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第五十話【青年、一旦帰還】

「――で、途中で帰って来たって訳かい」


 ヘレンは机の上で手を組みながら、俺を見上げて言った。

 別に彼女は怒ってる訳では無かったが、何となく若い時の俺は彼女に威圧感を感じたっけ。


「しょうがないだろう、あのまま放っておくなんて気分が悪い」

「……ま、アンタの行動は大正解だよジム。よく無事で戻って来たね」


 ヘレンはにっ、と笑って俺を褒めた。

 ……改めて褒められると、何だか照れくさいものだ。

 俺は少し恥ずかしくて頬を掻いた。


 俺はクレアの連れを教会まで運んだ後彼女と別れ、ギルドへと一旦報告しに来ていた。

 本来地図を完成させて戻るつもりだったが、凶暴化したゴブリンや迷宮の地形について報告するべきだと感じたからだ。

 俺はヘレンに迷宮であった事を全て報告した。


「なるほど、凶暴化したゴブリンか……確かに、迷宮の魔物は地上の魔物よりも凶暴化しているケースが多々あると聞いたことがある」

「……それ、最初に聞きたかったな」

「悪かったよ、ダンジリア近郊じゃ初めてのケースなんだ」


 あの頃からだったか、迷宮の魔物が地上の魔物よりも凶暴化してきていたのは。

 確か遺物の質も上がって来ていた頃だったし、何か遺物と関係があるのかもしれないとは学者達の間で騒がれてたな。

 結局、何の因果かは分からずじまいだったが。


「そして地図を見るに……どうやらこの迷宮は厄介みたいだ」

「厄介? 何か分かるのか」

「地上にあるゴブリンの巣にそっくりなんだよ、ジム。ゴブリン共は洞窟を自ら広げて巣を大きくしていく……つまり、この迷宮は――」

「……放っておくとまだまだ大きくなる?」

「そう、その通りさ。そしてそのうち、大きくなった巣で繁殖する為にゴブリン共は人攫いを始めるだろうね」


 深刻そうな顔で語るヘレン。あの凶暴なゴブリン達が外に出てくると考えれば、そんな顔にもなるだろう。

 洞窟の迷宮……成長する迷宮と言ってもいいな。思った以上に恐ろしい迷宮だ。


「これからどうするんだ、ヘレン」

「……ひとまず、ジムは迷宮測量(マッピング)を続け、守護者の間へとつながるルートを見つけ出して欲しい」


 ヘレンは俺に地図を返すと、真剣な表情のまま語った。


「地図を頼りに最短ルートを進み、精鋭の冒険者を揃えて一気に叩く。それしか無いだろうね」


 なるほど、確かに彼女の言う通りその方法が一番か。

 例え凶暴なゴブリンとて歴戦の冒険者が相手ならひとたまりも無いだろう。

 ダンジリア近辺の安全のためにも、ここは確実に仕留めるべきだと俺は感じていた。


「それじゃあジム、明日からまた向かってくれるね?」

「ああ、勿論――」


 と言いかけたその時である。


「――っ、失礼します」


 聞いた事のある声と共に、突然扉が開かれる。

 後ろを振り向くと、そこには息を切らせたクレアが立っていた。

 あの伸びきった魔術師のローブから綺麗な服に着替えていたものの、急いでいたのか髪を少し乱していた。


「クレア? どうしてここに」

「はぁ、はぁ……っ、ヘレン……さん、その測量に、私も派遣してください」


 クレアは部屋の中に早足で入り、ヘレンと机を挟んで対峙する。


「……クレア・ルエーシュ、だね? 相方の埋葬はもういいのかい」

「今さっき終わりました……私、どうしても彼の仇を討ちたいんです、だから――!」


 乞うように願うクレアを前に、少し考えるヘレン。

 彼女の気持ちも分からなくもないが、ヘレンの出した答えは無情で。


「……そんな理由じゃ駄目だね、それにアンタ達は実力を見誤ってあの迷宮に"勝手に"挑戦した。再び挑んでも再び返り討ちに遭うだけさ」

「そんな……私、もう二度と失敗しません!」

「駄目だ、ギルドからは許可出来ない。……今回は大人しく相方を弔ってな」

「……っ」


 そう言うと、クレアに退室を促すヘレン。

 クレアは悔しそうな表情で立ち尽くすと、ゆっくりと歩みを扉の外へと向ける。

 一瞬こちらをちらりと振り返った後、ゆっくりとその場を後にした。


「……酷いと思うかい、ジム」


 クレアが居なくなった後、少し調子を落とした様子で語るヘレン。

 彼女は彼女で何か思う所があるのだろう、顔に暗い影を落としていた。


「あの子の言い分も分からないでもないよ。相方を無残に殺されたんだ、そりゃ悔しいだろうさ」

「……ああ、そうだな」

「だが前にも言ったように、これ以上冒険者を死なせる訳にはいかないんだ。実力不足の者を行かせる訳には行かないんだよ」


 ぎゅっと組んだ手を握りしめて言うヘレン。何とも世知辛い気持ちだったんだろう。

 新米ギルドマスターの彼女の立場になって考えれば……ああやって言い放つのは相当辛かったに違いない。


「しかしあの様子じゃ……そうだね……ジム、一つ頼みがあるんだ」


 そう言うと、ヘレンはある事を一つ、俺に頼んだ。


                  ◇


 次の日、俺は洞窟の迷宮の前に立っていた。

 天気は少し曇りがかっていたっけ。その季節にしては少し肌寒い日だった。


 俺は迷宮の地図とカンテラを持ち、入口を眺めていた。

 地面の苔に付いた足跡はもうすでに消え始めていて、自然の強さに少し驚いていたっけ。


 まあ、地面の苔とか、これからの事とかよりもまず気になるのは――。


「……居るんだろ、クレア」


 途中から気が付いていた、俺の背後に迫る気配。

 新米魔術師の彼女は隠密があまり得意じゃない様子。その存在はバレバレであった。

 岩陰から、何だかむすっとした表情で出てくるクレア。

 新しい黒いローブに身を包み、一冊の古びた本を持っていた。


「……なによ、貴方も帰れって言うのかしら」


 少し心配そうな表情も混じりつつ、こちらを見上げながらそう言った。

 本当なら街に帰すべきなんだろうが、俺はヘレンからの頼みを思い出していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『もし彼女が付いてきた場合、精一杯フォローしてやるんだ』

『さっきクレアに絶対に行くなって言ってたじゃないか』

『あのタイプは絶対言う事を聞かないね、分かるのさ。"女のカン"って奴だよ。それにこれはギルドからの頼みじゃなくて、私個人からの頼みだ』

『はあ……というか、俺も新米同然なんだが』

『なあに、凶暴なゴブリンの群れに囲まれて生きて帰って来たんだろう? 力を合わせれば大丈夫さ』

『そうは言ってもな――』

『ああそうそう、守護者の間に着いたらすぐに帰ってくるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、分かったね?』

『……了解した』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……という訳で、俺はクレアのお守を任されたのだった。

 全く無茶な事言うよな、ヘレンも。まだ迷宮測量士になって二日目の人間に頼む事か?

 しかしまあ、彼女を帰したら何か言われそうだし、俺も正直戦いになったら逃げきれるか不安だった。

 少なくとも魔法が使える彼女と協力しながら進めば、道のりはだいぶ楽になる。そうに違いなかった。


「駄目だ、って言っても来るんだろ?」

「……分かってるじゃない♪」


 ふふん、と嬉しそうに言いこちらへと来るクレア。

 この少女、少々強引な所がある……この時、俺は何だか振り回される予感がした。


「改めてよろしくな、クレア」

「ええ、こちらこそ、ジム」


 そう言うと、クレアの方からすっと手を差し出してくる。

 意外とフランクな性格なんだな、なんて思いながらぎゅっと握手を交わした。

 ……ちょっと恥ずかしかったけど。


「さて、と。帰還魔法を使っとかないとな」


 そう言うと俺は帰還魔法の巻物を取り出し、それを読もうとした。


「あ、待って。私がやりたい」

「え? ……まあ良いが」


 突然クレアに止められる俺。

 いきなり何を言い出すかと思えば……まあいいかと俺は帰還魔法の巻物を手渡した。


「旅の神カルーンの名の下に、帰する標を立てん。ポイント・オヴ・リターン……っと、一度やってみたかったのよね」


 少し嬉しそうにしているクレア。昨日のちょっと落ち着いた感じとは打って変わって妙に明るい。


「……相方と一緒の時もそんな感じだったのか?」

「さて、ね?」


 両手を挙げて首をかしげる彼女に苦笑いしつつ、俺達は再び洞窟の迷宮へと挑むのであった。

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