表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/123

第四十八話【青年、初めての迷宮】

「っとと……この岩場滑るな、気をつけないと」


 迷宮探索の為にダンジリア南東へ来た俺は、険しい岩場を進んでいた。

 岩場には苔が生えていて滑りやすく、注意して進まないといけなかったのを覚えている。

 何年も前からこの場所に存在してそうな岩場だが、これも迷宮の一部。

 迷宮と一緒に転移してきたに過ぎない。


「ん……あそこか」


 岩場を進んで数十分、俺は地面に続いた穴蔵を発見する。

 苔に覆われた巨大な穴蔵―― "洞窟の迷宮"だ。

 俺の先に誰かが入っていったのか、苔の上に足跡が残っている。

 出てきた足跡が無く、この時俺は嫌な予感を感じていた。


「旅の神カルーンの名の下に、帰する標を立てん。ポイント・オヴ・リターン……と。よし、行くか……!」


 忘れないうちに帰還魔法の魔法陣を入り口に設置する。

 そしてカンテラを灯し、俺は内部へとゆっくり足を踏み入れたのだ。

 キョロキョロと辺りを照らし、ちょっとおっかなびっくりになりながら進んでたっけ。

 今考えると、我ながらちょっと情けない姿だった気がするな……懐かしい思い出だ。


                  ◇


 内部はまさしく迷路のようだった。

 蟻の巣のように入り組んでいて分岐点だらけ、地図を描くのも一苦労だ。

 地図を片手にカンテラで道を照らし、度々止まって地図を描いていく。

 初めてなのもあって急にモンスターが出てこないか緊張して進んでいたな。


 ある程度進んだ所で、俺は立ち止まって地図を見返す。

 最初は線もヨレてて少し汚ったない地図だったな。

 それでも、未知の場所を探索するのはなんとも言えない達成感があったし、楽しかったのを覚えている。

 ……まあ、そんな楽しさも次に起こった事で全て帳消しになったんだが。


「うっ、この匂いって……やっぱりアレだよな」


 道を進むにつれて強くなってくるある匂い。

 最初は半信半疑だったが、ここまで匂うと確信に近くなる。

 全く、狩猟隊に混じった経験がこんな所で生きるなんて……この時ばかりは嫌になった。


 それは"血の匂い"だった。

 恐らく戦闘が行われたのだろう、何かの亡骸が恐らく先に転がってる筈だ。

 俺はそれがモンスターであって欲しかったが……現実はそう甘くはない。


「……酷いな」


 先に進むと、カンテラの灯りに照らされてその全容が見えてくる。

 数体のゴブリンの死骸と、壁際に横たわる一人の軽装鎧を着た男性の遺体。

 腹部にいくつもの刺傷があり、死因はそれだと思われた。

 その傷の多さから、死後に何度も刺されたんじゃないかと思う。実に残忍なやり方だ。


 ここで俺は妙に感じた。

 地上にもゴブリンは居るが、ここまで殺意の篭った殺し方をする様な生き物ではない。

 人を襲ったり攫ったりもするが、人間に対しては一匹なら基本的に臆病な性格なのだ。

 こうやって意味もなく残忍な殺しをするとは到底思えなかった。


 群れを成した事で凶暴になったのか、それとも何か別の要因か――いやそれにしても酷い有様だった。

 俺は不安を感じながらも、遺体の周りを観察する。


「何かを引き摺った痕がある……この先か」


 それは大きさからして人間だと言う事が分かった。

 ゴブリンは人を攫う。主に女性をだ。

 ……あまり言いにくい事だが、繁殖のために。


 もはや手遅れかもしれないし、何より俺は戦う事が出来ない。

 だがここで見捨てるなんて事は、俺はどうしても出来なかった。

 俺は遺体のそばにあったショートソードを借りると、急ぎ足で先へと向かった。


                  ◇


「放、しなさいッ……ゴブリン共ッ……!」


 暫く進むと、誰かが抵抗する声が聞こえてくる。

 声からして若い女性、恐らく攫われた人間だろう。

 この先に恐らくゴブリンの巣があるのだとこの時俺は思った。


 ゴブリンは夜目が効く、近づいたらすぐに気付かれてしまうだろう。

 対してこちらは戦い慣れていない上、地の利も無い。状況は最悪と言っていいだろう。


「でも行くしかないよな」


 そう呟くと俺はカンテラを掲げ、ゴブリンの巣へと飛び込んだ。

 カンテラに照らされると、内部の状況が明らかになる。


 まだ若い年頃の赤髪の少女がゴブリンに襲われていた。

 三体のゴブリンが馬乗りになり、その少女のローブを引きちぎろうと引っ張っていたのだ。

 既に少女は半脱ぎの状態で、少々目のやり場に―― って、そこは余計か。


「ギギッ!」


 少女を襲っていたゴブリンが地面に転がっている粗い作りのナイフを手に取ると、こちらへと向かってくる。

 緑色、不出来な鼻、鋭く黄色い眼、下半身しか隠されてない粗末な服の小鬼。

 弱い魔物だが決して彼らを侮ってはいけない。

 群れを成したゴブリンが村を滅茶苦茶にすることだってあるのだ。


 俺は片手で剣を構え、ゴブリンに立ち向かう。

 ゴブリンはナイフを雑に構え、大きく振りかぶった。

 まずは剣でそれを弾いて、それから攻撃―― しようとしたのだが。


 ガキィッと金属と金属がぶつかり合う衝撃に、俺は耐えきれず剣を足元に落としてしまったのだ。

 ゴブリンは意外と力が強いと、俺は妙に冷静に思っていた。


「ッ――!」


 俺が剣を落としたのを見てゴブリンはニヤリと笑い、そのままナイフで腹部を突こうとしてくる。

 少しだけスローモーションに見える世界。ああ、これが走馬灯ってやつか。

 思えばつまらない生涯だった、だなんて思ってたっけ。我ながらネガティヴが過ぎた。


 しかしどうせなら最後に足掻いて見せてやろうと思って、その攻撃を"避けて"みようと思ったんだ。

 無意識に発動される『逃げ足』、軽くなる身体―― 不思議とその攻撃も避けられる気がしてきて。

 気がつけばその一突きを横に避けてたのさ。


 これが俺のスキル……『逃げ足』の力。

 使えるかもしれない、と俺は確信した。


「さあ来やがれッ! ゴブリン共ッ!」


 俺は攻撃を躱されてよろめいたゴブリンを思い切り蹴飛ばしながら、奴らを挑発する。

 蹴飛ばされたゴブリンはボールの様に弾んで転がっていき、ある程度のところで停止した。

 そして怒りを露わにしながら俺を睨みつけるのだ。


 少女を襲っていたゴブリンも仲間が蹴られた事で怒りに震え、それぞれナイフを手を持って襲いかかってきた。

 俺は次から次へと迫る斬撃を『逃げ足』を駆使して避けていく。

 斬り付けは身を逸らして、突きは横に逸れて、時々蹴飛ばして距離を取って。

 初戦闘でここまで動けるものかと自分でも驚いたものだ。


 しかし逃げてばかりでは埒があかないのは事実、ここから巻き返すにはやはり戦うしかない。

 ここで俺は敵に囲まれる様にわざと逃げた。

 ゴブリン達は好機と見て一斉に襲いかかってくる。

 しかしその動きにはバラつきがある。そこを俺は狙った。


 一番早く突こうと襲いかかってきたゴブリンに接近。

 横に抜ける様に避けながらゴブリンの肩を掴み、他のゴブリンがいる方向へと押し飛ばした。


「ギッ!?」


 押し飛ばされたゴブリンは俺の狙い通り他のゴブリンのナイフで貫かれる。

 俺が狙っていたのは即ち、"同士討ち"。見事成功し一体は始末できた。


 同士討ちしたゴブリンは慌てている、この機を逃さずに俺はショートソードを拾う。

 そして隙を見せたゴブリンへと向かって切りかかった。

 慌てているゴブリンをこのまま斬り伏せるつもり、だったのだが。


「ギィッ!」

「な、クソッ!」


 相手が冷静さを取り戻すのは俺が思った以上に早かった。

 ゴブリンははっとショートソードを見上げると後方に大きく飛び退き、俺との間合いを取った。

 もう一体のゴブリンもいつのまにか間合いを取っている。思った以上に練度が高い。

 いや、俺が戦い慣れてないってだけなのもあるか。


 不味いな、人数差の不利をここで覆そうと思ったのだが。

 ゴブリン共は距離を取りつつ俺を囲むようにじりじりと迫ってきている。

 同じ手は二度は通じないだろう、さてどうしたものか。


 そう考えていると、ゴブリンの一匹が跳躍。俺の喉元へとむかってナイフを突き立てようとして来た。

 マズい、俺は咄嗟にショートソードで攻撃を防ごうとした―― その時である。


「火の精霊よ、魔神ウィアナの名の下にその力を示せ! ファイア!」


 突然、目の前を炎が横切った。

 俺は驚き、つい尻餅をついてしまう。


「ギャアアァーッ!」


 炎に飲まれたゴブリンは、火達磨になりながら壁に激突。

 もがき苦しみ、そのまま生き絶えた。


 炎が来た方へと目線をやると、少女が片手で伸びきったローブを抑えつつ、もう片方の手をこちらへと伸ばしていた。

 手の平には魔法の炎がメラメラと燃えており、彼女が俺を助けてくれたことは明白だった。


「まだやるつもり?」

「ギッ……!」


 手の平を一匹になったゴブリンへと向ける。

 ゴブリンは周囲を見渡し、不利になったことを悟ると、


「ギイィ〜ッ!」


 情けない声を上げながら、ナイフを投げ捨てて洞窟の奥へと逃げ去っていった。


「……ふう、どうにかなったわね」


 赤髪の女性は手の炎を消すと、俺に近づいて手を差し伸べる。


「立てるかしら? ……その、助けてくれてありがとう」

「あ、ああ。こちらこそ助かったよ」


 俺は彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

 その手にはまだ炎の温もりが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ