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第五十八話【オッサン、馬車に揺られる】

 道中何かに襲われる事もなく、広々とした草原の風景が続く。

 食事を終えた俺達は、のんびりとした時間を過ごしていた。


 アルマは自分の背負いカバンから本を取り出して呼んでいる。

 本の題名は"血染め公"……架空の吸血鬼のお話、だったか?

 たしか妙に偉そうな吸血鬼が領主になるまでを描いた作品だった筈だ。

 巷で人気があるんだよなアレ、俺も買おうか悩みどころだ。


 ニーナはジャーキーを片手にキューちゃんに芸を教えていた。

 一生懸命お座り、お座り、って言っているが、キューちゃんの方は言う事を聞かずにニーナにじゃれている。

 まだまだ芸を覚えさせるには時間が掛りそうだな、こりゃ。


 商人組合で一番早い馬とはいえ、マグトラまではまだまだ時間がかかる。

 暇だった俺は折角なので、アルマに質問する事にした。

 ドワーフと話す機会なんてそう滅多にないだろうし、彼女についても色々知りたかったからな。


「なあ、アルマってどうしてトランパルに出てきたんだ? 家を出たかった……って聞いたが」

「ん……あれ、会長から全部聞いてると思ったんスけど」

「多分聞いたのは一部だけだな、アルマが良かったら教えてくれないか」


 そう言うと、アルマは躊躇う素振りを見せる事なくにこりと笑って。


「もちろん良いっスよ! ええと、まず何から話すべきっスかねぇ……」


 と本を閉じ、髭を撫でながら考え始めた。

 まあこちらとしてはありがたいんだが……この子も結構話したがりなのかもしれないな。

 暫く考えた後、アルマは何を話すか決めたようで、こちらへと向き直る。


「そうっスね、まずは私の村の事についてお話するっス」


 そう言うと、彼女はゆっくりと語り始める。

 ニーナもキューちゃんに芸を教えるのをやめ、興味津々にアルマの方を見た。


「私の村は"タイト"という村で、マグトラから山に沿って北西に行った辺りにある所なんス。会長も言ってたと思うっスけど、鉱業以外にも酪農が盛んに行われていて、ヤギやヒツジが沢山いる所っスね」

「前にも思ったけど、ウシとかじゃないんだな」

「ウシは大きくてドワーフには扱いにくいっスし、毛も短いから服も髭も作れないっス。ヤギやヒツジが私達の生活に合ってるんスよね」


 なるほど、ヤギからは乳、羊からは毛を得ているって感じか。


「って事は、その髭はヒツジの毛で出来てるのか?」

「……髭は気にするなっス」


 あっ、そこ触れちゃいけない話題か……ドワーフ難しい。


「こほん、まあそれはさておき……やっぱり他種族から変わった文化として見られるのは、魔石を崇める文化っスよね」

「ドワーフさんたちがおこっちゃったのも、ませきをこわしちゃったから……だったよねっ」

「その通りっス、ニーナちゃん。私の村には御神体って呼ばれている火の大魔石があったんスよ。その大きさはなんとドワーフ一人分!」


 つまりニーナよりも少し大きいくらいの魔石か。滅茶苦茶デカイな。

 俺は魔石に詳しくないが、採掘で取れる大きさは、大きくて拳大くらいだと聞いたことがある。

 そんな大魔石、本当に取れるんだろうか……不安になってきたぞ。


「おや、ジムさん不安っスか?」

「む……顔に出てたか?」

「ちょっとだけっスけどね」


 そんなに顔に出るタイプじゃないと思ってたんだがな、察しがいいんだろうか。

 ……いや、戦争回避の為に行くんだもんな。無意識に重い責任を感じてたかもしれない。


「でも安心してくださいっス! 今回行く廃坑は特別な場所っスから!」

「特別な場所……確か大きな魔石が取れる事で有名だったんだよな?」

「その通りっス! 実はそこは、かつてご先祖様が御神体を掘り出した坑道なんスよ!」


 そうだったのか、掘り起こした実績があるんだな。

 アルマから詳しく話を聞くと、どうやら廃坑になる前はドワーフ達の坑道だったらしい。

 廃坑になった後にマグトラの人間がそこを使おうとしたらしいが、エレクが言ってた魔物の存在で手が出せなかったようだ。


「でも同じ場所でそう簡単に見つかる物なのか? 魔石って」

「魔石は同じ場所に一度に固まって生成されるんスよ、御神体程の大きさが取れる場所はそこしか考えられないんス。……あとは全部掘り起こされてない事を祈るだけっスね」


 少し難しい顔をしながら、アルマはそう言った。

 本当、ドワーフ族と他種族の未来が掛かっているからな。

 何としても御神体の代わりとなる大魔石を見つけなければならない。


「おっと、ちょっと真面目な話になっちゃったっスね。そうっスね……後はドワーフの礼儀作法とか言っておいた方がいいっスかね」

「礼儀作法?」

「そうっス、仮に魔石を見つけて持っていっても、礼儀がなってないと相手にしてくれないっスからね」


 どうやらドワーフは礼儀に厳しい種族らしい。

 とことん変わった種族だな……まあ、そこが興味を引いて面白いんだけど。


「じゃあまず挨拶からっスね」


 そう言ってアルマは立ち上がると、綺麗な気をつけの姿勢を取る。


「ホイ!」


 そして謎の掛け声と共に、片手をぴっと上にあげてサムズアップ。

 

「……?」

「ぽかんとしてないで返すっス! ホイ!」

「ほ、ホイ?」


 流石に大人の俺――彼女も大人ではあるのだが――は立ち上がる事は出来ないので、座りながら見よう見まねでドワーフ流の挨拶をする。

 アルマはじーっと厳しい眼で俺を見つめ、はあぁと長いため息をついた。


「ダメダメっスね、ジムさん! 会長の方がもうちょっとマシっス!」

「ダメダメなのか……というかエレクさんもやったのか」

「勿論っスよ! これが出来なくて会長は戦斧(バトルアックス)を持った私の叔父に追いかけられたんスから!」

「コレそんなに重要なの!?」


 挨拶が出来なくて襲われるってどういう状況だよ!?


「これはマグトラで猛特訓っスね……じゃあ次はニーナちゃん! ホイ!」

「ほーいっ!」

「きゅーいっ!」


 ニーナは楽しそうにサムズアップして答えた。キューちゃんは背中の羽を片方挙げている。

 ……俺から見たらそう変わらないと思うんだがな。

 しかしアルマは少し驚いた顔をした後、満足そうな表情でうんうんと頷き始めた。


「……素晴らしいっス、ニーナちゃん。初めてでここまでとは末恐ろしい子っスね」

「違いが分からん……」


 ドワーフから見たら何かが違うのだろう、よくわからんが。

 当のニーナはわーいっとキューちゃんと一緒に喜んでいる。無邪気だなぁ、本当。


「後は髭を用意すれば完璧っスね、マグトラで付け髭を用意してもらうっス!」

「髭?」

「立派な髭はドワーフの嗜み、髭無しだと相手にしてくれないっスよ!」


 自分の髭を撫でながらアルマは誇らしげに語る。

 本当、不思議な種族だよなぁ、ドワーフって。


「基本的な礼儀作法はそれぐらいっスね、後は当たって砕けろっス!」

「最終的に雑だなオイ」

「挨拶と髭さえどうにかなれば大抵何とかなるっス! さ、ジムさんは挨拶の特訓スよ! ホイ!」

「え、ああ、ホイ!」

「全然駄目っス!」


 ……こうして俺はマグトラに着くまでの間、アルマの熱血指導を受ける事になった。


                  ◇


 次の日の朝方。

 景色は草原から岩の多い丘へと変わり、馬車の前方には荒々しい山脈が顔を見せている。

 石の多い道の様だがちゃんと馬車の為に整地されているのだろう、荷台が大きく揺れる事は無かった。 


「パパっ! まちが見えたよ!」

「ホイ! ……じゃなくて、どれどれ」


 帆馬車の窓から身を乗り出して前方を見るニーナ。

 俺も少し身を乗り出し、ニーナと同じ方角を見た。


 目線の先にはトランパル程の大きさでは無いが強固な外郭が見える。

 聳え立つ風車、立ち並ぶ石の家、漂ってくる独特な土の匂い――。

 魔石の街という異名を持つ鉱山街――"マグトラ"だ。

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