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第五十六話【オッサン、緊急事態】

 あれから数週間が経つ。


 俺はダンジリアに居た時と変わらず、ニーナを世話しながら迷宮測量士として活動をしている。

 変わった事と言えば……やっぱり料理を作るのが楽しくなってきたことだろうか。

 最近じゃレシピ本まで買う始末だ、もうこれは趣味と言っても良いのかもしれないな。

 その内ニャムみたくお菓子も作ってみたいと思う。ニーナ達も喜ぶだろうし。


 ニーナは最近、街を探検するのにハマっているらしい。

 俺がニーナを構ってやれない時、キューちゃんを連れて街へ繰り出しているようだ。

 一緒に街を散策している時でも、眼を離した隙にどっかに行ったりしてしまうから困りもの。

 悪い事に巻き込まれないと良いんだがな……勘は鋭い子だから、危険な物には近づかないだろうが。


 シエラは受付嬢をやりながら、時々冒険者として初心者パーティに混じって迷宮へと繰り出している。

 最初は少し心配だったが、なんでも『幸運』のお陰で良い遺物が見つかりやすいだとかなんとかで、冒険者達からは引っ張りだこらしい。

 まあ、おっちょこちょいでドジを連発するのは相変わらずらしいが。

 時々ミアに会いに行って冒険の結果を報告したりしているらしい。全く仲が良いよな、本当。


 ニャムは何て言うか、相変わらずマイペースに道具屋を営んでる。

 最初は道具屋で忙しそうにしていたが、慣れたのか最近じゃまたカウンターでぐうたらし始めている。

 それでも店が回る辺り要領は良いんだろうな、見かけによらず凄い奴だ。

 最近じゃ自作のお菓子も店に置き始めた。冒険者や迷宮測量士達からは意外と好評な様子。


 とまあ、俺達四人はそれぞれトランパルでの生活に順応してきていた。

 当初の目的である"黄金の迷宮"は何の音沙汰も無く、新種の迷宮もあれ以来見つかっていないようだ。


 今日はニーナと迷宮測量にでも行くかな……なんて、ギルドロビーのベンチでぼーっと過ごしてた、そんな日の事である。


「し、失礼するっス!」


 慌ただしい幼い声がロビーに響き渡る。

 その声の方向に振り向くと、もっさりとした立派な付け髭を付けた一人の少女――。


「あれは……アルマ?」


 商人組合に努めるドワーフの女性、アルマ・スペッサルティンその人。かなり息を切らした様子だ。

 入口で立ち止まり、膝に手をやって呼吸を整えると――


「き、緊急事態っス! マグトラで"戦争"が起きそうなんスよ~っ!」


 と、とんでもない事実を公言した。


                  ◇


「……さて、詳しく話を聞かせて貰いたい」


 ラルフはそう言って机の上で腕を組んだ。

 彼の視線の先には、いまだにあわあわしているアルマと、商人組合会長エレク・パクトロス。

 アルマの後に彼も急いでやってきて、ギルドマスターとの面会を頼んだのだ。


 そして何故か、俺もその場に同席する事になったのである。


「……俺、なんで呼ばれたんだ?」

「私が願い出たのだよ、ランパート君」


 とエレクは俺の方を見て言う。

 理由はまだわからないが、その内説明するとエレクは言ってラルフへと向き直った。


「先日、マグトラ近郊のドワーフの村に盗賊団が入り込んだ。ドワーフ製の武器や道具を狙っての犯行だったらしい」

「ドワーフ製の装備は非常に高価っスからね、まあ私の親戚がすぐに追い払ったんスけど……奴ら、"ある事"をしでかしたんス!」


 声を震わせて語るアルマ。

 ラルフはアルマの方へと向いてその"ある事"について聞いた。


「ある事とは?」

「私達の村の御神体――"大魔石"を盗もうとして壊してしまったんス!」


 アルマは小さな身体で懸命に身振り手振りをして事の重大さを伝えようとしている。

 御神体か……彼女の様子からして相当大切なもののようだ。


「……魔石は彼らにとって神の石だと言う事は知っての通り。ドワーフ達は命の次に大切な物として祀っていたんだ。そんな御神体を壊されたとあっては、怒るのも無理はないだろう」

「そして最悪な事に盗賊団はマグトラの方角へと逃げたんス! そのせいでマグトラから来たんだと勘違いした村の人達がもうカンカンに怒ってしまって、一触即発の状態なんスよ……!」


 エレクの言葉の後にアルマが続ける。どうやら事態は思った以上にマズい状況らしい。

 ラルフは深刻な表情でその話を聞いていた。


「なるほど、仮にマグトラ側とドワーフ側との戦争が起こってしまったら――」

「まず採掘どころじゃなくなり、この辺り一帯の魔石の供給が止まるだろう。庶民への影響は計り知れない。……それに各地の過激派ドワーフ族を刺激し、戦火が飛び火するかもしれない」

「ドワーフ族との全面戦争が起きる、というわけか……」


 頭を抱えるラルフ。そんな様子を表情を変えずにエレクは見ていた。

 そして、重々しくその口を開ける。


「……この事態が悪化した場合、商人組合側としてはマグトラに加勢し、"三協定"に基づき行動するべきだと提案する」

「……っ、正気か!? エレク!」

「地域への影響を考えた場合こうせざるを得ないだろう、ラルフ」


 声を荒げるラルフに淡々と喋るエレク。

 非常にピリピリした空気だ……俺、本当に場違いなんじゃなかろうか。

 ……しかし、三協定ってなんだ?


「……あのすまないラルフさん、三協定について教えてくれないか?」

「カルーン教会、商人組合、そして冒険者ギルドが結んでいる軍事協定だよ、ジム……ギルドが兵力として冒険者を出し、教会からは治癒魔法の得意な司祭達を、組合からはその他諸々の資材を提供する協定だ」


 なるほど……ってことはつまり、トランパルもドワーフ達と戦争するって事か!?

 そうなったらドワーフと他種族の大戦争待った無しだぞ……!


「無論、そうならない為にも秘策がある……ランパート君だ」


 ……えっ、俺なのか?


「あの……どうして俺なんです?」

「マグトラからそう遠くない所に、魔物が住み着いた古い廃坑がある。そこは大きな魔石が取れる事で有名だったらしい。そこならばドワーフ達の新しい御神体が見つかるかもしれないと思うんだが、残念ながら残存している廃坑の地図が無くてね。それで君に地図作成も兼ねて頼もうと思ったわけさ」


 なるほどな、確かに新しい御神体を差し出せばドワーフ族の怒りも静まるかもしれない。

 マグトラの使者として行けば誤解を解くことも出来るし、問題を一気に解決できるな。

 後は盗賊団の行方だが……こればかりはマグトラに任せるしかないか。


「一度の探索で魔石が見つからなくても、地図さえあれば採掘隊をこちらから派遣する事が出来る」

「ふむ……その手に乗るしかない、か。迷惑をかけてすまないがジム、私からもお願いするよ」


 ラルフもこちらに頭を下げて願い出た。

 そう言われちゃ断るわけにもいかないが、問題が一つ。


「でも俺、魔石の判別なんて――」

「そこは私に任せて下さいっス!」


 何だか得意げそうな様子で目を瞑りながら、ぽんと胸を叩いてアルマが語る。


「魔石鉱脈は子供の頃に嫌という程見てきたっスからね、採掘の方もアテがあるので任せて欲しいっスよ!」


 流石ドワーフと言った所か、魔石の判別はお手の物らしい。

 しかし、採掘のアテって何だろうか……? 大勢を連れて歩くなんてマネは出来るだけ避けたい所だが。


 だが、この探索の結果でドワーフ族との戦が回避できるかどうか決まる。責任重大だな。

 鉱山は初めてだし魔物も居る、気を引き締めて取り掛からないと。


 ……それにしても、さっきから何やら視線を感じる。

 どうも扉の方からだ。振り返ってみると――。


「じー……」


 ……ニーナが扉の隙間から覗いていた。


「ニーナ……部屋で待ってろって言ったろ?」


 俺が呆れた口調で言うと、はっとした表情で一瞬固まるニーナ。

 全員の視線がニーナに集中する。彼女は少し考えた表情をした後、扉を勢いよく開けて。


「え、えへんっ! パパのいるところに――」

「ニーナあり、ってか?」

「きゅ!」


 セリフを取られて少し慌てているニーナ。

 その後ろからキューちゃんが顔を覗かせている。


「ねえパパ、わたしもついて行っていいよね?」

「今更置いてく訳ないだろ? 早速遠出の準備をしよう」

「うんっ!」


 そう言うと、ニーナはてててっと部屋の方へ走って行った。

 全く元気な子だ。そこが良い所ではあるんだが。


「私達は今後の対策について練るとしようラルフ。アルマ君は――」

「勿論、ジムさんを精一杯サポートするっスよ!」


 えへんと胸を張り答えるアルマ。

 そしてこちらへと歩いて来て手を伸ばしてきた。


「暫くの間よろしくお願いするっス、ジムさん!」

「ああ、こちらこそよろしく頼む、アルマ」


 差し出された手を取り、ぎゅっと握手を交わす。

 何だか子供と握手してるような感覚だが、そう言ってしまったら失礼だから何も言わないでおく。

 

 さて、早速準備を始めよう。

 俺は軽く挨拶をした後、ギルドマスターの部屋を出て自室へと向かった。

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