第六十七話【オッサン、夢を見る】
……あれ、ここはどこだ?
俺は気がつくと真っ暗な空間に居た。
いや、完全な真っ暗ではないか、遠くの方に光が見える。
地面はその光のほうへと続く石畳の道が宙に浮いているような状態で、おれはその道の上に立っていた。
何が起こっているのかよく分からんが、とにかくここから出なければ――。
俺は石畳の道を一歩、また一歩と進み始める。
ここは迷宮なのだろうか? 石畳の迷宮……なんて、そんな訳ないよな。
ニーナやキューちゃんは何処だろう? 何かに巻き込まれてなければいいが。
……いや、この場合巻き込まれてるのは俺か。本当ここはどこなんだ?
「……ん?」
あれは……ニーナ?
俺の前方をニーナが歩いている――白い人影に手を引かれて。
白いのに人影って言うのも変だと思うが、本当に真っ白な人の形をした何かだ。
その人影とニーナもまた、光の方へと向かっていた。
「ニーナ、その隣にいるのは誰だ?」
真っ暗な空間に俺の声が響き渡る。
だがニーナは振り向く事はない。白い人影に手を引かれ、光の方へと向かっていく。
「……おい、ニーナ」
嫌な予感がよぎる。
ニーナがあの光の方へと行ってしまったら、彼女ともう二度と会えないような気がして。
「待ってくれニーナ!」
俺は無我夢中で石畳の道を走り出した。
普段から迷宮で走ってるし、足には自信がある方だ。
しかし、なぜか徒歩で歩いている彼女たちに追い付くことができない。
光が高くなるにつれ、ニーナの姿が光に包まれて朧げに見えてくる。
彼女の手を引く白い人影もまた、その姿が光と混ざっていくかのように消えていく。
「――ニーナッ!」
光の中へと消えていきそうなニーナへ向かって、渾身の力を込めて叫ぶ。
すると、通じたのか通じていないのか分からないが、彼女は立ち止まり振り向いて俺を見た。
そしてまるで、不思議なものを見るかのような顔をして――手を引かれ、光の中へと完全に消えた。
光が、まるで扉が閉じられるかのようにゆっくりと消えていく。
待ってくれニーナ、こんなお別れはあまりにも寂しすぎるだろう。
まだ君に教えてないことが沢山あるんだ、知って欲しい事が、沢山――。
そんな俺の心の叫びも虚しく、完全に光は消え去った。
俺は足を止め、絶望し、石畳の道の上で膝をついた。
ゆっくりと石畳の道が崩れていく。まるで世界が壊れていくかのよう。
だが――もうそんな事はどうでもいい。
ニーナは居なくなってしまった。永遠に。
俺は、ゆっくり目を閉じる。
そしてそのまま、落下に身を任せ――――。
――――――
――――
――
「あだっ!?」
俺はベッドから落ちた衝撃で目を覚ました。
床に鼻を思い切りぶつけじぃんと痛む。
鼻を擦りながら起き上がり、周囲を観察する。
ここは……マグトラの宿だ。
ああ、そうだ、俺は酔っ払ってひとしきり吐いた後、アルマに部屋まで連れてこられたんだった。
そしてベッドに倒れ込むように入って、寝て……。
「……! ニーナ!?」
俺は急いで立ち上がると、彼女を探そうとする。
が、ニーナはすぐに見つかった。
俺とは別のベッドですやすやと寝ていたのだから。
隣にはキューちゃんも一緒。全く仲のいいことで。
「んへぇ……パパぁ……」
だらしない顔でそんな寝言を言うニーナ。
……つい名前を呼んでしまったが、起きなくてよかった。
以前もニーナが何処かに行く夢を見たが、今回は妙にリアリティが――いや、無いな。なんだよ宙に浮く石畳って。
いろいろ思い返せば、突っ込みどころが沢山ある変な夢だったな。
まったく、どれもこれも酒のせいだ。もう二度と飲むもんか。
ああくそっ、嫌な目覚めだな。
気分を変える為に風呂でも入るか……。
◇
「ふーぃ……」
俺は宿の露天風呂に浸かり、嫌な気分を落ち着かせていた。
風呂には俺一人しか居ない。貸し切り最高。
ここの風呂はなんと地中から湧いて出てきているらしい。俗に言う温泉って奴だな。
効能は筋肉痛に効くとか気分を落ち着かせるとか、オッサンには嬉しい効能だ。
しかも混浴――まあこんな早朝に入りに来る女性は居ないだろうし、居ても老人ばかりだろう。
……別にちょっとがっかりとかしてないぞ。もう俺も若くないんだ。
「しかし、あの夢はなんだったんだろうな……」
ボソリとそんな事を呟く。
気にしないようにとはしているが、そうすればするほど逆に気になるもの。
夢の内容も俺の心にクリティカルヒットしていた。
……だから親バカだって揶揄われるんだよな、俺。
そんな事を考えていると、がらがらと誰かが風呂に入ってきた。
こんな早朝に誰だ? 俺はその方向へと目線をやる――。
「えっ」
「あっ」
バスタオルを巻いた女の子だ。
見た目からしてニーナよりも少し上の年齢だろうか。
大人しそうな印象で可愛らしく、同年代の子供から人気がありそうだ。
……なんて、俺は冷静に分析しているが。
「〜〜っ!?」
当の少女は声にならないようなか細い声をあげて驚き、顔を隠してしまう。
まずいな、恥ずかしがり屋らしい。きっと彼女も誰もいないと思って入ってきたんだろう。
ここは俺が出てってあげるべきだな。
「驚かせてすまないね、今出るからゆっくりお風呂に入りなよ」
「……ぃえ、あの……だいじょ……っす」
途切れ途切れの声で答える恥ずかしがり屋の少女。
……ん? 気のせいかどこかで聞いたような声だな……他人の空似って奴だろうか。
少女はおどおどした様子で、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あの……大丈夫でっす、ので……おきに、なさらず……っです」
……なんかたどたどしい言葉遣いだな。相当恥ずかしがり屋と見た。
まあ本人が大丈夫というのならいいか……?
「じゃあお言葉に甘えさせてもらって、もう少し浸からせてもらうよ」
「……はい、です」
顔を真っ赤にして、出来るだけ目線を合わさないようにしながら洗い場へと向かう少女。
流石に人の、しかも女の子が身体を洗うのを見るような趣味はない。
俺は目を瞑り、温泉を堪能していた。
暫くすると、身体を洗い終わった少女が温泉へと入ってくる……だいぶ距離を空けて。
……うわっ、この状況凄い気まずい。
相手も怖がらせちゃってるし、やっぱり俺出た方が――。
「あ……あの……」
「ん?」
「……き、気分、は……大丈夫、ですか」
気分? もしかしてこの子、俺が酒で倒れたこと知ってるのか?
アルマに連れられて来た所を見られてた所でも見られてたかな。
「ああ、もう大丈夫だよ、頭がちょっと痛いけどね。心配してくれてありがとう」
「ぁ……はい、です……」
優しい子だな、人の心配をしてくれるなんて。
親御さんの育て方が良いに違いない。どんな人なんだろうな?
宿の亭主さんとか? うーん……。まあ考えても分からないしそのままでいいか。
だが、彼女のお陰で何となく場は少し和んだな。
これならもう少しのんびりと出来そうだ。
風呂の中で、ゆっくりとした時間が過ぎていく。
気分も良いし、身体も温まって来た。そろそろ出てしまうか。
「髭は男~♪ 男のロマンじゃぜ~♪」
と思った瞬間、一人のドワーフが歌を歌いながらやってくる。
あれは……タイト村の村長だな。なんだよその歌。
「どうも、村長」
「ん? おおジム、なんじゃい、お前も朝風呂かい!」
「ええまあ、そんなところです」
「ナッハッハ! やはり朝風呂は格別じゃからの――ん?」
村長は何かを察知したのか少女の顔をじいっと凝視する。
するとまさか思いもよらない事を言ったのだ。
「なんじゃい、誰かと思えばスペッサルティンとこの不良娘じゃないか!……おっと、ワシお邪魔だったかのォ! ナッハッハ!」
「えっ」
つまり、この子アルマなの?
……いやいやいや、髭が無いだけで雰囲気変わり過ぎだろ! ドワーフ族の髭ってそんなに大切なの!?
当のアルマは顔を真っ赤にして俯いて、ふるふると震えていた。
「……村長の馬鹿ァ! 何で言っちゃうんスかぁーっ!」
「ぬがぁっ!?」
彼女は涙目になりながら、そばにあった桶を村長へと投げつけた。
◇
「あーその、アルマ。あんまり気にするなよ」
「……っス」
風呂から出た後、アルマはがっくりと肩を落として項垂れていた。
ちゃんと風呂から出た後はもさもさの髭を付けて、いつものアルマだ。
「もうお嫁に行けないっス……」
「そんなにかオイ」
何とも大袈裟な事を言うアルマ。ドワーフの髭ってそんなに重要なんだな。
しかしなんとも可愛らしい姿だったな。また見せてくれ……なんて言ったら絶対怒られるか。
「そ、その……絶対に忘れて下さいっス! 後生っスから!」
「分かった分かった、見なかった事にするよ」
「絶対っスよ!? 約束っスからね!」
そんな事を言い残すと、アルマは足早にその場を去っていった。
まさかあれほど動揺するとはな、ドワーフって本当に面白い種族だな。
俺はそんな事を考えながら、部屋へと戻って行った。





