第五十四話【青年、別れる】
その後、俺はギルドの一室を借りて住み込みで働いていた。
迷宮測量士として多くの迷宮へと潜り続け、迷宮の中で地図を作る技術、敵から逃げる技術を磨いていったんだ。
同じ迷宮測量士の仲間も増え、迷宮の様式などの情報がギルドで共有され始めたのもその頃だ。
ゆっくりではあったものの、確実に冒険者のサポートができる体制が整いつつあった。
クレアもクレアで洞窟の迷宮での反省を活かし、背伸びせずにコツコツと簡単な依頼をこなしていった。
時には俺が測量した迷宮を探索することもあったっけ。
その持ち前の魔術のセンスと才能で、メキメキと力をつけていったんだ。
そんなこんなで、懸命に技術を磨いていき、俺と彼女が出会ってから一年が経とうとしていた頃の話――。
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「ふあ、ぁ……」
太陽が真上に差し掛かる頃。
その日の俺は久々に休暇を取ることにして、ダンジリア近郊のある場所へと来ていた。
そこは木が一本だけ立つ小さな丘―― 俺が勝手に"星空の丘"だなんて呼んでる場所だ。
そう、ここはニーナと"星空の絨毯"を見た場所。
この頃から俺はこの場所が好きで、休暇を取る度に出向いていた。
ここの木の下で寝転がり、木漏れ日を浴びながら昼寝するのが俺の休暇の過ごし方だった。
……今思うと随分と暇してたな、俺。
「やっほ」
俺がいつものように寝転がっていると、突然見慣れた顔が俺の顔を覗き込む。
美しい赤い髪の少女、クレアだ。
「……なんだ、クレアか。よくここが分かったな」
「外に出て行くのが見えたから、こっそりついてきたの。迷惑だったかしら?」
「いんや、好きなだけいるといいさ」
寝転がったまま俺はそう答える。
クレアはじゃあお言葉に甘えてと隣に座った。
ざああ── と風が草木を静かに揺らす。
雲は風に身を任せ、ゆっくりと漂っている。
「……落ち着く場所」
「だろ、ここで過ごすのが好きなんだ」
「ちょっと意外ね、ジムって結構人付き合いが好きな方だと思ってたから」
「俺だって一人の時間は欲しいものさ」
「……やっぱり迷惑だった?」
「ああ、そういう意味じゃなくてな……こう、落ち着ける場所の一つや二つは欲しいって事だ」
ちょっと申し訳なさそうな彼女をなだめるように言う。
失言だったな、とこの時後悔したものだ。
「ああそういえば、この間変わった遺物を見つけたのよ」
「ん、どんな遺物だ?」
「ええとね、折れ曲がった二対の棒で、金属に反応して勝手に動くの――」
時にはふざけて、時にはまじめに。
のんびりとたわいも無い話をしながら、刻一刻と時間が過ぎてゆく。
いつのまにか寝るのも忘れ、俺は地面に手をつき座ってクレアと話をしていた。
陽も傾き始め、ある程度話題も出尽くした頃。
俺とクレアは目を瞑り、そよ風を静かに浴びていた。
「……ねえ、ジム」
沈黙を破ったのはクレアの方だった。
彼女は何かを決心した様子で、こちらを見据えていた。
「私ね、ダンジリアを離れようと思うの」
「……えっ?」
彼女の口から出た言葉に、その時の俺は酷く動揺した。
それが表情に出ていたのか、彼女はふふっと笑って言葉を続ける。
「ダンジリアで学べる事は多いわ。迷宮の数も多いし、熟練の冒険者も居る。でも……きっとそれだけじゃ駄目」
彼女はそう言うと立ち上がり、遠方を見つめる。
「もっと広い世界をこの目で見て、肌で感じてみたいの。きっとそれが、エリックの夢見た"冒険者"だから」
目を少し輝かせながらまだ見ぬ世界を見据える彼女を、俺は引き止める事が出来なかった。
彼女をこの場所に引き止める事はきっと出来なかっただろうし、俺自身、彼女の障壁になることが嫌だった。
「だから……私、明日街を出るわ。ジムとも今日でお別れ」
「……そうか」
俺は俯き加減で声の調子を落とし、残念そうに呟く。
「そんな残念そうな顔しないで? 二度と会えないわけじゃ無いんだから」
そんな俺の顔を覗き込み、励ます彼女。
なんだかこの時だけ、彼女の方が少し大人に見えて。
「……ははっ、どっちが年上か分かったもんじゃないな」
「本当。ジムって寂しがり屋ね」
「うっさいわい」
なんて、最後になるかもしれない軽口を叩きあった。
「さて、と。そろそろ行くわね」
「……もう行くのか?」
「ええ、出発の準備をしないと」
そう言うと、彼女はゆっくりと歩き出して街へと戻ろうとする。
この時、俺は今彼女を行かせたら、なんだかもう戻ってこないような気がしていて。
無意識に彼女の背に向かって手を伸ばしていた。
「ねえジム、約束覚えてる?」
はっ、と現実に戻されたのはクレアのその言葉。
咄嗟に手を下ろし、彼女の言う約束を思い出す。
「……Sランク級の迷宮測量士になる事か?」
「ええ、期限は次に会う時まで、でどうかしら?」
「期限なんて決めるのか」
「ふふ、その方がやる気出るでしょう?」
そう言うと彼女はくるりと振り返り、小指をこちらへと差し出して。
「私もSランク冒険者になって貴方に会いに来るわ、約束よ」
「……ああ、約束だ」
俺はそれに応え小指を絡め、指切りをした。
にこりとこちらを見て笑う彼女を見て、少し胸の高鳴りを感じたのを覚えている。
「またね、ジム」
彼女はさよならは言わなかった。
きっと、いや必ずまた会えると信じている様子で、その言葉を紡いだ。
「またな、クレア」
そうして、俺も彼女と同じ言葉を紡ぐ。
きっと、また会える。お互いそう信じて。
◇
次の日の朝。俺は目を覚ました後、窓のカーテンを開けて外を見る。
一台の馬車がダンジリアを出て行くのが見え、おそらく彼女が乗っているのだろうと考えた。
最後に一声かけるべきだったか考えたが、彼女の性格からして出送りの挨拶なんて求めてないだろうと思い。
「……しゃっ! 今日も頑張るか!」
ぴしゃりと頬を叩き気合いを入れると、前日買っておいたパンを頬張り支度をする。
カバン、魔法紙、羽ペン、インク、そしてポータブルなんとか――どれも抜けはない。
いつもの服装に着替えて、俺はギルドの玄関へと急いだ。
「おはよう、ヘレン!」
「ん、ああ……おはようジム」
すれ違い様にヘレンへと挨拶する。
「おはよう、シエラ! ちょっと迷宮に行ってくる!」
「は、はい! 行ってらっしゃいませ!」
そう言うと俺は足早にギルドを去る。
「……ジムさん、何かあったんですかね?」
「さて、ね。誰かさんに焚きつけられたんじゃないかい」
そんな呟きを耳にしつつ、俺は迷宮へと向かった。
彼女に負けないような迷宮測量士となる為に、今日も俺は迷宮へと潜るのだ――。
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こうして、俺は十数年間迷宮に挑み続けた。
数多の迷宮に挑み続けるにつれ、いつしか俺は"凄腕迷宮測量士 ジム・ランパート"と呼ばれるようになった。
多くの冒険者を救った偉大な人物だなんて、大袈裟な事を言う者もいる。
だが、俺はここで満足しちゃいけないんだろう。
遠い地できっと、俺以上に努力しているであろう"あの子"がいる限り―― 俺は休めない。





