第六十二話【オッサン、逃亡する】
俺達は書いた地図を頼りに、坑道を戻りながらニーナを追っていた。
ニーナは思った以上に素早く、あっという間に視界から居なくなってしまっていた。
俺は予備のカンテラを取り出して明かりを付け、周囲を確認する。
盗賊達は何とか撒けたようだ。自分達以外の足跡や物音も聞こえない。複雑な地形に助けられたな。
「な、なんとか逃げ延びたっスね……」
「ああ、だがニーナを見失ってしまった。早く見つけ出してやらないと」
ここには魔物が居るし、盗賊達も居る。一人で行動するには危険極まりない場所だ。
逃げてる最中に襲われていないと良いが……心配だ。
「フッ……心配かい?」
「……まあな、まだ幼い子供だから」
「急いては事を仕損じるとも言う。キミが慌てるのは最もだが、今は落ち着いて行動するべきだと僕は思うよ」
スピネルは俺を元気付けるようにそう言うと。
「大丈夫だよ、ニーナクンは強い子だ」
と言葉を続けた。
……こいつのポジティブさには、こういう時に助けられるな。
スピネルの言葉で少しだけ心が落ち着いた。
しかしこの坑道は広く、複雑である事には変わりはない。
そこまで遠くには行っていない筈だが、ニーナは何処にいったのだろうか?
「……きゅ?」
そんな時である、キューちゃんが何かを察知したのか俺達が来た方向の道をちらりと見る。
「きゅっきゅ! きゅ!」
「わ、とと……暴れるなキューちゃん、今降ろすから」
腕の中で暴れ始めたキューちゃんを降ろすと、俺達が走って来た道へ戻り始めた。
ある程度進んだ所でこちらへ振り返り、きゅっきゅと鳴いている。
「ついてこい、って言ってるんスかね?」
「行ってみよう、何か見落としがあったかもしれない」
俺達はキューちゃんを追って来た道を引き返す事にした。
道は暗く、辺りは静かだ。
盗賊達はまだ俺達を探しているに違いない。
周囲の音に耳を傾けながら、音を出さないように静かに移動をする。
ある程度進んだ所でキューちゃんは足を止め、道の途中にあった穴に入り込んだ。
ここは確か……俺たちがさっき魔石の鉱脈を掘った跡だな。
あの後すぐに盗賊に襲われたから気がつかなかったが、小さな通路が鉱脈の下を通っていたらしい。
耳をすませると、中から誰かが泣いているような音が聞こえてくる。
「ニーナ……!」
俺は急いでその小さな通路に入ろうと身を屈めた。
少々狭いが、なんとか進むことができそうだ。
ズルズルと背負いカバンを壁に擦らせながら、俺はキューちゃんに続いて前へ前へと進んでいく。
通路は時々十字路になったり、うねうね曲がっていたりと進むのは少し困難だったが、今はキューちゃんについて行くしか無かった。
しばらく進むと小さな明かりがぽつんと見える。
「ぐすっ……ひぐっ……」
そこには体育座りで泣いているニーナの姿があった。
「きゅっきゅう!」
キューちゃんが駆け出してニーナに飛び付く。
泣いて目を真っ赤にさせたニーナが驚いてびくんと身体を跳ねさせるが、それが見知った者だと分かると、ぎゅっと力強く抱きしめた。
「――ニーナ」
キューちゃんに追いついた俺は、ニーナの名前を呼び、頭を撫でてやる。
「パパぁ……っ!」
「大丈夫だ、怖い奴らはもういないからな」
安心したのかニーナは再び大粒の涙を流し、キューちゃんを抱いたまま俺に抱き付いてきた。
俺は優しく抱き返して頭を撫でてやる。
無事で良かった、本当に。
「フッ……感動の再会って奴だね」
再会を果たしているところにスピネルが割って入ってきた。
「ここはご先祖様達が掘った坑道の一つらしい。もしかしたら他の坑道へと出られる可能性があるかもしれない」
なるほど、ここを使えば盗賊達から上手く離れることができそうだな。
「でもここは逃げる事も視野に入れておいた方がいいよ、ジムクン。彼らは友好的じゃないからね」
「そうっスね、一度戻って護衛を連れてくることも考えたほうがいいっス」
確かに、奴らに次会った時、無事で済むかは保証できないな。
ここは一度戻って態勢を立て直すべきか……しかし、時間は刻一刻と迫ってきている……ううむ。
「きゅ……? きゅきゅっ!」
「わわ、どうしたのキューちゃん?」
突然、キューちゃんがニーナの腕から抜け出して通路の先へと向かった。
「きゅーきゅー!」
「……ついてきて、って言ってるみたい」
ニーナはそう言うと、キューちゃんに続いて奥へと向かっていく。
今度は何を感じ取ったのだろうか? 賢い子だから気まぐれではなさそうだが……。
まあ行くあてもないし、帰還魔法の巻物を読むにはここはちょっと狭すぎる。
広い場所に出れれば御の字だな……付いて行ってみるか。
俺たちはキューちゃんの後をひたすらついていく。
比較的真っ直ぐな道だった為、進むのにはそれほど苦労はしなかった。
ずりずりとずっとカバンを壁に引きずってる為、穴が空いてないかちょっと心配になる。
これももうすぐ買い替え時だな……なんて考えていたら、大きな広間へと出た。
そこは天井にぽっかりと穴が空き、そこから光が差し込む広い空洞になっていた。
あたりに蜘蛛の巣のような白い糸が散乱しているのが気になったが、それよりもその壮大な光景に目を奪われる。
キューちゃんはこれを見せたかったのだろうか?
「きゅ? きゅきゅ……きゅぅ……」
しかしキューちゃんはどうやらそうではないらしく、辺りをキョロキョロと見回した後、かくんと落ち込んだ様子を見せた。
ニーナがそんな様子を見て、よしよしとキューちゃんをなだめている。
俺はこの時、キューちゃんの考えを少し推理してみた。
グリフォンには風を読む力があると聞いた事がある。あの巨体で空を飛ぶ上で欠かせない能力だとか。
彼は俺たちが盗賊達から逃げられるように、出口を探していたのではないだろうか?
洞窟内に入ってくる風を読んで俺たちを導いたはいいものの、それはこの穴の空いた天井から吹いてくる風だったと言うことではないだろうか?
俺はキューちゃんに近づいて、ぽんぽんと頭を撫でてやる。
「俺たちのために出口を探してくれたんだな、キューちゃん」
「きゅうっ!」
どうやらその通りらしいな、彼は元気よく返事を返した。
まったく、本当にこの子は賢い子だな。帰ったら好きな物をご馳走してやらなきゃ。
わしゃわしゃと撫でてやると、彼は気持ちよさそうにしていた。
「んしょ、っと……ふぅー、やっと広い所に出れたっス……?」
後ろから聞こえてくるのはアルマ達の声。
ドワーフ用とはいえ、彼らもあの通路を通るのは少し大変だったらしいな。
俺は彼らに声をかけようと振り向いた……その時。
「あ……ああーっ!?」
アルマが何かに気がついた様子で大声を出した。
「な、どうしたんだアルマ? そんな大声を出して……」
「あ、アレを見て下さいっス!」
彼女が指をさす方向を見ると、赤黒い岩壁に子供一人分くらいの穴が開いているのがわかる。
「ただの……穴だな」
「そうっスけど違うんスよ!」
あわあわとした様子で言葉を続けようとするアルマ。
一体何が重要なんだ、この穴は?
「こ、これは……美しい……」
スピネルもそれに気がついたようで、そんなことを言い出した。
「この廃坑から御神体が掘り出されたって話、したっスよね!?」
「ああ、確かそうだったな……もしかしてこの穴が?」
「そうっス! 前々から御神体には疑問に思ってたんスけど、そのまま掘り出したにしてはあまりにも形が綺麗すぎたんスよ!」
そうだったのか……しかしそれと空洞と何の関係が?
……いや、まさか――。
「この空洞を見た時、そして穴を見た時に確信したんス……! この空洞全体が巨大な魔石だったんスよ!」





