第四十九話【青年、少女を助ける】
彼女を助けて……もとい、助けられて。
俺は彼女の手を頼りに立ち上がり、砂埃を払った。
カンテラに照らされて、俺よりも小柄な彼女の姿が明らかになる。
赤いミディアムロングの髪に、まだ幼さの残る顔立ちと身体つき。
ゴブリン共に引き伸ばされた真新しい黒い魔術師のローブを片手で押さえつつ、こちらを見ている。
装備からして新米の冒険者か。少なくとも俺よりは歳下なのは確実だった。
「その剣、あの人の……」
俺の手に持っている剣を見て、彼女は一言。
やはり先ほどの遺体は彼女の仲間だったらしい。
「残念ながら既に息絶えてた」
「……そう」
少々俯き加減で、彼女は呟いた。
「……彼は、私を逃がそうとしてくれたのだけれど、ゴブリンの数が多くて捕まってしまって……せめて彼だけでも生き延びてくれていれば良かったのに」
至極残念そうに、そう言う彼女。
話と様子から察するに、先ほどの彼とは良好な関係だったようだ。
少しだけ気まずい雰囲気が漂う。俺はなんて声をかけるべきか分からずにいたっけ。
「……貴方は冒険者? どう見ても戦うような装備じゃなさそうだけれど……盗賊、もしくは旅商人かしら?」
暫しの間の後、その空気を紛らわせるかのように俺を見上げて彼女は言う。
確かに鎧という鎧を着ていない軽装に大きなカバン、戦闘向きな格好ではないと言うのは明らかである。
「いや、俺は迷宮測量士だ」
「迷宮測量士?」
いまいちピンときていない様子で首を傾げる彼女。
それもそうだろう、この時の迷宮測量士はまだ出来たばかりの職業。
新米の冒険者が知らないのは当たり前だ。
俺はヘレンから聞いた事を彼女に全て話した。
迷宮測量士の仕事の事、なぜ俺がここにきたのかも。
「……そう、じゃあ貴方はここの地図を作りにきたのね?」
ふむふむと物珍しいものを見る様子で、彼女は俺を見て頷いていた。
「助けてくれたお礼に手伝いたい所だけど、彼を置いてはいけない」
そう言うと、彼女は俺が来た道を見て言う。
確かに遺体をそのままにして測量に行くのも気が引ける。
彼女にとって大事な人みたいだし、ここは一つ手を貸すべきだと俺は感じた。
「よし、一度戻るか」
「いいの? 貴方、まだ測量が残ってるんじゃ……」
「乗りかかった船って奴だ。それにまたゴブリンに襲われたら大変だろ?」
「それは……そうだけど」
彼女はちょっと申し訳なさそうな様子で考えていた。
俺に迷惑が掛かると思ったのだろうか、気にする必要は無いと思うのだが。
しばし考えた後、彼女はうんと頷いて。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と、にこりと笑って答えた。
可愛らしい笑みに俺は少しだけときめいたのを覚えている。
「……どうかしたの?」
「い、いや。何でもない」
そう聞かれると、ふいっとつい目を逸らしてしまう。
その様子を彼女は不思議そうに見つめていただろう。
女性に微笑まれただけで取り乱すなんて、全く若かったものだ。
「それじゃ、そうと決まればすぐ行動だ。ゴブリンが仲間を連れて戻ってくるかもしれないからな」
「ええ、そうね」
俺はその場から逃げるかのようにそう言うと、来た道を戻り始めた。
◇
遺体は俺が去った後から荒らされた痕跡も無く、変わらずそこにあった。
腹部を何度も刺された遺体。血はもう固まりどす黒くなっている。
その酷い有様を見た少女は、絶句した様子だった。
「……酷い」
「辛いならあまり見ない方がいい」
「大丈夫……大丈夫だから」
彼女はそう自分に言い聞かせるように言うと、遺体にゆっくりと近寄って遺体の手を両手で取る。
眼を瞑り、手を額の辺りまで持っていくと。
「――カルーンよ、どうか彼を天へと導いて下さい」
と旅神に祈っていた。
その様子を見て、俺も彼が無事に天国へ行けるように眼を瞑り、少し俯いて黙祷した。
「……運ぶの、手伝ってくれるかしら」
暫くした後、彼女はそう言ってよいしょと彼の肩を持つ。
ローブから肌が見えないように片手で押さえながらなので、非常に持ち運び辛そうだ。
……このまま何かが見えたらラッキーだとか、そんな事は微塵にも思ってないぞ。
「ああその、無理はしなくていい。俺が運ぶよ」
「本当? ……じゃあ、お願いしようかしら」
その様子を見かねて、俺は一人で彼を運ぶことにした。
カバンを腹にぶら下げて、彼を背中におぶる。
鎧も合わさってずっしりと重量があるが、まあ運べない事はない。
「すまないが、カバンから帰還魔法の巻物を取って読んでもらえるか」
「分かったわ」
彼女に帰還魔法の巻物を取って貰うと、それを読んでもらう。
すぐさま魔法陣が展開され、俺達はその上に乗った。
ゴブリンの騒ぐ声が遠くで聞こえて来た所で、景色は歪み――
◇
ぼすんっ、と俺と彼女は固い石の上に尻餅をついた。
重量も相まって地味に痛かったのを覚えている。
「っ、たた……その、大丈夫?」
「へ、平気だ、平気……」
その時、俺は妙に強がって痛くないフリをしてたっけな。
全くいい恰好見せようとし過ぎだろう、この時の俺。
「帰還魔法ってこんな風なんだな……ちょっと気持ち悪い」
「私も帰還魔法を使うのは久しぶりだけど……やっぱり慣れないわね」
歪む景色を思い出すとちょっとだけ吐き気を催す。
今となっては慣れたものの、新米の時はしょっちゅう気持ち悪くなってたっけ。
……そう考えると、ニーナって強い子だよな。アレに早く慣れたみたいだし。
「さて、とにかくダンジリアに戻らないとな。日が暮れたら大変だ」
「本当にありがとう、貴方の仕事もあるのに」
「いや、いいのさ。このまま放っておくわけにもいかなかったしな」
そう言って、俺と彼女はダンジリアへと向けて歩き始めた。
歩きにくい岩場や滑りやすい苔などに注意しながら、ゆっくりと進んでいく。
日は既に傾き始め、ダンジリアに到着する頃には真夜中になってしまいそうだった。
歩き始めて数十分。彼女と言葉を交わす事は殆ど無かった。
遺体を運びながら何か明るい話題を振れるわけもなく、俺は何て話したらいいのか分からないまま歩いていたのだった。
「……ねえ」
そんな時、彼女から後ろから声を掛けてきた。
「貴方はどうして迷宮測量士になったの?」
ふとした疑問からだろうか、それとも彼女も沈黙が辛かったのだろうか。
ぽっと出てきた話題。それは俺についての話。
「んー……なりゆき、だな」
「なりたかった、って訳じゃなく?」
「本当は冒険者になりたかったんだ。でも俺のスキルはハズレの『逃げ足』でな、門前払いを食らった」
俺は今までの事について彼女に話した。
遠い田舎から出てきた事、ギルドから門前払いを食らった事、職に就けなくて靴磨きをしていたこと。
多分、誰かに聞いて欲しかったんだろうな。兎に角最初から最後まで全て話をした。
「そうだったの……大変だったのね」
「まあ、今となっては過去の話……って言ってもかなり最近の話なんだが」
この時俺はハハハと苦笑い。
全く、昨日まで靴磨きやら残飯漁りやらしてたとは思えない境遇だよな。
「冒険者になれなかったこと、後悔はしてないの?」
「ないと言えば嘘になる。今でも冒険者は憧れてるし……でも」
「君や彼みたいな人が減るなら、この仕事に就くのも悪くない―― 今はそう思うよ」
俺がそう言うと、彼女は少し言葉を詰まらせた。
あまり彼に触れてあげない方が良かっただろうか。
しかしそれは俺の本心から出た言葉だ。
彼女の様に悲しむ人が減るならば―― この仕事も悪くない。
「……うん、立派な考えだと思う」
「はは、まあまだ新米も新米なんだけどな」
「それは私も同じよ」
少し笑って、彼女はそう言った。
何となく場の雰囲気が和んだか、彼女の表情は少し柔らかくなる。
……まあ、遺体を運んでる真っ最中には変わらないんだが。
「……ねえ、貴方。名前は何て言うの?」
暫し間を開けた後、彼女は俺の名前を聞いた。
「ジム。ジム・ランパート。君は?」
「……"クレア・ルエーシュ"」
彼女―― クレアとの会話はそこで一旦終わり。
後は黙々とダンジリアへと目指して、俺達は歩いて行った。





