表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/123

閑話【キューちゃんのとある一日】

 吾輩はグリフォンである。名前は―― 何? この出だしは少々マズいとな?


 まあとにかく、吾輩の名前はキューちゃん。グリフォンのキューちゃんである。決して九官鳥ではないし"ちゃん"までが名前だ。

 吾輩はまだ幼い。大体生後五ヶ月と言った所である。

 知性高いグリフォンと言えど、この歳ではきゅーと鳴く事しか出来ない。


 吾輩にはとても賢き母上が居たが、訳あって今は一匹である。

 死別したという訳ではなく、単に私が迷子なだけなのだ。

 今、母上が何処にいるかは分からないが、必ず見つけ出したいと思っている。


 現在は、とある人間の家族に保護されている。

 父親"ジム・ランパート"殿。その娘、"ニーナ・ランパート"嬢。

 彼らは吾輩を救ってくれた恩人で、善良な市民であり、有能な探検家でもあるのだ。

 特にニーナ嬢は優しく勇敢であり、吾輩にとても良くしてくれる。盟友と言っても過言ではない。


 今回はそんな一家との日常の一部をご覧に入れよう。


                  ◇


 刻八時〇〇分。吾輩、起床。


 吾輩は眼を覚ますと寝床から立ち上がり伸びをする。

 これをやるかやらないかでは一日の始まりが違うので、しっかり行う。

 寝床から出ると良い匂いがしてくる。ジム殿が食事を作っているのだ。

 近づくと、吾輩の存在に気付いた彼が微笑んで吾輩を見下ろしてくる。


「ああ、キューちゃんおはよう。ニーナを起こしてきてくれるか?」


 料理で手の離せない彼は吾輩にそう依頼してくる。

 彼は吾輩を小使いか何かだと勘違いしているのだろうか? まったく。

 だがしょうがない、美味しい料理の為吾輩が手を貸してやるとしようではないか。

 

「きゅっ!」


 元気のいい返事を返してやると、吾輩は寝床の方へと戻って行った。

 ここの部屋の寝床、ジム殿、吾輩、そしてニーナ嬢のもの三つである

 吾輩は真っ先にニーナ嬢の所へと向かい、彼女の寝床に飛び乗った。


「んぅ……えへぇ」


 まったくこのだらけ切った顔! 警戒心の欠片も無い!

 野生ではこのような者から命を落としてしまうものだ。

 吾輩は寝床に飛び乗ると、ニーナ嬢の頬を軽くつついた。


「きゅっきゅっ!」

「ん……はふ……あ、キューちゃんおはよぉ……」


 全く、百獣の王の如きだらけっぷりである。まあ、そこが彼女の良い所の一つでもあるのだろう。

 眼呆け眼を擦りながら寝床から這い出ると、ニーナ嬢はジム殿へと朝の挨拶を交わした。


「ふあぁ……パパ、おはよぉ」

「おはようニーナ、だいぶ寝ぼけてるな? ほら、顔洗ってシャキッとする」


 ふぁい、と何とも気の抜けた返事を返して水場へと向かうニーナ嬢。

 吾輩もついて行くべきかと思ったが、行動に移す前にジム殿が動いた。


「さ、キューちゃん、ご飯だぞ」


 ことりと受け皿に乗せられた羊肉を目の前に置かれる。

 吾輩が食事をするのに労さないよう丁寧に切り分けられている。全く、気づかいの達人だろうか? ジム殿は。

 吾輩はありがたくその皿に盛られた羊肉を頂くのである。うむ、今日も美味い。


 「ふーさっぱりっ」


 すっきりした顔で戻ってくるニーナ嬢。

 先に食事を頂いてしまって申し訳ないが、空腹には逆らえぬのだ。野生の性である。

 

「うわぁおやさい……」

「ちゃんと食べなきゃ大きくなれないぞ?」

「いいもん、小さくたってだんじょんまっぱーにはなれるもんっ」

「……実は迷宮測量士には身長制限がある」

「パパっ! おやさいおかわり!」

「変わり身早過ぎるだろオイ」


 おやさいと言う食物を口に詰め込むニーナ嬢と、それを見てふっと微笑みながらおやさいを盛る。

 これが吾輩が世話になっている人間達の、朝の風景である。


                  ◇


 刻十時〇〇分。吾輩、部屋の外へ。

 

「キューちゃん、いこっ!」

「きゅっ!」


 ニーナ嬢に連れられて、吾輩は部屋の外へ出た。

 ジム殿は珍しく一人の用事があるらしく、ニーナ殿に留守番を頼んで何処かへと行ってしまった。

 しかしニーナ嬢は勇敢で好奇心満ちた探検家。一言二言では彼女をその場に留める事など出来ないのだ。

 だが外は危険に満ちている。気高きグリフォンたる吾輩が、盟友たる彼女を守ってやらねばならない。


「ふんふーん♪」

「きゅっきゅきゅー♪」


 凱旋の音楽を歌い、気分を高めていく。

 歌詞は無いがとにかく元気の出る歌である。ニーナ嬢もお気に入りらしくよく歌っている。

 

 そうして、吾輩達はこの巨大な建物の玄関口までやって来ていた。

 この建物は非常に人間が多い。背丈も恰好も性別も全て違う、本当に様々な人間が訪れる。

 ここはギルドという施設らしいのだが、幼い吾輩にはまだよく理解が出来ていない。


「あれっ、ニーナちゃんお出かけ?」

「あっ、シエラおねえちゃん!」


 吾輩が周囲を警戒していると、後方から"シエラ"嬢が現れた。

 彼女はエルフという人種で、心優しい女性だ。少々……いや、かなり迂闊な一面もあるが。

 受付嬢という仕事をしながらも、時には探検家として迷宮へと潜り込む。

 迂闊で迷宮を渡り歩けるのか、と? 大丈夫、彼女は窮鼠になれば強いのだ。


「ジムさんはどうしたの?」

「パパはね、ごようじでいないのっ!」

「一人だと危ないよ、ジムさんが戻るまで待った方が……」

「だいじょうぶ! キューちゃんがいるからっ!」


 ふふふ、どうやらニーナ嬢は吾輩に期待の念を抱いているらしい。

 なればこそ、それに応えねばならぬだろう。吾輩は翼を大きく広げ、力強さをシエラ嬢に示した。


「きゅーっ!」

「きゅ、キューちゃんは保護者に数えて良いのかな……」


 ――ぐぬぬ、力及ばずか。


「うーん……遠くに行かないって約束できる?」

「うんっ!」

「よろしいっ、じゃあ今日だけは見逃してあげるね?」


 そう言うといってらっしゃい、とシエラ嬢は手を振って吾輩達を見送ってくれた。

 やはりシエラ嬢は心優しい。相手の事を第一に考えている女性だ。

 故に、他の人間から好意を持たれるのも致し方ないだろう。よく異性に求婚されている姿を目にしている。

 

 閑話休題。こうして吾輩達は建物の外へと繰り出したのだった。


                  ◇


 刻十二時〇〇分。吾輩、街の市場へ。


 街へ繰り出してからというもの、ニーナ嬢はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、留まる事を知らない。

 吾輩は、彼女が怪しげな暗がりや危険な獣の匂いがする場所へ行かないよう、時々服の裾を引っ張ったりして誘導していた。

 そうして辿り着いたのがこの市場である。


 ここは、街の人間達が道端で店を出している場所だ。

 ジム殿が言うには、これらの店は露店というらしい。人間は何処でも商売をしたがるものなのだな。


「そこのお嬢ちゃん! 買い物かい?」

「ううん、おさんぽ!」


 ニーナ嬢は道行く人によく声を掛けられる。

 まあ、吾輩のようなグリフォンを護衛に連れた少女など中々居ないだろう。気になってしまうのも無理は無い。

 吾輩は声を掛けて来た相手を一瞥すると、すました顔で気高く見せてやるのだ。


「おや、可愛いペットを連れてるね! 名前はなんて言うんだい?」

「キューちゃんっていうんだよ! わたしのおともだちなの!」


 ペットではない、立派なグリフォンだ。

 なんて失礼な輩だろうか。ここは一つ威嚇して吾輩の威厳を見せつけてやらねば。

 吾輩は翼を広げ、目の前の男に向かって雄叫びを上げた。


「きゅうぅーっ!」

「はは、こりゃ愛くるしいな! ウチも猫が居るんだが不愛想でね、少しお嬢ちゃんが羨ましいよ」


 ……くっ、今日はこのぐらいにしておいてやろう。


「そうだ嬢ちゃん。ウチは織物屋なんだが、そのキューちゃんに丁度いいプレゼントを買ってあげないかい?」

「プレゼント?」

「ああそうさ、この赤いスカーフ、とっても似合うと思うんだがどうだろう? たったの銀貨一枚さ!」


 そう言って男が取り出すのは、赤い布切れだ。

 吾輩に似合うらしいがしかし、そんな布切れ程度で心を動かされる吾輩ではない。

 吾輩は気高きグリフォン。そのような物が無くても吾輩の気高さは揺るがない。

 故に、吾輩は欲しがったりせずにそっぽを向いてアピールするのだ。


「んー……かうっ! さっそくキューちゃんに付けてもいい?」

「まいどっ! いいとも、是非付けた姿を見せてくれ!」


 しかしあろうことか、ニーナ嬢はその布切れに通貨を出してしまったのだ。

 銀色の通貨、それはジム殿から貰い受けたものだ。おこづかいだと言っていた。

 恐らく大切な物であろうそれを自分の為ではなく、吾輩の為に……なんと、なんという事か。

 吾輩の盟友の心はまるで地平線の様に広く、そして偉大なのである――吾輩は再確認した。


 吾輩が半ば感動を覚えていると、ニーナ嬢の手によって首元に赤い布切れが巻かれる。

 苦しくない程度に首の後ろできゅっと軽く結ばれ、吾輩の首に布切れがぶら下がった。


「わあっ、にあってるよキューちゃんっ!」


 ニーナ嬢はにこりと笑みを浮かべ、吾輩の頭を撫でる。

 こうされると何だかこそばゆくて、とても気分が良くなるのだ。

 喋れぬ吾輩はその手に頭を擦り寄らせ、精一杯の感謝の気持ちを示す事にした。


「きゅうー♪」

「おや、キューちゃんも気に入ったみたいだね! 買ってくれてありがとよ!」

「うんっ! おじさん、ありがとう!」


 おじさんと呼ばれた時、その男の顔が少しだけ悲しい物になった。本当の事なのに。


 ニーナ嬢は上機嫌になりながら、吾輩を連れてその場を後にする。

 まったく、良いものを貰ってしまった。この布切れは生涯大事にしよう。

 他でもない、大切な盟友からの贈り物なのだから。


                  ◇


 刻十五時〇〇分。吾輩、街のとある通りへ。


 その後もニーナ嬢と吾輩の散策は続き、ついには見知った通りまで来た。

 この道は人通りが少ないが、安全なのは分かっている。

 エルフの女性"ミア"嬢が店を開いている通りなのだ。

 怪しい風貌ではあるが、シエラ嬢の様にとても優しいエルフである。


「るーららー♪ るんたったー♪」

「きゅっきゅきゅー♪」


 我々の気分は最高潮。凱旋の曲を歌う時も、自然と力が入る。

 そろそろ帰宅を考える頃合いではあるが、ニーナ嬢はまだ帰る気は無い様子。

 まあこの際、ミア嬢に会う事も選択肢の一つであろう。きっと菓子を用意してくれる筈だ。

 問題は、吾輩にそれを彼女に伝える術は無いのだが。精々服を引っ張る程度だろう。


「ん……あれ? ニーナじゃないか」


 吾輩らがミア嬢の店の近くまで来ると、見知った顔が現れる。 

 我らが保護者、ジム殿である。


「あっ、パパ! ようじはおわったの?」

「勿論終わったが……ちゃんとギルドでお留守番してろって言ったろ?」

「えへへ、ごめんなさいっ」

「まったく、外は危ないんだから探検もほどほどにな?」


 そう言うと、ジム殿はニーナ嬢の頭を撫でた。

 ジム殿はこういう所が甘い。ニーナ嬢相手だと特に顕著だ。

 そこが彼の良い所でもあるが、吾輩が居なかったらどうする気なのだろう?

 吾輩はこれからも、ニーナ嬢の護衛を務める事になりそうだ。


「見て見て! キューちゃんにスカーフかってあげたの!」

「ん、よく似合ってるじゃないかキューちゃん」


 吾輩の頭に向かってジム殿から手が伸び、優しく撫でられる。

 ニーナ嬢とは違って、大きくごつごつとした力強い手だ。

 父親の包容力というのだろうか、ニーナ嬢が撫でられるのを嬉しがっているのが分かる気がする。


「さ、一緒に市場に寄って帰るか。今日は何が食べたい?」

「んー、ひつじのシチューがたべたい!」

「羊のシチュー好きだよな、ニーナは。分かった、腕によりをかけて作ってやるから楽しみにしとけよ?」

「えへへ、うんっ!」


 ジム殿とニーナ嬢は、手をつないで市場へ向かって進んで行く。

 その仲睦まじい後ろ姿を吾輩はいつも見つめているのだ。

 良い親子というのはこういう事を言うのだろうな。実に微笑ましいものだ。


「キューちゃんも美味しい肉を買ってやるからな」


 なんとなんと、今夜の夕食が楽しみになって来た。


「きゅーっ♪」


 そんな事を約束されれば、足取りは軽くなるというもの。

 自然と足早になり、気が付けば彼らの先頭を歩いていた。


「キューちゃんうれしそうだね、パパっ」

「ああ、夕飯が楽しみだな? ふふふっ」


 護衛の任をしばし忘れ、吾輩は歓喜に溺れた。

 ああ、今日はなんていい日なのだろうか。

 盟友から贈り物を貰い、豪華な夕食まで食べられるとは!

 本当に気分が良い。どうせなら歌でも歌おうか。


「きゅっきゅー♪ きゅー♪」


 吾輩は気分よく、凱旋の歌を歌う。

 はしゃぎ過ぎとな? まだ吾輩は生後五ヶ月である、その点は理解して頂きたい。

 誰しも、いい事が続けば歌を歌いたくなるものだ。


 そんなこんなで、吾輩らは市場で食料を買い、帰路へとついたのである。


                  ◇


 刻二十時〇〇分。幸せな夕食を終えた吾輩、ニーナ嬢と風呂へ。


 ……割愛させていただく。


 何故か、と? そこが一番重要なのではないか、と?

 吾輩を舐めてもらっては困る。彼女に不純な気を抱く者が確実に居る事は分かっているのだ。


 吾輩は高潔なグリフォンの子。そんな輩から彼女を守らなくてはならない。

 盟友であり恩人の娘である彼女を守るのは、この吾輩だ。


「キューちゃん、ごしごししてあげるねっ」


 ……こ、これは高潔とかそう言うの抜きで、洗ってもらわないと不潔だからだ。

 なので至って健全なのだ。うん、違いない。


 そして刻二十一時〇〇分。吾輩、就寝。

 

 吾輩は寝床にいち早く入ると、丸まって眠る準備に入る。

 ニーナ嬢の寝床の隣に設置された、丸い円盤状の寝床。

 まるで吾輩が居た巣のようなので、結構気に入っている。


「くぁ……」


 寝床に入れば自然と眠くなってくるもの。吾輩は今日の事を思い返しながら瞼を閉じる。

 今日も非常に充実した日であった。吾輩は満足である。


 暫くすると、ジム殿とニーナ嬢が歩いてくる音が聞こえてくる。


「あっ、キューちゃんもうねちゃってる」

「沢山はしゃいでたからな、その分疲れたんだろう」


 重い瞼を開けると、彼らが吾輩を覗き込んでいるのが分かった。

 ニーナ嬢は吾輩の頭へと手を伸ばすと、優しく撫でてくれる。


「おやすみ、キューちゃんっ」


 そう言ってくれる彼女の手に、まどろみの中頭を擦り寄らせる。

 そして、吾輩は精一杯の返事を返した。


「きゅ……」


 吾輩を撫でた後、彼らもまた自分の寝床に入った。

 明日は何処へ行こうか、なんて話し合ってるのが聞こえてくる。 

 吾輩も、明日はどんな場所へと探検に行くのか楽しみである。


「おやすみ、パパっ」

「ああ、おやすみ、ニーナ」


 彼らがそう言い合うと、部屋の明かりが消されて真っ暗闇に包まれる。

 こうして、かの者らと吾輩の一日は終わりを告げた。


 これが、彼らとの一日である。


 いかがだろうか、母上。


 吾輩は楽しくやっている、だからどうか遠くで待って居て欲しい。

 いずれ必ず会いに行くから、心配しないでいて欲しい。


 また再び会った時は――吾輩の恩人と盟友を紹介するとしよう。

 本当に、本当に良い人間達なのだ。母上もきっと、気に入ると思うから。


 吾輩は、何処か遠くに居る母上を思いながら、ゆっくりと意識を手放した。

 明日もきっと、楽しい日になるだろう――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ