第六十四話【オッサン、またまた一大事】
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時は進んで夕暮れ時。
「ご協力、感謝します!」
衛兵の一人が俺達に向かって敬礼する。
彼の隣には縛り上げられた三人の盗賊達が居た。
あの後、アルマが衛兵を連れて戻って来た。
ニーナと盗賊達を何とか降ろしてもらい、盗賊達はその場で縛り上げられたんだ。
そして俺達は古の坑道を脱出し、今に至る。
「ち、畜生……折角ドワーフ共から命からがら逃げて来たってのに、全部台無しだ」
「でも兄貴ィ、命あっての物種って奴でさァ」
「馬鹿野郎! 捕まったら何の意味もないだろ!」
こいつらと来たら、捕まった後もずっとこの調子だ。
俺からしたら三人とも一発殴ってやりたい程許せないが……ここは我慢。オッサンは大人なのだ。
「パパぁー♪」
ニーナは蜘蛛の巣から解放されてからずっと俺に引っ付いてくる。
まあ怖い事の連続だったからな、少しは甘えるのを許してやろう。
「……うりゃっ」
「ひゃーっ!」
でもちょっと恥ずかしいので頭わしゃわしゃの刑だ。こいつめ。
「……きゅう」
キューちゃんはそんな様子を見て、まるで溜息をつくかのような動作をする。
……何だか彼に呆れられたような気がした。
「コホン、親子の愛を再確認している所申し訳ないんだが」
「ちょっとお話があるっスよ!」
そんな事をやってると、スピネルとアルマが間に入ってくる。
一体なんだとニーナを撫でる手を止め、そちらの方向へと見た。
「あの巨大魔石――"魔石窟"と言っていいか、それの対処について語りたいと思ってね」
「大勢に知られてしまった今、あのまま放っておくわけにもいかないっスからねぇ」
なるほど、確かにあのまま放っておけば誰かが盗掘に入るかもしれない。
ドワーフ達にはまだ知られてないが、彼らからしたら神聖な場所を荒らされるような物。
彼らの耳に入れば全力でその場所を守ろうとするし、新たな火種になりかねないだろう……さて、どうしたものか。
「――私にいい考えがある」
突然聞こえた声の方向へと目線をやると、そこにはマグトラの町長ともう一人、見知った顔の人物が。
「ラルフさん! こっちに来てたんスね!」
「ああ、町長と今後について話し合いたくてね。でもそれも杞憂だったらしい」
にこりとこちらに笑いかけるラルフ。どうやら情報は既に伝わっているらしいな。
彼はこちらに近づいて、俺に向かって手を差し伸べる。
「よく大魔石を見つけてくれたよ、ジム。やはり君に任せて良かった」
「いやなに、たまたま見つかっただけさ」
俺はその手を取り、握手を交わした。
ひとまず戦争回避にはなりそうだな。良かった良かった。
しかしラルフの考えとは一体なんだろうか?
「でだ、さっきも言った通り私に考えがあるのだが……まずドワーフ族の村に行かないといけないな」
「はいっス! 道案内は任せて下さいっスよ!」
ここぞとばかりにアルマがぽん、と胸を叩いて名乗り出る。
まあ彼女ほど適任はいないだろうな、スピネルはちょっとウザ……こほん、変な所があるし。
「嬉しい申し出だが、もうすぐ日が落ちそうだからね。準備して明日向かうとしようか」
「了解っス! 皆さん用の髭をちゃんと用意して――」
とアルマが言いかけた、その時である。
突然カンカンカン、と荒々しい鐘の音が響き渡る。
この音は一体……?
「非常事態を告げる鐘の音だ……何があったのだろう」
町長がそう呟くと、一人の衛兵が急いでこちらへと向かってくるのが見えた。
「何事だ?」
「ほ、報告! 遠方より武装したドワーフの一団が接近してきています!」
な、なんだって!? スピネルの手紙にはあと数日余裕がありそうだったのに!
「ばかな、僕が村を出る頃はまだ用意は整ってなかったんだぞ!?」
スピネルも信じられないと言った様子で驚いている様だ。
ラルフは顎に手を当ててどうするべきか考えていた。
「事態は一刻を争うな……急いで交渉しなければ」
「ああでもっ、豊かな髭がないとお話しも聞いてくれないっスよ! 今すぐ用意なんて出来ないっスし、どうすれば……!」
髭がないと話を聞いてくれないってどんな種族だよ!?
まったく変わった種族だな、本当……しかし参ったぞ、髭なんてすぐに生やせる訳もない。
一体どうしたら……ん? 髭?
「……ん、どうしたんだい? みんな私の顔を見て――」
あっ、髭あった。
◇
日が今にも地平線に沈もうとしている頃。
ドワーフの一団がマグトラの城門へと殺到していた。
「盗賊をさっさと出さんかい!」
「あんたらにゃもう我慢の限界じゃあ!」
彼らはドワーフ製の非常に鋭利で頑丈な戦斧を手に持ち、大扉を叩き割ろうとしてきている。
衛兵達が内側から押さえているが、こじ開けられるのは時間の問題だろう。
俺たちはそんな様子を、外郭の上から眺めていた。
「……本当に大丈夫なのか?」
「今怒り狂ったドワーフ達と対話できるのはラルフさんしか居ないっス……持ち前のカリスマでなんとか乗り切って欲しいっスね」
俺たちの目線の先には髪を整えるラルフの姿が。
立派な髭もしっかりと整えられ、何とも頼もしく見える。
「では行ってくるよ」
隠れて見守る俺達にそう言うと、ラルフは城門の上へとゆっくりと向かっていった。
「上をみんしゃい! 誰かが出てきたよ!」
「髭無し種族が今更何を……むっ!」
ドワーフ達の視線はラルフへと釘付けになる。
しばらく凝視して沈黙する者、なおも荒れ狂う者など様々な反応ではあるが。
「うむ……立派な髭じゃ、礼儀がなっとる」
と、ドワーフの一人が言った。なんだよ礼儀って。
まあ、とりあえず第一印象は良しだな。
次は問題の"挨拶"だ……ラルフはどうなる?
ラルフはまるで真剣勝負をしているかの様に真面目な顔つきになり、綺麗な気をつけの姿勢になる。
そして、一気に片手を上げて――サムズアップ。
「……ホォイッッ!」
「ブフッ」
「ちょ……ジムさん何笑ってるんスか!」
「す、すまん、でも滅茶苦茶力んでたから……くくっ」
ついつい吹き出してしまったのを、ひそひそとアルマが咎める。
あのラルフが大真面目にあんな事をするとは、失礼だが面白くて仕方がない。
あっ、ちょっとチラチラこっち見てる。あとで多分何か言われるな。
問題のドワーフ達の反応は……その響く声に驚いたのか、しんと静まり返っている。
これは……まずい、怒らせてしまったか?
しばしの静寂の後、帰ってきた答えは――。
「「「ホイッ!」」」
と、一斉に挨拶を返すドワーフ達の姿が、そこにはあった。
まあ、うん……どうやら話を聞いてくれそうだ。よくわからないが。
その雰囲気を察したらしいラルフは、この戦争を終わらせる為の演説をし始めた。
「――親愛なるドワーフの民よ、今一度武器を収めてほしい! 我々は争う必要など無いのだ!」
「君達が何故怒りに燃えるかは十分理解している! 我々の種族が君達の神を蔑ろにしたからだ! 実に痛ましい事であるし、心傷ついた者もいるだろう!」
「だが、君達は本来、平和を愛する種族のはずだ! この様な血を血で洗う戦など望んでいるわけではないのだろう!?」
「だからこそ、どうか慈悲の心を持って我々にもう一度チャンスをくれないだろうか! 君たちの文化を学び、共有し、尊重するチャンスを、どうか我々に与えてほしい!」
「このパンドラを共に生きる同志として――!」
非常に力強い演説が当たりに響き渡る。
その演説を、ドワーフ達や街の衛兵達も静かに聞いていた。
彼らは元々戦いを好まない穏便な種族である。ただ自分達の文化を愛する気持ちが強いだけなのだ。
今回はそれが爆発し、こんな事になってしまった。
しかし、きっと話せば分かって貰える筈――。
「――口が達者じゃのォ」
そう思っていた矢先、一つの声がドワーフ側から挙がる。
「そ、村長!」
村長と言われたドワーフの邪魔にならないよう、周りの村人たちが退ける。
鋭い眼光を持ち、髭の先端を幾つかに束ねている老いたドワーフ。
一回り大きく、装飾の付いた戦斧を持っていた。
「その言葉を信じこの戦を終えたとしてだ。お前達は魔石の採掘を止めんだろう? 今や魔石は生活の必需品だからのォ、やめる訳にはいかんよな」
「それは――」
「それに御神体が戻る訳もなし、口だけなら何とでも言えるわい」
痛い所を突かれた。彼らは魔石の利用を酷く嫌っている。
村長の言う通り魔石は今や生活必需品、無ければ今の生活が成り立たなくなる程だ。
採掘を止める訳にはいかない現状、彼らと相容れないのは目に見えていた。
このまま戦いになってしまうのか? 嫌な沈黙がこの場を支配する。
しかしその静寂もすぐに掻き消される事になる。
「……だが、わしらの文化を理解しようとする態度が気に入ったわ、話だけは聞くとしようじゃないか」
そう言うと、武器を収めよと号令を出す村長。
他のドワーフ達はそれに従い、各々の武器を収めていく。
ふうっ、ひとまずは戦いにならずに済みそうだ。
ラルフの手腕のお陰で何とか戦闘は回避できた。流石大勢を束ねるギルドマスターなだけある。
さて、ここからが問題だ。ラルフは魔石窟に対する考えがあると言っていたが……一体なんだろうな?





