第七十一話【オッサン、授業参観】
「戦闘科? 戦闘科がいいのか、ニーナ?」
「うんっ! わたし、クロエちゃんとなかよくなりたいんだ!」
クロエ……ああ、さっきの女の子の名前だよな、確か。
確かに近い歳の友達を欲しがるのは自然か、友達欲しいって言ってたし。
「でも探索科とかじゃなくてもいいのか?」
「たんさくとかはパパがおしえてくれるからいいのっ」
……こいつめ。
まあさておき、彼女のしたい事は決まったようだ。
しかし戦闘科か……ニーナは冒険者の道を歩むんだろうか?
いや、戦闘が出来る迷宮測量士というのも面白いかもしれないな。
自衛出来れば魔物と対峙した時の選択肢も増える。いいことだ。
……いかんいかん、ついついニーナの将来について考えてしまうな。
とにかく今は戦闘科に体験入学させて、様子を見て見よう。
「戦闘科への体験入学ということでよろしいでしょうか」
「ああ、はい、お願いします」
「分かりました、小さなお子様の場合は保護者同伴も可能ですが、どうなされますか?」
ふむ、同伴できるのか。
ニーナの事だから心配は要らないだろうが……ちょっと最近は彼女の動向が気になる俺。
夢の件もあるし、ここは暫く同伴させて貰おうかな。
「ではお願いします」
「分かりました、それでは戦闘科の教室へ向かいましょうか」
そう言うと受付の人は再び俺達を連れて、戦闘科の教室へと歩き始めた。
「たのしみだね、キューちゃんっ!」
「きゅっ!」
キューちゃんにニーナがうきうきしながら話しかける。
まったく、本当仲良しコンビだなこの子達。
戦闘科の教室に到着した俺は、教室の後ろ側から入場する事になった。
ニーナは前側から入って自己紹介をするらしい。
案内の女性に薔薇の校章とワッペンを渡されながら軽く説明を受けている。
……あ、キューちゃんもついていこうとしてるな、アレ。
「おっと、キューちゃんは俺と一緒に見学だ」
「きゅっ!? きゅーぅ……」
ひょい、とキューちゃんを持ち上げると、彼は至極残念そうに俯く。
そんな彼の頭を掻いてやると、少し気持ちがいいのかうっとりとした表情を浮かべていた。
……しかし前よりも重くなったな、子供の成長は早いものだ。
キューちゃんを連れて静かに教室に入場すると、後ろに椅子が用意されていた。
保護者席って奴だな、俺はそこに座って改めて教室を見回した。
非常に広々とした作りで、眼前には生徒が座るための席が沢山並んでいる。
戦闘科だからか、壁には武器や盾の見本が飾られていた。
ここが魔法科とかだったら、魔法に関しての物が飾られてたりするんだろうな。
教師は少々厳つい男性、いかにも戦士って感じの風貌の男だ。流石に鎧を着込んではいないが。
やはり戦闘科だからか、そういった人物が教師に選ばれるんだろう。
あまり厳しくないといいが……。
保護者席に座っている者は俺だけだ。
まあ、教室を見る限り戦闘科にいる小さな子供って言ったらニーナとクロエって子だけだもんな。
とすると、さっきの貴族は同伴を断ったんだな……信頼してるのか、それとも忙しいのか。
まあ他所は他所、ウチはウチだ。
ちょっとは気になるが、そこまで気にしていても何かが解決するわけでもない。
暫くすると、ニーナが教室に入場してきた。
流石の彼女も大勢の前に立つと、ちょっとだけ緊張した面持ち。
心の中で頑張れよと応援しながら、どうなるかその様子を見ていた。
「みんな、また可愛らしい子が戦闘科に入ってきたぞ!」
教師の男性がそう言うと、ニーナは大勢の前で軽く自己紹介をした。
「えっと……ニーナ・ランパートですっ! 今日からよろしくおねがいします!」
そう言うと彼女はぺこりとお辞儀。
言葉の節々から緊張が感じ取れる。
こんな大勢の前で話す機会なんて無かったもんな、しょうがないか。
生徒達の反応はというと——。
「ランパート……ってことは、あのランパート一家の子か!」
一人の生徒がそう言うと、一気に教室が沸いた。
「こりゃ期待の新人が入ってきたもんだ!」
「よろしくね、ニーナちゃん!」
生徒達がそれぞれニーナに歓迎の声を掛ける。
どうやら受け入れられそうだ、良かった良かった。
「ハッハッハ! 早くも人気者だなニーナ!」
教師はそう笑うと、空いてる席を指差して。
「クロエの隣に座ると良い。歳が近い者同士、仲良くするんだぞ」
と、席に座るよう促した。
ニーナはちょっと嬉しそうにはいっと返事をすると、駆け足気味に席へと向かう。
そしてクロエの隣に座って。
「よろしくね、クロエちゃんっ!」
と彼女に向かって元気に挨拶をした。
余程友達になりたいんだな……まあ、周りには同年代の子は居なかったしな。
「よろしくおねがいしますわ、ニーナちゃん」
クロエの方もにこりと笑ってニーナに返事を返した。
こっちの方も上手くいきそうだな、心配したが問題なさそうだ。
……ん? 一瞬クロエが俺の方を見たな。
彼女は少しだけ物悲しそうな顔を見せて、すぐに教師の方へと向き直る。
やっぱり親が居なくて寂しいんだろうか……可哀想だが、俺に出来ることは何も無い。
せめて彼女の親が戻ってきてくれる事を祈るしか無いな。
「さて、授業の続きを始めるぞ、戦術の基礎についてだ。ニーナとクロエ以外は復習する気持ちで聞くように。まずは——」
そうして授業は再開した。
生徒達の態度は真剣そのもの、怠けてる者などいない。
教師の指導も分かりやすく熱意があり、次世代の冒険者を育てようという気概を感じる物だ。
ニーナもちゃんと授業を受けている……かと思いきや、俺の方を振り返って手を小さく振ったりしてきた。
まったくこの子ったら、なんて思いながら俺は手を振り返す。
……若干教師の視線が痛い。うん、すまない、邪魔をするつもりは無かったんだが。
授業は問題なく進み、休みの時間を知らせる鐘が鳴る。
「――と、この時間はここまでとする……さて、自由時間が終わったら校庭で実技をやるぞ!」
教本を閉じながら、教師は少し嬉しそうに言った。
……まあ、身体を動かす方が好きそうだなとは思っていたが。
教師が教室の外に出て暫くすると、ニーナとクロエを囲むように生徒達が集まってくる。
どうやら彼女達は質問攻めに遭っているようだ。
「ニーナちゃんってあのランパート一家の子でしょ? どんな迷宮を探検したの?」
「えっとね、かいていのめいきゅーとか――」
「そのブローチと髪飾り可愛いね! 何処で買ったの?」
「ええっと、ブローチはパパがかってくれて――」
ニーナは元気に答えているが、ちょっと戸惑っている様子だ。
まあ、新入りの定めというかなんというか。
俺も新人の頃は、よく先輩冒険者に何処からきたのかだとか聞かれたもんだ。
「ええっ!? クロエちゃんってあのジルアート家のご令嬢なの!?」
「そうなのですわ、でもだからってかしこまらないでくださいな。わたくしは年下なのですから」
「でも豪商の娘さんがなんで戦闘科なんかに入って来たんだ?」
「商人はぶんぶりょーどーでなければならない……お父さまのおしえですわ」
クロエの方は、何だか人に囲まれているのは慣れている様子。
こういった場には慣れているのか、にこりと笑いながら答えていく。
何となく優雅さを感じるのは、その育ちの良さからだろうか。
しかしやはり貴族、それもあのジルアート家の娘だったのか。
ジルアート家と言えばこの大陸の名だたる豪商の一人、"ダルパ・ジルアート"だろう。
各地方に支店のある大手の商店を経営し、商人組合でも度々名が挙がる程の人物だった筈だ。
なるほど、保護者として同行出来ない理由が良く分かった。
一秒が金になる男とも呼ばれるダルパ……先ほどクロエと一緒に来たのも彼なりに無理をして来たのだろう。
そういった事情がある事を知っているから、クロエはあの時ワガママを言わなかったのだ。
……あっ、クロエとまた目が合った。
今度はすぐに逸らす事は無く、にこりと笑ってお辞儀をする彼女。
その姿が俺には無理をしているように見えて、少し心が痛くなった。
「あの、ジム・ランパートさんですよね?」
ふと気が付くと、俺の周りにも人の集まりが出来ていた。
戦闘科の生徒達だ。全員目を輝かせてこちらを見ている。
「お話聞いてますよ、新種の迷宮を次々と突破してる凄腕の迷宮測量士だって!」
「ドワーフ族とマグトラの衝突を止めたとも聞きました! 本当に凄いですね!」
「是非お話をお聞かせ下さいっ!」
生徒達は俺の言葉を待っている。
……どうやら逃がしてはくれなさそうだ。俺の『逃げ足』は肝心な時に役に立たない。
「ああ、コホン……そうだな――」
あまり乗り気では無いが、この状況ならば仕方がない。俺は教師になったかの様に語り始める。
こうして俺もめでたく生徒達から質問攻めに遭う事になったのだった。





