第四十七話【青年、迷宮測量士になる】
「迷宮、測量士?」
聞きなれない単語に俺は言葉を返した。
「そう、それがアンタに依頼したい仕事だよ、ジム・ランパート。その『逃げ足』を活用して迷宮に巣食うモンスターや罠を回避し、迷宮の地図を完成させるのがアンタの仕事だ」
迷宮の地図を作る仕事―― その発想に当時の俺は驚いた。
地図を作り安全を確保する事で、迷宮に挑む冒険者を手助けする。
とても重大で責任のある仕事だ。
「だが、俺みたいなズブの素人が迷宮に挑んでも大丈夫なのか?」
「勿論危険だし、死ぬかもしれない。仕事を受けるか受けないかはアンタに任せるさ」
俺は少し言葉を詰まらせた。
懸念はやはり、命の保証はないと言う事だろう。
熟練の冒険者達が何人も命を落としているという事実。それはかなり重いものだった。
「お待たせしました、ヘレン様」
俺が少し考えていると、ウェイターが料理を運んでくる。
どれも見たこともないような豪華な料理だった。
後々聞いたが、全部合わせて銀貨数十枚くらいしたらしい。
見知らぬ男に奢る金額じゃないだろうってツッコんだっけ……懐かしいな。
「さ、そんな難しい顔してないで、まずは食べようじゃないか」
ヘレンはナイフとフォークを丁寧に使い、マナー良く食べ始める。
この時の俺はテーブルマナーなんて知らなかったから、見様見真似で食事をしたっけ。
あの時のことは、未だに「あんな肉の食べ方をする男は初めて見た」とネタにされる。仕方ないだろう全く。
料理は非常に美味かった。
肉は柔らかく、野菜は新鮮。おまけにデザートまで付いてくる。
空腹だった俺は半ば感動しつつ、あっという間に平らげてしまった。
「ふう、ご馳走様でした……さて、答えは決まったかい?」
食べ終わり、紙ナプキンで口を拭くヘレンがこちらに問いかける。
食べてる最中も俺は考えていたが、答えはすでに決まっていた。
確かに命を落とすかもしれない。もう二度と地上の土を踏めないかもしれない。
しかし、だからと言って今の生活を続けたいかと言われたら、それも違う。
俺に訪れた恐らく唯一のチャンス。これを逃したらきっと一生靴磨きをする羽目になるだろう。
だとすれば、俺の答えは一つしかない。
「……ああ、引き受けよう」
「迷宮に潜ってからやっぱりやめた、は聞けないよ。本当にいいんだね?」
「一生靴磨きして死ぬよりも、迷宮の中で死んだ方がよっぽどいい死に方さ」
「はっ、そういうの嫌いじゃないよ……分かった、ギルドからも装備等の支援をさせて貰うよ」
ヘレンは少し嬉しそうな様子で頷いて、俺に手を差し伸べる。
「これからよろしく頼むよ、ジム」
「ああ、こちらこそ」
俺はヘレンと握手を交わした。
こうして俺は、迷宮測量士としての初めての一歩を踏み出したのだ。
迷宮には一体何が待ち受けているのだろうか?
この時の俺は命の危険を心配するよりも、消えかけていた冒険心が再び揺れ動くのを実感し、喜びに満ちていた。
「さ、そうと決まれば早速明日行って貰おうかね。ギルドの場所は分かるかい」
「いや、悪いが教えてもらえると助かる」
「そうか、なら後で教えとこう……ああ、そうそう」
そう言うとヘレンは俺に銀貨数枚を押し付けた。
「宿代だよ、取っておきな」
「……本当、なんでそんな良くしてくれるんだ? 会ったばっかりの奴だろうに」
「それほどアンタの働きに期待してるのさ。それに……死にかけてはいたものの、アンタのその目が気に入ったんだ」
そう言うと彼女は再びにっ、と笑って。
「ああでも、言っておくがこれ全部貸しだからね。働きで返してもらうよ」
「……なんか嵌められた気分だ」
けたけたと笑うヘレンを他所に、俺は若干肩を落とした。
その後、ヘレンに宿を紹介してもらってそこで一晩過ごした。
久しぶりのベッドは暖かく、少し涙が出そうになったっけ。
俺はこれから始まる生活に希望を抱きつつ、ゆっくりと目を閉じた。
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これが、俺とヘレンとの初めての出会いだ。
あの時ダンジリアに来てなかったら、ヘレンに見つけてもらっていなかったら―― きっと今も靴磨きをやっていたんだろうな。
そう考えると、彼女には感謝してもしきれない。……まあさっきも言った通り、感謝の言葉を述べると嫌がられるんだが。
さて、彼女に救われて次の日の朝、俺は早速ヘレンのギルドへと向かったんだ。
ダンジリアの大通りに面した小さな一軒家、そこが彼女のギルドだった。
最初見た時は、なんかカフェみたいな所だなって思ったっけ。
その出来たばかりの小さなギルドから、俺の迷宮測量士としての新しい生活が始まったんだ。
ここからのお話は、ヘレンと出会った後の話。
俺が迷宮測量士として活躍し始めるきっかけとなったお話だ――。
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「ごめんください」
「と、とと……い、いらっしゃいませーっ!」
俺がギルドに入ると、大量の書類を運ぶ少女が居た。
金髪に緑色の透き通った眼、フリルの付いた可愛らしい受付嬢の服。
そう、彼女はシエラ・メル・ルナルモア。まだこの時は十代後半くらいの見た目だったっけ。
「……持とうか?」
「いえ、大丈夫ですっ! すみません散らかってて……!」
彼女はどすっと受付に書類を置くと、こちらを向いてぺこりとお辞儀をする。
「シエラ・メル・ルナルモアですっ! ジム・ランパートさん……でいいんでしょうか?」
「ああ、そうだよ」
「お待ちしてましたっ! お母さんからお話は聞いてます、奥の部屋へどうぞっ!」
この時、俺はヘレンに子供が居た事に驚いた。
エルフの見た目の年齢は信用できないよな、本当。
俺は案内されるがまま、ギルドの奥へと向かって行った。
この頃のギルドはまだ出来たばかりで、冒険者は殆ど居なかったっけ。
今の忙しい状態のギルドを考えると、何だか感慨深い物があるな……。
シエラは俺をギルドマスターの部屋まで案内すると、扉をコンコンと叩いた。
「お母さーん! ジム・ランパートさんが来ましたよっ!」
「仕事中はギルドマスターって呼びなッ!」
「あっ、ごめんなさいっ!」
部屋の中から大きな声が聞こえてくる。
当時はこんなやり取りも日常茶飯事だった。
今もうっかりお母さんと言いそうになる時があって慌ててるっけ、全く彼女らしい。
シエラに扉を開けてもらい、俺は中へと入った。
当時のギルドマスターの部屋はまだ綺麗に整頓されてたっけな。
今の地図で溢れ返る部屋からは想像もできない。
「全くシエラったら……やあ、待っていたよジム。ようこそアタシのギルドへ」
ヘレンは机に寄りかかりながらこちらを見ていた。
机の上には読みかけの本と紅茶の入ったカップが置いてあった。
俺を待ってる間に、また一人で勉強でもしていたんだろうな。
「思ってたよりも小さくて驚いたかい?」
「まあ、カフェかと思った……かな」
「はっ! 言うねぇ。でもまあしょうがないか、民家を改造して作ったからね」
ふっ、と笑いながら机に寄りかかるのをやめ、懐から地図を取り出した。
「早速だけど仕事の話といこうじゃないか、迷宮測量士さん?」
「まだ見習い未満だけどな」
そう言うとヘレンは机の上に地図を広げる。
地図を覗き込むと、ダンジリア近郊を写していた。
「このダンジリアから南東に行った辺りの丘に岩場が出現した。その岩場には大きな穴蔵があってね、内部は広大な迷宮になっていたのさ……つまり、新種の迷宮さ」
地図を指差しながら、彼女は俺に説明をしてくれた。
「ギルドはこの新種の迷宮を、"洞窟の迷宮"と呼称、アンタの仕事はこの内部の地図を完成させて持ち帰ることだ、簡単だろう?」
「言うのはな……勿論魔物もいるんだろ?」
「ああその通り、そこでアンタの逃げ足が活きてくるのさ、ジム」
この時俺は不安でたまらなかった。
逃げ足だなんて使う機会が全くなかったものだから、実戦で使えるかは分からなかったんだ。
ヘレンはそんか俺を察してか大丈夫だって言ってくれたっけ。
「昨日も言った通り、装備はギルドで用意したよ。着替えもある」
「着替えも?」
「流石にそのボロで行くわけにはいけないだろう?」
この時の俺はろくに着替えもなかったもんだから助かった。
ずっと放浪の旅を続けてたからな、着替えを買うお金もなかったし。
そうして、俺はヘレンに案内されて別室で装備に着替えた。
カンテラ、背負いカバン、魔法紙、ペン――そして真新しい麻布の服。
服は丁度いい大きさで着心地がよく、動きやすかったな。
「ほお、様になってるじゃないか」
外に出るとヘレンが待っていてくれた。
俺の服装を見てうんうんと頷くヘレン。少し照れくさかったっけ。
「さ、行きな! 必ず生きて帰ってくるんだよ!」
全ての準備が終わった後、ヘレンはそう言って俺を見送ってくれた。
俺はああ、と頷くとギルドマスターの部屋を出てシエラに挨拶し、ギルドを出た。
ダンジリアの南東、そこが俺にとって初めての迷宮が存在する場所。
不安と期待の入り混じった感情を胸に、俺はその場所へと向かって一歩足を踏み出した。





