第五十五話【"あの子の行方とあの子の機嫌"】
「――――とまあ、これが俺とヘレンの出会い。そして今の俺が出来たきっかけ、だな」
俺が話し終える頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
非常に長い時間話し続けてしまったが、ラルフは全てちゃんと聞いていたらしい。
「ふむ……今の君がいるのは、ヘレンとクレアというお嬢さんのおかげなんだね?」
「だな。まあそんな生活をして金を貯め、自分の家を買って、そしてある日ニーナと出会った」
「ニーナちゃんと迷宮を共に攻略し、そしてここトランパルへとやってきた、と……なんて激動な人生なんだ」
面白い、と行った様子でラルフは自分の立派な髭を撫でる。
まあ、普通こんな人生を送れないよな。
良くも悪くも『逃げ足』に振り回された人生だった。多分これからもそうなんだろうけど。
「しかし、君が迷宮へ潜り続ける理由に一人の女性が関係しているとはね」
「ああ、彼女との出会いが無ければ、多分ここまで来る事は無かったかもしれないな」
「ふっ、今でも好きなのかい? そのクレアの事が」
「べ、別にそう言うのじゃない! 信頼できる友人ってだけだ」
全くラルフは何を言い出すんだ、俺がクレアを好きだって?
まあ確かに友人としては好きなのかもしれないが……別にそう言う間柄でもないし。
……クレア、今は何してるんだろうな。
「しかし、クレア・ルエーシュか……クレア……何処かで見たような……」
ラルフは少し考えた後、はっとした表情をして本棚から書類を幾つか持ってくる。
そして俺に見せるように机の上へと広げるのだ。
「これを見て欲しい」
広げられた書類を覗き込むと、ある報告書だと言う事が分かる。
とある迷宮の情報と、そこを攻略したパーティについて書かれているようだ。
「パーティリーダー……クレア・ルエーシュ!?」
「ああ、別大陸から届いたデータだ」
日時は今から数か月前、"機構の迷宮"の初調査について書かれている報告書だった。
俺達がいる大陸とは別の大陸―― そこに確かに彼女は居るのだ。
「ギルドでは高難度の迷宮や新種の迷宮を攻略したデータを共有しているんだが、どうやら彼女はそんな迷宮を任されるくらいにまでなったみたいだね」
「そうか……ふふ、そうなんだな」
今もきっと、彼女は新しい迷宮に挑み続けているに違いない。
俺は何だか嬉しくて、つい笑みがこぼれてしまう。
「ふふ、嬉しそうだね? やっぱり彼女の事が――」
「……大切な友人ってだけだって」
からかうような顔でラルフはそう言う。全く失礼してしまうな。
とにかく彼女の生存が確認できたのは嬉しい事だ。
「会いたいのなら、私の特権で彼女をトランパルへ呼ぶことも出来るよ、どうだい」
「……いや、それはいい。迷惑だろうし……それに」
確かに会いたくないと言えば嘘にはなるが、でもそうして呼ぶのは何だか違う気がして。
「きっと会う時になれば自然と会える、そんな気がするのさ」
俺は何となく、そんな予感をラルフに伝えた。
確信があるわけじゃないが、俺は真剣にそう思っている。
「ふふ、信頼し合ってるんだね。いい関係だ」
「俺が勝手に思ってるだけさ」
「いつか再び会えるといいね……おっと、それはそうとニーナちゃん達を放っておいて大丈夫かい?」
「……あっ、マズい」
すっかり話し込んでしまったが、ニーナやキューちゃんの晩飯を作らなければいけない。
こんなに遅くなってしまったし怒ってるだろうか? 急いで戻らなければ。
「それじゃラルフさん、また何かあったら報告する」
「ああ、面白い話を聞かせてくれてありがとう」
俺は扉を開けてギルドマスターの部屋を出る。
そして急いで自室へと向かって行った。
◇
「……悪かった。ニーナ、キューちゃん」
「つーん……」
「きゅうー……」
部屋ではベッドの上で、寝間着姿のニーナがキューちゃんを抱えて待っていた。
急いで飯を作り食卓に並べるも、ニーナは何故か不満げだ。
キューちゃんも何故か不満げ……だったが、ご飯を差し出したら嬉しそうに食べ始めた。空腹だったらしい。
「悪かったって、機嫌直してくれよ」
「……さみしかった」
「きゅっきゅっ」
ぷいっ、と頬を膨らませてそっぽを向くニーナ。
キューちゃんは横でガツガツとご飯を食べている……まあ、この子は大丈夫そうだな。
「寂しがらせてごめんな? ちょっとラルフと話をしてたんだ」
「どんな話?」
「んー……まあ俺の若い頃の話かな」
「ふーん……」
いつもだったら食いついて来そうな話題なのに、ずっとつんつんしたままだ。
そんなに長時間放っておかれたのが嫌だったのか……。
まあ確かに、ここんところずっと一緒だったもんな。
「なあ、どうしたら機嫌直してくれるんだ?」
「……んー」
そう言うと、ニーナは少し考え始めた。
一体彼女は何を考えているのか、ああでもないしこうでもないと呟いてて。
そして暫くした後、ちょっとだけもじもじした様子で口を開いた。
「いっしょにねたい、かな」
「同じベッドでか?」
「……うん」
なんとも可愛らしい願いだと、俺はふっと微笑んだ。
何か欲しい物を買わされるんじゃないかと思った。
「……まあ、それくらいならお安い御用だ」
「ほんと? ほんとにいいの?」
「ああ、」
「……えへへっ、パパありがとっ♪」
ニーナは嬉しそうににこりと笑ってこちらを見た。
なんとか機嫌を直してくれてよかった。
「さっ、早く冷めないうちに食べな」
「うんっ! いただきますっ!」
お腹も減っていたのだろう、手を合わせて勢いよく食べ始めるニーナ。
ほらがっつかないと注意をしつつ、俺も食事を口に運んだ。
そうしてご飯を食べ終え、寝る準備を整えた後。
「……ベッドに入るの早いな、ニーナ」
「えへへー」
既に俺のベッドに潜りこんでいるニーナ。そんなに一緒に寝たいのか?
キューちゃんは既に自分の寝床で丸くなって寝ていた。
俺がベッドに入ると、ニーナはすり寄ってくる。
全く甘えん坊だなと苦笑いしながら、ぽんぽんと頭を撫でてやった。
「暑苦しくないか?」
「へいきっ!」
元気よく返事を返すニーナ。何だかとっても嬉しそうだ。
考えると、お風呂の件といい今といい、この子は親に甘えたくて仕方がないんだろうな。
迷宮探索が出来るとはいえまだ九歳、俺がちゃんと親代わりになってやらないと。
「それじゃおやすみ、ニーナ」
「おやすみパパ!」
これから寝るってのにニーナは非常に元気。そんなに嬉しいのか?
ぎゅーっと抱きついて離そうとしない。全くこの子ったら。
ランプを消し部屋を暗くすると、自然と眠くなってくる。
思えば今日も迷宮探索で疲れてたんだったな。疲れで心地よく眠ることができそうだ。
「……ねえパパ」
「どうした、ニーナ」
ふとニーナが語りかけてくる。
「いつもありがと」
俺を見ながらにこりと笑ってそんなことを言い出した。
「どうした急に?」
「ん、なんとなくっ」
「……こいつめ」
別に礼を言われるようなことはしていないが、改まって言われるとなんだか恥ずかしくなってくる。
俺はそんな恥ずかしさを紛らわすかのように、ニーナの頭をわしゃわしゃ撫でてやった。
「ひゃーっ!」
ニーナはきゃっきゃと喜んで頭を押さえている。
まったく、寝るどころじゃないなこりゃ。
結局、俺はニーナが寝るまで面倒をみる事になった。
こんな日に限ってニーナはなかなか寝付かずに、迷宮のお話をせがんだり、俺の昔のことを聞いてきたりした。
俺はそれに応え、彼女がワクワクしながら聞いているのを見ながら話してやる。
彼女が寝た頃にはもう次の日になっていた。
「やっと眠ったか」
今日はなんだか話疲れたな……これはよく眠れそうだ、まったく。
「パパー……えへへー……」
そんな俺の疲れも知らずに呑気に眠る少女をみて、ふっと笑うと頭を撫でてやる。
そして俺も寝ようとゆっくり目を瞑った。
……クレアが今の俺を見たらなんて言うかな。
パパ、だなんて言ってからかってきそうだ。
いずれ会えたらニーナを紹介してやらないとな――。
まどろみの中、遠い地にいる友人を想いながら俺は眠りについた。
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