第五十七話【オッサン、遠征準備】
部屋に戻ると、ニーナが自分のカバンの中に物を詰め始めていた。キューちゃんも勿論一緒だ。
子供に任せて良いのか、なんて声が聞こえてくるかもしれないが、彼女は立派な見習い測量士だ。
測量に必要なアイテムはもう自分で見定める事が出来て、一人で揃える事が出来るんだ。
「んー……パパ、ノーズピンひつようかな?」
「ゴブリンが住み着いてる可能性もあるから、一応は持っていった方がいいかもな。そこまで荷物かさばらないし」
「はーいっ!」
そう言うと彼女はノーズピンを鞄の外付けポケットにひょいっと入れた。
こんな風に分からない場合はちゃんと聞いてくるから偉い子だ。ちゃんと褒めてやらないとな。
……こんなんだからヘレンに親バカだって言われるんだろうな、俺。
さて、俺の方も準備に入らなければな。
とりあえずいつものセットは入れておこう。魔法紙、羽根ペン、黒チョーク、カンテラとカンテラ油……よし、バッチリ。
少し魔法紙が少ないから、後でニャムのとこに買い足しに行かないとな。
後はそうだな……坑道内で泊る事にもなるかもしれないから寝袋は必要だろ、あとポータブルなんとかも――。
そんな感じで、俺はテキパキと必要な物を背負いカバンへと詰めていく。
廃坑探索は初めてだが、何だかんだ言っていつもの装備とあまり変わらない。
そう考えると迷宮も坑道も一緒みたいなものだな、なんて思ってしまう。
「こんなもんか……ん?」
ある程度準備を終えた辺りで、コンコンと扉を叩く音が聞こえてくる。
「ジムさん! ニーナちゃん! 居るっスか?」
扉の外から大きな声が聞こえてくる。多分、声の主はアルマだ。
俺はカバンを閉じると扉の方へと向かい、扉を開けてやった。
そこには背負いカバンとツルハシをぶら下げたアルマの姿があった。
「どもっス!こっちは馬車の準備が出来たっスよ!」
「随分と早いな……」
「事前に手配してたっスから、えへへ」
なるほど、用意良いな……まあそれ程一大事って事でもあるか。
とすると、後は俺達待ちか。
「ニーナ、準備は良いか?」
「うんっ! だいじょうぶっ!」
ニーナはぐっ、とサムズアップ。全く何処で覚えるのやら。
……もしかして俺のマネか? まあそれはさておき……
「俺は少し買い物を済ませてから行く、先に馬車に乗っててくれ」
「了解したっス! さ、ニーナちゃん行くっスよ!」
はーい! と元気よく返事をしてニーナはアルマへとついていく。
彼女は多分、遠足気分だ。本当は一刻を争う事態なんだがな。
さて、待たせるのも悪いし急いで行くか。
俺は急いで道具屋へ魔法紙の買い足しに向かった。
道具屋は相変わらず繁盛している様子だった。
心なしか前よりも人が増えている様な……あれ、なんか一般人も混じってないか。
お菓子の効果か、それともニャムが看板娘的に引き寄せたのか―― まあ、大変そうだなというのには変わりはないか。
俺は人混みに紛れて店内に入ると、魔法紙を手に取ってカウンターの列へと並ぶ。
意外にも列の進みは早い、客捌きの方は順調なようだ。
……列が進むつれに分かったが、ニャムの奴またカウンターに突っ伏してるぞオイ。
「いらっしゃーい……あ、おっちゃんじゃん。にゃっほー」
「……お前相変わらずだなぁ」
「ん……あ、体勢の事? 常に張り切ってたら良くないでしょ、そんなかんじ。あ、銅貨五十枚ねぇ」
適当な受け答えだが、俺の持っている魔法紙を見るや否やすぐに金額を提示してきた。
ちなみに魔法紙は一枚銅貨五枚。俺が持っている魔法紙は十枚。
つまりニャムは俺が持っている魔法紙の数を一瞬で見抜いたというわけだ。
こいつ、いつの間にこんな技術を身に着けたんだ? 日々の忙しさから得たものなのだろうか……?
「おっちゃんはやくー、列捌けないからぁ」
「おっと、すまんすまん」
ぶー、と頬を膨らませるニャムの横に代金を置く。
彼女は代金を受け取り数を数――。
「はい丁度ねぇ」
「早っ」
「そりゃ流石にここで働いてたらこうもなるよ。ささ、お買い物が済んだらどいたどいたー」
「あ、ああ……そうだな、また来るよ」
「うん、おっちゃんまたねぇ」
ニャムは腑抜けた顔で手をふりふりと気だるげに振った。
用が済んだら長居は無用。彼女の技術に驚きつつ、俺は店を後にする。
何だかアイツがいつも通りに戻って呆れたような、安心したような……。
まあ店が繁盛してるってのは良い事だよな。
さて、買い物も済んだ事だし馬車の方に向かうとするか。
ギルドの外に出ると帆馬車の前でニーナとアルマが待っていた。
彼女達は荷物は持っていない。どうやらすでに積み込んでいるらしい。
馬車には商人組合の印章が描かれている。彼らの所有物らしいな。
「おっ、来たっスね!」
にっこりと笑ってアルマは言う。
「パパー! こっちこっちーっ!」
「きゅっきゅー!」
ニーナとキューちゃんも俺を待ちわびていたようで、俺を見るや否やぶんぶんと手を振って俺を呼ぶ。
俺は少し駆け足で彼女達の下へと向かった。
「すまん、待たせたか?」
「大丈夫っスよ! ささ、早速出発っス!」
俺はアルマに催促されるがまま荷台に乗り込んだ。
内部は食料や水の入った冷蔵樽が数樽。野営用の寝袋が人数分。後は馬具の予備だとか、様々な物が揃っている。
ちょっと手狭ではあるものの本当に用意が良いな……これだけの物を短時間で用意出来るとは。
「ちょっと狭くて申し訳ないっスね……なにぶん急ぎだったもんスから、要らない物まで積んでるかもしれないっス」
「これ全部いつも積んでるのか?」
「流石に食料や水はその時に積むんスけどね、殆どはすぐに出発できるように積んでおくんスよ」
「なるほど、前みたいな速達があった場合にすぐに動けるようにしておくんだな」
「その通りっス! それに組合で一番早い馬を連れてきたっスから、マグトラまですぐっスよ!」
何故かアルマは得意気になりつつ腰に手を当てた。
彼女の言葉に反応してか、帆馬車に繋がれた馬がぶるるっと嘶く。
確かにここから見る限りでも非常に力強そうな馬だ。アルマが得意気になるのも分かる気がする。
「さてっ、準備も出来たっスから出発するっスよ! 御者さん、お願いするっス!」
「わーいっ! しゅっぱーつ!」
「きゅっきゅきゅー!」
アルマが指示を出すと、ゆっくりと馬車が動き始めた。
ニーナとキューちゃんはきゃっきゃと喜んでぴょんぴょん跳ねている。全く無邪気なものだ。
トランパルの外郭が見えなくなってきた頃、俺はアルマにどのくらいで着くのか聞いてみた。
マグトラまでは順調に行けば一日ぐらいで到着するらしい。思ったより早いな。
「なあ、マグトラってどんな所なんだ?」
「無骨な石造りの建物が立ち並ぶ小さな町っスね、鉱山街らしく魔石製錬所や加工所があるのが特徴っス。あっ、あとパンが美味しいんスよ!」
「パン?」
「そうっス! マグトラと言えば魔石ってイメージも強いんスけど、石窯で焼いたパンが本っ当に美味しいんスよね! 特に"猫のうたたね亭"の石窯焼きパンなんかもう……はぁぁ、食べたくなってきたっスぅ……」
アルマはその味を思い出したか、少しうっとりと目を瞑る。
同時にきゅーとお腹を鳴らして、恥ずかしそうに俯いた。
「はは……軽く飯にするか」
もうすぐお昼になる。俺は冷蔵樽から食料を取り出してアルマとニーナに手渡した。
キューちゃんには暫くジャーキーで我慢してもらうしかないな。
水をコップに注いで全員に配ると、俺も食事を始めた。





