。
しかしここで立ち止まる訳にはいかない、守護者の元へと彼女達が辿り着く前に追いつかなくては。
「きゅう……」
そんな様子を心配そうに見つめてくるキューちゃん。
すぐ隣に居るからこそ、俺の焦っている気持ちが伝わってくるのだろう。
心配かけちゃってごめんな、すぐにニーナ達と再会するから我慢しててくれ。
走り続けること数分、果てが無いかと思われた荒野も唐突に終わりを告げる。
岩でぐるりと円状に区切られた場所―― 荒野の迷宮の中心地だ。
ニーナ達の足跡はその内部まで伸びていっている。
まさか既に守護者に出会って……嫌な予感が脳裏をよぎる。
俺は急いで岩と岩の間を抜け、内部へと侵入した。
内部は非常に広い作り。まるで自然が作り出したアリーナのようだ
凸凹の砂地で出来た地面で、蟻地獄のような流砂の罠がいくつか設置されている。
足跡は砂地にくっきりと残っていて、中心に向かっているようだ。
足跡の間隔が一定である事、砂地が大きく荒れていない事を察するに守護者に襲われた訳ではなさそうだ。
運よく感知されなかったのだろうか……? 子供だから小さくて分からなかったとか?
とにかく、少なくとも彼女達が襲われた様子が無い事が分かり一安心だ。
しかし参ったな、俺が入れば間違いなくサンドワームに感知されるだろう。
奴は殆ど耳が聞こえず、地面の振動で侵入者を感知すると本で読んだことがある。
いわば、"この砂地自体が奴の耳"なのだ。
大人の俺が足を踏み入れたら、間違いなく気付かれるだろう。
「ニーナッ! クロエッ! 居るか!?」
俺は砂地に踏み入れることなく、その場で声を張り上げる。
返ってくる声は無いが、ここに来た事は確かな筈だ。
とすると声を出せない状況な事が分かるか。
「きゅっ! きゅっきゅ!」
「キューちゃん、どうした?」
急にキューちゃんが暴れ出したので地面に降ろすと、彼は砂地をゆっくりと進み始めた。
サンドワームは反応しない。どうやらキューちゃんのような小さな動物にも反応しないみたいだ。
小さなものには興味は無いのか、はたまた本が間違っていたのかは知らないが、とにかく好都合。
「……よし、キューちゃん、ニーナ達が居ないか見てきてくれ!」
「きゅーっ!」
キューちゃんはそれを理解したのか、徐々にスピードを上げて足跡の先を確認しに行った。
グリフォンは本当に賢い生き物だ。幼い彼でさえも人の言葉を理解している。
キューちゃんが居なければ、俺はここで立ち往生していたに違いない。
キューちゃんを送り出してしばらくすると、彼は急いで戻って来た。
その嘴には何かを咥えている。
「きゅう……」
「キューちゃんそれは――」
それはニーナのブローチだった。
彼女が肌身離さず付けている花のブローチ、それが落ちていると言う事は……。
「……ニーナッ!」
ブローチを握りしめると、居ても立っても居られず俺は砂地へと侵入する。
もはや守護者を気にしている暇はない。キューちゃんを脇に抱えて走り出した。
刹那、奥に見える砂地の一部が急に盛り上がり始める。
まるで波の様に大きくうねり、ざばあっと巨大な何かが姿を現した。
化け物ミミズ――"大砂蠕虫"だ。
眼前に現れたサンドワームは、警告音であろう甲高い鳴き声を上げる。
その体長はちらりと見ただけでも十メートル以上は越えていた。
あんなのが大暴れしたらニーナを探す所じゃない。
足跡が消える前に、俺はその先が何処に続いているのか目を凝らした。
足跡は一直線に伸び、ある流砂の罠の所で途切れている。
まさか……まさか落ちたのか? クロエも一緒に?
流砂の罠に落ちた者で生還した者はまず居ない。
居ても完全に飲み込まれる前に助けられた者だけだ。
急いで流砂の罠の方へと駆けつけるが、ニーナ達の姿は見当たらない。
完全に埋まってしまったのだろうか。想像するだけで血の気が引いて行くのが分かる。
何て……何てことになってしまったんだ……。
「きゅっ! きゅうっ!」
キューちゃんが暴れてサンドワームがこちらへ向かってきている事を知らせている。
まるで小さな山脈のようなその蠕虫は、円状に並べられた鋭い歯をこちらへと向けて迫ってきている。
しかし、もはや俺に逃げる気力は残っていない。
ニーナを失う夢は正夢になってしまった……。
……いや、待て……ちょっと待てよ?
賢いあの子が、わざわざ見えている罠に飛び込んだりするだろうか。
クロエもクロエで、教師に絶対に入るなと言われたからには近づかない筈だろう。
だとすると……"下に何かあるのか?"
しかしそうすると、ニーナ達はどうやってそれに気が付いたのだろうか。
見た目から判断する事は出来ない。流砂の下に何かあるのならどうやって――。
そう考えている内にも、サンドワームは凄い勢いでこちらへと迫って来ていた。
「……っ! ああ畜生、キューちゃんすまん!」
考える暇もない、可能性に賭けるしかない。
俺はキューちゃんに謝ると、思い切って流砂の罠へと飛び込んだ。
「きゅうぅーっ!?」
当然ながらキューちゃんは慌てるがしかし、既に共に逃げる事は出来ない。
ずさりと流砂の中心に身体が勢いよく刺さり、そのまま早い速度で沈んでいく。
足がまるで宙に浮いているかのような感覚。下に空間があるのは間違いないようだ。
その下の空間があまり高すぎない事を祈って―― 俺は身体を思いきり砂に沈めた。
◇
どさり、と身体が衝撃を感じる。
身体は痛いが、骨が折れる程じゃない。
どうやら賭けには成功したらしい。
キューちゃんは俺がしっかりと受け止めていたので無事だ。
砂が口に入ったのか、ぺっぺと吐き出しているが。
俺も、髪も服も見事に砂まみれだ。
しかし、この空間は一体なんだろうか。
僅かながら光が何処からか差し込んでいる辺り、洞窟である事は確かなようだが。
俺はポケットにいつもしまっているカンテラ用のマッチ箱からマッチを一本取り出し、点火した。
俺は流砂で出来た砂山から降りると、ゆっくりと辺りを見回す。
そこは水晶で出来た洞窟だということが分かった。
迷宮の地下にこんな場所があるとは……。
「うおっ!?」
手元だけしか明かりがなかったせいか、俺は石に躓いて転んでしまった。
マッチ棒が転がり近くの水晶へと当たる。
まったくこういう時にカンテラが有れば良かったんだが……なんて考えていたその時。
ぱああ、とマッチ棒の当たった水晶が淡く光り始める。
それが隣の水晶へと伝搬し、洞窟内を明るく照らすのだ。
幻想的なこの光景に、俺はしばし目を奪われた。
ふと気がつくと、マッチ棒の火が消えているのが分かった。
落ちた衝撃で消えたのだろうか……と拾い上げると、再びぽっと再点火される。
この不思議な現象に、俺は心当たりがあった。
「"吸光晶"か」
以前、近くの光や熱を吸収して蓄える性質のある水晶があるという事を聞いたことがある。
ここの水晶はきっとそれの一種だろう。
恐らく、マッチの火を吸収して光り始めたんだろうな。
しかしこれは好都合、これならカンテラ無しでも十分探索できる筈だ。
光が伝搬していったのを恐らく先にいるニーナ達も気付いただろうか。
出来ればその場で足を止めていて欲しいが……。
俺は水晶に照らされた道をゆっくりと進みながら、ニーナ達を探し始めた。





