第六十三話【オッサン、遭遇する】
「この空洞全体が巨大な魔石だったんスよ!」
俺は驚愕した、あまりにも前代未聞の大きさ過ぎる。
つまりだ、ドワーフのご先祖様達はこの空洞から御神体になる魔石を掘り出してきた、って事なんだな……神の一部として。
ここを廃坑にしたのも、これ以上神を傷つけることのないようにという思いがあったのかもしれないな。
俺が立っている場所も、視界に入る壁も、天井も全て魔石――。
その壮大さに、彼らが魔石を神だと崇める理由がなんとなくわかる気がする。
自然は時として、俺たちの想像を遥かに超えてくる――今、そう実感していた。
「これを傷つけるのは忍びないっスけど……ここから御神体程の大きさの魔石を掘り出せば任務完了っスね!」
「フッ……新たな御神体を掘り出すとは、なんと名誉ある仕事だろうか」
アルマとスピネルはやる気十分にツルハシを取り出し、気合いを入れている。
彼らには最後の大仕事を頑張ってもらわないとな。
「ねえパパ! こっちにもみちがあるよ!」
ニーナはというとキューちゃんと一緒にあたりを散策していた。
どうやら新しい道を見つけたようだ。俺たちが来た道よりも広そうな坑道だ。
あそこから御神体を持ち出したんだろうか?
「ニーナ、危ないからあんまり一人で――」
と近づこうとした、瞬間。
ニーナの居た道から手が伸び、ニーナとキューちゃんを掴んで連れ去ってしまう。
「え、きゃあっ!?」
「きゅううーっ!?」
「ニーナッ!キューちゃんッ!」
俺が急いで駆けつけると、岩陰からニーナ達を捕まえた犯人が現れた。
「へっへっへェ、聞いちまったぜェ」
「くっくっくッ、見ちまったぜぇッ」
それは盗賊の子分Aと子分Bだった。
彼らの腕の中にはそれぞれニーナとキューちゃんが捕まっている。
「お、お前達は……!」
「ふっふっふ、まさかこの空洞全体が魔石だとはなぁ?」
そして、子分達の後ろから現れたのは盗賊の兄貴。
にたにたと下卑た笑いを浮かべながら俺に近づいてくる。
「こんなちっぽけな袋一杯だけで満足してたのが馬鹿らしいや、もっと稼げる物が目の前にあるじゃねえか」
彼は魔石の入った袋を投げ捨てると、両手を大きく広げて笑いながら言った。
「こいつを全部掘り出せば俺達は大金持ちだ! 誰もから羨まれる大金持ちになれるんだ! ははははっ!」
そして曲剣を取り出すと、ニーナの首元に向ける。
彼女は涙目になり、震えていた。
「ひっ……!」
「おい、分かってるよなぁオッサン? こいつは人質だ、俺達の為にここをぜぇんぶ掘り出せ? でないとこいつの無事は保証できないぜぇ?」
俺は思わず息を飲んだ、まさかこんな事になるなんて。
ニーナとキューちゃんはふるふると震えている。
そりゃそうだよな、だってこんな――
「……おい、何黙ってんだオラァ! とっとと掘り始めろ!」
「あ、兄貴ィ」
「あん? どうした?」
「う、上見てくだせえッ」
――こんな巨大な蜘蛛、見た事ないもんな!?
「な、なな、なんだコイ――うわああぁぁぁっ!?」
「「あ、兄貴ィーーッ!」」
巨大蜘蛛は糸を吐き出して盗賊兄貴を拘束すると、連れ去って上空の巣に貼り付けた。
そしてその体をぐるぐると糸で巻き始める。保存食にするつもりだろう。
その蜘蛛は体長三メートル程、野良ゴーレムよりも大きく素早い。
背中には巨大な岩を背負っており、これで周囲の景色に溶け込んでいたのだろう。
名付けるなら"大岩蜘蛛"と言ったところだろうか。
「こ、このクソ蜘蛛ォ!兄貴を離しやがれェ!」
子分Aはニーナを離し、弓を構えてロックスパイダーに向かって矢を放つ。
しかし奴は咄嗟に背負っている岩に隠れ、矢を岩で受けた。
かきんっ、とはじき返された矢はそのまま俺の足元に落ちてくる。
ロックスパイダーはそれに怒ったか、子分Aに向かって糸を吐き出した。
いいぞ、そのまま潰し合いをしててくれ。
それに乗じて俺たちは逃げられるだろう。
俺はニーナを急いで迎えに行こうとした――が。
「ひいィ!」
「えっ、ひゃあぁっ!?」
子分Aはあろうことか、ニーナを掴んで盾にしたのだ。
糸に絡め取られたニーナは兄貴の隣に貼り付けられる。
「もがが……っ! くそっ、とれねぇ!」
「パパぁ! パパぁーっ!」
二人とももがいてなんとか糸を取ろうとしているが、苦戦しているようだ。
「ニーナッ! ……お前よくもッ!」
「へ、へへ、これであんた達もあのデカブツを無視できなくなったってワケだァ」
ニタニタと笑う子分Aの胸ぐらを掴み、俺は奴に迫った。
こいつ、見かけによらず頭脳派だ。俺たちが無視できない状況を作り上げやがった。
「な、なァ、ここは共同戦線といこうじゃァねえか。娘さん助けたいだろォ? ひひっ」
「……もしニーナに何かあったらお前を蜘蛛の餌にしてやるからな、クソ野郎」
「ひっ、顔怖えェよ……」
俺がどんな顔をしていたのか分からないが、多分ニーナや知り合いには見せられない顔をしていたんだろうなと思う。
沸き起こる怒りを抑えて、俺はロックスパイダーに挑むことにした。
奴も俺達を脅威と見なしたようだ。巣から降りてきてこちらへと向かってくる。
「アルマ! スピネル! お前たちは隠れてろ!」
「は、はいっス!」
俺はアルマ達に指示すると、ロックスパイダーが吐き出してくる糸を避ける。
「どわァー!」
「うおぉーッ!」
子分達は早々に糸に捕まった。共同戦線とは何だったんだよ。
しかし好都合、子分Aは弓と矢筒を落としてくれた。これなら俺でも扱える。
俺はカバンを投げ捨て急いでそれらを手に取ると、奴の方へと矢を向ける。
――がしかし、奴の動きの方が早く、こちらへと向かってきていた!
「……ふむ」
「何してるんスかスピネル君! 早く隠れるっスよ!」
なぜかスピネルは顎に手を当ててその状況を監視していた。
ロックスパイダーの攻撃は糸からこちらを押し潰そうと足での攻撃に移る。
素早い攻撃だが、俺はなんとか横にステップして避けていた。
「姐さん、それは聞けないよ。ここで逃げたら全くもって美しくない」
「何をふざけて――」
「僕はいつだって大真面目さ、姐さん……街に戻って衛兵を呼んで来て欲しい」
俺がロックスパイダーの噛みつき攻撃を避けた瞬間、スピネルは奴の背中に飛びかかっていた。
彼の手には一本のツルハシが握られている。
「村一番の採掘の腕、"魅"せてあげようッ!」
彼はそう言うと、ロックスパイダーの背負う岩に思いきりツルハシを突き立てた!
ロックスパイダーは背部の違和感に身体を震わせ、スピネルを揺すり落とそうとする。
しかし彼は決して離れず、時にはツルハシを岩に引っ掛けてその揺すりを耐え抜くのだ。
ロックスパイダーが背負う岩はみるみるうちに採掘されていく、そして――奴の柔肌が見えた!
ロックスパイダーがスピネルに気を取られている内に、俺は弓を構えた。
「落ち付け俺……狩りを思い出せ」
暴れる大蜘蛛の柔肌を狙い、弓の弦を引く。
ゆっくり、落ち着いて……狙いは、正確に――今だ!
ばしゅん、と放たれる一本の矢。
それはロックスパイダーが背負う岩の隙間に吸い込まれるように入って行き――命中ッ!
「フッ……良い汗掻い――うぉあっ!?」
スピネルは矢の命中と共に振り落とされ、地面へと転がった。
ロックスパイダーは苦悶の鳴き声を上げ、壁をよじ登って逃げていく。
そして天井の穴から外へと逃げていった。どうやら撃退に成功した様だ。
間一髪だった、命中しなければどうしようかと思ったが……何とかなった。
まだ手が震えている。なんだ、俺もやれば出来るじゃないか。
「パパーっ! だいじょうぶっ!?」
ニーナが頭上から俺に声を掛ける。
俺はそれにサムズアップして返すと、小さな歓声が挙がった。
多分、俺が初めて魔物に対して"勝った"瞬間だった。





