第七十五話【オッサン、オアシスに着く】
ニーナとクロエの修練は続く。
「サンドイーターだ、噛まれないように注意しろ!」
「うねうね……ミミズ……む、むりいぃっ!」
「に、ニーナちゃん! わたくしのうしろにかくれられても、その、こまりますわっ!」
時には魔物に怯え逃げ惑う事もあった。
「これが流砂の罠だ。足を取られたらそのまま沈んでいくから絶対に入るんじゃないぞ」
「わぁ、おおきな穴っ!」
「いったいどこにながれていってしまうのでしょう」
時には罠の危険を教えられる事もあった。
過酷な迷宮ではあるが、教師やジョンがフォローしてくれるお陰で何事もなく済んでいる。
それに彼女たちは飲み込みが早く、荒野の迷宮での歩き方をよく理解しているようだった。
いつも迷宮に連れて行ってるニーナの理解が早いのは分かっていたが、それにクロエが必死について来ているのには驚いた。
思った以上に彼女はタフネスで、剣の扱いも徐々にだが上手くなって来ている。
むしろ剣に関してはニーナよりも上手いほどだ。
成長すれば、彼女はきっと優秀な冒険者になれるだろうな。
「よし、あそこで少し休憩するか」
教師が迷宮内に作られた休憩所を指差して言う。
荒野の迷宮には"オアシス"とも呼ばれる綺麗な水場が存在する。
そこには大抵、後続のために作られたキャンプファイアーと簡易的な椅子が置かれているのだ。
幾つかの学生パーティがその場所で休んでいるのが見える。
「あっ、先生お疲れ様です!」
「よお諸君! 調子はどうだ」
到着するや否や生徒たちに囲まれる教師。
厳つい外見だが人気は物凄くあるらしい……ちょっと意外、とか思ってしまったのは流石に失礼か。
俺たち含め、この休憩所には現在二十人程が休憩を行なっている。
生徒達は話し合ったり、武器の手入れをしたりなど各々の時間を過ごしているようだ。
冒険者たちも、自分たちのパーティでの出来事を意見交換しているらしい。
教師が生徒たちに連れて行かれるのを見たあと、俺たちはキャンプファイアの前で話し合っていた。
「さて、暫くフリータイムだなハンサム。日陰もあるし座ってゆっくりしたらどうだい」
「ああ、流石にこの日差しには堪えるからな、そうするよ」
「オーケイ、それじゃまた後でな!」
「ジョンはどこへ行くんだ?」
「"意見交換"さ……ヘイ、そこの麗しきお嬢さん!」
……ナンパの間違いじゃないのか、あいつ。
「ねえパパ、わたしトイレ行きたい!」
「わ、わたくしもお花を摘みに」
こっちは二人してトイレか、まあいっぱい運動して水も沢山飲んだもんな。
「わかった、あんまり遠くに行くんじゃないぞ」
「うんっ!」
迷宮にトイレなんてついてる訳もなく、基本的にはこっそりする物だ。
俺はちょうど良い場所を探しに行くニーナとクロエを見届ける。
……やけにクロエはそわそわしている気がするが、何だろうな?
やっぱりお嬢様には少し難しい……いや、これ以上考えるのはやめとこう。
「きゅっきゅっ」
「こーら、キューちゃんはついてっちゃ駄目だ」
「きゅうー……」
ついて行こうとするキューちゃんをひょいっと持ち上げる。
仲良しなのは構わないが流石にトイレまで一緒は駄目だろう、常識的に考えて。
キューちゃんと二人きりになり、近くの木影に座る。
俺はキューちゃんを隣に置き、改めて休憩所を観察する。
広々とした水場の隣に作られた、ちょっとしたキャンプ場と言った風景だ。
水場を囲むように黒チョークで円が描かれていて、一泊することも出来るだろう。
砂地や地面に描くのには結構大変なのだが、丁寧に作られているところを見ると、ここに最初に来た測量士はかなり几帳面な性格らしいな。
俺が休んでいる間にも続々と学生パーティが到着し、現在の人数は三十人ほど。
教師は集まってくる生徒たちの対応で忙しそうにしている。
ジョンは冒険者や生徒構わず声を掛けてはフラれてを繰り返しているようだ。
暇をしている俺は、教師から預かっていた地図をおもむろに取り出し、ぼーっと眺め始めた。
ここまでにたどり着くのに通った順路は北、東、北、西、南、西。
途中教育の為にわざと罠のある場所を通ったりしたが、他の荒野の迷宮よりかは非常に小さいことがよくわかる。
中心地はここから近く、北を進めば到着できる。
何処から迷宮に入ってもその順路になる物だから不思議なもんだ。
地図には中心地にいる守護者についても書かれている。
"大砂蠕虫"―― 非常に巨大なサンドイーターだ。
サンドイーターってのはストーンイーターの亜種で、まあ簡単に言えば滅茶苦茶デカいミミズだな。
サンドワームともなれば、その大きさはなんと胴回りだけで家一軒分にも相当する。
さらに最大で全長三十メートルにもなると聞いたことがある。
壁の無い迷宮だからこその大きさだな。全く想像がつかないデカさだ。
「きゅーっ!」
「おわっと!?」
地図を見ながらそんなことを考えていると、キューちゃんが急に俺の膝に飛び乗ってきた。
どうやら彼も暇でしょうがないようだ。
「……ははっ、キューちゃん、遊んで欲しいのか?」
「きゅっきゅう!きゅー!」
「よしきた、そら取ってこいっ!」
俺は地図をしまうと、キューちゃんと遊ぶことにした。
近くに落ちていた木の枝をポイッと投げると、キューちゃんはそれに向かって走って行く。
そしてそれを咥えて戻ってくるのだ。
犬の遊びと一緒だが、彼は満足そうに走っているので問題はないだろう。
「マイガッ……」
暫くキューちゃんと遊んで時間を潰していると、ジョンがガックリと肩を落として戻ってきた。
どうやら彼の言う"意見交換"はあまり実りが無かったらしい。
「よう色男、調子はどうだい」
「見渡す限りの砂地、クソ暑い日差し、隣にはオッサン、ああ最高の日だね」
「悪かったなオッサンで」
軽口を叩きながら、ジョンは隣に座ってくる。
そして聞いてくれよとナンパの失敗談を聞かせてくるのだ。
まあ適度に聞き流してやるとするか……なんてキューちゃんと遊びながら聞いていた。
しばらく経った頃、休息を終えた学生パーティの一部が出発し始める。
中心地には向かわずに、順路を逆に進みながら学園へと帰って行く。
太陽はちょうど真上を向いた頃、学園へと戻るにはちょうど良い時間である。
……しかし遅いな、ニーナ達。
流石にトイレにしては遅すぎる。
「……なあジョン、ニーナ達見なかったか?」
「でさああの冒険者と来たら……え? 嬢ちゃんか? 見てないが」
……なんだか嫌な予感がする。
「ジョン」
「ああ分かってるとも、俺はあっちを見てくる」
「助かる、キューちゃん行くぞ!」
俺はキューちゃんを連れ、急いで休憩所をぐるりと回った。
しかし、ニーナ達の痕跡はどこにも見当たらなかったのだ。
まさか俺たちに内緒で迷宮探索に行ってしまったのか? だとすると一体何故……。
「きゅ? きゅうっ!」
「キューちゃん、何か見つけたのか?」
キューちゃんが鳴く方向へと向かうと、小さな足跡が二つ、北へ向かって伸びているのが分かった。
他のパーティは学園へと戻って行っている為、その足跡とは考えにくい。
ニーナとクロエの足跡としか考えられなかった。
「どうだハンサム、何か見つかったか!?」
ジョンが息を切らしながら此方へと向かってくる。
「足跡を見つけた、どうやらニーナ達は北に向ったらしい」
「北ってことは……なんてこった、中心地じゃねえか! 急いで向かうぞ!」
「いやジョン、お前は先に先生に報告してくれ。俺が彼女達を追う」
「だけどよハンサムッ!」
「俺の方が身軽で足が速い、もしかしたら守護者に接触する前に彼女たちに追いつけるかもしれない」
「ッ……ああクソッ、すぐに追いつくからな!」
そう言うとジョンは急いで教師の元へと向かって行く。
俺はキューちゃんを抱えると、全速力で足跡を追った。
ニーナ達は一体何を考えてこんな事を……。
不安と疑念といった感情が、俺の中で入り混じっていた。





