第四十五話【青年、詰む】
そうだな、まず何から話すべきか。
結論から言うと、俺がこの"迷宮測量士"という仕事に就くことができたのは、全てヘレンのおかげなんだよな。
小さいながらも家を持ち、危険とはいえ安定した生活が送れるのも、全部彼女のお陰なんだ。
まあだからと言って、「あの時はありがとう」なんていうと、ヘレンのやつ「気持ち悪いからやめろ」なんて言うんだ。素直じゃないな、本当。
まあとにかく、何故俺が彼女と出会い、そして救われることになったのか、順を追って説明しよう――。
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「あの、すみません。冒険者登録をしたいのですが」
とある街のとあるギルド、そこに二十歳になるある若者が、冒険者登録に来ていた。
田舎から出てきたばかりのその青年は、自分の待つ運命など知らずに嬉々とした様子だった。
名を、"ジム・ランパート"―― そう、俺の事だ。
実は昔は、冒険者を目指していた時期があったのさ。
逃げるしか能がない臆病者の癖に何言ってるんだ、だって? まあそう言わないでくれ、あの頃はまだ青かったんだ。
「はい、まずお名前とご自身の『スキル』を教えてくれますか?」
「ジム・ランパートです、スキルは……ちょっと分からないですね」
「では鑑定士をお呼びしますので、席でお待ち頂けますか?」
受付の案内の通りに、俺は待合室の椅子に座った。
この頃の俺は、自分のスキルについて全く分かっていなかった。
なにせギルドも無い片田舎で生まれたからな。知る機会がなかったんだ。
俺の生まれ故郷は、トランパルやダンジリアからも遠く離れた小さな村。
実家は農家で、俺は三人兄弟の一番上だった。
昔から冒険心が強かった俺は家業を継ぐのを嫌がり、親と喧嘩別れをして家から飛び出してきたのさ。
今考えると酷い迷惑をかけてしまったな……結局、まだ絶交したままだし。
とにかく、俺は交易商の馬車に乗せてもらい、来たのが村から一番近い街。
ここにはギルドもあり、近場には迷宮が出現し始めていた。活気もそこそこあったな。
俺は交易商のおじさんに礼を言うと、ギルドへと走って向かって――冒頭に至る訳だ。
「お待たせしました、ジム・ランパートさん」
受付嬢が鑑定士を呼んで、俺の元へとやって来る。
その鑑定士は老いた女性で、目を細めて感じ良く笑っていたっけな。
「ではではジムさん、早速見ていきましょうね」
「は、はい」
若干緊張しながら俺はそう答えると、老婆は水晶玉越しに俺を覗き込む。
これで俺のスキルがなんなのか分かる。
少し期待の気持ちも交えながら、俺は鑑定が終わるのを待っていた。
「こ、これは……」
老婆が驚いた様子で呟いて、もう一度水晶玉を覗き込んだ。
「……やはり、間違いない」
「どうしたんですか、鑑定士さん」
俺は鑑定士の老婆に声を掛けた。
この時、俺は心の中で何か特別なスキルでも出たのかと少しはしゃいでいた。
「おっ、新米がスキル鑑定してるな」
「あの様子だとレアスキルかしら?」
「私のパーティに誘ってみようかなぁ、結構ハンサムさんだし」
周りの冒険者たちも集まって来て、その様子を見つめていたのをよく覚えている。
その様子に完全に浮かれていた俺は多分、少しにやけていたと思う。
……我ながらこの頃は楽観主義にも程があったな。
「レアスキルは、レアスキルですが……これは……」
重々しく口を開く老婆。言うのをためらっている様子だった。
ここでようやく何か妙だと気がつき始める俺は、少し不安を覚えつつ老婆の言葉を待った。
「――『逃げ足』。敵や罠から逃げる時に"だけ"足が速くなるスキルですね」
「……はっ?」
俺は耳を疑った。
敵からただ逃げるためだけのスキル――それは戦闘面では全く役に立たないことを意味していた。
「ああ、まだ若いのに可哀想に」
「レアスキルとは言え"ハズレ"じゃねぇ」
「流石に逃げるだけのスキルじゃ戦えないもんね……他の人探そ」
冒険者達も落胆の声を上げて解散していく。
その場に残されたのは俺と鑑定士、受付嬢の三人だけだった。
「残念ながらこのスキルでは冒険者は難しいですね……」
気の毒そうにそう話す老婆。
確かに彼女の言う通りではあったが、この時の俺は納得がいかなかった。
「き、気を落とさないで下さい。冒険者は無理かもしれませんが、他の職業なら活かせるものがあるはずですよ」
受付嬢が気を利かせて俺を励ましてくれる。
しかし逃げ足が役立つ仕事なんて何があると言うのか。
そもそも俺は冒険者になりたくてここまで来たのだ、こんなところで諦めたくはない。俺はこの時そう思っていた。
「……なんとか冒険者になることは出来ませんか?」
「ギルドマスターに聞いてみないことには……」
「では会わせてください、このままじゃ納得が出来ない」
俺は意固地になり、受付嬢に詰め寄った。
若い頃とは言え、恥ずかしい真似をしてたな……苦い思い出だ。
受付嬢は、「ではついてきてください」と俺を連れて奥の部屋まで案内してくれた。
扉を開けると、ここのギルドマスターが書類整理をしている最中だった。
厳つい男性だったような覚えがある。
「どうした?」
ギルドマスターが受付に問う。作業の邪魔をされて少し苛立ちを感じている様子だった。
「新しく来た冒険者志望の方で、スキルが『逃げ足』という事でお断りしようとしたのですが……どうしても冒険者になりたいとマスターに許可を頂きに来たのです」
受付の人は、なんだか申し訳なさそうにしていたっけ。
俺は受付の人を通り越し、部屋の中でギルドマスターと対峙する。
「君がその志望者か、スキルは『逃げ足』と聞いたが」
「はい、冒険者になりたい気持ちは誰にも負けません。何とか許可を貰えないでしょうか」
「駄目だ。そのスキルで何になるというんだ? ただでさえ最近では迷宮関係で死亡者が多いのに、これ以上死者を増やす訳にはいかない」
「ですが――」
「何度言わせれば気が済むんだ、駄目な物は駄目だ。自殺志願なら他所でやってくれ」
俺の言葉に耳を傾ける事は無く、ギルドマスターは言い放ち、書類整理に戻る。
あの時は感じの悪い奴だと思ったが、忙しくて苛立ってたのもあるんだろう。
俺は悔しさの余り歯を食いしばって俯いていた。
「……っ、失礼、しました」
何とか絞り出すように声を出すと、俺は部屋から立ち去る。
そして受付の人にすみませんでしたと一言謝ると、俺はギルドの外へと出た。
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とまあ、こんな風に俺の冒険者デビューは失敗に終わったわけだ。
今考えれば馬鹿な事をしてたもんだと思うが、当時は憧れだったんだから仕方がない。
その後、俺は田舎に帰る訳にもいかず職を探していた。
持ってきた所持金などすぐに底を付き、とにかく何でもやらなければと色んな所を当たった。
商人組合、街の商店、御者……とにかく何でもだ。
だが全て門前払いを喰らった。"そのスキルじゃ役に立たない"とね。
で、なんやかんやしてる内に辿り着いたのが、"靴磨き"という誰でも出来る仕事だけだった。
街角に座り込んで、時々来る客の靴を磨いて少ない代金を貰う。そんな生活をしていた。
勿論、そんな生活では腹を満たせる程の金が手に入る事も無く、常に飢えていたな。
空腹の余り残飯も漁ったし、狩猟会に何とか頼み込んで肉の切れ端を分けて貰ったりした。
俺はそんな生活が嫌で仕方が無く、靴磨きの仕事をしつつ、時々交易商の馬車に乗せて貰い各地を巡った。
まあ、全て門前払いだったんだけどな。やっぱり"このスキルのせい"で。
そして最後に辿り着いたのが―― ダンジリアだった。





