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閑話【嗚呼愛しのお姉さん】

 拝啓。

 お母さん、カイルです。

 村を出てから一年ほど経ちますが、そちらはお元気でしょうか?

 僕は夢の迷宮測量士になって、ダンジリアで活動しています。


「姉さん、今日も素敵です」


 ……ダンジリアには凄腕の迷宮測量士が居て、最近話題の新種の迷宮を攻略して回ってます。

 彼は迷宮測量士全員の憧れで、僕も彼を目指して頑張ってるんです。

 いつか僕の村にもその人を呼べたらなと思っています。


「そのふさふさの耳、尻尾、だらんとした自然体の姿……触れ合いたくなってしまいます、姉さん」

 

 ……えっと、僕はこれからも迷宮測量士として頑張って行きます。

 いつか立派になった姿を見せられたらな、なんて思ってたり。

 だからお姉――


「……間違えた」

「ああ姉さ――」

「流石に怒るよマオちゃん!?」


 僕は長机で手紙を書くのを一度中断して、隣に座って手に持った一枚の絵を見続ける彼女を見た。

 彼女の手にはカウンターでだらんとしているニャムさんが映っている。

 その絵は"写し絵(写真)"と言って、"写し絵箱(カメラ)"という遺物を使って作る絵なんだ。

 しかしいつの間に作ったんだろう……? 割と高価な物の筈なのに、写し絵箱。


 ……ちなみに、今の服装はまた受付嬢の恰好だ。

 今日もギルドを手伝ってて、今はお昼の休憩時間中である。趣味になったとかじゃないからね。


「……?」

「いやキョトンとしてるけど、全部口に出てたよ?」

「はっ……また私、我を失って――」


 耳と尻尾をしゅん、と垂れ下がらせて彼女は落ち込んだ様子。

 どうやら無意識でやっていたみたい……それはそれで恐ろしいけど。


「姉さんに会えないというのがこんなにも辛いとは……」


 写し絵を机に置いて、辛そうにふるふると震えていた。

 多分病気なんじゃないかな、うん。恋の病って奴。


「……マオちゃんってニャムさん大好きだよね」

「世界一愛してる自信があります」

「だろうね」


 即答だ。また我を失ってるんじゃないのこの子?


「どうしてそんなに好きなのかな? 何か過去にあった、とか」

「それは……そうですね、カイルさんには話しても良いでしょう。可愛いですし」


 彼女の判断基準が分からないのは置いといて……少なくとも過去について色々と聞けそうだ。

 マオちゃんは過去についてあまり語らない、意外と謎が多い人物なんだ。少し興味がある。


「……私と姉さん、違い過ぎると思いませんか?」

「え?」

「姉さんは黒猫、私は白猫―― 姉妹だからって、こんなに違うのはあり得ない」


「捨て子なんです、私。まだ物覚えも付いていない頃に捨てられました」


 彼女は表情を変えずに、いつものように淡々と――そう言い放った。


「私が一番最初に記憶しているのは、父さんと母さん……姉さんの家族が住んでいた街の片隅で、残飯を漁っていた記憶でしょうか」

「残飯を……」

「幼いながらも、そうしないと死んでしまうと分かっていたんでしょうね、無我夢中でした」


 綺麗な黄色い瞳は揺れる事なく、真っ直ぐこちらを見つめている。

 それはまるで、良くできた人形のようにも思えてしまう。


「知っての通り、私は昔から感情の起伏が極端に薄いんです。きっと……本物の両親からは、面白くない子供だったんでしょうね」

「――どうして」

「?」

「どうして君は、そんなに辛い事を表情も変えられずに話せるんだい」


 僕がそんな境遇だったらきっと、辛くて泣いてしまうだろう。

 ああ、全く―― どうしてこんなにまだ幼い子が――


「……カイルさん、泣いているのですか?」

「! こ、これはその――」

「声が震えてますよ。……優しいのですね、私の代わりに泣いて下さったんでしょう?」


 僕はどうも感情的になると涙が出てしまう。

 女の子の前で泣いてしまうなんて……ちょっと恥ずかしい。


 マオちゃんはそんな僕を見てにこりと笑って言葉を続けた。


「ありがとうございます、カイルさん。そんな風に反応してくれる人、初めてです」

「いや、礼を言われるようなことじゃ……」

「それでも言わせてください。……ありがとう、本当に」


 微笑みながらそう言われると、少し恥ずかしくなってしまう。

 ……まるで人形のよう、だなんて失礼な事思っちゃったな。


 そして、マオちゃんは少しはっとした表情をした後、頬を少し赤らめて。


「え、えっと、話を続けさせて頂きますね」


 と、話に戻るのだった。


「私は孤独に数年の時を過ごしました。今の様な白毛は当時は黒ずんでいて、ちょっと灰色がかっていたと父さんから聞いたことがあります。……ある日の事です」


 そう言うとマオちゃんは目を瞑る。

 当時の事をありありと思い出しているかのようだった。


「あの日の事はよく覚えています、寒い冬の日の事でした。その日は暖を取る為の布切れも見つからず、橋の下で震えていたんです。身体はどんどん冷えて、非常に強い眠気を感じていました。寝ては駄目だと必死に身体を起こしていましたが――限界を迎え、ふっと意識を手放したんです」

 

 ぎゅっと自分の身体を抱くマオちゃん。

 とても寒かったんだろうな……ああ、また涙が出そうになってる。いけないいけない。


「……次に眼を開けたら、視界は真っ暗でした。ああ、私は死んだのだとその時思ったのですが、変な事にあったかくて、妙に息苦しい感覚でした。私がそれから逃れようと動いた時に、ある声が聞こえたんです。「あ、起きた」と」

「……それって」

「はい、察しの通り、ニャム姉さんです。砂だらけになるのも構わずに、姉さんは私をぎゅっと抱きしめて温めてくれていたんです」


 ニャムさん、適当な所はあるけれど……とっても優しいんだな。


「姉さんは「もう大丈夫だよ」と、何が起きているのかまだ分かっていない私に言いました。暫く抱きしめられているうちに、私は理解したんです――ああ、この人は私の命を救ってくれたんだと」


 良い話だな、こういうのにも弱いんだ僕。

 ……ハンカチ用意すれば良かった、まさかこんなに泣きそうになるなんて――


「今でもあの時のニャム姉さんの匂いは覚えてます」


 ……あれ?


「ふわっとした石鹸のいい香りだったんですけれどニャム姉さんの家ああつまり今は私の家でもあるんですがその匂いも混じっててちょっと固有の香りがしたといいますか」

「ちょ、ちょっと待ったマオちゃん?」

「あと抱きしめられていた位置がちょうど胸の位置だったんですよしかもちょっと汗ばんでたんですよね汗ですよ汗それが直に鼻に押し付けられてたんですよ私幼いながらにしてああこれがこの人の匂いなんだって理解しましたよね鼻にこの人の匂いをしっかり刻み込まれちゃってるって思うともう頭がフットーしそうでフフフ」

「おーい! マオちゃーん!?」

「はっ……私ったらついうっかり」


 自分の身体を抱きしめて左右に揺れていたマオちゃんはその動きを止める。

 ……この子、もしかしなくても相当の変態なんじゃ。


「まあその、かいつまむと私はニャム姉さんに拾われたんです」

「だいぶかいつまんだね……」

「ええ、それ以来私はニャム姉さんの妹――マオ・ナーゴとして生きていくことになりました」


 その時、マオちゃんは少し誇らしげだった。

 名前を嬉しく思っているんだね、この子は。


「父さんと母さんにはとてもよくしてもらいました。勿論姉さんにも」

「お父さんとお母さんは想像できるとして……ニャムさんからも変わらずよくしてもらってたんだね」

「はい、姉さんの抱き枕にしてもらいました」

「……なにそれ?」

「文字通り私が姉さんの抱き枕になってたんです。姉さんは今もですけど寝るのが好きで、いつも寝る時は私を呼んで一緒に寝てました。ああしかし思い出すと汗ばんだ匂いがとても――」

「ああストップストップ! よく分かったから止めて?」

「むう、ここから盛り上がるなのですが」


 いや、変態話が繰り広げられるだけだろう!?

 やや燃焼不足気味な表情で語るマオちゃんは、こちらを見て文句を言った。

 ……いや、文句を言われても困るよ、マオちゃん。


「……まあそう言う訳で、私はニャム姉さんが大好きなんです。分かって貰えましたか?」

「ああうん、なんか嫌という程分かったよ」

「それは良かったです……ああ、もうこんな時間ですか」


 そう言うとマオちゃんは立ち上がって玄関へと向かって行く。


「これ以上姉さんの大切な店を空ける訳にも行かないので、私はこれで失礼しますね」

「あ、うん。良い話を聞かせてくれてありがとう」

「こちらこそ、何だかスッキリしました」


 向かって行く途中、立ち止まって――。


「……あ、そうそう。来週ぐらいの事なんですが――楽しみにしててくださいね、カイルさん?」

「楽しみ……?」


 こちらを振り向いてにこりと笑うと、マオちゃんは走って行ってしまった。

 来週……? 一体何のことなんだろ――。


「おぉーい、カイルちゃーん! 受付してくれー!」

「あっ、はーい! あとちゃんはやめてください!」


 一人の冒険者さんに呼ばれて、僕は急いで受付に立った。

 マオちゃんの秘密……というか過去を知る事になったけど……。

 何だかあの子とはこれからも仲良くやれそう――そんな気がした。


 ……この時僕は知らなかったのです。

 マオちゃん……彼女が僕向けの可愛い衣装を沢山用意している事に――。


 そして、僕が着せ替え人形のように沢山着替えさせられるのは言うまでもないんだ。

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