第六十六話【オッサン、宴会に出る】
――時は少し進んで、月が真上に来る頃合い。
急遽、ドワーフ族を歓迎する宴会が行われる事になった。
あまりにも唐突に決まった事だったが、マグトラ側の厚意で大きな酒場の一つを借りる事が出来た。
先客たちは思わぬ来客に皆最初は度肝を抜かれていたが、「新たな仲間に乾杯!」と快く迎え入れてくれる。
ここは気の良い人たちばかりで助かったな、ドワーフ族ってだけで嫌う人も少なくないのだ。
ドワーフ族が全員席に着くと、料理や酒が運ばれてくる。
急に大人数で押し掛けた為、酒場の従業員達は大忙しだ。
しかし文句を言う者は無く、笑顔で対応してくれていた。
ジョッキとジョッキがぶつかり合う音、数々の笑い声。
酒場は賑やかな雰囲気に包まれていた。
「ナッハッハッハ! マグトラとタイト村の新たな門出に乾杯!」
先ほどまで厳しい顔をしていたタイト村の村長も満面の笑みを浮かべている。
やはり酒の力というか、こういった雰囲気の力は凄いな。どんな強面の人間もすぐに笑顔になってしまう。
さっきまで戦いを起こそうとしていたとは考えられないな、本当。
「むむむ、やっぱり付け合わせに石窯パンは付けるとして……悩むっスねぇ」
「フッ……そこのウェイトレスさん、後で僕とああ待って」
俺のテーブルではメニューを見ながら悩むアルマと、若いウェイトレスをナンパするスピネル、眠そうにしているニーナとキューちゃんが居た。
ラルフとマグトラの町長はタイト村の村長の所でドワーフ達にもみくちゃにされている。
大変だな、なんて横目で見ながら俺は先に用意されていたミルクを飲んだ。
うーん、やはりいつ飲んでもミルクは美味いものだ。まあ俺が酒が飲めないってのもあるんだが。
っと、もう無くなったか。アルマが注文する時に一緒に頼まなきゃな。
「ニーナ、眠くないか?」
「んー……ちょっと」
「今日は疲れたもんな、先に宿に戻っとくか?」
「だいじょうぶ、いっしょにいる……ふあぁ」
「きゅうー……」
ニーナの方はうつらうつらとしている。料理を待っている間に寝ちゃいそうだな。
最悪俺とニーナ達だけ抜け出して彼女を宿で寝かしつけなきゃいけないか。
宴会の席というのは嫌いじゃないが、酒が飲めないからどうしても居心地が悪く感じてしまう。
まあ、料理を食べてるだけでもいいんだろうけどな。
「おうおう、ジムの兄ちゃん達! やっとるかい!」
「いよっ、街の救世主!」
そうこうしていると、ジョッキを持ったドワーフと一般客の二人組に絡まれた。
どうやら、既にマグトラの住民たちとドワーフ達は仲良しになってるようだ。
本当、酒の力って凄いな……。
「街の救世主だなんて大袈裟だよ、俺達は魔石窟を見つけたに過ぎないからな」
そう言うと一般客は大げさに頭を振って俺を褒めまくる。
「いや偉いっ! それが偉いっ! おかげでマグトラは救われたんだから!」
「わしたちも感謝しとるよ! 御神体以上の物をよく見つけてくれた! ひっくぇ」
こうまで褒められるとどうもむず痒いというか、照れくさいというか。
確かに魔石窟を見つけたのは功績だろうが、街を救ったのはどちらかと言えばラルフじゃないか?
……まあ、称賛は素直に受け取っておこう。悪い気はしないし。
「これからもマグトラを頼むよ! ハッハッハ!」
「タイト村にも来ておくれ! 歓迎するぞい! ガッハッハ!」
そう言うと二人は他の席へと向かって行った。
まったく、酒に酔い過ぎると言うのも考え物だな。
「よし決めたっス! この特製香草焼きにするっスよ!」
「姐さん長いよ」
「しょ、しょうがないじゃないっスかスピネル君! マグトラに戻ってくる事なんて滅多にないんスからっ!」
ちょっと恥ずかしそうにスピネルに言い返すアルマ。
そういえばアルマは、トランパルに来る前はマグトラに住んでたんだったよな。
彼女がウェイトレスを呼び、俺達が注文し終わった後。
「なあ、アルマがマグトラに来た時の頃ついて教えてくれないか?」
と話を切り出した。
「いいっスよ! でもまあ、話せる事は少ないんスけどね」
彼女は快く了承してくれた。
飯を待っている間、彼女の話を聞くとしよう。
アルマは思い返すように語り始めた。
「タイト村を出てマグトラヘ来たのは今から四年ほど前っスね。当時の私は閉鎖的な村の環境が嫌で、親に反対されながらも家を飛び出したんス」
「随分と思い切った行動に出たんだな」
「本っ当に窮屈なんスもん! 親はしきたりだとか挨拶の作法とかに厳しくて……まあ、娘を立派に育てたいって思いがあった、というのは理解できるんスけどね」
なるほど、だから不良娘だなんて呼ばれてたのか。
俺の家もしつけには厳しかったからよく分かる。
……親父とお袋、今何してるんだろうな。
「……あれ、どうしたんスか?」
「ん、いや何でもない、続けてくれ」
おっといけない、集中集中。
「私がマグトラヘ着いた時、そりゃあもう驚かれたっスね。なんせドワーフが村を出るなんて普通じゃないと思われてたっスから」
「俺が初めてアルマを見た時も驚いたよ、ドワーフなんて本でしか見たことなかったから」
あの時は度肝を抜かれたな、今となっては懐かしい思い出だが。
「あの頃、突然姐さんが居なくなって村は大騒ぎだったんだよね、最初は賊に攫われたとか色んな話が出てさ。まあすぐに姐さんからの手紙が来て事なきを得たんだけど」
ここでスピネルが割って入ってくる。
確かに住民がいきなり消えたら騒ぎにもなるよな。なんとなくその騒動が想像できた。
「そうそう、手紙は出さないとって思ってすぐに郵便局にお邪魔したんスよね。そこで偶然町長さんと出会って、是非話がしたいと言ってくれたんス」
「なるほどな、それで役所に来いって言われた訳だ」
「その通りっス! 色んな人と出会える職場は役所しかないって言ってくれて……本当、町長さんには良くして貰ったっスねぇ」
しみじみとした表情で語るアルマ。その頃のことを思い出しているのだろう。
彼女の境遇は少し俺と共通点があるな。もっとも、彼女の場合すぐに拠り所を見つけたみたいだが。
「役所で一年ほど働いた頃にエレク会長と出会って、商人組合に誘われたんスよね。マグトラに居続けるのも良かったんスけど、やっぱり大都市に憧れて。町長さんも快く送り出してくれたっス」
「愛されてるな、アルマは」
「い、いやぁ……そう言われると照れるっスねぇ」
頬を指で掻いて、照れ臭そうにしている彼女。
正直言って羨ましいぞ、こいつめ。
「フッ……そうさ、老人たちが何言おうと、僕たち若者ドワーフは姐さんの味方だよ」
「スピネル君までそんな事を……! ああほら、料理が来たっス! 早く食べるっスよ! ねっ、ねっ?」
照れ隠しか、運ばれてきた料理にがっつくアルマ。
まったく、幸せ者め。彼女のスキルはきっと『幸福』かなんかだな。
俺はそんな彼女を見て微笑みながら、運ばれてきたミルクを飲ん――
「――ブッ! 苦ァ!?」
「えっ、どうしたんスか!?」
一口飲んでしまったそれは紛れもなくビールだった。
余りにも忙しすぎてウェイトレスが間違えたに違いない。不味いな、おれは酒が飲めないってのに。
ああでもちょっと気分がいいな、めちゃくちゃ苦いけどこういうのもアリか。
「……大丈夫かい、ジムクン? 少し目の焦点が定まっていないようだが」
あんしんしろ、おれは無事だ。というか今なら何でもできるきがする。
おれは、にがてなビールを無理やり、のどにながしこんだ。
木のジョッキにはいっていた、ビーるはあっというまになくなった。どうだ、見たか。
「んぇ……ぱ、パパ? ねえ、どうしたの?」
ねむたげにしていたニーナが、めをぱちくりさせておれをみる。
だいじょうぶ、しんぱいするな。パパはつよいんだぞ。
ああ、なんかめちゃくちゃきぶんがいい。なんだこれ、ははは。
「じ、ジムさん!? お酒飲めないんじゃ――」
「――もういっぽんもってこぉい!」
なんか、ふわふわ、してるなぁ、たのしいなぁ、はは、は――!
◇
「ゔぉえええぇぇぇ……」
「あーあ……ほら、全部吐いたら楽になるっスから、どんどん吐いちゃうっスよ」
……現在、俺は外のゴミ箱とお友達になっている。
「パパ……だいじょうぶ?」
……後ろでニーナが背中をさすってくれているのが分かる。
「ニーナちゃん達はスピネル君と一緒に先に宿に戻っておくっスよ。あと面倒見とくっスから」
「……うん、分かった。パパ、はやく元気になってね」
「きゅうきゅう……」
……小さな手が背中から離れ、ニーナ達の声が遠ざかっていくのが分かる。
「も、もう……」
「どうしたっスか、ジムさん? まだ気持ち悪いっスか?」
「もゔおさけはこりごりだぁぁ……ゔっ、お゛ぅえぇぇぇ……」
「あーよしよし……そういう日もあるっスよ」
……もう二度と酒なんて飲むものか。
涙と吐瀉物にまみれながら、俺は心の中で固く誓った。





