第七十四話【オッサン、荒野探索】
トランパル近郊、西部。
草原に、ぽっかりと穴が開いたように荒地になっている場所がある。
そこは自然に出来たにしては不自然で、人為的かと思えばまた違う。
それは不可思議な"迷宮転移"が引き起こす変異の一つであり、そこ自体が既に迷宮の一つなのだ。
俺達は草原と荒野、丁度その境目に立っていた。
「さあ着いたぞ、ここが今回の迷宮実習の舞台……荒野の迷宮だ!」
教師が荒地を指差して言う。
しかし、迷宮の入口と呼べるものはそこには無い。
ニーナとクロエはキョロキョロと辺りを見回して。
「入り口がどこにもありませんわ」
「ねえせんせー、本当にここがめいきゅーなの?」
と不思議そうに首をかしげている。
一般的に迷宮と言えば入口があって最深部がある、いわば"ダンジョン"みたいな物をイメージするだろう。
しかし、今回の荒野の迷宮は一味違う。
「ハッハッハ! ちゃんと迷宮だとも、荒野の迷宮は"壁の無い迷宮"なのさ」
そう、荒野の迷宮には壁が無い。あるのは永遠に続くとも思える荒地のみだ。
外から見た迷宮はそこまで大きい物ではないが、内部が異次元になっているのは他の迷宮と変わりない。
この内側は広大な荒野が続いているのだ。
ニーナとクロエはええっ、とその答えに驚いていた。
「ヘイプリティガールズ、荒野の迷宮ってのは特性も摩訶不思議でな、中心部……他で言う最深部に辿り着くには、正しい順路を進まなければならないのさ、オーケイ?」
ジョンがいつもの調子で軽く迷宮の説明を行う。
そう、荒地の迷宮は色々と特殊なのである。
ジョンも言っていた通り、荒野の迷宮では最深部の事を"中心部"と言う。
そして、正しい順路を辿らないと絶対に中心部へは辿り着かない。
間違った道を辿ると迷宮の反対側に出たり、荒野ならではの罠に引っかかったりするのだ。
俺を含め、荒野の迷宮が好きな迷宮測量士はあまりいないだろう。
何故なら、測量の際は全て"総当たり"しなくてはならないのである。
道の全てが十字路のようなこの迷宮、最短で中心部へと辿り着いたとしてもそれで測量完了とは言えない。
どの順路を進めば罠に当たるとか、どの順路を進むと魔物に出会うかとか。
簡単に言えば非常に時間が掛る上、数々の罠を乗り越えなくてはいけない為、非常に危険で面倒なのだ。
一応、ギルドでは中心部へ辿り着く順路を見つけただけの地図も買い取っている。
しかし、総当たりして書かれた明確な地図の方が高値である事は言うまでもなく。
故に無理をして測量を行う者も少なくはない。
「何だかとってもむずかしそうなめいきゅうですわね」
クロエが少し困った表情で言う。
確かに、初めての迷宮にしては少し難しい迷宮かもしれない。
教師はそんなクロエを見てにこりと笑うと。
「大丈夫だクロエ、地図によるとこの荒野の迷宮は比較的小さな迷宮だということが分かってる。それジョンさんやジムさんもいるし、他のパーティだって挑んでるんだ、そんなに心配するな」
と、元気付ける言葉を投げかける。
ここに辿り着く前に地図を拝見させてもらったが、確かに小さな迷宮である事は確認済みだ。
それにジョンの実力も申し分ない。……まあ、性格はヘンだけど。
クロエはキョロキョロと俺とジョンの顔を見た後。
「……そうでしたわね、うたがうようなマネをしてしまってもうしわけありませんわ」
とペコリと頭を下げた。
本当に礼儀正しい子だな、親のしつけがよほど行き渡ってると見える。
少し大人び過ぎてて、違和感を覚える点もあるにはあるが。
俺的にはニーナぐらい多少ワガママでも、まあ可愛いもんだと思うがな。
「おお、そうだ。二人にこれを渡しておこう」
教師が思い出したかのように、腰にぶら下げていた袋から鞘に収まった小さな剣を二本取り出す。
小さな鞘には肩に掛けられるように革紐が付けられている。
彼はそれを彼女達の肩に掛け、剣がちゃんと背に行くように調整してやった。
「子供用のショートソードだ、おもちゃじゃないから気軽に振り回すなよ。実戦練習の時に使うから無くさないように」
そう、彼女達は護衛対象では無く、立派な冒険者候補なのだ。
今回は彼女達の戦闘実習の為に来ている事を忘れてはならない。
「せんせーありがとっ! パパ、見て見て! ぼうけんしゃっぽい?」
「……ふふっ、ああ、冒険者っぽいぞ」
「きゅっきゅー!」
そんな中、緊張感を微塵も感じさせないニーナ。剣を貰ってとてもご機嫌だ。
俺に見せびらかすように見せ、キャッキャと喜んでいる。何故かキューちゃんまでも。
全く無邪気なもんだな、ブレないというかなんというか。
「さて、準備が出来た所で出発するとしよう。二人とも離れるなよ!」
教師が先陣を切って進んで行く。
「はーいっ!」
「ええ、まいりましょう」
その後ろを、ニーナとクロエが少し楽しそうについて行く。
俺とキューちゃんは彼女達の後ろで周囲を警戒だ。
「オールライト! 後ろは任せとけよッ」
最後尾はジョンが遺物の銃器を手に持ち、いつでも対応できるようにしている。
五人と一匹、万全の状態での迷宮探査。
何も心配する要素は無いだろう……恐らくは。
◇
俺たちは見渡す限りの荒野を、ゆっくりと進んでいく。
夏季という季節もあるのだろうが、迷宮内部は非常に暑い。
荒野の迷宮は草木の少ない荒地で、壁や天井がないという構造上、地面からの照り返しが強く高温となりがちだ。
故に、魔物や罠以外にも"熱中症"という危険とも戦わないとならない。
水筒はもはや必須アイテムと言っても過言ではないだろう。
準備はちゃんとしてきてはいるが、俺は子供たちが少し心配になった。
幼い彼女たちには少々過酷ともいえるこの迷宮、早々にバテてないといいのだが……。
「ゆっくぞ〜われららんぱーといっか〜♪」
「ニーナちゃん、その歌なんて歌なんですの?」
「"すすめランパートいっか"って歌!」
「ふふ、なんだかたのしげな歌ですこと」
心配を他所に、彼女たちは実に和気藹々としていた。
そんな様子を見せられた物だから、なんだか少し可笑しくてふふっと笑ってしまう。
「オイオイまるで遠足みたいだな、こりゃあ」
ジョンが少し茶化すように、両手を挙げてやれやれとジェスチャーを行う。
まあその指摘に間違いは無い、なんとも気の抜けた迷宮探索である。
教師もなんとも言えないといった表情でニーナたちを見ていた。
そんな進軍がしばらく続き、何だかほがらかとした雰囲気で探索は進む。
「そういやなんでジョンはこの仕事を受けたんだ?」
「シエラ様を鍛えた時があっただろ? その時から誰かに何かを教えるのが楽しく感じてな、報酬も良いし、次世代の冒険者を育てる役に立てるならと思って受けたのさ」
「……物凄い意外というか、いつものお前らしくないというか」
「ホワッツ! 失礼な奴だなハンサム、俺だってちゃんと考えて行動してるんだぞ!」
「サハギンの罠」
「……ヘイ、忘れちゃくれないかい」
こうやって、軽く雑談をし始めるくらいには緊張が解れていた。
勿論だからと言って警戒を怠る訳にもいかない。
ここは迷宮、魔物がいつ現れてきてもおかしくないのだ。
「……む、あれは」
教師が片手を上げて進軍を停止させる。
何事かと思い前方を見ると、蠢く砂の塊が二つほど。
「サンドスライムか、修練には丁度いい相手だな」
教師はそう呟くと、腰にぶら下げていた片手剣を鞘から引き抜いた。
サンドスライム……スライムという名は付いているがゴーレムの一種らしい。
本来であれば砂の中に混じっている魔石を食べて生きる大人しい魔物だ。
しかしここは迷宮、少なからず凶暴化している為、注意が必要である。
「ニーナ、クロエ、剣を持て。早速実習を始めるぞ」
教師がそう言うと、慌てた様子で二人は剣を取り出し構える。
俺とジョンは周囲を警戒しつつ、その戦いを見守っていた。
サンドスライムたちもこちらに気が付いたようで、じりじりと距離を詰めてくる。
向こうもどうやらやる気らしいな。
「まず俺が手本を見せる、後に続くんだ!」
そう言うと剣を構えてサンドスライムの一体へと斬りかかった。
ばふっ、と衝撃によって砂が飛び散る。サンドスライムにその攻撃が効いているような素振りは無い。
しかし黒ずんだ球体が姿を見せる。サンドスライムのコアだ。
それが見えるや否や、すぐさま教師は剣でコアを突いて止めを刺した。
「攻撃して砂を散らせた後、コアに追撃を行え! 落ち着いて行えば大丈夫だ!」
そう言うと一旦後ろへと下がり、ニーナとクロエを先頭にする。
彼女達は少し戸惑いつつも、しっかりと剣を握ってサンドスライムと戦わんとしていた。
「いくよっ! クロエちゃん!」
「わ、わかりましたわっ!」
少しへっぴり腰になりつつ、ニーナがサンドスライムへと斬りかかった。
再び散らされる砂、が威力が低い。まだコアに到達するまでは至らない。
サンドスライムもやられっぱなしではいかんと石礫を吐き出して攻撃を行う。
「きゃあっ!」
「ニーナッ!」
石礫によって少し怪我をしてしまったニーナを見て、俺は咄嗟に助けに入ろうとする。
しかしジョンに服を掴まれて制止された。
「おっとハンサム、我慢だぜ……これは彼女たちの戦いだ」
「……分かっている、分かっているが」
「安心しなよ、嬢ちゃんは強い子だ。まあ見てな」
ジョンに諭された俺は逸る気持ちをなんとか抑え、彼女たちの戦いを見守っていた。
正直言って不安だ、勝てるだろうか。
「いったた……やったなぁ!」
「ニーナちゃん、こんどはわたくしが!」
飛び散った砂をゆっくりと再生させるサンドスライムに向かって、今度はクロエが斬りかかる。
完全には回復していなかったためか、砂が飛び散り今度はコアが丸見えとなった。
「てええいっ!」
すかさずニーナが剣を構え距離を詰めて、コアへと突きを行う。
柔らかなコアに突き刺さる剣、びくんと跳ねるサンドスライムの身体。
勢い余ったニーナがこてんとその場でこけると同時に、サンドスライムはサラサラと砂になっていく。
「うう……ころんじゃった」
砂をはたきながら立ち上がるニーナ。
クロエは少し呆気にとられつつも。
「……や、やりましたわ! ニーナちゃん! わたくしたちかちましたわ!」
「わわ、ちょっとクロエちゃんっ!?」
と、剣をその場に捨ててニーナに駆け寄り、手を取ってぴょんぴょんと喜んでいる。
よほど嬉しいようだ、普段のお淑やかな態度を崩し、子供らしく喜んでいる。
「はっ……や、やだわたくしったら、はしたないマネを」
まあすぐに我に返って、照れくさそうに俯いたのであるが。
しかし、初戦闘でどうなる事かと思ったが……なんとか無事に済んで良かった。
ニーナの怪我は大丈夫だろうか? 俺はすぐに駆け寄りたくなったが。
「ハッハッハ! 良い連携だったぞ二人とも! ニーナ、怪我は大丈夫か?」
「はいせんせー! ちょっとすりむいただけですっ!」
「よろしい、まあ万が一もある。塗り薬を塗っておこうな」
と、教師が塗り薬を取り出してニーナの擦り傷に塗り始めた。
回復効果のある薬草で出来たそれは、戦士の必需品だ。
ニーナの怪我もすぐに良くなるだろう。
「な、大丈夫だったろハンサム」
「……ああ、そうだな」
"子供はいつの間にか成長をしているもの"、何となくその言葉を俺は思い出していた。
あの夢はもしかしたら、ニーナの一人立ちを暗示していたのかもしれないな。
そう考えれば杞憂なんだが……。
「これでよし、と。さて再び出発するぞ!」
処置を施した教師は塗り薬をしまうと、すぐに出発しようと隊列を整える。
先ほどと同じ隊列になった後、俺たちは再びゆっくりと前へと進み始めた。





